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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

最高峰『コジオスコ山』を目指すルート

悪天候もあってオーストラリア最高峰に
登頂する機会は逃してしまいました。
登頂というほど難しいものでなく、
どちらかといえばハイキングコースですが
お天気の良い時に登りたいでね。

山頂まではふたつのルートがあります。
私たちが行ったシャーロットパスからと
スレッドボから行くルートです。
スレッドボから山頂に向かうときは、
チェアーリフトに乗って上まで行きます。
そこから往復14kmあるので、
もっと時間がかかるので注意してください。

もし片道移動の手段があれば、
シャーロットパスから登って
スレッドボに降りて来ることもできます。
この間の路線バスはないので、
移動手段を確認しておいてください。

他にもハイキングコースがあります。
日帰りコースがが多いので何日も滞在して
いろんなルートに挑戦してみたいですね。
夏は日も長くゆっくりと滞在できますが、
水や食料品の準備を忘れないでください。

私たちが行ったのも1月でした。
マウントクックのように険しくはないですが、
山の天候は変化しやすいので準備万端、
いつでも引き返す勇気も必要です。

グーグルビューが便利なのは知っていますが、
まさかこのルートまで見れるとは、、。
もし興味のある方は要チェックですね。
これで登った気分にもなれますよ。
でも実際に行くのと全く異なります。
機会があれば登山口でも是非行ってください。

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 コジオスコ山のトレイル by NSWNP


観光情報
マウントコジオスコ(オーストラリア最高峰)
マウントコジオスコ国立公園
オーストラリアのスキー場案内
http://www.snowholidays.com.au/ski_nsw.html


オーストラリアの最高峰『コジオスコ山』

ペリッシャーリゾートは
ホテルからロッジ、そしてビラと
いろんな宿泊施設がありました。
また別荘を持っている方も多く、
利用しないときは賃貸しています。

当時は夏のアクティビティーが少なく、
現在のように訪れる人は少なかったです。
ホテルやレストランも半分以上閉鎖していて、
のんびりと滞在することができました。

まずはシャーロットパスに行きます。
ここから車で入れないので、
片道8kmほど歩くことになります。
1977年までは頂上近くにある
ローソンパスまで車で行けました。
そのルートをテクテクと歩きます。

道路も悪くないし、なだらかな道なので、
ハイキングは難しくありませんが、
山道という実感はなかったです。

天気が良かったら楽しかったと思いますが、
さすが1900mを越えると
夏と言えでも寒くて風が強いです。
その日は曇り空で歩き始めてから1時間ほどで
雨つぶがポツポツと降り出しました。

天気は回復しそうにもなかったので、
残念ながら引き返すことにしました。
往復最低でも4時間はかかります。
雨に降られたら逃げるところはないです。

測量技師ストレセルスキは
スノーウィを探検した時にこの高い山に
祖国ポーランドの英雄の名前をつけました。
コジオスコはポーランドの軍人でしたが、
アメリカ独立戦争ではワシントンと共に戦い、
ポーランドではロシア軍と戦っています。

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   マウントコジオスコ by wiki



観光情報
マウントコジオスコ(オーストラリア最高峰)
マウントコジオスコ国立公園
オーストラリアのスキー場案内
http://www.snowholidays.com.au/ski_nsw.html

『スノーウィー』を目指して、、、

シドニーからヒュームハイウェイを通り
まずは首都キャンベラ方面を目指します。
以前は4時間ほどかかりましたが、
高速道路が完成して3時間でいけます。

日本のようなドライブインはありませんが、
簡易トイレのある休憩所があります。
途中にガソリンスタンドもありますが、
飲み物やスナックは必ず持参してください。

今回はキャンベラ市内は通りません。
バイパスを利用すれば市内をそれて
南にあるクーマに行くことができます。
シドニーから400kmあるので、
ここら辺でガソリンも満タンにします。

クーマは1975年熊本県山鹿市と
姉妹都市提携をしました。
ロータリーを通じてすでに交流があったこと、
地形や人口など似ている点が多かったことが
提携の理由だったそうです。

現在人口が8000人ほどですが、
スノーウィマウンテンへの玄関口として、
ここやジンダバインに宿泊して
スキーを楽しむ方も多いです。

リゾートに宿泊するとスキー場は近いけど、
宿泊費、食事代、レント代が高くつきます。
せいぜい1日しか滑れない方は
街に滞在した方が安く抑えれます。

スキーシーズンではない夏期間は、
営業していないホテルも多かったです。
宿泊代は冬より安くなっていますが、
山へのハイキングが目的だったので、
コジオスコ山に近くレストランも多い
ペリシャーバレーに泊まることにしました。

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冬のペリシャーバレー by TripAdvisor

観光情報
マウントコジオスコ(オーストラリア最高峰)
マウントコジオスコ国立公園
オーストラリアのスキー場案内
http://www.snowholidays.com.au/ski_nsw.html



『オーストラリアのスキー場』はどこにある?

