地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

一度は行ってみたい『ソチ@ロシア』

モスクワは首都の割には印象が少ないですが、
サンクトペテルブルグは今でも
『もう一度行ってみたい街』のトップリストです。
しかし行くならやはり夏、
冬は寒くて暗いと言うイメージがありました。

そんなイメージはロシア全体にありますが、
今年のソチオリンピックを見てびっくりしました。
テレビから映し出されるソチの街には
冬季オリンピック開催地にも関わらず
地面にはまったく雪がありませんでした。

一年ドイツで過ごした私にとって
寒くて暗い冬ののイメージしかありません。
ましてやロシアならもっと寒いと思いますよね。
ところがソチの街はまったく異なりました。

まるでリビエラのような海岸線、
冬でも泳いでいる人もいました。
立派なホテルが立ち並んだ街並は
ロシアと言うイメージからは程遠いです。

オリンピック開催のために作られたわけでもなく、
この街は以前からリゾートとして有名でしたが、
私はまだ一度も行ったこともないので、
初めて見たその美しさに驚きました。

遠くには雪を頂いたカフカス山脈が見えました。
この山脈の一部は世界遺産にも指定されていますが、
そこにあるクラースナヤポリャーナ山岳地域で
オリンピック競技のノルディックスポーツなど
雪が必要な種目が開催されました。
4年前の開催地バンクーバーを思い出しました。
海と山がある風景はいつもきれいですね。
でもバンクーバーにはこんなリゾートはありません。

ヨーロッパや北米では悪天候のために、
大雪などの災害ニュースが伝わるなか、
冬季オリンピックを開催しているソチでは
良い天気が続き青空が広がっていましたね。
機会があれば一度は行ってみたいです。

今年はソチはオリンピックだけでなく
世界の大きな舞台に出ているようです。
6月には『G8サミット』が予定されていました。
ロシアのウクライナ進出を受けて
G7がボイコットすることなり、
ロシアなしのG7サミットを他都市で開催します。

またオリンピックのメイン会場を利用して
F1ロシアグランプリが開催されます。
期間は10月10日から12日の予定です。
またソチの姿が楽しめますね。


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      ソチ by wiki



モスクワ空港から市内への行き方『アエロエクスプレス』

モスクワにひとりで旅行する方は少ないでしょうが、
モスクワ市内から空港への行き方を
いろんなブログやサイトからまとめておきます。
日本航空はドモジェドヴォ国際空港を利用しています。
モスクワで一番利用客の多い空港です。

空港から市内への行きかたとして一番便利なのが
毎日5:30〜夜中の0:30まで運行している
『アエロエクスプレス』と呼ばれる特急電車です。
ドモジェドヴォ空港からは1時間に1〜3本
地下鉄2号線のドモジェードフスカヤ駅まで
所要時間40分で運行しています。

シェレメーチエヴォ国際空港はふたつあり
国際線が発着するのはシェレメーチエヴォ2です。
そこからモスクワ市内のサビョーロフ駅まで
『アエロエクスプレス』が1時間に1〜2本
所要時間は35分で運行されています。

料金は大人が340ルーブル(約1000円)です。
これでタクシーに乗る必要もありませんね。
値段交渉必要もなく、渋滞の心配もなく、
安心して市内まで向うことができます。

エクスプレスバスやリムジンバスもありますが、
詳細については書いてありませんでした。
また市内バスや乗り合いタクシーもあるようです。
しかしロシア語が通じないと難しいですね。

日本航空のサイトをご覧になると、
空港からのアクセスについて書いてあります。
またエアロフロートの日本語サイトをご覧になると、
エアロエクスプレスについて説明があります。
そのリンクからスケジュールを見ることもできます。

言葉の通じない国も旅行前に
インターネットで情報を得ることができます。
本当に便利になってしまいましたね。
スマートフォンやタブレットを持っていれば、
言葉の心配もいらなくなりました。
でも言葉が通じない国を迷いながら旅行した
旅の思い出は忘れることができません。

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  アエロエクスプレス by wiki

旅行情報
日本航空 モスクワ空港情報
http://www.jal.co.jp/tabi/info/toshi/eur/ru/mow.html
アエロフロート 空港情報 日本語
http://www.aeroflot.com/cms/ja/before_and_after_fly/by_train
ロシアのアエロエクスプレス
http://www.aeroexpress.ru/en/

