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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

オーチョリオスへ小旅行

せっかくジャマイカに来たというのに、
モンテゴベイで沈没していても仕方ないので、
観光で何処か行けないか探していました。
大家のシンボルがオーチョリオス
音楽関係の用事で出かけると行うので、
一緒について行くことしました。

最初はひとりだけ誘われたのですが、
大家と二人だけになるのは避けたかったので、
礼君と孝君を誘って観光ツアーになり、
ひとり20ドルぐらいで引き受けてくれました。

オーチョリオスまでは100kmぐらいです。
道路が悪いので2時間ぐらいかかるそうですが、
海外線沿いには高級ホテルが立ち並んでいます。
車窓からは青い海原と眩しい光が入り、
ジャマイカ(南国)にいると実感しました。

シンボルがトイレ休憩で停まってくれたのは、
ローカルの人達が利用するドライブインです。
それはビーチの側にある簡易食堂のようで、
フルーツや飲み物とか軽食がありました。

食堂と言ってもテーブルと椅子は外、
傘はあっても大雨が降れば濡れそうです。
蒸し暑くても冷房なんかありませんが、
海風が吹く木陰の下は気持ちが良いですね。

私はココナッツジュースを飲みました。
若いココヤシをその場でナタで切って、
冷えてもいないジュースを飲みます。
特に美味しいというわけではありませんが、
こんなに水分が含まれているなんて不思議です。

電解質はスポーツドリンクよりも多いそうです。
テトラパック入りのココナッツジュースが、
オーストラリアでも販売されていますが、
旅行先以外では飲んだことがありません。

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  オーチョリオス by Tripadvisor

観光情報
ジャマイカ政府観光局 日本語
http://www.visitjamaica.jp/where-to-visit/
ジャマイカ政府観光局 英語
http://www.visitjamaica.com
アフリカンシンボルゲストハウス
http://africansymboljamaica.info/taxi.html

モンテゴベイのダウンタウン

モンテゴベイのダウンタウンは治安が悪いので、
旅行者だけで行かないように言われました。
シンボルのゲストハウスに泊まったおかげで、
マービンがローカルガイド代わりでした。

ガイドフィーは払わないけど、
彼のタクシー代や食事代を割り勘にして、
モンテゴベイを案内してもらいました。

海外からの旅行者はリゾートホテルに泊まり、
観光ツアーに参加してばかりいるので、
ローカルの人が集まるところは車窓だけ、
地元の人と一緒に行動できると、
ジャマイカ人の生活も見えてきます。

モンテゴベイクラフトマーケット
小さな店が多く、ごちゃごちゃした感じでしいた。
お土産を買うには便利な所ですが、
一人で行くにはちょっと怖いかもしれません。
安いお土産を大量に買うときは便利ですが、
センスの良い物は少なかったですね。

男子二人はTシャツやCDを購入していました。
私はコーヒー豆などの値段チェックです。
ジャマイカの後、カナダに行く予定だったので、
その友達へのお土産を買うつもりでした。

私は結局ここでは何も買わなかったですね。
ゲストハウスからビーチに歩いて行くと
高級ホテルが並んでいますが、
そこにはツーリスト用のギフトショップがあります。
値段はマーケットよりちょっと高かったけど、
デザインも質も良いTシャツもたくあんあり、
まとめ買いすると割引にも応じてくれました。
特にドルの現金で買うと割引してくれました。

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 クラフトマーケット by Tripadvisor

観光情報
ジャマイカ政府観光局 日本語
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ジャマイカ政府観光局 英語
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アフリカンシンボルゲストハウス
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モンテゴベイのマルガリータビル

宿ではインターネットが利用できましたが、
ダイアルアップの時代だったので、
今に比べるとあまり捗りませんでした。
礼君と孝君は近くのインターネットカフェで、
ゲームやメールをすることもありました。

礼君が学校に行く時一緒にくっついていき、
市内で買い物することもありました。
その後孝君と帰ってきたこともありますが、
礼君の学校が終わるのを待って、
4人で食事や観光することもありました。

一度行って見たかったところがありました。
それはラスベガスにもありましたが、
若い人たちにとても人気がある
マルガリータとカリビアンをテーマにした
ジミーバフェットのレストランでした。

ジミーバフェットはアメリカの歌手ですが、
1977年に大ヒットしたのが『マルガリータビル
その曲のイメージをテーマにして作られた
カジュアルダイニングレストランです。

最初の店は1985年キーウェストにオープン。
その後ニューオリンズに2号店がオープン、
3号店と4号店が1996年ジャマイカの
モンテゴベイとネグリにオープンしました。