さてオーストラリアのスキー場は
どこにあるかご存知でしょうか?
シドニーのあるニューサウスウェールズ州と
メルボルンのあるビクトリア州の境、
首都キャンベラから2時間半ほど南に行った
スノーウィマウンテンズにあります。

通称『スノーウィ』と呼ばれていますが、
NSW州側にはオーストラリアの最高峰
コジオスコ山(2,228m)がある
コジオスト国立公園があります。
スキー場はすべて国立公園内にあり、
スレドッボ、ペリッシャーと
シャルロットパスが有名です。

ビクトリア州側はメルボルンから
北へ3~4時間ほど行ったところに
フォールスクリーク、マウントブーラー
のスキーリゾートがあります。

ホザムスキー場は近くに空港があり、
カンタスリンクで飛ぶことができます。
一番短時間で(飛行機利用)で
到着できるスキーリゾートとして
最近人気が出てきているようです。

西の端パースや北のダーウィンから見れば
海外に行くようなものですね。
国内線の航空券だけでもバカになりません。
それに宿泊、リフト、道具のレント代と
スキーは一番高くつくスポーツのようです。

私は一度もスキーにはいきませんでしたが、
興味はあったので友人とドライブしたり、
ます釣りに行ったことはありました。

オーストラリアの最高峰にも
一度は登山してみたいと思ったので、
友人と二人でスノーウィマウンテンまで
ドライブ旅行することになりました。

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オーストラリアのスキー場 by TripAdvisor

観光情報
マウントコジオスコ(オーストラリア最高峰)
マウントコジオスコ国立公園
オーストラリアのスキー場案内
http://www.snowholidays.com.au/ski_nsw.html

オーストラリアで『スキー』はできるのか?

日本は2月、まだ寒い頃でしょうか。
立春が過ぎて梅が咲き始めると、
寒さの中にも春の訪れを感じる頃でしょう。

さて今年もスキーを楽しまれましたか?
南国生まれの私はスキー体験がありません。
苗場スキー場でアルバイトしたひと冬、
あまりの寒さに外に出る気もしませんでした。
職場と寮の間の寒ささえ耐えれば、
半袖でも暑いほど暖房が効いていました。

カナダではスキー場で有名なバンフにいましたが、
冬は一度も過ごしたことがないのです。
夏の間だけガイドしていて、
冬は何処かに渡り鳥の生活をしていました。
これではスキーをするチャンスもありません。

スキーをしようと思えばチャンスはありましたが、
これだけはやりたいと思ったことはありません。
ですからオーストラリアスキー場なんて
この国に来るまであることさえ知りませんでした。

オーストラリアで一番贅沢なスポーツは
スキーなどのウィンタースポーツです。
内陸部に住む人は海を見たことがなくても、
川や湖、プールで泳ぐことができます。

シドニーでも雪が降ることはないのですから、
スキーするには遠くまでいかなければなりません。
シドニーから一番近いスキー場でも
車で片道6時間くらいはかかりますね。
これでは日帰りで楽しむこともできません。

ちょっと高くても休暇をとって
隣のニュージーランドに行く人が多いです。
その方が雪質も断然良いのですが、
リフトなどの諸経費も安くつきます。
スキーファンの中には、季節が反対の時期、
わざわざ北米や日本まで出かける方もいます。

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オーストラリアスキー場 by TripAdvisor


グルメで話題の『オレンジ』



私が初めてオレンジに行ったのは
高校の語学研修の生徒さんと一緒でした。
生徒達はホームスティをされますが
先生と一緒に毎日学校に通っていました。

朝食はモーテルで食べて
昼食は学校で生徒さんと一緒に食べ
夕食は先生と一緒に食べていましたが、
美味しいレストランがなくて
かなり探すのに困りましたね。

あれから20年以上が過ぎて
オレンジはすっかり模様代わりしたようです。
あの頃は有名なワイナリーがありませんでした。
ブドウを生産しても他の地区に出荷して、
ブレンドした名前でボトルされていました。

