地球ワーキングトラベラー見聞記
カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。
2019/03/30 Sat.
たどりつけば、アラスカ
Posted on 01:04:00
アラスカ鉄道が開通したから
約50年後にパークスハイウェイが完成、
デナリ国立公園に来るお客さんは増えても、
タルキートナは人口も殆ど増えず、
観光客もあまり訪れませんでした。
1960年から70年代にかけて
大きな流れを変えたヒッピーたちは、
このアラスカにもたくさん来ました。
ホームステッド法を利用して、
ここで生活を試みた人もいるようです。
ヒッピータウンと言われる街が、
アラスカにもいくつかありますが、
1990年までマリファナが
合法だったアラスカには、
たくさんのヒッピーが移り住みました。
そのひとつがタルキートナです。
夏の間工芸品を売ってお金を稼ぎ、
残りの7か月間は何もしない生活。
まるでヒッピーの暮らしそのままです。
「たどりつけばアラスカ
~Northen Exposure」という番組が
1990年代にアメリカで放送されました。
ロケはシアトル郊外で行われましたが、
その物語の舞台が、この街と言われています。
物語はヒッピーとは関係ありませんが、
アラスカで暮らす人たちの中には、
「何故ここに流れ着いたのか」
と尋ねたくなる人たちも多いようです。
お隣さんとの間に適当な距離があり、
人間よりも野生動物の数が多いアラスカ、
この街で暮らしてみると虜になるかも。

タルキートナで一番有名な店
約50年後にパークスハイウェイが完成、
デナリ国立公園に来るお客さんは増えても、
タルキートナは人口も殆ど増えず、
観光客もあまり訪れませんでした。
1960年から70年代にかけて
大きな流れを変えたヒッピーたちは、
このアラスカにもたくさん来ました。
ホームステッド法を利用して、
ここで生活を試みた人もいるようです。
ヒッピータウンと言われる街が、
アラスカにもいくつかありますが、
1990年までマリファナが
合法だったアラスカには、
たくさんのヒッピーが移り住みました。
そのひとつがタルキートナです。
夏の間工芸品を売ってお金を稼ぎ、
残りの7か月間は何もしない生活。
まるでヒッピーの暮らしそのままです。
「たどりつけばアラスカ
~Northen Exposure」という番組が
1990年代にアメリカで放送されました。
ロケはシアトル郊外で行われましたが、
その物語の舞台が、この街と言われています。
物語はヒッピーとは関係ありませんが、
アラスカで暮らす人たちの中には、
「何故ここに流れ着いたのか」
と尋ねたくなる人たちも多いようです。
お隣さんとの間に適当な距離があり、
人間よりも野生動物の数が多いアラスカ、
この街で暮らしてみると虜になるかも。

タルキートナで一番有名な店
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