モスクワ市内から空港へ

北欧ロシアの旅の最後の日は、
モスクワ空港に向かいました。
モスクワにはふたつの空港があります。
市内から北北西40kmの所にあるのが、
シェレメーチエヴォ国際空港です。

1980年モスクワオリンピックの際には
国際線ターミナルを運行開始しましたが、
その後設備投資の遅れで、乗り入れた減少しました。
2000年代になってやっと新ターミナルの完成後、
第二の国際空港として運用されています。

モスクワで一番乗り入れ人数が多いのが
市内から南西35kmの所にある
ドモジェドヴォ国際空港です。
日本航空もこちらに乗り入れています。
国際線と国内線のターミナルがことなるので、
空港で降りる際に注意して下さい。

地球の歩き方に地下鉄の駅まで行き、
そこから路線バスが出ていると書いてありましたが、
何番のバスが空港まで行っているのか、
何処がバス停なのかハッキリ分かりませんでした。

ロシア語が話せないと、空港さえ通じません。
しかし何本もバスの発着をみているうちに、
飛行機の絵を描いた路線バスがやってきました。
それまで30分以上探しまわったと思います。

さらにそこからバスに乗って軽く1時間、
逃さないように注意して乗っていました。
普通の市内のバス停と異なり、
空港を見落とすことはありませんが、、、。

ターミナルについたので降りようとしたら、
『ダメダメ』と運転手が止めました。
どうやら国内線のターミナルのようで、
国際線ターミナルはその次だったようです。
異国人が国内線で降りるはずもなく、
お陰で無事に国際線に到着することができました。

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    モスクワの空港 by wiki


旅行情報
日本航空 モスクワ空港情報
http://www.jal.co.jp/tabi/info/toshi/eur/ru/mow.html
アエロフロート 空港情報 日本語
http://www.aeroflot.com/cms/ja/before_and_after_fly/by_train
ロシアのアエロエクスプレス
http://www.aeroexpress.ru/en/


北欧で見た『草屋根の家』

アラスカにいるとちょっと変わった家を見ます。
と言ってもあまり一般の住宅では利用されていませんが。
昔毛皮用の動物を狩猟するために
猟師が森林に建てた家が『トラッパーハウス』
彼らはこの家を数件持っており、
周遊しながら狩猟していったようです。

白樺で作られた丸太小屋はひとり用、
小さなベッドとオーブンがあるくらいの
簡素な家ですが、とても重要でした。
狩りは寒い冬の時期に行なわれます。
寒さから身を守るための大事な小屋です。

外からの寒い空気のを入れないように、
ストーブで暖まった空気を逃がさないように
屋根はコケをしいた後に土で覆ったようです。
その屋根の上には草や小さな木も生えています。

草屋根の家はノルウェーでもたくさん見かけました。
最初は『家が古くなってコケが生えているのか?』と
思ったのですが、それは間違いで、
こういった建築方式を採用しているようですね。

日本でも『草屋根』を利用した住宅を
エコ対策、緑化対策として利用しているようです。
草屋根』はコンクリートの屋根に比べて
熱の侵入率が1/20以下になるそうです。
これなら家の中で快適に過ごせますね。

草屋根に花を植えればとてもきれいですし、
イチゴなんか植えたら収穫も楽しめます。
それに緑があると見た目に和らぐので、
一石二鳥や一石三鳥にもなりますね。
 
最近は都会のビルディングの屋上に
この『草屋根』を利用する所もあるようです。
休み時間にスタッフが憩えるだけではありません、
ビルディングの温熱を防ぐことにもなります。
そのうち自分の家の屋上で
自家菜園する時代がくるかもしれません。

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     アラスカの草屋根

ロシアの民芸品『マトリョーシカ』

マトリョーシカ』のルーツを聞いて
今更ながらびっくりした私ですが、
1900年パリの万博で銅メダルを受賞すると
ロシア各地で人形が作られるようになり、
ロシアの民芸品として定着したようです。

かわいらしい女の子の人形が多いですが、
欧米からの観光客が増えたせいか、
ちょっと変わった『マトリョーシカ』も
どんどんデザインされているようです。

良く目についたのが歴代ロシア
(ソビエト)の国家元首の人形でした。
一番外側は当時の大統領エリツィン
その内側には共産党最後の書記長で
最初の大統領になったゴルバチョフ

その内側は良く覚えていないのですが、
ソ連共産党時代の指導者達で
ブレジネス、フルシチョフなど、
最後がレーニンだったような気がします。
今はどんな内容になっているのか?

