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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

友達に会いにデナリへ

私はその年、一度だけデナリに泊まりました。
前年は友人たちと系列のホテルに泊まり、
一緒に国立公園の観光をしましたが、
今年は友人に会うためにデナリに行きました。

2010年デナリで働いていた時、
たくさんの友人ができましたが、
特に仲の良かったアラーニがいました。
小さいデナリですが、車がないと移動が大変、
特に彼女が働いたホテルは、
デナリの商店街から離れていました。

私は知人のドライバーが運転する
デッドヘッドでデナリに向かいました。
ジョイに頼めばすぐに教えてくれます。
同じ部門で働いている特権ですね。

友人が働いているホテルの前を通りますが、
ここで停めてとはお願いできません。
高速で運転している車が多いので、
大型バスは道路では停められません。

一度お客さんを迎えに行くホテルに行き、
そこからシャトルバスに乗って観光所まで、
今度は友人がいるホテルのシャトルバスを
そこで延々と待つことにしました。

距離にして10kmぐらいしかありませんが、
乗り換えだけで1時間以上かかりました。
バスを降りて、すぐ別のバスは来ません。
ましてや歩いていける距離ではありません。

友達はまだ仕事をしているはずでした。
2010年リゾートホテルの仕事が終わった後、
テキサスまで遊びに行ったこともあります。
会うのは4年ぶり、とても懐かしかったです。

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     友達が働いていたホテル

アラスカの州旗を考案した少年

ロシア人アレクセイ・チリコフが
1741年7月15日、陸地を発見したのが、
アラスカにおける白人の歴史の始まりでした。
その後カワウソ狩りをして
ロシアの領土して毛皮交易が始まりました。

1799年、ニコライ・レザノフは
パーベル1世から勅許を受け、
極東と北アメリカでの
植民地経営と毛皮交易を目的とした、
ロシア帝国の国策会社として
「露米会社」を設立しました。

クリミア戦争で負けたロシアは、
1867年にアラスカを売却しました。
その時の国防長官がスワードです。
そしてアメリカの領土になったアラスカは、
露米会社の旗に変わり
アラスカの国旗を掲揚し始めました。

1912年アメリカの準州になったアラスカは、
州の旗を作ることにしました。
一般公募には700以上の応募があり、
その中からスワードに住む13歳の少年、
ベニー・ベンソンのデザインが選ばれました。

彼が描いたのは北極星と北斗七星。
北斗七星は北の大地のシンボルです。
そして大熊座の中にありますが、
アラスカ生息するクマを表しています。
そして北極星は「北を目指す」と
アラスカの将来を意味しているそうです。

州旗は濃い青色ですが、
これは漁業資源が豊かな
アラスカの海を表しているそうです。
星は金色に見えますが、
ゴールドラッシュで栄えたアラスカ
その「金」とも重ねているようです。

はして13歳の少年がそこまで思案したか?
なんて私には想像できませんが、
スワード市の入り口に記念して、
アラスカの旗と彼の記念碑があります。
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    アラスカ州の旗 by wiki







スワードに貢献した日本人


私は移民者のひとりとして
先人たちの努力と功績を
他の人たちと分かち合う義務があります。
ブログを書き始めて調べるうちに、
知らなかった事実をたくさん知りました。

このスワードの発達に貢献した
日本人の方がいらっしゃいました。
大阪生まれの「Harry Sotaro Kawabe」
1906年わずか16歳で渡米、
シアトルで3年過ごしてアラスカに移住、
一角千金を夢見た金で財産を無くし、
スワードに移り、ビジネスを始めました。

1923年からしばらく日本の帰国、
その時結婚した奥さんが亡くなると、
またアラスカに戻り手広く仕事を始めました。
彼の会社はスワードの殆どを網羅しており、
そのおかげで街が発展したそうです。