オレンジで美味しいレストランが話題になると、
シドニーで修行をしていたシェフ達も
ここにレストランを開くようになりました。
シドニーでは家賃も高ければ競走も激しいです。

地元の新鮮な食材を利用して
特徴のあるレストランを開店した方が
初期投資も少なければ話題にもなります。
そうやっておしゃれなレストランが
次から次へとオープンして行ったようです。

普段は市内にある話題のレストランしか
紹介しないようなシドニーの大きな新聞紙が
週末に行けるような場所にあるレストランを
旅行と掛け合わせて紹介するようになりました。

共働きのカップルが多いこの時代
週末にストレスを発散させるために
小旅行に行く人達も多いです。

オーストラリアではリタイヤした人が
たくさん国内旅行を楽しんでいます。
都会よりも地方都市を車で
時間をかけて楽しんでいるようです。
いつか私も時間をかけて旅行したいです。

オレンジの『ワインとフードフェスティバル』は
10月17日から11月2日まで開催されます。
グルメレストランが評判のオレンジ
食事とワインが楽しめることをお約束します。

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    オレンジの街並 by wiki

観光情報
オレンジの観光局
http://www.visitorange.com.au
NSW州政府観光局
www.visitnsw.com



マジー周辺の街

私が初めてオーストラリアに来たのは30年前。
まだワーホリで来ても珍しがられた頃です。
その頃はシドニーでも田舎だと思ったのですから、
NSWの片田舎に行けば牧場しかありませんでした。

『ハレー彗星観光』で行ったのが30年前。
初めて日本人の団体が来ると言うので、
テレビの取材があったほど珍しがられました。
ツアーを手配した旅行会社は
受け入れてくれるレストランがなくて困ったそうです。

日本人だからと言う差別ではなく、
150人近い団体を受け入れた経験がありません。
それも1時間で食事を済ませろと言うのですから、
のんびりと暮らしている田舎の人にとっては
とっても無理な注文だったかもしれません。

当時シドニーに暮らしている人達でさえ
よっぽどのことがないと観光にきませんでした。
たとえ週末を利用して泊まりに来ようとしても、
モーテルぐらいで観光する所もなかったですね。

あれから30年が過ぎて大きく変貌しました。
『村おこし』ではありませんが、
大きな産業のない地方都市では、
観光に力を注ぐようになってきました。

地元で採れた新鮮な食材を利用して
腕を競うシェフが増えて来ました。
新聞やメディアで取り上げられると
わざわざその料理を食べに来ます。
また美味しいワインが作られると
それを買い求めに来る人達もいます。

人が集まればアートやミュージック、
さらにワインとフードのフェスティバルなど、
たくさんの企画が開催されるようになります。
最初は訪れる人が少なくても、
回を重ねることに大きくなっていきます。

バサーストオレンジマジーと言った内陸部は
シドニーから3〜4時間で行けるとこともあり、
週末を利用して旅行するのにピッタリです。
ブルーマウンテンを越えて足を延ばしたいですね。

9月12日から10月6日までマジーにおいて
『ワインとフードフェスティバル』が開催されています。
もしこの時期シドニーを訪ねる機会があったら、
是非ここまで足を延ばして下さい。


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   フェスティバル会場 by FB

観光情報
マジーの観光局
http://www.visitmudgeeregion.com.au
NSW州政府観光局
www.visitnsw.com
マジーのワイン
http://www.mudgeewine.com.au


金を探し求めて『ゴールドプロスペクター』

金を求めて探し歩いている人達を
ゴールドプロスペクター』と呼んでいます。
現在でもオーストラリアや北米には
これを職業として暮らしている人もいます。

何百万も投資して大がかりな設備を利用する人もいます。
そう言った人は一人では出来ないので、
仲間同士や人を雇う人もいますが、
設備投資の元を採れずに諦める人もいます。

金を探すにはふたつの方法があるようです。
金属探知機を利用して金塊を探す方法。
去年は5kgの金塊が発見されてましたが、
まだ世界中に埋もれている可能性はあります。
性能の良い探知機ほど値段も高いようです。