お店の入り口にはカラフルなオウムが描かれ、
見ているだけで南国に来たような雰囲気です。
名前の通りマルガリータの種類が多く、
ジャマイカには40種ほどありました。

特に美味しいというわけではありませんが、
せっかく南国に来たからには
トロピカルな雰囲気を味わいたいです。
海の側にあって眺めも良かったですね。
ラスベガスで行くよりは楽しめますよ。 

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  マルガリータビル by Tripadvisor

観光情報
ジャマイカ政府観光局 日本語
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アフリカンシンボルゲストハウス
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マルガリータビル@モンテゴベイ


モンテゴベイで沈没する

同じ宿に住むように滞在しているのを、
『沈没する』と呼んでいるようですが、
ジャマイカではアフリカンシンボルに
半分沈没していたかもしれません。

というのは繁華街から遠いこともあり、
一人で行動するには治安も悪いし、
特に何することも宛のない旅なので、
その場その場で楽しんでいた気がします。

1日のスケジュールが決まってきました。
朝食を宿で食べると、近くのスーパーに買い物。
スーパーには軽食コーナーがあり、
簡単な食事を作って販売していました。

ジャマイカ風の食事はチキンがメイン、
豆入りのご飯はカリブ海共通のようです。
ちょっと赤飯にも似た感じがしますが、
これが気に入ってよく食べていました。
魚料理も毎日あって私のお気に入りでした。

ご飯とおかずを持ち帰りにしたり、
材料を買ってランチを作ったり、
レストランで食べることもありました。
ここまでなら昼間ひとりでも行けました。

ランチが終わるとシャワーを浴びて昼寝。
スーパーの往復だけで汗びっしょりでした。
9月でも毎日30度近く、湿気もありました。
シャワーが来る夕方までは家でのんびりです。

夕方は皆んなで食事をしました。
各自それぞれに食事を作ったり、
何度かシェアーしたこともありました。
私が残った調味料を持ってきていたので、
野菜炒めを作ってあげたこともあります。

食事の後はテレビをみたりゲームをしたり、
大家は一緒に住んでいませんでしたが、
たまに夕食頃遊びにくることもありました。
シンボルがいない方がのんびりできましたね。

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    ジャマイカ by Tripadvisor

観光情報
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アフリカンシンボルゲストハウス
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礼君の留学生生活

毎日平日は2時間語学学校に通う礼君。
ダウンタウンは治安が悪いというので、
いつもマービンが付き添っていくそうです。
行きも帰りもタクシーになりますが、
送迎代は礼君が払っていました。

その日は私と孝君も一緒に乗りました。
モンテゴベイの中心地に行ってみたいけど、
初めてだと何処へ言って良いか分からないので、
マービンが案内してくれることになりました。

街の中心地までバスもあるようですが、
移動はいつもタクシーを利用していました。
何処でも簡単に捕まえることができました。
いつも2〜4人で行動していたので、
タクシー代の方が便利良かったです。

タクシー代は3人のシェアーです。
礼君が学校に行っている間、
私たちはマーケットや繁華街を回りました。
そしてスーパーマケットで
必要な食料品を調達しました。

これで今晩からの食事が何とかなる。
一番近いレストランまで15分歩くので、
暗い夜道をひとりで歩く気もしませんが、
毎晩食事に出かける距離でもないです。

礼君は食事付きだったようです。
マービンがいつも料理していました。
滞在中はすべて彼が世話をしてくれます。
自分でするのは洗濯ぐらいだったかも、、。

基本的には客室の掃除なども
マービンの仕事だったようですが、
宿泊客は三人しかいなかったので、
私たちと遊んでばかりいましたね。

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    ジャマイカ by Tripadvisor

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ジャマイカの留学生

礼君は有名でない大阪の某大学の学生でした。
入試試験を受けずに全員が入学できたというので、
学校もあまりまじめに行っていなかったようです。
でもレゲエのファンということもあり、
語学研修という名目でジャマイカにきたそうです。

どうしてお金を貯めたのか聞いたのですが、
それがなんとチャットルームのバイトだそうです。
インターネットが普及した頃のことですが、
チャットしてきた人に返信するだけで、
結構良いバイトになったそうです。

私は日本を離れて20年も過ぎていたので、
まさかそんなバイトがあるとは知りませんでした。
でも彼は男性、女の子のようなベビーフェイスだけど、
チャットルールでは女性として相手したそうです。

写真はモデルエージェントから購入して、
それを自己紹介で使っては女性になりすまし、
寂しがるおじさんたちを惑わしていました。
お客さんから会いたいと言われると、
理由をつけては誤魔化していたそうです。