1941年スワードの大火事発生、
翌年日本が真珠湾攻撃をすると、
彼を始めアラスカに住む日本人
すべて強制収容所に送られました。

終戦後、彼はスワードには戻らず、
再婚した奥さんとシアトルに移住、
そこで日系人のために活躍しました。
そのひとつが彼がシアトルに建てた、
日系人シニア用のアパートがあります。

1969年に亡くなりましたが、
その後も彼の寄付は続きます。
1978年この街の高校生だけが
利用できる奨学金制度を設立しました。

現在でも彼が当時経営していた、
建物の一部が保存されています。
また街の中には彼の功績を称えて
Kawabe公園が作られました。

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 スワードにあるカワベ公園 by wiki





アンカレッジからスワードへの行き方

最後にスワードに行ったときは、
友人とレンタカーで出かけました。
しかしあれから数年たっていますが、
スワード行きのバスも増えたようです。

アンカレッジとスワードを結ぶ足としては、
パークコネクションが一番便利です。
運行は5月中旬から9月中旬まで、
一日2便運行していて、1便は
そのままデナリまで行くことができます。

ACTというバス会社が新しく、
アンカレッジとスワード間を運行しています。
クルーズ船のゲストのトランスファー として
船が到着する日のみの運行となります。
トランスファーと一日観光がありますが、
料金も異なるので、確認してください。

スワードまで定期バスを運行しているのが、
スワードバスラインという会社です。
夏は一日2便運行しているので便利ですね。
ミッドタウンからの出発ですが、
5ドル別料金を払うと、空港や
ホテルからピックアップしてくれます。

そしてもちろんアラスカ鉄道もあります。
一日1便しか運行していないので、
スワードの滞在が短くなってしまいますが、
途中の景色も良いので、楽しめます。

スワードにはせめて1泊はしてほしいです。
アンカレッジを朝出発したら、
2日分まるまる楽しむことができます。
スワードから出ているボートにのって、
氷河や野生動物を見る時間もあります。

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キーナイフィヨルド国立公園 by Tripadvisor


スワードのおいしいクレープ屋さん

数年後に来たときこのスワードで、
おいしいクレープの店を見つけました。
アンカレッジから来るハイウェイと、
氷河の方に行く道路が交差する辺りに、
「Le Barn Appetit」はあります。

ベルギー生まれのイボンさんは
ドイツでは印刷工、アラスカでは船長。
世界中の海でダイブを楽しんだそうです。
ちょっと変わった経歴をお持ちです。

ニューメキシコ出身のジャネットさんとは
アンカレッジで知り合い結婚してから、
ここスワードに移り住みました。
ジャネットさんは学校の先生をしながら、
ふたつの会社を経営していました。

そして三人の子供が生まれると、
1987年ゲストハウスを建て、
アラスカで最初のクレープ屋を
同時に開業したそうです。

彼は足が悪いので、椅子に座って、
お客さんの前でクレープを焼くだけ、
準備から配膳まで奥さんの仕事です。
お二人はとっても仲が良くて、
ニコニコと笑顔を絶やしませんでした。

クレープはデザートのイメージですが、
ここでは朝食から昼食まで食事として
美味しいクレープを用意しています。
ただ量が多いのでシェアーしないと、
デザート用は食べられないですよ。

こんな温かみのある所で、
働きたいという思いがあります。
そしてクレープの焼き方を覚えたら、
何処かで開業できるかもしれません。
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    スワードのクレープ屋さん



帰りは列車に乗って、、、

アンカレッジ行きの列車は、
スワードを18時に出発します。
これならゆっくりと遊んでから乗れます。
列車は街のはずれから出ました。

スワードの市内を無料バスが運行しています。
5月中旬から9月下旬までのみの運行です。
20人乗りぐらいのバンが30分おきに、
街の中を運行しているので便利ですね。
無料ですが、チップは弾みましょうね。

