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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

キャンプをしよう@クリスマス休暇

ポンとまともな休みが続くと、
何処かへ出かけたくなってしまいますが、
年末年始はどこも混雑しています。
こんな時に短期の旅行に出かける気もしないし。
ましてや料金が高いときは遠慮しますね。

国内旅行と言っても条件は同じです。
車があるのでドライブもできますが、
ホテルは高いし、どこも混雑しています。
こんな時に一番良いのがキャンプですね。
 
2年前のキンバリー旅行で
キャンプにちょっと慣れたので、
友人とキャンプすることにしました。
と言っても4WDを持っているわけでもなく、
オーストラリア人の目から見ると
ママゴトみたいなキャンプになりました。

タスマニア旅行中やブルーマウンテンで、
キャンプはすでに体験していましたが、
数泊するキャンプは今回が初めてです。
候補地はいくつかありましたが、
まだ行ったことのないところ、
あまり観光地でないところを選びました。

シドニーから西へ100km行くと
世界遺産に登録されたブルーマウンテンがあります。
その周辺は以前から炭鉱として知られていますが、
廃鉱のひとつニュウンズに行くことしました。

ブルーマウンテンに西、炭鉱の街リスゴーを過ぎたら、
ワインとハチミツで有名なマジーに行く道から、
ワルガンバレーに続く道に入ります。
35kmほど未舗装の道を走った行き止まりが、
今は誰も住んでいないニュウンズというところです。

こんなところでどんなキャンプが待っているのか?
シャワーやトイレはどうするのか?
そしてまともな物が食べられるのでしょうか?

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 ニューンズのキャンプ場 by NSWNP

タスマニアの州都ホバートへ

オーバーランドトラックの終点となる、
レイクセントクレアを観光した私たちは
タスマニアの州都ホバートを目指しました。

ホバートはシドニーに次いで
オーストラリアで二番目に古い街です。
しかし本土にないためかそれほど発達せず、
現在でも人口はわずか22万人程です。

ホバートと言えば、オーストラリアで由緒ある
シドニー〜ホバート間ヨットレースの終点です。
クリスマスから年末にかけては
このレースを観戦する人たちで賑わいます。

と言ってもこれという観光地はないですね。
タスマニアの人に怒られるかもしれませんが、
サリバンズコーブにあるサラマンカプレイスのみです。

ジョージア王朝様式の倉庫は
1830年代に穀物や羊毛、鯨油、輸入品
などを貯蔵するために建てられました。
現在は改装されて、ギャラリーや劇場、カフェ、
バー、レストランなどに生まれ変わっています。

こういう建物はオーストラリアの各都市にあるので、
シドニーから来た私たちには興味はわきませんが、
ここで旅で疲れた体を潤すために
ビールで乾杯することにしました。

タスマニアにはJ. Boag & Son と
カスケードというビールがあります。
この二つはオーストラリア全土で飲めますが、
地元でないと飲めないビールもあります。

その日はキャンプをする日だったので、
市内のスーパーで食料品を買い込んで
ポートアーサーに移動することにしました。

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     ホバート市内 by wiki

旅行情報
オーストラリア観光局 日本語
http://www.australia.com/ja-jp/places/tas.html
タスマニア観光局 英語
http://www.discovertasmania.com.au

シドニー〜カウラ間の観光地

カウラからシドニーまで300km
約4時間ちょっとのドライブですが、
もし皆さんが来られる時のために、
途中の街を紹介しておきましょう。

シドニーから高速にはすぐ乗れませんが、
M4でペンリースまで約1時間。
そこからカトゥンバまで山道になります。
ブールマウンテンはシドニー一の観光地。
日帰りでも観光できますが、
ハイキングしたかったら泊まってください。

ブルーマウンテンまで二つの道があります。
グレートウェタンハイウェイと
ベルズラインオブロードです。
往復違った道を通ると景色が楽しめます。

途中には金のバサーストがあります。
ここでは砂金探しを体験できます。
また10月には耐久レースがありますが、
コースを走ってみるのは如何ですか?