無下に断るとお客さんが減るので、
ギリギリになって『ごめん行けなくなったと』
そしたらまたチャットが続きますからね。
まるでキャバクラ並(働いことないけど)です。
雇っている側も知っているはずですが、
チャットレディーのバイト男性が多いのは
礼君から聞くまで知りませんでした。

その後私もこのバイトしようかなと、
チャットルームを覗いたことがあります。
一日中PCの前にいても平気な私、
外でバイトするより家の方が楽ですよね。
顔出しとか、電話で対応がないのもありました。
海外から好きな時に自由にできるバイトなら、
世界旅行しながらでも仕事できますね。

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   ジャマイカ by Tripadvisor

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アフリカンシンボルゲストハウス

さて何とか無事にゲストハウスに到着しました。
オーナーの名前かアフリカンシンボルゲストハウス
大きな2階建てのマンション(本棟)と、
10部屋ほどあるゲストハウスがありました。

オフシーズンだったのかどうかわかりませんが、
泊まっていたのは、日本人の20代の男の子でした。
大阪からきた礼君は、語学留学が目的で、
大学を休んでジャマイカに来ていました。
レゲエのファンでもありドラッドヘアーでした。

彼は基本的に三食付きのために、
マンション(本棟)に寝泊まりしていました。
私は別棟のゲストハウスに泊まりました。
キッチン付きの部屋もあるようです。
部屋にはベッドが二つありました。
ドミトリーでないのは嬉しいですね。

その日は東京から来たもうひとり到着。
20代後半の孝君は建設工事などをしながら、
暇になると旅行を楽しんでいるようで、
今回は南米旅行の後にジャマイカでした。

私が滞在している間、孝君も滞在していたので、
ジャマイカはこの二人との珍道中になりました。
彼らにすれば若いお母さんぐらいの年齢。
もう恋人対象ではないでしょうが、
お陰で気楽に旅行できたのかもしれません。
英語が話せないふたりのために、
通訳兼ガイドと言うところでしょうね。

ゲストハウスには若いジャマイカ人
マービンがいて家の世話をしていました。
アフリカシンボルの息子という噂もありましたが、
女性(おかあさん)らしい人は見かけませんでした。
マービンはゲストハウスのみならず、
私たちの世話をしてくれることになりました。

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   ジャマイカ by Tripadvisor

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アフリカンシンボルゲストハウス
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ゲストハウスに到着するまで


ゲストハウスに行く前に数カ所立ち寄りました。
そのひとつが彼のレコードスタジオでした。
おじさんの名前は『アフリカンシンボル』
これが本名だとは思いませんが、
ジャマイカではそう呼ばれています。

彼は音楽関係の仕事をしているようで、
自分で製作したレコードも見せてくれました。
彼はスピーカーを縦に並べたコラムと呼ばれる
サウンドシステムで名を響かせたようです。
1987年にサウンドシステムの勝ち抜き戦で
優勝してかなり有名になったそうです。

日本でも音楽活動をしたことがあって、
日本人が泊まるゲストハウスをオープンしましたが、
レゲエも知らない私には全く興味のないこと、
彼の名前を知らない私に向かって、
『俺は有名なんだ』という態度でした。

私が何故ジャマイカに来たかって?
レゲエを音楽として聞くのは良いけど、
特にそれに興味があって来たわけではありません。
コーヒーの産地ブルーマウンテンはみたいけど、
まだ行ったことがないから来たが正直で、
パスポートのスタンプラリーが目的ですね。

彼に対して『何も知りません』な態度が良かったのか、
『日本人女性は、口説けば落ちる』みたいな態度も、
私には全く通じないと分かったようです。
彼の英語が聞き取り難いので文句を言うと、
英語がわからずにチャラチャラしている
女性でないとはっきりと認識したようです。

いくらあんたがゴマ擦ったところで、
私はあんたなんかと遊ぶために来たのではない。
どうぜ『一夜の夢を見るなら』
もっと若くてハンサムな奴にするわ、、、。
いくらおばさんでも選ぶ権利はあるわよね。

ちょっと余談ですが、、、
『アフリカンシンボル』悪い奴ではないようです。
東日本大震災が発生すると、
ジャマイカからお見舞いのコメントを発信しています。
どんな人か興味がある方はこちらをご覧ください。

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    ジャマイカ by Tripadvisor

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ゲストハウスのおじさん

ゲストハウスのおじさんが空港まで、
ちゃんと迎えに来てくれるか心配でした。
一応ホームページでおじさんの顔は見ていましたが、
私のことがわかるかどうかが心配だったのです。