中心地なら歩いたほうが便利ですが、
列車に乗るときは利用した方が良いです。
またクルーズターミナルまで行っているので、
ここから船に乗る人にも便利ですよ。

アンカレッジから列車で来て、
約7時間はスワードに滞在できます。
街を見るだけなら良いかもしれませんが、
やっぱり宿泊した方がゆっくり楽しめます。

列車でアンカレッジに到着すると、
提携しているホテルに泊まりました。
ここならスタッフ割引で1泊50ドル、
昨日のホステルより安いです。

翌日は朝一番のバスでホテルに向かいます。
と言っても私たちのホテルには止まりません。
タルキートナで降りて、街まで移動して、
そこからシャトルバスに乗って戻ります。

私はその日タルキートナ勤務してもらいました。
これならホテルまで戻る必要がありませんからね。
シェリーをバスで見送ると、
昼食を食べてから出勤しました。
2日間でしたが、楽しんだ小旅行でした。

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キーナイフィヨルド国立公園 by Tripadvisor

スワードの山岳マラソン

スワードには年間を通じて、
いくつかのイベントがあります。
最も知られているのが、
7月4日「独立記念日」に
開催される山岳マラソンです。

スワード市内から後ろにそびえる
キーナイ山までのマラソンです。
片道2.5km程しかありませんが、
急こう配のために難しいです。

私はその一部を上ってみましたが、
とても簡単に登れるコースでもなく、
ましてや走って降りるなんて、
滑って考えられませんでした。
男子部、女子部、ジュニアの部があり、
登録すれば外部からも参加できます。

8月に開催されるのが、
シルバーサーモンダービーです。
このイベントが開催前に、
釣った鮭に札を付けて放します。
その鮭を釣ったら5万ドルの賞金です。

同じ鮭を釣るのは大変難しいので、
釣った魚の大きさを競います。
大きい方から25人に賞金か、
魚と同じ重さのコーヒー豆が
賞金代わりに授与されました。

コーホーとも呼ばれるギンサケは、
日本でも養殖されているようですが、
アラスカは卵を採取して稚魚にしたら、
川に放流して、養殖はしていません。
アラスカに来たら天然のサケですよ。
味が引き締まっておいしいですよ。

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山岳マラソンが開催されるキーナイ山

エクジット氷河まで行ってみよう

エクジット氷河をみるためには、
最初は舗装された道を歩きますが、
未舗装になるとだんだん上りです。
岩場もあり濡れていたりするので、
歩きやすい靴の方が安全です。

氷河のつま先と言っても、
実際に氷河には触れません。
でもちょっと前の写真でも、
後退しているのが分かります。

私たちは自分たちだけで来ましたが、
レンジャーが案内してくれる
無料のツアーが行われています。
時間はかかるけど勉強になりますよ。

この氷河まで行くルートが
Exit Glacier Trailと呼ばれています。
一日がかりで氷原まで行くのが、
Harding Icefield Trailです。


こちらは往復14kmほどあり、
高低差も300m以上あります。
最低6~8時間は必要なので、
それなりの準備をしてください。
こちらもシーズンになると、
レンジャーの無料ツアーがありました。

このあたりブラックベアーの生息地で、
クマが出現すると警告が発生されます。
無料でできるキャンプ場もありますが、
食料品の扱いには注意が必要です。

アメリカの国立公園は入園料がいりますが、
ここは入園料のいらない場所です。
スワードまで来たら足を延ばしてください。

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エクジット氷河 by Tripadvisor



キーナイフィヨルド国立公園

スワードの近くには米国内最大の氷原のひとつ
ハーディング氷原を有する
キーナイフィヨルド国立公園があります。

アラスカではわずか3しかない
車で行ける国立公園のひとつです。
しかしその大部分はボートに乗り、
海上から眺めるのが良いです。

私たちはそんな時間もなかったので、
陸から行けるエクジット氷河に行きました。
と言っても街から歩けないので、
シャトルバスを利用することにしました。

Exit Glacier Shuttleは街の中にあります。
予約するときに往復の時間を指定します。
観光が終わったら、それに間に合うように、
乗り場に戻ってこなければなりません。