そして川なので砂金を取る方法です。
土砂を水で流しながら砂金を取りますが、
高率良く大量の砂金を取るためには
それなりの設備が必要となります。

勝手に何処でも金を探すことはできません。
国や州によって法律も異なりますが、
採掘権を申請して許可が必要です。

砂金採りは日本でも体験できるようですが、
オーストラリアやアラスカでは
砂金採り用のお皿を利用して
趣味で砂金採りをしている人もいます。

私が現在働いているアラスカ各地で
この砂金採りで生計を立てている人もいます。
川に行って黒い砂と泥をお皿に入れて、
水で少しづつ流して行きます。
砂金は重いので最後まで残るようです。

川の中にはキラキラに光った物がありますが、
これは金に良く似ていますが『偽物』です。
観光客相手の体験砂金取りも良いですが、
アラスカやオーストラリア
本格的に金探しも楽しいかもしれません。

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  ゴールドラッシュ時代 by wiki



オーストラリアのゴールドラッシュ

1851年エドワードハーグレイブによって
オーストラリアで最初に金が発見されたました。
彼は1848年カルフォルニアで金が発見されると
英国からアメリカに渡り金を探しますが、
そこでは金を発見することができなかったようです。

そこでオーストラリアに渡り
カルフォルニアで金が発見された地形に良く似た
NSW州の内陸部を探検しました。
そしてバサーストから近いophirで
利益が上がるほどの金を発見しました。

その以前にも金は見つかっていたようですが、
当時英国の植民地だったNSW政府は
金発見のうわさを秘密にしていました。
ハーグレイブの発見も最初は秘密にされましたが、
あっという間にシドニー中に広まり
たくさんの金採掘者が押し寄せました。

英国をはじめヨーロッパやアメリカから
オーストラリアに人が集まって来ましたが、
労働者として中国人もやってきました。
それから19世紀の終わりまで
オーストラリアの景気が続くことになりました。

当時は開拓植民地NSWでしたが、
ビクトリアや西オーストラリア
それぞれ植民地政府が独立していきました。
金が次から次と発見されると、
植民地政府にとって採掘権などの手数料は
倍大な収入源となり豊かになったようです。

現在NSWには大きな金鉱山はありません。
しかし西オーストラリアを中心に
金の産出量も埋蔵量も
世界リストのトップ3に入っています。

またプロスペクターと呼ばれる
個人で金を探して歩いている人達も多く、
2013年1月には5.5kgもある金塊が
ビクトリア州のバララッツで発見されています。
過去最大の金塊(70kg)も1869年
ビクトリア州で発見されています。
みなさんも金採掘者になりますか?

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 ゴールドラッシュ時代 by wiki


ワインでも有名な『マジー』




翌日はガルゴングを後にしてマジーに移動しました。
ヘンリーローソンが少年期に過ごした所です。
彼はここで15歳まで住み学校に通いましたが、
多くの詩にはこの周辺の情緒が描かれています。

初めてこの地区を探検したのは
ブルーマウンテン越えのルートを発見した
探検家のひとり『ウィリアムローソン』
詩人のヘンリーとは全く関係ありませんが、
ローソンと言う街は探検家から取られています。

1851年に金が近くで発見されると
たくさんの金採掘者がやってきました。
マジーでは金は見るかりませんでしたが、
一時は2万人近くも集まったそうです。

NSWでワインと言えばハンターバレーですが、
マジーでも良質のワインを生産しています。
国内外のワインコンテストで
たくさん金賞に輝いています。

マジーワインの歴史はとても古く
金が発見された頃までに遡ります。
1854年バーバリアから移民した
『ファマーカッチェ』によって
最初のブドウの木が植えられました。

ヘンリーの詩『The Days We Went Swimming』
に彼のことが描かれているそうです。
彼の孫のアフレッドの努力によって
マジーワインは有名になりました。

現在マジー周辺だけで100近い
ブティックワイナリーがあります。
9月中旬にはワインショーが開催され、
たくさんのワインを試飲することができます。

また9月から10月にかけて
ワインとフードフェスティバルが開催され、
シドニーから訪れる人も多いですね。
春のお花の時期とかさなり美しい時です。

9月12日から10月6日までマジーにおいて
『ワインとフードフェスティバル』が開催されています。
もしこの時期シドニーを訪ねる機会があったら、
是非ここまで足を延ばして下さい。


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       マジー by wiki


観光情報
マジーの観光局
http://www.visitmudgeeregion.com.au
マジーのワイン
http://www.mudgeewine.com.au
NSW州政府観光局
www.visitnsw.com


歴史的建物に溢れる『ガルゴング』

ガルゴングは人口が少ないにも関わらず
歴史的な建物が保存されている街です。
白人が入植してから230年足らずの国ですから、
日本の物差で見たら短く感じますが、
140年前の建物がたくさん残っています。