カウラには日本庭園があります。
毎年9月の終わりには『桜祭り』
日本と違った季節に桜を楽しんでください。

せっかくここまで足を運んだら、
今グルメの街として知られるオレンジや、
ワインとハニーの街『マジー』など、
見るところもかなりありますね。

田舎まで足を運ぶ機会は少ないでしょうが、
何度もオーストラリアに来ているなら、
田舎のすばらしさを味わってください。
昔と違っておしゃれなゲストハウスや
人気のあるレストランも増えています。
地元の食材を使った新鮮な料理は
都会では味わない美味しさを体験できます。 

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     ブルーマウンテンの住宅

『カウラ事件』のあった街

ヤングを離れた私たちはそのまま
『カウラ』に移動しました。
私は仕事で何度か来ていますが
友達はまだ来たことがありません。

シドニーから西へ約300km
車で4時間ちょっとで来れるカウラが
どうして日本人にとって大切な街か?
それは戦争中に起きたある事件のためです。

ここには第二次世界大戦中に
軍の捕虜収容所がありました。
1944年8月5日その事件は発生しました。
収容されていた日本人1104名のうち
545名以上が脱走しました。
そして日本人231名が死亡、
108名が負傷したそうです。

カウラ事件』と呼ばれていますが、
捕虜収容所の脱走事件としては最大とか。
それが人口1万人ほどの小さな町で発生、
衝撃は国中を震わせたようです。

今はその面影はほとんどなく、
当時の写真が展示されているだけです。
その写真を見なかったら、
牛が草を食べているのどかな牧場です。

私はこの国に来るまで『カウラ事件』について
一度も聞いたことがありませんでした。
1984年『カウラ大脱走』、
2008年『カウラ事件〜太陽への脱出』
など映画化やテレビ映画化されていますが、
国内でも興行成績は良くありませんでした。

しかしオーストラリアの教科書では
カウラ事件』についても触れています。
地元の人たちは毎年桜まつりを通じて、
亡くなった方がの慰霊を見守り続けています。

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 カウラにある日本庭園の桜 by wiki

観光情報
カウラの観光局
http://cowratourism.com.au

チェリーの街『ヤング』

翌日は車は北上させヤングに向かいます。
年をとってもいつまでも若くいれる街。
12代NSW総督を務めた
『ジョンヤング』の名から取られています。
彼はアイルランド長官やカナダ総督するなど
英国の植民地で歴任しています。

農場地帯が続くNSW州の南西部でも
ヤングは特にフルーツが有名です。
ワーキングホリデーは一年ですが、
フルーツピックングを3ヶ月すると
もう一年ビザが延長されます。
そのためここに来る人も多いですね。

特にチェリーが有名で、
『初物』はシドニーでセリにかけられます。
毎年1箱5万ドル以上の値段がつけられ、
そのお金はチャリティーに寄付されます。

毎年12月の第一週末には
チェリーフェスティバルも開催されます。
内陸部のためにちょっと暑いですが、
キャンベラからさらに2時間、
田舎を楽しむ方にはお勧めですよ。

最近は早期にリタイヤーした人たちが
田舎に住みたいというので移住しています。
もちろん農家をするとかいうのではなく、
趣味程度で農家や園芸をやっています。

さてヤングから南へ16kmほどの所に
『ウォンバッド』名前の街があります。
実際にウォンバッドが多いのか知りませんが、
自分でチェリーが摘める農園があります。
時期は年によって異なりますが、
他に桃やシュガープラムも楽しめます。
Wanbat Height』までお問い合わせください。

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    ヤングの中心地 by Flickr

観光情報
ヤングの観光局
http://www.visityoung.com.au


北米で一番売れてるワイン『イエローテール』

リートンを後にしさらに北西に進みました。
次に行った街はグリフィスです。
ここも農業が盛んな街です。
スローウィーマウンテンから通じる
灌漑用水によって豊かな水があります。
そのおかげで農場地帯になっています。