しかし空港に降りる日本人(アジア人)の
女性一人旅はほとんどいなかったので、
降りたらおじさんから声をかけられました。
それまでのメールのやりとりで
携帯番号も聞いていたので安心でしたが、、。
私を迎えにきておじさんは典型的なジャマイカ人。
黒人で髪はドレッドにしていました。

私がこのゲストハウスに泊まることにしたのは、
まず1泊25ドルと個室で値段が安かったこと。
一応一週間泊まると140ドルに割引あり。
チッキンを利用することもできる。
スパーとか一応歩いて行けるところにあるらしい。

情報が少なく、治安が悪いと言われるところで、
安宿を予約するのはかなり難しいですが、
日本人も利用している(日本語のサイトあり)
空港まで迎えに来てくれるなどの条件を入れ、
宿を予約したような気がします。

おじさんはゲストハウスに連れて行く前に、
自分の家に連れて行きました。
余分な部屋があるようで、
そこに泊まるように勧めてきました。
ダウンタウンにも近いようですが、
まさかおじさんと二人のアパートに
ひとりで泊まる気力はありませんね。

自分はほとんど家に居ないからとは言われても、
どんな根拠で泊まるように言ってくるのか?
なかなか出発しようとしないおじさんを
諦めさせてゲストハウスに行くようにするのも
それなりの粘りと気力が必要でした。

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    ジャマイカ by Tripadvisor

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5年ぶりの新しい訪問国

アメリカ西海岸から東海岸に飛ぶときは、
いつも夜行便を利用しています。
これだとホテル代と時間の節約です。
今回はマイレージでためたポイントのために、
あまり自由には取れませんでしたが、
何処か経由でマイアミ行ったような気がします。

マイアミ発のフライトは早朝でした。
乗り継ぎはわずか数時間だったような気がします。
荷物はモンテゴベイまでチェックインされているので、
特に持って歩く必要もありませんでしたが、
帰りの到着のために下見をしておきました。

1990年代は頻繁に海外旅行をして、
新しい国を毎年開拓していましたが、
2000年以降は海外旅行をしても、
以前に行った国のリピートが多かったですね。

アメリカに5年ぶりに戻ってきましたが、
実は新しい国も5年間増えていませんでした。
最後に新しい国が増えたのはハワイに行く時、
飛行機の故障で急遽滞在することになった
南太平洋にあるクックアイランドでした。

もともとフライトの就航ルート上にありました。
ターミナルで待ち時間を待機するはずだったのが、
一晩ホテルも食事も航空会社持ちで滞在という、
まさに私にとって棚からぼた餅の訪問でしたね。

あれから5年以上経って久しぶりの新しい国は、
レゲーとコーヒーの国ジャマイカです。
英国連邦ということもあり馴染みはありましたが、
初めての国を訪問する時は緊張するものです。
ただし英語が通じるのはちょっと安心ですが、、。

ジャマイカも治安が良いとは言えないので、
その時はゲストハウスのおじさんに、
空港まで迎えに来てもらうことにしていました。

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   ジャマイカ 政府観光局FBより

観光情報
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私の訪問国 109カ国目
ジャマイカ



カリブ海クルーズが終わって

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船は7時頃にサンフアンに到着しました。
船の中で朝食までは含まれています。
船内の施設は殆ど使えませんが、
チェックアウトまでは滞在できます。

北米の各都市に行くフライトによって、
空港に行くバスの出発時間が異なってきます。
荷物にフライト便名を記入したタッグをつけておき、
部屋の外に出しておけば回収に来てくれます。
到着する空港まで荷物に触れることはありませんでした。

私の便は午後でしたが早めにチェックアウトしました。
鍵を返して清算するとパスポートを返してくれます。
バスの出発まで時間があるので、
ぷらりとサンフアンの見学に出かけました。

クルーズの後ではそれほど目新しく感じませんでした。
今まで英語圏の島が多かったのに、
アメリカ領土のこの島がスペイン語圏とは面白いですね。
あまり英語が通じなかった思い出があります。

その時はマイアミ経由でしたね。
まさか翌年に戻って来るとは思いませんでしたが、
小さい時から私のとって憧れのリゾートはカリブ海でした。
多分日本から一番遠いこともありますが、
ヨーロッパのリゾートはかなり訪問していたので、
その思いが募っていたのかもしれません。

86年に当時人気が出始めたばかりのカンクンに行き
その真っ青な海を見て以来憧れていました。
その時に次はフロリダに行きたいと心に思いました。

本当はその時からキューバに憧れています。
残念ながらまだその夢は現実になっていません。
世界中の独裁者が死んで行く中で、
カストロが生きている間にキューバに行きたいですね。

帰路はロスの空港周辺で一泊したと思います。
長いフライトの前は体を休めておかないといけません。
戻ればすぐに仕事が待っています。
それほど当時のシドニーは旅行者が多かったのです。