もちろんアメリカ大統領版もありました。
当時は『クリントン大統領の浮気』が
世界中を賑わしていた頃ですが、、、
一番外側がクリントン、その内側にヒラーリ
そして浮気相手だったモニカさん
最後にサックスフォーンが入っていました。

ロシアでは現在でも手作りだそうです。
原料となる菩提樹は、伐採から一年間乾燥、
マトリョーシカ』の原型になるよう、
くり抜いて、削って、絵を描いて、、、
そんな作り人達の暖かみが出ていますね。

モスクワの北東70kmにある
セルギエフ・ポサードの博物館には
マトリョーシカ』の第1号が展示され、
モデルとなった箱根の入れ子細工
『箱根七福神』も飾られているそうです。

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大統領のマトリョーシカ人形 by wiki


観光情報
モスクワトラベルサイト
http://en.travel2moscow.com
ロシア政府観光局 英語
http://www.russia-travel.com
ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html


ロシアの民芸品『マトリョーシカ』のルーツ

ロシアのお土産と言えば
絶対に忘れられない物があります。
かわいい民族衣装で飾られた人形。
まるで日本の『こけし』を思い出しますが、
マトリョーシカ』を買う人は多いことでしょう。

この人形ロシアの何処でも見られます。
海外にあるロシア料理店や
ロシアの民芸品を扱った所にもあり、
まるで『招き猫』のように存在感があります。

てっきりロシアの伝統工芸品と思っていたら、
ルーツは日本から伝わったと言う話があり、
この記事を書くまで全く知りませんでした。

木製の人形の胴体を上下ふたつに割ると、
中から一回り小さな人形が出てきます。
それを割ると、また一回り小さな人形が、、
というようにだんだん小さくなりながらも
何個も人形が出てるのが『入れ子細工』です。

『入れ子細工』はろくろを使った挽物細工で
僧侶が用いた『応量器』とよぶ食器が始まりとか。
江戸時代湯治場として栄えた箱根に、
東北や信越の木地師が箱根に集まり、
寄木細工や挽物細工の技術が磨かれていきました。 

信州からきた信濃亀吉がその技術を応用して、
江戸末期に卵形の入れ子細工を考案したのが
『十二卵』の始まりと言われています。
明治維新後、ロシア正教会が日本にも入ると
日本正教会が箱根の塔ノ沢に避暑館を建て
休養と研修を兼ねた施設としたそうです。
ここに宿泊したロシア人達が、土産物として
入れ子細工を母国へ持ち帰りました。

それに目をつけた当時のロシアの鉄道王
マントフの夫人が試作させたのが、
ロシアの郷土館グとなった入れ子細工
マトリョーシカ』になったと言われています。

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   マトリョーシカ人形 by wiki


観光情報
モスクワトラベルサイト
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ロシア政府観光局 英語
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ロシアの『フルーツウォッカ』

モスクワが最後の訪問地だったので、
ここで皆へのお土産を買いまくりました。
今はほとんどお土産も買いませんが、
当時はガイドの友達に良く買っていました。

北欧に比べて物価が安いこともあれば、
ユニークなお土産が多かったです。
自分へのお土産をあまり買わない私ですが、
一番気に入った土産がウォッカでした。

お酒が嫌いだった頃の私は
ビールや御燗した酒の臭いが嫌いでした。
そこで最初に覚えたお酒がウォッカでした。
アルコール度数は強くても臭いがなく、
氷を入れジュースで割って飲んでいました。

海外でもウォッカの重要が増えています。
ウォッカベースのカクテルも多いですが、
ボトルになったミックスドリンクは
簡単に飲めることもあって増えているようです。
大麦、小麦、ライ麦、ジャガイモなどを原料にして
白樺の炭で濾過して作るそうです。