国有財産に指定された建設物が
オーストラリアで一番多く存在しているので、
歴史に触れるにはピッタリの街です。
しかし日本から来てまもない観光客には
興味引かれるような建物は少ないかもしれません。

昔の田舎の暮らしを見るには、
ガルゴング開拓博物館』
ヘンリー・ローソンについて知るには、
『ヘンリー・ローソン博物館』
オーストラリアで一番古いオペラハウス
『プリンスオブウェールズオペラハウス』など
見るのはたくさんありますが、、。

ハイキングが好きな方には
1890年から1930年にかけて
職を求めてやって来た人達が残したシンボルを
探して歩いて見るのは如何でしょうか?

人は仲間に意志を伝えるために
いろんな場所ににシンボルを残してきました。
先住民のアボリジニが残した物ではなく、
大不況の頃に職や食べ物、
または住まして貰える所を求めて
たくさんの人達が移り住んで行きました。

そう言った人達が残したシンボルが
なんと50以上も見つかっているそうです。
ここまで苦労してやった来た人達が
後から来る人たちのために残したシンボル
オーストラリアのアウトバックの生活が
決して楽ではないことを意図しています。

まさにヘンリー・ローソンが生きた時代
彼の詩がオーストラリア人に好まれたのは
彼自身がそんな生活を体験したからこそ
共感を得たのかもしれません。

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     オペラハウス by wiki

観光情報
ガラゴング観光局
http://www.gulgong.net
NSW州政府観光局
www.visitnsw.com

ヘンリー・ローソンの生涯

人口わずか2000人程のガルゴング
1990年代まで使用されていた
紙のオーストラリア10ドル紙幣に
この街に住み、この街を愛した
ヘンリー・ローソンと共に描かれています。

ヘンリー・ローソンは1867年
この街からほど遠くない所で生まれました。
金鉱夫だった父親が一旗上げるために
家族とともにガルゴングに移り住みました。
この街には資本金を持たない金鉱夫が
一角千金を夢見て集まって来たようです。

しかし夢は見事に打ち砕かれました。
ヘンリーの両親は年の差が14ありましたが、
その仲はうまく行っていなかったようです。
ヘンリーは子供の時耳の病気をして
14歳の頃には全く聞こえなくなりました。

マジーにあるカソリックスクールに通いました。
彼は読書が大好きだったようです。
耳の聞こえないヘンリーにとって
読書が唯一の勉強方法でした。

1983年は父親と一緒に
ブルーマウンテンで建設の仕事をしていました。
しかし母親の要請で兄弟とともに
シドニーで一緒に住むことになりました。

母親のルイザは子供達が大きくなると
女性の地位向上を求めて運動を始めました。
『The Dawn』と言う女性雑誌の編集をしたり、
ヘンリーの最初の作品を刊行したりと
初期の彼に大きな影響を与えたようです。

1896年結婚して2児の子供を儲けますが、
彼がアルコール依存症だったために
その結婚はうまく行かなかったようです。
子供の教育費さえまともに払わずに
刑務所に入ることになりました。

ヘンリーは1922年シドニー郊外の
アボツフォードで亡くなりました。
彼は民間人で初めて国葬となりました。
オーストラリアの首相をはじめ
NSW州首相や一シドニー市民が
彼の葬儀に参列したそうです。

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ヘンリー・ローソンby wiki

観光情報
ガラゴング観光局
http://www.gulgong.net
NSW州政府観光局
www.visitnsw.com



オーストラリアの田舎で運転する時




シドニーからリスゴー(Lithgow)まで140km、
Googleでは2時間ぐらいと表示されますが、
時によって3時間程かかる時もあるので、
途中でガソリン補給も兼ねて停まって下さい。

もしガソリンが半分以上あっても、
リスゴーで満タンにしておくことをお薦めします。
これからは田舎道ガソリンスタンドも少なく
料金も都会より少し高いかもしれません。
トイレ休憩と水分の補給はつねに忘れずに。
リスゴーは石炭が採れるので
火力発電所を見ることができます。

リスゴーからガルゴング(Gulgong)まで
55号線マジー(Mudgee)を抜けて150km。
田舎道と言っても80km以上で走れるので
2時間あれば到着できる距離です。

私は一日目は目的地まで行くタイプですが、
途中良い景色があったら停まって写真を撮り
休憩を取りながら運転をするタイプです。
シドニー周辺では市街地でない限り
1時間に80km前後は走れますからね。