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  オースドサンフアン by 観光局Facebook


関連情報
カーニバルクルーズライン
プエルトリコ by wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/プエルトリコ
プエルトリコ観光局
http://www.topuertorico.org/tinfo.shtml


カリブ海クルーズ Day 7

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カリブ海クルーズ7日目は一日航海の日です。
最後の島まで南下して来たのでこれから北上です。
船の中では乗客が飽きないように
盛りだくさんのプログラムがありました。

一週間の疲れが出て来た乗客も多いようで、
プールサイドでのんびりと過ごす人も多いです。
小さなお子さんも比較的多いですが、
キッズクラブと言って子供ためのプログラムもあります。
お陰で両親はのんびりと過ごせるわけですね。

その日は相部屋のカナディアンの女の子や
テーブルで仲良くなったメキシコ系の女性達と
お話したりして一緒に過ごしていました。

クルーズに乗船する前に船酔いも心配しましたが、
特に問題なく一週間過ごすことができました。
船上ではいつもよりもアルコールも少なく
割と規則的な生活をしていたせいかもしれません。

いよいよ出発したプエルトリコに戻る前に
ベッドに一枚の封筒が回ってきました。
これは部屋を掃除してくれたメイドさんに
(その時は20代のカリブの国の男性でした)
渡すためのチップを入れる封筒です。

彼達は契約期間中は休みがありません。
安い給料で働いているのでチップを渡します。
規定の料金は一日3ドルぐらいでしたね。
もちろんそれ以上渡しても構いませんが、
封筒に入れてベットの上に置いておきます。

レストランの従業員は最後のディナーの時です。
テーブル毎に封筒に入れて置いておきます。
バーやプールサイドでは注文した時に払います。
もちろんカジノでプレーする人は
勝った時にはチップを払う必要があります。

たった一週間で新しい国が7つも増えました。
ひとつひとつの国を飛行機で尋ねたら、
運賃の方がきっと高くつくことでしょう。
安いホテルだって一泊50ドルぐらいはします。
食事もついていることを考えれば、
カリブ海の各国を尋ねるにはクルーズが一番です。

最後にカリブ海にはたくさんの島がありますので、
一口に東カリブ海クルーズと言っても、
尋ねる島はクルーズライナーによって異なります。
また尋ねる島の順番も、途中に航海日があったりします。
必ず日程も確かめてから予約して下さいね。



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     カーニバルクルーズの船 by wiki


関連情報
カーニバルクルーズライン

カリブ海クルーズ Day 6 バルバドス

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カリブ海クルーズ最後の島はバルバトスでした。
この島はセントルシアに比べても一回り小さい島ですが、
1620年代から安定した英国の統治下にありました。

お陰で植民地時代から民主化が進み、
カリブ海の中でも議会政治が発展していたようです。
セントルシアと同じく西インド連邦として独立と解体、
そして1966年に正式に独立しました。

西インド諸島の中では比較的政権が安定しており、
英国のリゾートしての投資も早く進んでいたようです。
お陰でカリブ海の英国では一番裕福な島になりました。
ここで寄港したのは首都のブリッジタウンでした。

ここは島の住人の殆どがアフリカ系黒人です。
カリブ海の歴史など、日本の授業では教えてくれませんね。
どうしてこんなに黒人が多いのか不思議に思います。
お陰で初めて来る人にはちょっと戸惑いがあるかもしれません。

英国はプランテーションの労働者として
アフリカから沢山の奴隷をカリブ海に連れて来ています。
そのプランテーションで栽培していたのが
高価な砂糖の原料となったサトウキビです。

カリブ海で最初のプランテーションが作られたのは
1640年代のバルバトス島だそうです。
17~19世紀にかけて1000万人近い若者が
奴隷としてアフリカから連れ来られたそうですが、
北米に渡ったのはわずか1/3程度で
残りはカリブ海やブラジルに渡ったようです。

そのサトウキビからはラム酒も作られます。
現在はカリブ周辺のどの国でも生産していますが、
そのルーツはこのバルバドス島のようです。

当時航海中の船員のお酒と言えばラム酒でした。
開拓当時のオーストラリアも英国から輸入していましたが、
最終的には現地で製造するようになりました。
ピナカラーダ、モヒート、マイタイなど
夏のカクテルには欠かせないお酒ですね。

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  バルバドスのビーチ by 観光局Facebook


関連情報
カーニバルクルーズライン
バルバドス by wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/バルバドス
バルバドス政府観光局
http://www.visitbarbados.org/