往復15ドルですが、タクシーより安いです。
氷河の入り口にレンジャー事務所がありますが、
タクシーは待機していないし、
電話が通じないので呼ぶこともできません。

シャトルバスに乗って公園入口まで、
15分ほど美しい景色が続いていました。
氷河までのトレイルにはトイレはないので、
まずはトイレを使いハイキング開始しました。

歩き出すとトレイルのすぐ横には、
むかし氷河のつま先があった所が
年号で表示されていました。
ルートによって時間か異なるので、
つま先まで到着するのに片道、
30分から1時間は必要です。

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エクジット氷河  by Tripadvisor






昔ブームになったラッコ

スワードの景色はとてもきれいでした。
私は海より山の方が好きですが、
山が海まで押し寄せている景色は、
言葉に表せないくらいきれいですね。
昔行ったスカンジナビアの
フィヨルドのような景色が続いています。

シェリーと一緒に夕食の後、
スワードの海岸線を歩きました。
肉眼でははっきりと見えませんが、
海の上に茶色動物が浮いたり沈んだり、
これがあの有名な「ラッコ」でした。

1983年アラスカから日本に、
ラッコが送られると「ラッコブーム」
そのかわいらしい円らな瞳で、
日本中を虜にしてしまいました。

1980年代と言えば高度成長期、
日本に海外旅行ブームが始まりました。
それでもまだ日本人の知らないことが多く、
変わった動物がCMに採用されると、
一気に人気が出てブームを起こしました。

最初は1972年のパンダブームですね。
そしてラッコがブームになっていたころは、
CMに使われたオーストラリア出身の
エリマキトカゲやコアラも人気が出て、
オーストラリアは旅行ブームになりました。

ラッコブームは終わったけど、
野生のラッコをみると「可愛い」です。
動物園では見たくないですね。
この大自然のなかで生きている
野生の動物を見に来てください

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スワードで見れるラッコ by Tripadvisor


男女混合のドミトリー

そこからはゲストハウスのある所まで、
夏の間だけ運行されるシャトルバスもありますが、
それほど遠くなかったので歩きました。

夏のスワードは観光地でホテルが高いので
バックパッカーに泊まることにしました。
6人部屋のドミトリーですが男女一緒、
女性だけの部屋はありませんでした。
その日は若者の男性が4人と一緒になりました。

若者たちは帰ってくるのが遅いし、
私たちも夕食で出かけていたので、
それほど気にはなりませんでした。
皆バラバラに来ているようで、
一週間とか滞在している人もいました。

こちらの人は朝シャワーのせいか、
それとも青春を謳歌する年頃のせいか
汗臭いにおいが部屋に充満していました。
女性だけの部屋と男女混合では、
寝ているときのにおいが異なります。

寝ちゃえば他は気になりませんが、
匂いがきついと、寝付かれませんでした。
そういう私も昔から寝言を言うので、
日本語の寝言を聞いてびっくりしたかな?

だんだん年齢を重ねるたびに、
「いびき」をかくようになったようです。
若者の中にもイビキをかく人がいました。
こういう時は寝た方が価値ですね、
他の人より早く寝るようにしましょう。

スワード市内にはキャンプ場あります。
雨が降らない時からそれもありですね。
そっちの方が安くつくと思います。
でも海岸線は雨が多いので注意が必要です。

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スワードの港 Tripadvisor

やっとスワードに到着したよ


アンカレッジを午後3時に出たバスが、
キーナイ半島に入ると、ハイウェイ沿いに
山が近づき、森が濃くなっていきます。
昔は金鉱山もあったようですが、
現在は漁業と観光業がとても盛んです。

特に漁業は商業のみならず、
アンカレッジから釣りに来る人も多いです。
数日かけて鮭やハリバットを釣って
一年分の食料として保存します。
アラスカであまり魚屋さんを見ないのは、
自分で釣る人が多いためですね。

スワードに到着したのは6時過ぎたころ、
まだ外は明るいので、問題ありませんが、
リゾートホテルからは遠い道のりです。
車で来たら5時間足らずで来れますが、
バスでは一日がかりの距離でした。