人口15000人足らずの街ですが、
イタリアからの移民が1000人ほどいます。
その中のひとり『カセラ一家』は
ワインメーカーとして有名です。

この一家は1820年代から
イタリアでワインを製造していました。
1957年フィリッポカセラ夫妻が
オーストラリアに移民しました。

グリフィス郊外でブドウを栽培、
ワイン造りを始めましたが、
ブレンド用に出荷するのみでした。
2000年アメリカのワイン輸入会社と提携、
翌年『yellow tail』のブランドを設立します。

最初の年は25000ケース出荷予定でしたが、
なんと100万ケースを販売しました。
その後も販売は順調に伸びて、
現在では北米で一番売れているワインです。
その販売量はフランスから輸入されるワインを
すべて足したよりも多いそうです。

現在このワインは世界50国に輸入され、
その製造ラインは1秒間に10本とか。
輸出も製造もオーストリア一を誇っています。
2013年に製造1兆瓶に到達しています。

このワインが成功した理由のひとつとして、
夕食と一緒に気取って飲むワインでなく、
ビール代わりに気楽に飲める手頃なワイン。
一本1000円前後で買うことができます。

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     イエローテイルワイン



関連情報
イエローテイルワイン 公式サイト
http://www.yellowtailwine.com

オーストラリアの米事情

私がワーホリで来た頃は米といえば
インディカ米(長粒種)と
ジャポニカ米(短粒種)しかありませんでした。
ジャポニカ米は日本人と韓国人しか食べないので、
スーパーではほとんど売っていませんでした。

米はほとんど陸稲です。
そのため水分が少ないのでしょうか、
ポロポロでおにぎりにしても
食べる時にはすぐに壊れてしまいました。
これではお寿司には使用できませんね。

オーストラリアで和食ブームが始まり、
寿司(特に巻寿し)が食べられるようになると、
寿司に適した米の需要が求められます。
コシヒカリが水田耕作されるようになりました。

オーストラリアに米を紹介したのは
松山市の篤農家、高須賀穣夫妻
1905年ビクトリア州に移民し、
日本のコメ種子を持ち込んで
コメ作りを開始したのが始まりだそうです。

NSW州とビクトリア州の境を中心に
1500以上の農家が生産しています
平均生産量は約100万トン。
ほとんど害虫がいないので、
農薬を使わなくても1haあたり、
11トン近く収穫することができます。

オーストラリアの稲作農業では、
効率性、サステナビリティ、安全性を考え
設計されたユニークなロテーションシステムを
農場全体にわたり採用しています。

稲作が行えるのは各農場の3分の1まで、
ロテーションシステムの付加的な特質として、
動物、水性生物、そしてマメ科牧草や
作物による土壌養分の補充など、
数多くの利点が挙げられるそうです。

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 オーストラリア産日本米『スシライス』

ライスキャピタル『リートン』へ


今回はニューサウスウェールズ州の
南西部を中心に観光することにしました。
キャンベラから3時間ほど離れた
ワガワガが最初の目的地です。

シドニーとメルボルンを結ぶハイウェイの
中間地点で交通の要点になっています。
首都争いがあった時に、ワガワガ
首都候補なった街のひとつです。

人口5万人でNSWの内陸部最大の街。
日本人の観光客はほとんどきませんね。
私たちもシドニーに15年以上住んで
ここまでやっと足を運ぶことになりました。

ワガワガは芸術とスポーツの街です。
オーストラリアを代表するスポーツ選手を
たくさん輩出していることで知られています。
と言っても日本では知名度が低い、
クリケットやオージールールフットボール
などの選手が多いのですが、、、。

ここでランチを食べるとさらに2時間
今度は北西へと車を走らせリートンに向かいます。
人口7000人ぐらいの街ですが、
その名前は日本でも知られていました。

ここでは柑橘類やぶどうも有名ですが、
ライスキャピタルと呼ばれるほど
米の生産が盛んなところです。
オーストラリア米で一番有名な
サンライスの本社があります。

日本のような水田を使わない陸稲ですが、
ここでは水田耕作が行われていました。
そのために日本からの視察も盛んでした。
米を作っているところを見に来たのです。

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 リートンの水田 by irrigator.com.au