ブルーマウンテンを越えると草原が続きます。
シドニー郊外の牧場地帯として知られており、
羊だけなく牛や競走馬の牧場もありますが、
最近はアルパカを飼育している所もあります。

カンガルー注意のサインはシドニー郊外でも見ますが、
この辺りからはウォンバット注意のサインがあります。
朝夕なら野生のカンガルーを見ることもできますが、
野生のウォンバットはまだ見たことがありません。

カンガルーの死体が道路脇に転がっています。
夕方や夜にドライブする時は注意して下さい。
カンガルーを殺す程ならどんな事故が分かりますよね。
トラックや四駆は特別のバンパーをつけていますが、
レンタカーではそれは無理ですね。
事故あわないように注意するしかありません。

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        田舎の風景 

観光情報
ガラゴング観光局
http://www.gulgong.net
NSW州政府観光局
www.visitnsw.com

シドニーからブルーマウンテンへ


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シドニーからブルーマウンテンを越えて
旅行するにはやっぱりレンタカーですね。
主な街は電車でも行くことができますが、
マジーやガルゴングは駅からそれています。
元気についてからの足も必要なので、
レンタカーして行くことになりました。

ブルーマウンテンはシドニーの西側に
南北に広がる山脈の総称です。
ユーカリの原生林に覆われた山は
ユーカリオイルで青く見えるところから
ブルーマウンテン』と呼ばれています。

その麓にはネピアン川が流れており、
ここがブルーマウンテンの入り口になります。
一応国立公園ですが、特に入場料はありません。
西へと伸びる主要幹線道路で高速もあります。

ここから先は山道に入りますが、
日本と異なり80kmぐらいで走ることができます。
ただし大型トラックや観光バスも走っているので、
運転する時はそれなりに注意して下さい。
日本と同じ左側通行なのでレンタカーしても
あまり違和感はないかと思います。

ブルーマウンテンに行く時は
高速(M4)を利用して行く方法もありますが、
私は途中からウィンザー道路(40号線)に乗換
ベルピン道路(59号線)を利用するのが好きです。
これは裏通りになりますが、景色はよいですね。
以前に比べて道路も良くなったので、
時間もそれほどかからなくなりました。

登りかけた頃にカフェがあります。
ここでひと休み、朝食をとるのが楽しみです。
リスゴーまで到着する間に
急勾配の上りと下りの坂と
ヘアピンカーブが数カ所あります。
スピードを出す過ぎないように
運転には充分注意して下さい。

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     リスゴー by wiki

観光情報
ガラゴング観光局
http://www.gulgong.net
NSW州政府観光局
www.visitnsw.com



ヘンリー・ローソンが愛した田舎



オーストラリアの裏国歌とも言われる
『ワルツィングマチルダ』や
1982年に製作された映画
『スノーウィー川から来た男』のお陰で
パターソンのことは知っていますが、
ローソンの作品に触れたことはありません。

ただ有名なので名前だけは
テレビ聞いたり本で読んだりしました。
お札に描かれているとガイドの知識として
お客さんに聞かれることもありました。

ローソンが旧札の10ドル札を飾っていたとき
彼が小さい時に住んだことのある
ガルゴング』が一緒に描かれていました。
一度はゴールドラッシュで賑わったこの街は
オーストラリアで一番国有財産に
指定された建物が残っているそうです。

シドニーから西に100kmの所には
世界自然遺産に指定された
ブルーマウンテン国立公園があります。
ガイドをしていたので最低でも
週に1〜2度は行っていました。

山を越えて更に西の方には
普通の観光で行くことはありませんが、
修学旅行で一緒に行ったり、
語学研修で数日滞在したことがあります。

しかし個人で旅行する機会も少ないので、
今回はそんなローソンの足跡を求めて
NSWの田舎を廻ることにしました。
シドニー郊外は日帰りや1泊で
いろんな所へ旅行しましたが、
新しい所に行く時は興奮しますね。

特にローソンが住んでいた『マジー』は
良質のワインを生産をするようになってから
シドニーから訪問する人が増えていました。
NSW州政府が田舎の観光を促進するために
パンフレットを作るようになったのもこの頃です。