スワードは山が海岸線まで押し寄せ、
美しい景色を楽しむことができます。
1867年ロシアからアラスカを購入した、
スワード国務長官の名前からとられています。

かつては、シアトルとアラスカを結ぶ、
アラスカマリンハイウェイというフェリーが
この街に就航していました。
冬になると海の一部が閉ざされます。
一年凍結しないウィッティアに変わりましたが、
アラスカクルーズで寄港する船もあります。

アラスカでは山の中で暮らしているので、
海がとても新鮮に映りました。
これが海だけなら好きになれないけど、
雪がある山がすぐそばにあるから、
気に入ったのかもしれません。

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    スワード by TripAdvisor


ブラックベアーも生息するチュガチ山脈


ターンアゲイン入り江を始めとして、
アンカレッジ周辺やキーナイ半島は、
スポーツフィッシングで大変有名です。
アンカレッジに注ぐスシトナ川を含め、
世界中から鮭釣りに訪れます。

私はそれまで鮭が川を上るのを、
一度も見たことがありませんでした。
でもその年スワードに行くと
シーズンとしては遅かったけど、
川で泳いでいる鮭を見かけました。

実際に海に釣りに行った人たちが、
魚を処理する場所を見たり、
大きな網を車に積んでいたりと、
デナリでは見られない光景を見ました。

でも私はここをバスで通っているとき、
デナリでは遠くにしか見えなかった、
ドールシープ(ヤマヒツジ)を近くで見ました。
道路沿いの岩の上にいましたが、
車窓から肉眼ではっきりと顔が見えました。

バンフにいたころはガイド中に、
岩の上にいるマウンテンゴート(ヤマヤギ)や
道路まで出てくるビッグホーンシープ
(北米に多く住むヤマヒツジ)を見ましたが、
こんなアンカレッジから遠くもないのに、
ドールシープが見えるなんて、、、

チュガチ山脈は国立森林保護区や
アラスカ州立公園に指定されていますが、
ドールシープがかなり住んでいるそうです。

またブラックベアーの生息地としても有名です。
毎年何軒かクマと人間の遭遇があって、
ケガをしたり、亡くなった方もいます。

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  アラスカの風景 by Tripadvisor



フーリガンを追ってやってくる「シロイルカ」

ターンアゲイン入江に回遊してくる
フーリガンを追ってくる哺乳類がいます。
日本ではシロイルカと呼ばれる
「ベルーガ」というイルカの仲間です。

ただこの入江の海水が濁っているので
(氷河から流れ来る大量のシルトのため)
注意してみないとベルーガが見えません。
ハイウェイ沿いには駐車場があり、
この季節にはベルーガを観測できます。

アラスカでガイドをするようになり、
ここを通る機会も増えたおかげで、
ベルーガを見ることができました。
でもよく見ないと分かりにくいです。

濁った海水から白いものが見えたら、
ベルーガと思って間違いないですね。
せいぜい背の部分しか見えないです。
それでも慣れてくると車窓からでも
簡単に見つけられるようになります。

海のカナリアとも呼ばれて、
仲間とコミュニケーションをとるために、
お互いに泣き声を出すそうです。
空中でも聞こえると言われていますが、
この辺りは風が強いためか、
私は聞いたことはありません。

冬になると氷に閉ざされてしまうので、
もっと南下して子育てをしていますが、
母イルカは夏場同じところに戻ります。

英語名は「Beluga Wales」とつづりますが、
イルカなの?クジラなの?と迷います。
この違いは大きさだけのようです。
3m~5mと出所によってことなり、
ハッキリとした区別はないそうです。

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     ベルーガ by wiki



フーリガンという魚を知っていますか?