観光情報
リートンの観光局
http://www.leetontourism.com.au

新車で初めてのドライブ旅行

休みの日は友達の練習がてら
良くドライブに行くようになりました。
でも友達はあまり運転が好きではなく、
私が運転する時間が長かったです。
まあ運転が嫌いではないので、
長時間でも平気で運転することができます。

車を買ったことだし、何処か
ドライブの旅に出ることにしました。
ハンターバレーやブルーマウンテンは
1泊2日で良く行きましたが、
たまには長距離の旅も良いですね。

今回はいつも行くキャンベラを越えて
ビクトリア州との境まで行くことにしました。
この辺りはNSW州切っての農村地帯
フルーツピッキングなどでも知られています。

まずは首都キャンベラにいる友人を訪ねて。
私の友達と同じ年なので話が合うようです。
二人が持っている海岸線の別荘は、
車を練習している時に尋ねましたが、
キャンベラ方面に来るならと、
そこに1泊させてもらいました。

時期はこちらの秋、紅葉が綺麗な頃です。
シドニーでは見ることのできない紅葉も、
キャンベラに近づくと色づいて見られます。
内陸部にあり、高地にあるために、
シドニーよりも寒暖差が激しいのです。

紅葉はきれいでも住むかと言われると
いろいろと考えてしまいますが、
シドニーの海辺に面したところが
住む場所としては最高ですね。
キャンベラは人口の湖がありますが、
首都争いをしなかったら、
何処が首都になっていたのでしょうか。

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      キャンベラのサイン

ジャービスベイからシドニーまでの見どころ

ジャービスベイからシドニーまで150km、
この辺りはショウルヘブンと呼ばれており、
南側のリゾートになって観光地もあります。

以前にもこのブログで書いた史跡の街『ベリー
最近はカフェなどおしゃれな店も増えて、
週末に尋ねるにはちょうど良いところです。
19世紀に建てられた建物も多く、
タイムスリップした気分になれます。
ベリーの観光案内

少し上るカイアマという街があります。
海水が60kmまで吹き上げる
潮吹き洞穴は見応えがあります。

夏ならジャンバルーアクションパークがお薦めです。
ウォーターパークが中心になりますが、
昔からゴーカートが有名でした。
泳ぎが苦手で水遊びしたい人向けですね。
ジャンバルーアクションパーク

ウールゴングは今や50万人を越す都会ですが、
南半球最大の中国寺院『南天寺』があります。
自由に見学することもできますが、
ガイドツアー(1時間半4ドル)に参加すれば、
南天寺について知ることができます。
南天寺の案内

仏教について教わる一泊のコースから
数泊する瞑想リトリートもあります。
私の友人の息子さんはここで挙式しました。
二人ともオーストラリア生まれですが、
彼女がベトナム人なので仏式を選んだのでしょう。

ウールゴンクからシドニーまでは
ロイヤル国立公園が広がっています。
ここは観光するとハイキングなどの
レクレーションに最適な所です。
ドライブしても良いですが、
電車に揺られても楽しいですよ。
ロイヤル国立公園 案内

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 ウールゴングににある南天寺 by wiki




連邦政府直轄『ジャービスベイ特別区域』

ジャービスベイ特別地域ができると、
キャンベラ(オーストラリア連邦政府)は
やっと海にアクセスできるようになりました。
すぐにオーストラリア海軍基地が作られ
海軍士官学校が開設されました。

シドニー市内にも海軍の基地がありますが、
それぞれの用途に応じた小さな基地になっています。
オーストラリア最大の海軍基地は
ジャービスベイから35kmほど北に上がり、
シドニーから2時間ほど南に下った
ナウラという街にあります。

ここは第二次世界大戦が勃発した時に、
空軍基地として設立されましたが、
その後海軍基地に転換されました。
そのために海軍航空隊の基地になっています。

オーストラリア防衛軍は陸海空軍に分かれます。
もし海軍に入隊したければいくつか方法があります。
セーラー(水兵)になりたければ、海軍養成学校で
11週間のトレーニングを受けます。