私の訪問国 69カ国目
バルバドス

カリブ海クルーズ Days 5 セントルシア島

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カリブ海クルーズ四つ目の島は、セントルシア島でした。
過去にはフランスが植民地にしていた時代もありますが、
1814年からは英国が統治していました。

西インド諸島にあった英国植民地の島々は
1958年に『西インド連邦』として独立しました。
しかし広大なカリブ海に国が点在するはめになりました。

島と島が離れているので統治が難しく、
ジャマイカ、バハマなどの独立を受けて、
1962年に解体し英国の植民地に戻りました。
そして1979年正式に『セントルシア』として独立しました。

寄港したのは首都カストリーズでした。
この島には現在、ビトン管理地域として世界遺産がありますが、
熱帯雨林などの自然豊かな所として知られています。

ここでは半日観光ツアーに参加しました。
クルーズも半分も過ぎると船の生活も退屈になるのか、
たくさんの乗船客がツアーに参加していました。

実際に滝を見たり、森を歩いたりしてましたが、
残念ながら期待したほど大きなスケールではありません。
私の田舎も自然が残っている所なので、
普通クラスの滝や森では驚きません。

カリブ海の島でそれを期待するのは無理なのでしょうか?
気候も九州の夏に似ているので、植物もおなじようでした。
ここで初めてレモングラスを教えてもらいました。

タイ料理がシドニーに流行していましたが、
新鮮なレモングラスはあまり流通していませんでした。
まるで雑草のようにしか見えませんが、
ちぎって手にしてみるとレモンのような香りがします。

世界中に50種類以上も種属があるようで、
カリブ海のレモングラスはタイのそれに比べて
もっと野生的というか細かったですね。
カリブ海料理に使われるようですが、
残念ながらその料理を賞味する機会はありませんでした。

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    セントルシア by 観光局Facebook


関連情報
カーニバルクルーズライン
セントルシア by wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/セントルシア 
セントルシア観光案内
http://www.stlucianow.com/?src=orgRedirection



私の訪問国 68カ国目
セントルシア

カリブ海クルーズ Day 4 アンティグア島

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カリブ海クルーズ三っ目の訪問地はアンティグア島です。
もともと英国領でしたが1981年に隣にある島とともに
アンティグア・バーブーダとして独立しました。
このとき寄港したのは首都のセントジョンズです。

英国の植民地時代の建物がたくさん並んでおり
ふと南太平洋のフィジーを思い浮かべました。
同じ南国でも英国とフランス領では
雰囲気や建物の趣ががらりと変わります。

英国系の植民地の建物には
回廊のようなベランダがついていたり
官庁などには必ず時計台がありました。

南国の雰囲気に漏れずのんびりしています。
しかし警察などちゃんと制服を着用しているのは、
やはり伝統を重んじる英国系のせいでしょうか?
特に警察の方の帽子は、とっても英国風です。

街の中をぶらぶらして過ごしましたが、
特に何処を観光したのかは記憶にありません。
さすがに同じようなカリブ海の島を巡っていると、
そこが何処の領土だろうと同じように見えてきます。

いくつも島が見れると言うのと、
値段が安いと言うので飛びついたわけですが、
これと言う見所はあまりないような気がしました。

ショッピングの好きな人は免税店へ、
泳ぎたい人はビーチへと出かけているようです。
現地のビールを楽しんでいる人もいれば、
観光をしっかり楽しんでいる人もいましたね。
私のように街をぶらぶらして歩くのもありですね。

カリブ海の夏は太陽が本当に眩しいです。
青い海原が何処まで続いていました。
以前は貧乏人には手の届かなかったリゾートも
クルーズで簡単に楽しめるようになりました。

Antigua_beach.jpg
      アンティグア島 by wiki

関連情報
カーニバルクルーズライン
アンティグア・バーブーダ by wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/アンティグア・バーブーダ
アンティグア・バーブーダ政府観光局 英語
http://www.antigua-barbuda.org/index.html



私の訪問国 67カ国目
アンティグア・バーブーダ


カリブ海クルーズ Day 3 セント・マーチン

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クルーズ二つ目の島はセント・マーチン島でした。
この島はリーワード諸島にあります。
わずか88㎢の島ですが二つの国に分かれています。
北部がフランス領、南側がオランダ領で、
フランスとオランダの領土が接する唯一の土地です。

このとき寄港したのはオランダ領にある中心部
フィリップスブルフという街でした。
この時は島を一周するツアーに参加しました。

と言っても何処を観光したのか覚えていません。
多分フランスサイドのマリゴをたずねたくらいですね。
こちらの方が大きなまちでしたが、
ダッチサイド(オランダ領)に寄港したのは
施設使用料などの問題があるのでしょうか?
フランス領のリゾートは高いですから。