氷河の岩の粉(シルト)が堆積している
アラスカ周辺の海岸線ですが、
これはミネラル分の宝庫でもあります。
そのため少し海水が上がる時期には、
プランクトンがたくさん増えます。

このプランクトンを求めて、
回遊魚がいくつかやってきます。
その一つがフーリガンです。

サッカースタジアムの乱暴者と
同じスペルですが乱暴な魚なのかな?
ユーラカンとも呼ばれていますが、
キュウリウオ目の魚です。

胡瓜のような青臭い匂いがするので、
キュウリウオと呼ばれています。
えっどんな魚?と思ってしまいますが、
「子持ちししゃも」として食べているのが
このキュウリウオだそうです。

アラスカで取れるフーリガン
シシャモとして輸出されているかどうか、
私にはまったく見当つきませんが、
カナダからは輸入されているので、
同じよう魚の種類かもしれません。

この魚から取れる汁を乾かして、
ろうとして燃やしていたそうです。
そこでキャンドルフィッシュとも呼んでいます。
北米でも10本の指に入る臭い魚ですが、
いろいろと使い道もありそうですね。

実際に食べる機会のなかったフーリガン
この魚を取るには、規制もなければ、
ライセンスもいらないそうです。
たくさんとって「シシャモ」として、
日本へのお土産にしようかな?

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フーリガン by wiki




危険がひそむシルト

アンカレッジからスワードへ向かうと、
ターンアゲイン入江が続きます。
干潮差が10m以上になるので、
「海嘯」という現象が見られます。

潮津波とも呼ばれますが
垂直壁になった波が
入り江を上っていく現象です。

普通は河川で発生する現象ですが、
ここは入り江の幅が狭く、
奥行きが70kmにもなるので、
この現象が見られるそうです。
それを利用してサーフィンや、
パラグライダーを楽しむ人もいます。

良くみると海岸には岩や砂でなく、
泥のようなものが溜まっていました。
これは氷河が削った岩の粉「シルト」が
解けた水と一緒に流れ海に注ぎ、
長い年月に堆積したものです。

ここ百年ぐらいでも山の上の氷河は、
どんどん溶けてしまいましたが、
それでも周辺にはたくさんの氷河が見えます。
氷河観光やハイキングする人もいます。

潮が引いているときの景色は美しく、
その写真を撮りに来る人もいますが、
決してこのシルトに乗ってはいけません。
場所によっては「流砂現象」で
二度と抜けられない時もあります。

年間数件の救出事故が発生しています。
でも引き上げるのも難しいそうです。
ヘリコプターで釣り上げるそうですが、
それでも亡くなった方もいます。

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 ターンアゲイン入江 by Tripadvisor




キャプテンクックが「引き返せ」と言った入り江

アンカレッジ出発が15時ですが、
まだ真昼のような明るさです。
そのころは暗い夜がない白夜、
夜でも明かりなしで歩けました。

アンカレッジの市内をでると、
ターンアゲイン入江沿いに通ります。
アンカレッジから東に延びる
チュガチ山脈とキーナイ半島の間にあります。

その昔キャプテンクックが来たとき、
彼らの一行は船でいける入り江や川を
一つ残さず探検して記録に残しています。
当時は地図もなかったので、探検して、
記録を残して、地図を作っていったようです。

この努力が北米を英国の領土、
そして英語圏へと導いたわけですが、
ロシア人がそのままアラスカを持っていれば、
ここだけはロシア語圏になっていたかも?
それともフランス人が少し早く進出したら、
カナダとともにフランス語圏になっていたかも?
歴史は大きく変わったことになります。

ここに入ったキャプテンクック一行は、
細長い入り江を通り抜けれると思いましたが、
40km以上も中に入って初めて、
行き止まりと知り「引き返せ!!」
Turnagain=ターンアゲイン入江と名付けました。

せっかくここまで来たのに悔しかったでしょうね?
でも引き返すのも大変だったようです。
というのもここは世界でも1,2番と言われる、
海の干潮差が激しいところです。
その干潮差は10m以上あると言われています。

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   ターンアゲイン入江 by wiki




アラスカの夏の足「パークコネクション」

パークコネクションは夏の間だけ、
アンカレッジとデナリを中心に、
運行されているバスです。
途中観光の説明はありませんが、
ドライバーによってはチップが欲しいので、
いろいろと案内するひともいました。