士官になりたければ、
ジャービスベイにある海軍士官学校で
22週間のトレーニングを受けます。
この間には教室での授業だけでなく、
ライフル、海軍兵器、自己啓発、応急処置
戦闘サバイバルなどを学びます。

オーストラリア国籍であれば、
年齢制限はありませんが、
入学するまでに面接や試験、
さらに体力テストもあるようです。

友人の息子さん(20代後半)は
海軍に入るためにジムに通っていました。
最終面接までこぎつけて入隊寸前でしたが、
待機期間中に良い仕事がみつかったので、
結局そちらに就職してしまいました。

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  ジャービスベイテロトリー by wiki



観光情報
ジャービスベイの観光
http://www.jervisbaytourism.asn.au

世界一白い砂浜のあるジャービスベイ

NSW州最南端の街イーデンから、
海岸線沿いにプリンセスハイウェイーを北上すると、
チーズの街ベガを抜けて
ベイトマンズベイに到着します。

キャンベラからハイウェイが通っているので、
学校のホリデーシーズンには
キャンベラ市民でにぎわうところです。
ここからジャービスベイまでの間が
公務員たちの別荘地帯として賑わっていました。
退職して海の近くに住むのが夢だったようです。

ジャービスベイはシドニーから3時間、
スキューバーダイビングに人気があり、
『世界で一番白い砂浜』と言われる
ハイアムズビーチは見応えがあります。

ワーホリで来た頃はわざわざここまで
シドニーから漁に行く日本人も多かったです。
ロブスター、アワビ、ウニなどが
素潜りでも獲ることができました。
最近は規制もあるので簡単に獲れませんが、
これらは市場でも高値でしたからね。

初めてここに来た時『宮崎』を思い出しました。
シドニーにも青い海と白い砂浜はありますが、
ジャービスベイはもっと眩しいのです。
それは私が初めて熊本から宮崎に行った時
経験したあの南国の眩しさでした。
砂浜がシドニー比べてもっと白いのかもしれません。
その時に特に晴れていたからではありません。

湾の南側はジャービスベイ特別領域です。
キャンベラは『首都』ですが海がないために、
沿岸部に連邦地区を設置するために
1915年、ジャービスベイ
『連邦直轄区域』として選んだようです。

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  ジャービスベイ by TripAdvisor

観光情報
ジャービスベイの観光
http://www.jervisbaytourism.asn.au


チーズの街『ベガ』

イーデンはシドニーから南へ470km、
プリンセスハイウェイは高速ではないので、
時速80km以上で走れても、
6時間ぐらいは必要ですね。
海沿いの街にはローカルな道もありますが、
丸一日かかっても戻れないかもしれません。

私たちはプリンセスハイウェイを通ります。
残念ながら途中の観光はほとんどありません。
夕方までにはシドニーに戻りたいです。

最初に通過したのがベガBegaです。
今やチーズの街として有名です。
海抜100mもありませんが、
大地が海岸線近くまで寄っているので、
雨がよく降るところでもあります。

干ばつの多いオーストラリアにおいて、
乳牛を飼育するのは海岸線に多いです。
緑豊かな牧草が必要ですからね。
タスマニアやビクトリアが有名です。

ベガチーズは酪農家が資本を出し合って
工場を作ったのが始まりのようです。
チーズを作り始めて100年もたっています。
海外に輸出するほど大きくなった現在でも、
地元に根付いたい経営をしているようです。

地元の酪農家と密接に協力しています。
工場とミルク納入する契約すると、
フィールドサポーターが酪農家を周り、
問題点があるとすぐに解決させ、
生産量増大への手助けもしています。

酪農家にとって生産したミルクを
全部購入してもらえれば心配いりません。
天候や市場に左右されやすい産業ですが、
工場からのサポートで安定して生産できます。
工場は見学できませんが、
ヘリテージセンターでは商品見学できます。