どちらもそれぞれの自治領となっているようですが、
オランダサイドは以前はアルバと同じく
オランダ領アンティルという自治領でしたが、
2010年にアルバが独立したので、ひとつで自治領になりました。

日本は戦後、植民地がなくなりました。
英国、フランス、オランダのように
昔たくさんの植民地を有していた国は
今でも海外の至る所に自治領があります。

特にこの小さな島のなかに
大田区程の大きさがフランス領のサン・マルタン
江東区程の大きさがオランダ領シント・マールテンとして
領土を分割しているのですから面白いですね。

しかし過去にはそれぞれの国が全島を統治したこともあれば、
英国が統治していた時代もあるようです。
このような『小さな領土を』と
私達は不思議に思うかもしれませんが、
『住民達が独立を望まない土地』もあるのです。

旅をしていると世界にあるミニ国歌だけでなく
こんな小さな自治領をに各地に見ることができます。
そんな全ての国を尋ねることはできませんが、
これも旅の目的であり、楽しみでもあります。

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     セントマルティン島 by wiki

関連情報
カーニバルクルーズライン
国境で一島両断にされた島
セントマーチン島 bywiki

フランス領サン・マルタンの公式ホームページ
オランダ領シント・マールテンの公式ホームページ





私の訪問国 65カ国目
オランダ領シント・マールテン

私の訪問国66カ国目
フランス領サン・マルタン

カリブ海クルーズ Day 2 セント・トーマス島

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私が参加したのは7日間のカリブ海クルーズ
たくさん島があるカリブ海ですから
一度にすべて尋ねられるわけでもありませんが、
その時は東インド諸島を尋ねる東カリブ海クルーズでした。

二日目、最初に到着島はセント・トーマス島です。
ここはアメリカ領ヴァージン諸島の中心地です。
プエルトリコと同じようにアメリカの自治国になります。
この船が寄港したのは首都のシャーロット・アマリーでした。

以前はカリブ海賊の本拠地だったそうですが、
今ではクルーズの寄港地として発展しています。
デンマークの植民地化にあったので、
ヨーロッパ風の建物を見かけることもできました。

この街の中にある免税店の多さには驚きました。
飛行機よりもクルーズ船で尋ねる観光客の方が多いようです。
港にはクルーズ船が何隻も並んでいました。

この時はツアーには参加せずに街をぶらぶら歩きました。
免税店で買う物は特にはありませんでしたが、
金の値段が安いのか観光客が群がっていました。

18K製が多い日本ですがここでは14Kばかりです。
値段はついておらず、量り売りのようです。
その時の金の相場に応じて値段が変わりました。
ブレスレットでもネックレスでも、
デザインに関係なく使用されている金の重さで決まります。

宝石の量り売りなんて初めての経験でした。
その時は小さなブレスレットを記念に買いました。
アメリカ国内に比べて値段は安かったようですが、
当時は金の相場も今に比べて安かったですからね。

街を歩いていてオーストラリアのデザイナー
ケン・ドーンのお店を見つけたときには驚きましたね。
オーストラリアでも話題になって間もない彼のお店が、
こんな遠く離れたカリブ海の島の中にあるのですから。
彼のデサインはここの気候にマッチしていると思いました。

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セントトーマスに並ぶカーニバルクルーズ船 by wiki

関連情報
カーニバルクルーズライン
http://www.carnival.com/
セントトーマス島 by wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/セント・トーマス島
アメリカバージン諸島の観光案内
http://www.visitusvi.com/



私の訪問国 64ヶ国目
アメリカヴァージンアイランド

クルーズ料金に含まれるもの

乗船すると船のスケジュールが渡されます。
と言っても一日のスケジュールは毎日渡されますが、
クルーズ中の主な訪問地と時間の予定です。

船は夕方に出港して朝に別の島に到着します。
一週間で5つの島を訪問する予定でした。
それぞれの島を訪問するツアーもありますが、
ターミナルから自分で見学することもできました。

船が島の何処の港に到着するか、
そこから市内までの案内は毎日配られました。
そしてツアーに参加する人は、
規定の時間までに申し込む必要がありました。

金曜日に最後の島を出港すると
土曜日は一日航海になっていました。
そして日曜日にプエルトリコに戻り
一週間のクルーズが終わります。

船内でいろんなアクティビティーがありました。
スポーツや趣味、工芸などにも参加できます。
また図書館では自由に本を読めましたが、
映画館でも何本も見ることができました。