クルーズ船や飛行機で来た観光客が、
レンタカーしなくても動けるように、
クルーズ船が到着するウィッティアや
観光地としても人気があるスワードと、
アンカレッジ、タルキートナ、
そしてデナリ国立公園を結んでいます。

これならツアーで来なくても、
バスで移動することができますね。
アラスカクルーズに乗船する人は、
みんなツアーでくるとは限りません。

アラスカクルーズだけを利用して、
そのまま飛行機に乗る人も利用していました。
もちろんアラスカ鉄道という手もありますが、
クルーズ船からそのまま列車にのって、
デナリに一日で行くことは不可能でした。

でもこのバスならその日のうちに、
アンカレッジに泊まることなく、
タルキートナやデナリに移動できました。
ホテルのゲストのみならず、
それぞれのリゾートホテルで働く人たちも、
移動や観光に利用していました。

というのもホテルで働いていると、
半額になる割引がありました。
また系列の会社で働いていると、
無料とかもっと割引もあったようです。

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  アラスカの風景 by Tripadvisor




近くて遠いようなスワード

アラスカに住んだことがあるシェリーと
同じ日に休みをとり、スワードまで行きました。
行くだけで一日かかってしまうので、
二日しか休みのとれない私たちは、
三日目を遅番にしてもらいました。

ディスパッチのジョイに聞くと、
朝アンカレッジ行きのバスがあるので、
そこまではホテルのバスを利用しました。
その分安く上げることができます。

このバスは私のいるホテルには寄らないので、
タルキートナかアンカレッジでしか、
利用することができませんでした。
それならアンカレッジまで行く方が便利です。

アンカレッジに到着すると、
バスドライバーにチップを渡します。
仲間だからこそ、チップは必要ですね。
バス代が浮いた分をチップで渡します。

アンカレッジに前日に泊まって
7時出発のバスを利用すれば、
スワードには9時半に到着します。
一日十分に行動することができますが、
ふたりとも仕事が終わってから、
その日のバスに乗ることは不可能でした。

アンカレッジに前泊か後泊か相談して、
スワードの後に泊まることにしました。
それならホテルに戻って遅番で働けるし、
二日間の休みで何とか旅行できます。

アンカレッジの出発は15:00です。
それまで二人で食事をすませて、
買い物もないけど、ブラブラしました。

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   アラスカの風景 by Tripadvisor

アラスカを知っているシェリーと小旅行

アラスカは日本の国土の約4倍、
アラスカに行ったといっても、
一度に全部見るのは不可能です。
それまでデナリを中心に、
アンカレッジやフェアーバンクは、
何とか足を運ぶこともできましたが、
それ以外の土地には全く行っていませんでした。

その年どうしても行きたかったのが、
アラスカ鉄道の始発となっているスワード
現在アラスカ鉄道はアンカレッジが基盤、
フェアーバンクスまでは夏は毎日運行していますが、
スワード行きとはその日に連絡していません。

私がいたリゾートホテルからスワードに行くには、
レンタカーかバスに乗っていくのが一番でした。
幸い夏の間はスワードまで一日で行くことができます。
ここからクルーズ船に乗る人もいるので、
デナリとスワードを結ぶバスが運行していました。

今回一緒に行ってくれるのはシェリー、
もともとオレゴンに住んでいたシェリーは、
まだ若いころレンジャーをしていた旦那さんと、
アラスカに10年住んだことがありました。

去年アラスカに戻ってきたときは独身、
パブリックアテンダントと呼ばれる
館内の掃除を担当していました。
でもとっても人当たりが良いのと話好き、
アラスカのことを良く知っているので、
ゲストにいろいろなことを教えていました。

今年はゲストパブリックサービスに昇格、
メインロビーにある暖炉に火をつけたり、
外のキャンプファイヤーの担当していました。
そしてそこにいるゲストと話をしながら、
火を絶やさないようにするのが仕事でした。

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  アラスカの風景 by Tripadvisor

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