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     ガルゴング by wiki

観光情報
ガラゴング観光局
http://www.gulgong.net
NSW州政府観光局
www.visitnsw.com



旅行6日目 『唯一飛行機の乗らない日 ブルーマウンテン観光』

翌日はブルーマウンテン一日観光です。
と言っても今回は他の都市で
動物園入場が含まれていたので、
ここではブルーマウンテンのみの観光でした。

いつもよりも出発も少し遅く
ラッシュアワーが終わる頃にホテルを出発
2時間かけてカトゥンバまで行きます。
今まで現地のガイドさんがいたので、
比較的のんびりできましたが、
ここでは自分で案内しなければなりません。

しかしここまで一緒に行動していると、
すでに心も打ち砕けガイドと言うより
お友達に案内しているような気分です。
お客さまのいろんな質問に答えて
世間話をしている方が多かったです。

ブルーマウンテンの観光は
昼食を含めて3時間位で終わります。
エコーポイントで30分観光
シーニックワールドで1時間観光
それに昼食のみで他に見る所はありません。

往復4時間かかるのでどうしても滞在が短く、
観光に当てる時間が短くなります。
一日観光は通常8時間になっていますが、
これに動物園滞在1時間を含めると、
渋滞がきつくなった今日かなり厳しいです。

その日の夕食はツアーで一番豪華な夕食でした。
あまり夕食は含まれていませんでしたが、
ホテルに戻ってくるのが遅いツアーばかりで、
ゆっくりと夕食を取る時間もありませんでした。

その晩はロブスターディナーがついていました。
現在はそのレストランもクローズしましたが、
ロブスターケーブと言う日本人経営のお店です。
刺身とチーズ焼きをメインにロブスターづくしでした。

シドニーでロブスターの老舗と言えば『ブルーエンジェル』
現在は中国人で賑わっているようですが、
日本人駐在員、観光客で賑わっていた時代もあります。
ロブスター刺身コースはひとり98ドルで
長い間お店で最も人気のあるコースです。

一日目成田から飛行機で到着以来、
唯一飛行機と縁のないのはこの日だけでした。
移動、セスナで観光と続いたので、
この日ばかりは足が地面についていたようです。

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  ブルーマウンテン by Tripadvisor


旅行5日目 『シドニーでちょっと一息』

翌日はチェックアウトまでゆっくりと過ごし、
昼頃空港に到着し、シドニーに向いました。
機内食が付いていないので空港で自由に食事、
私はカンタスラウンジで簡単に昼を取りました。

今回の仕事で嬉しかったのはカンタス航空利用。
仕事で乗った分すべて私のマイレージ可算です。
空港ではいつもラウンジを利用していました。
お一人ならラウンジに招待することもできますが、
お二人参加では仕方ありませんよね。
場所によってはガイドさんと入っていました。

空港に到着するとドライバーさんのみです。
まさか地元のシドニーでガイドはつきませんね。
空港からの簡単な観光が付いており、
マッコーリー夫人の岬と
オペラハウスだけは尋ねることにしました。

本当は免税店での買物もありました。
当時はそれほど強制ではありませんが、
お店に入店するのが義務づけられていました。
しかしシドニーからの帰国便でないと、
わざわざ買物する人も少なかったです。

たった二人だけでは買物にも興味なさそうです。
担当者からも入店だけで良いと言われ、
少しは安心していた私ですが、
『ごめんね』と免税店に声を掛けて、
入店カードを作るとそのままホテルに行きました。

免税店のカードには帰国便などが記録され、
ゴールドコーストにあるお店でも利用できました。
当時免税店からはホテルへのシャトル便があり、
お客さまは自由行動中の移動に利用していました。

その日はチェックイン後自由行動でした。
お客さまにはオプショナルツアーで
シドニー湾ディナークルーズをお薦めしました。
これなら夕食をご一緒する必要もなく、
お客さまも安心して夕食が食べれます。

私はホテルの近くでゆっくり和食です。
添乗していると肉の嫌いな私には辛いです。
好きな焼き魚とご飯を食べて、エネルギーの補給?
こんな時はやっぱり和食が恋しくなります。

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  シドニー市内 by Tripadvisor

カウラ脱走事件と日本庭園

1944年8月始め、日本人収容兵達は、
カウラの収容人数が大幅に増え過ぎたために、
さらに西に400km程離れたヘイ(Hay)に
移送されると通達されました。

全員一緒ではなく分断されることになりました。
日本人兵士は『この要求を受けるか?
反対するか?』の多数決の票をとり、
『反対=脱出』と決まったそうです。

8月5日午後2時頃から脱出は始まりました。
脱走すれば、オーストラリア兵士は銃をとります。
この脱走事件で、日本人兵士231名と
オーストラリア4名が亡くなりました。