夜にはカジノやディスコもオープンしていますが、
毎日異なったショーがありました。
また乗客が参加するタレントショーや
カラオケコンテストもありました。

このタレントショーにでるために
わざわざ衣装を持って来ている人もいるのですね。
私のようにクルーズ初めての人も多いようですが、
年に何回も乗船している人も多かったです。

早めに申し込むと割引も多いクルーズです。
ディスカウントクルーズのサイトもたくさんあります。
食事付、エンタ-テーメントと多いクルーズ
寝ている間に次の目的地に移動してくれます。
料金を考えると意外と安いかもしれませんよ。


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 カーニバルクルーズのクルーズ船 by wiki

関連情報
カーニバルクルーズライン
http://www.carnival.com/
カーニバルクルーズ by wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/カーニバルクルーズライン


到着からクルーズ船乗船まで

プエルトリコに入国の際は出入国審査はありません。
プエルトリコはアメリカの自治国になります。
しかし公用語の英語よりもスペイン語を話す人が多く、
他の中南米との連帯感の方が強いようです。

飛行機が到着してロビーに出ると、
それぞれのクルーズ会社の人が迎えに来ています。
荷物を自分で受け取ったと思いますが、
一度バスに預けると船の客室まで運んでくれました。

NYの乾いた空気に比べると湿気があります。
そしてむっとする程に暑く、南国を実感します。
残念ながらその時は通過だけでした。

バスで船が待つターミナルに到着すると、
出国審査代わりに船にチェックインとなります。
パスポートを船に預ける変わりに
正式な出国審査はありません。

これから7日間海外に出て島に上陸しても、
入国審査もない変わりにスタンプも貰えません。
乗船客に取ってクルーズをしている間は
船が一種の宿、そして国代わりになるわけですね。

チェックインが終わると鍵を貰います。
乗船する時にキャプテンと記念の一枚です。
この記念写真は後日販売になりますが、
船の中では色んな機会に記念撮影がありました。

部屋に入ると既にだれかの荷物がありました。
飛行機が各都市から到着するので出発まで時間があります。
一度船に乗船したらここでは降りれなかったので、
荷物が来るまで船内見学にでました。

船内は出発前の準備で忙しいようですね。
まだレストランやバーもオープンしていません。
基本的に出発してからしかサービスは始まらないようです。

部屋に戻ると相棒となるカナダ人の女性がいました。
お互いに自己紹介をして、一週間宜しくとお願いします。
同じ部屋の人は夕食だけ同じ時間帯です。
それ以外は自由に食事を楽しむことができました。
二人で早めの時間帯に予約しました。
船は夕刻6時頃にサンフアンを出発しました。


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 カーニバルクルーズのクルーズ船 by wiki

関連情報
カーニバルクルーズライン
http://www.carnival.com/
カーニバルクルーズ by wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/カーニバルクルーズライン


私の訪問国 63国目
プエルトリコ


クルーズ料金に含まれるもの

クルーズの料金はクルーズライナーによって異なります。
同じ船では選ぶ部屋のクラスに応じて異なります。
部屋のある階や間取り(タイプ)だけではなく、
窓やベランダがあるかどうかでも値段がことなります。

シャワーやトイレは殆どの部屋についています。
私が申し込んだは窓なしの2段ベッドでした。
一人参加なのでクルーズ会社に頼んで
女性のひとり参加者と相部屋希望で申し込みました。
その場合ひとり参加の追加料金は免除になりました。

私と相部屋になったのはカナディアンの女性でした。
彼女は美容院で働く20代の女性でしたが、
同じカナディアンと言うことで息が合いました。
パーティの時にはメーキャップさえしてくれました。

アメリカ国内からの飛行機代は、パッケージに含まれていました。
私の場合NYからサンフアンまで飛びましたが、
帰りは到着をLAに変更してもらうことができました。
これでNY~LAまでの航空券が無料になります。

クルーズ内では殆どの食事が無料です。
一日8食近くありました。
朝食、昼食、夕食の前後におやつもあります。
24hルームサービスも無料でした。
ですから好きな時に一日中食事を楽しむことができます。

アルコールは全て有料でしたが、
食事中のソフトドリンクも全て含まれていました。
お陰でアルコールを飲まない人や
カジノでプレイしない限りお金も必要ありませんでした。

夕食は2部に分かれてテーブルが決められていました。
私は早い方の席を予約しました。
私のような独身の若い人達だけのテーブルでした。
お陰で一日目から皆と仲良くなれました。

そこで夕食をとる必要もないのですが、
毎日テーマが決められていていろんな食事がでました。
メニューも幾つかの中からチョイスできるので、
肉が食べれない私も困りませんでした。


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 カーニバルクルーズのクルーズ船 by wiki

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カーニバルクルーズライン
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カーニバルクルーズ by wiki
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