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   ベガの海岸線 by TripAdvisor

観光情報
サファイヤコースト観光案内
http://www.sapphirecoast.com.au
ベガチーズ工場
http://www.begacheese.com.au

シャチを使って捕鯨@イーデン

今回はイーデンに泊まりました。
と言っても何もない街ですが、
田舎町に泊まるの良いですね。
NSWの海岸線で一番南にあります。
少し南下すればビクトリア州です。

海沿いと言いながら近くに森林が多いので
ビーチで泳いだりサーフィングする人より
ハイキングを楽しみに人が多いようです。
また鯨ウォッチングでも知られています。

その昔は捕鯨の街として栄えました。
1828年オーストラリア最初の
本格的な捕鯨基地が作られました。
食用として捕鯨したのではなく、
脂肪をとるために行われました。

鯨の脂肪を溶かして油として
ランプの燃料やキャンドルだけでなく、
香水や石鹸の材料として使われました。
また鯨の骨はコルセット、鞭、
そして傘にも利用されたそうです。

鯨がたくさんいたのでしょうね。
19世紀なかごろ、捕鯨
オーストラリア一番の産業であり、
鯨の脂は、主な輸出品でした。

イーデンに住んでいたデビットソン家は
捕鯨するのにオルカ(シャチ)を利用しました。
オルカは沖でフリップをバタバタさせて、
鯨を浜のように追いやったそうです。
オルカも鯨を餌として食べますが、
人間が漁するのに協力したのはここだけです。

1910年その様子が映像になりましたが、
火事で燃えてしまい記録が無くなりました。
数年前ABC放送が番組を作成して、
その様子を見ることができます。
良かったらYou Tube でご覧ください。
『Killer in Eden』

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  キラーウェールズ博物館 by wiki

観光情報
イーデンの観光案内
http://www.visiteden.com.au
キラーウェールズの物語@イーデン
http://www.killersofeden.com




友達の別荘

私の友人の旦那さんも公務員でしたが、
50歳の時に退職してしまいました。
当時は60歳で年金が降りましたが、
あと10年働いて年金をもらうよりも、
50歳で退職して積み立てた年金を
早めにもらったほうが割がよかったそうです。

最近はそれほど条件も良くないので、
今から25年ほど前に退職して良かったのかも。
友達夫婦も別荘を持っていますが、
30年以上まえ10万ドルで買った別荘が、
今では75万ドル位するそうです。

友人の別荘をこの時は尋ねませんでした。
でも一年のうち3ヶ月近くは住んでいます。
私の友人は日本語の先生ですから、
彼女の休みの時は、この別荘で過ごしていました。

と言っても二人のお子さんが大きくなって、
シドニーに住むようになってからは、
シドニーに遊びにくる時間も必要で、
なかなか別荘に行く機会も少ないようです。

キャンベラにも家が2件もありますが、
前に住んでいたところを改築して売るとか?
5年ほど前に買った家は中古ですが、
前のオーナーがメカニックだったようで、
家に車を修理できる設備があったり、
自分でつけたエレベーターがあったりします。

しかし二人とも70歳近くになって、
大きな家に住んでも仕方ないと言っていますが、
将来はどちらに住むのか決まっていません。
あちこち痛いと体が動かなかくなったら、
別荘に行って掃除するのも大変と言っています。
売るにも空き家にしなければなりません。
それこそ体が動くうちに決めないとね。

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    オーストラリアの普通の別荘 


海のそばに別荘を持つ公務員

クーマからキャンベラを通れば、
シドニーまで6時間もかかりませんが、
まだ二日も休みがあったので、
海岸線沿いに帰ることにしました。
コジオスコに登山できなかったので、
その分半日以上時間が空いてしまいました。

シドニーから北はセントラルコーストと言い、
ゴールドコーストまでリゾートが広がっています。
この間パスフィックハイウェイ沿いに走ると、
同じような街がいくつもいくつも続いています。
大きな街がいくつかありますが、
長いことドライブしているとあきますね。