オーストラリア政府も日本政府も
それぞれの事情から戦争中には、
この事件について発表しませんでした。

収容所があった場所は現在牧場になっています。
残念ながら当時の建物は残っていませんが、
当時の建物の写真が展示してあります。

また近くには日本人墓地があります。
地元の人達の協力により、
いつも花が咲いており、きれいに整備されています。
他の場所で亡くなった日本人の遺骨も
ここに移され一緒に埋葬されているようです。
皇室関係の方が来豪された際には
ここに立ち寄り供花されています。

市内には日本庭園があります。
ここでは日本食がブームになる前から、
日本の文化を地元に教えていました。
また市内から収容所跡地まで
八重桜の木が植えられており、
毎年9月には桜祭りが開催されます。

オーストラリアに住んで25年になりますが、
私はこの国に住んで良かったと思っています。
悲しい過去はあったとしても、
オーストラリア人には良くしてもらいました。

カウラにある日本庭園の公式サイト

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   カウラの日本庭園 by wiki




戦争捕虜収容所があった街『カウラ』

修学旅行でもいろん所に行きましたが、
一番衝撃だったのは『カウラ』です。
日本にいる方はNSW州にあるこの街のことを
知るよしもありませんよね。
そんな私もシドニーに来て初めて知りました。

このブログでも過去に、『シドニーの特殊潜航艇』や
『ダーウィンの襲撃』についてお話しました。
戦争中オーストラリアに攻撃をした国は、
私が生まれた日本だけでした。
そのために戦後しばらくは複雑な関係にあり、
オーストラリアの兵士と結婚した日本人花嫁も
しばらくこの国への入国が認められませんでした。

カウラには『捕虜収容所』がありました。
もしこの収容所で『脱走事件』がなければ、
ふつうの捕虜収容所と変わりなかったでしょう。

カウラはシドニーから南西に300kmの所にあり、
首都キャンベラからは170km北にあります。
現在でも人口1万人位の小さな街です。
そこに4000名近い兵士と市民が
『戦争捕虜』として収容されていました。
その大半がイタリア人だったそうです。

1944年8月までにオーストラリア国内で
日本人2223名が捕虜として収容されていました。
その中には533名の海運業者も含まれていたそうです。
そしてこのカウラには1104名が収容されていました。

捕虜と言っても緩やかな生活をしていたそうです。
野菜を敷地ないに植えたり、薪を伐採に行ったり、
また野球や相撲、麻雀などの
レクレーションも許されていました。

毎日と言うわけには行きませんが、
魚が好きな日本人のために、
わざわざシドニーから運んできたりと、
特別な計らいもしてくれたそうです。
負傷者にも手厚い介護も施してくれました。

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   戦争捕虜収容所 by wiki



ロードハウアイランドへの航空券

数回に渡ってオーストラリアの世界遺産、
ロードハウアイランド』についてご案内しましたが、
簡単に行けそうで行けないのが実情です。
私の友達でも行った人は少ないですね。

まず32人乗りの飛行機しか就航していないので、
予約をするのが難しいかもしれません。
シドニーからは毎日就航しています。
わずか2時間のフライトですが、
飛行時間の割には料金が高いです。

日本国内から直接(シドニー経由)で
予約する方が安くつきますよ。
例えば半年後で確認してみると、
一番安い航空券なら10万円ぐらいであります。
燃料サーチャージや税金を加えても、
17万円未満で飛ぶことができます。

シドニーからの国内運賃を見ると、
行きが510ドル、帰りが556ドルします。
帰路がいつも高いのが不思議なのですが、、
往復で10万円ぐらいするので、
日本から直接購入した方が良いのが分かりますね。

島内には18の宿泊施設しかありません。
島に到着される前に必ず予約して下さい。
空港までホテルの人が迎えに来てくれます。
安いバッパーなどないので、
誰かと一緒に旅行する方が良いですね。

島では、スクーバー、フィッシング、
ハイキングなども楽しめますが、
ひとりで行くと寂しいですね。
ツアーに参加しないのなら、
誰かと一緒に行った方が楽しいですよ。

クルーズ船はこの島に寄港しませんが、
プライベートヨットで行けたら、
この島をもっと楽しめるかもしれませんね。

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 ロードハウアイランド by LHI Info



観光情報
ロードハウ島の観光局
http://www.lordhoweisland.info
カンタスリンク
http://book.qantas.com.au/

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