シドニーから南へはプリンセスハイウェイです。
海沿いにメルボルンに行くこともできますが、
距離的には内陸部を通る方が近いです。
こちらも最近はリゾートとして人気が出ています。

キャンベラは内陸部で高地にあるため、
夏はシドニーよりも暑くなり、
冬はぐう〜んと冷え込みます。
1日の寒暖差も激しく、
その差が25度近くになるときもあります。

オーストラリアの首都ですが、
以前から官僚の街と言われています。
働く人の20%近くが公務員と言われ、
安定した給料と休みが多いので、
海沿いに別荘を持つ人が多かったです。

夏は暑さを、冬は寒さを逃れて
キャンベラから海に逃れていきます。
シドニーの南側と言いながら
海沿いでは冬でも雪が降らなければ、
夏でもそれほど暑くなりません。

週末ごとにドライブする人もいれば、
学校が休みの時は自分もホリデーをとって、
ずっと別荘で過ごす家族も多いです。

各州都は海の近くにありますが、
首都キャンベラだけは海から離れています。
オーストラリア人にとって
海のそばに住むのは憧れのようです。

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      国会議事堂 by Visit Canberra

旅行情報
キャンベラの観光案内
http://www.visitcanberra.com.au

クーマの見どころ

コジオスコ山に登れなかった私たちは
途中で水力発電所のダムを見ましたが、
何箇所か見学できるところがあります。
もっと事業に興味のある方は
ビジターセンターを訪ねてください。

『Snowy Hydro』のサイトでは
すべて英語の説明になりますが、
歴史から現在の発電に関して、
詳しく解説されています。
また見学箇所を知りたいときは
ツアーリングインフォメーションから
案内所をダウンロードしてください。

その日はクーマの街に泊まりました。
『スノーウィハイドロディカバリーセンター』
では、最新の技術を屈指して、
事業に関する説明と展示がされています。

私たちも行ったのですが時間外で
中は見れなかったのが残念でした。
市内の中心地からわずか数分の所ですから、
機会があればぜひ訪ねてください。
誰でも無料で入館できます。

小さな街なので観光する所もありませんが、
当時『保存鉄道』が運行されていました。
1980年代の終わりまで
キャンベラ行きの鉄道が運行されていましたが、
廃線にともない、駅を保存するために、
観光客用の列車を走らせることになりました。

クーマモナロレールウェイ』は
1998年に操業開始しました。
週末や祝日に運行されていましたが、
鉄道の補修工事のためにの
現在、運転休止されています。
また再開されることを願っています。

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 クーマを見下ろすヤギの銅像 by wiki

観光情報
マウントコジオスコ(オーストラリア最高峰)
マウントコジオスコ国立公園
オーストラリアのスキー場案内
http://www.snowholidays.com.au/ski_nsw.html
クーマの観光案内
http://visitcooma.com.au



火力発電に頼るオーストラリア

スノーウィマウンテンズ水力発電計画の
工事はすでに終わっていますが、
発電力を最大限に活用できるように、
発電所の近代化が行われています。

オーストラリアの総合発電量を見ると
原子力発電所は1箇所もありませんが、
9割近くを火力発電に頼っています。
約8割が石炭、1割強が天然ガスですで、
この割合は世界で最も多いそうです。

そのために『京都議定書』の規定で
二酸化炭素の排出量の減少が義務付けられました。
他の国に木を植えたりしていますが、
それだけでは目標値に近づけません。

東海岸線にある州では水力発電も可能ですが、
それ以外の州では高い山がないので、
水力発電所の建設が限られてきます。
風力、太陽光発電も行われていますが、
その発電力は全体の総合発電量の
わずか2.5%にも及びません。

これから建設予定の発電所を見ても、
石炭や天然ガス、石炭などによる
火力発電所が最も多いです。
水力発電所はわずか一箇所ありますが、
実際にはまだ計画のみという段階です。

広大な砂漠を利用して、
太陽光発電も可能でしょうが、
設備投資に莫大な費用がかかるのと、
都市から距離がかなりあるために、
現実的な可能性は薄いです。

移民者が多く、毎年人口が増大している
オーストラリアにとって、
発電量を増やし供給を賄うことは、
重要な課題になっています。

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 オーストラリア火力発電所 by wiki


スノーウィー・マウンテンズ水力発電計画

スノーウィー・マウンテンズ水力発電計画
オーストラリア最大規模の公共土木事業で、
1949年に始まり、1972年に年に完成ました。

この計画の目的は、NSW州南東部にある
スノーウィーマウンテンズを源にするスノーウィー川と、
その支流ユーカンビーン川の水を
灌漑と発電に利用することでした。
そのためにダムとトンネルを組み合わせ、
そこから一部の水を、マリー川に流し、
一部の水は西方のNSWのマランビジー川に流ました。

これによって、NSWの中央部・西部に位置する
マリー川とマランビジー川流域の
灌漑システムに水を供給するだけなく、
NSW州、ヴィクトリア州、ACTに
電力を供給することが可能になりました。

この事業は、1949年に連邦政府が設立した
スノーウィー・マウンテンズ水力発電事業局に
よって遂行されましたが、
当時の技術としては『現代の奇跡』とも言われます。
戦後期の国家建設プロジェクトの目玉となりました。

最終的には合計160kmのトンネルによってつなげられた
17の貯水ダムと7つの発電所が建設され、
建設費は総額9億ドルに上ったそうです。

当時1ドル400円以上していたので、
3600億円以上かかったことになりますが、
1964年に完成した東海道新幹線の建設費に
相当するぐらいの大掛かりなプロジョエクトでした。

文章にしてもなかなかわかりにくいと思いますが、
オーストラリアの分水嶺は東海岸沿いにあります。
海沿いには雨も降り農牧業も可能ですが、
少し内陸部に入ると雨も少なくなります。

分水嶺の西側には広大な土地が広がっていますが、
半分砂漠のような乾燥した土地で
年間降雨量は300mmもありません。
毎年干ばつで農牧業に影響を与えています。

灌漑システムによって農業地帯になりましたが、
地球温暖化の影響を受けて、
現在でも干ばつに悩まされています。
水の配分量は政府によって決められますが、
農家にとって『水は生命線』になっています。

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スノーウィーにある水力発電所 by wiki

観光情報
マウントコジオスコ(オーストラリア最高峰)
マウントコジオスコ国立公園
オーストラリアのスキー場案内
http://www.snowholidays.com.au/ski_nsw.html

スキー場の始まり

コジオスコ国立公園に入るには、
車1台につき16ドル必要です。
冬のシーズンは27ドルになります。

スキーシーズンはスキーバスが
シドニーやキャンベラから出ています。
キャンベラからは日帰り可能ですが、
シドニーからは宿泊つきになります。

パッケージには往復の交通費、
リフトとスキー道具のレンタル代、
そして公園の入場料が含まれます。
シーズンごとに値段も異なるので、
インターネットでチェックしてください。
スキーシーズンは6月から10月です。

スキー場として利用が始まったのは
スノーウィーマウンテンに
水力発電所が建設されることなり、
その労働者がスキーを楽しんでからです。

それまでは放牧地として使用されていました。
夏は高原で牛を放牧しますが、
冬は低地の牧場に移動します。
キャトルマン(オーストラリアのカゥボーイ)は
そのために周辺に小屋を持っていました。

1949年水力発電所の建設が始まると
ヨーロッパから労働者が移民してきました。
彼らはスキーの経験があるので、
仕事がない時スキー道具を持ってきて、
スキーを楽しむようになりました。

建設が始まると道路なども整備されて、
周辺へのアクセスが可能になりました。
ここで働く労働者たちは、お金を出し合い、
スキー場を開発する共同組合を設立、
1956年初めてのスキーリフト
とスキー場が建設されることになりました。


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スレッドボーのスキー場 by Tripadvisor


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マウントコジオスコ(オーストラリア最高峰)
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http://www.snowholidays.com.au/ski_nsw.html



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