最近はフルーツなどで味をつけた
フレバーウォッカも増えているそうですが、
ロシアで私が見つけたのはまさに
フルーツから作ったフルーツウォッカでした。

色も赤、緑、黄色などありました。
観光客用に英語で書かれたウォッカがあったので、
そこからクランベリーウォッカを買いました。
多分360mlで200円ぐらいでしたよ。
最近はウォッカに好きなフルーツをいれて、
自家製のフルーツウォッカを作る方も増えていますね。

私が買ったのはクランベリージュースと
ウォッカをミックスしたようなまろやかな味でした。
氷を入れてオンザロックでも良し、
炭酸を入れて割って飲んでも美味しかったです。
楽天で探しても見つからないのですが、
モスクワに行ったらまた買いたいですね。

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  フレーバーウォッカ by wiki


観光情報
モスクワトラベルサイト
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モスクワのドトールでひと休み

ロシアを旅行していて困ったのが、
やはり口にあわない料理でした。
ボルシチ(スープ)、ピロシキ(小型のパイ)、
ビーフストロガノフなどが有名ですが、
ロシア語が読めないと注文もできません。
ましてや肉が食べれないと種類もありません。

言葉が通じない国での常食、
露店で売っている食べ物を買ったり、
ピザやパスタの店で食べていました。
それも飽きて日本食が恋しくなりましたが、
ここでは『サバの塩焼き定食』は無理かな?

ロシアの地球の歩き方に載っていたのが、
モスクワ市内に『ドトール』があるというのです。
早速お店を尋ねてみることにしました。
現在でもオープンしているかどうか不確かですが、
まだスタバなどがメジャーじゃなかった頃、
日本のドトールが進出しているとは?

日本的な雰囲気はありませんでしたが、
お店に入ったてホッとした気分になりました。
当時のコーヒーはドリップでしたが、
久しぶりに美味しい日本的なコーヒーと
サンドウィッチを食べることができました。

ドトールは旧アルバート通りにありましたが、
ここは歩行者天国になっていました。
観光客のためのお土産屋も多く、
滞在中数回ここに通うことになりました。

夏はカフェも多く並ぶようで、
最近はスタバも進出しているようです。
しかし昔の面影を失って来たので、
去年『通りの520周年』を記念して、
10億円かけて改修されたそうです。

A.S.プーシキン記念アパートをはじめ
エヴゲニー・ヴァフタンゴフ国立アカデミー劇場、
トゥーランドット姫噴水など史跡もあります。
行ったついでに『ドトール』があるか確認して下さい。

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 旧アルバート通り by ロシアnow

観光情報
モスクワトラベルサイト
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モスクワの郊外でみた公団住宅

モスクワの人口は1100万人ほどですが、
世界一広大な国にしては小さいですね。
ロシアより小さな日本の東京には
これ以上の人口が集中しているのですから。

トロリーバスにのって車窓見学しました。
赤の広場から1時間程乗って郊外へ
東京から埼玉や千葉へ行くようなものです。
そうすると市民の生活様式が見学できます。
どの街でも住宅街をみるのが好きです。

そこはヨーロッパの住宅街とは異なり、
日本のような公団住宅がたくさん並んでいました。
10階建てあるような一棟建てのアパートが
横にも縦にも何十軒も並んでいます。
その規模は日本とは比べものになりませんでした。

残念ながらこのような建物は好きではありません。
狭い土地では仕方ないのかもしれませんが、
個人が無視されているような気がします。
みんなどんな気持ちで生活しているのか?

近くにある工場で働いているのでしょうか?
同じ頃通勤して、同じ頃に帰宅するなんて、
自由に働いて来た私には想像できません。

まだ平等に扱われていたソビエト時代には、
文句を言いながらもそれなりに生活出来たようです。
崩壊してからは働いても貧富の差ができました。
物価が上がってもちっとも上がらない給料、
会社の経営が悪く、支払われなくなった給料など、
ロシアが抱えていた問題はたくさんありました。

ソビエトが崩壊して嬉しいのは若者だけかも。
自由に仕事を選べ、好きな物を買えますからね。
しかし仕事がなかなか見つからない年寄りにとって、
満足な老齢年金さえ貰えないかもしれません。

旅行した頃はまだ若かった私も
『定年』を考える年齢に近づいてみると、
こんな住宅街が修理されることなく古くなって
現代の姨捨山になるようで悲しいですね。

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  ロシアのアパート by Panorama

観光情報
モスクワトラベルサイト
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ロシアの観光案内 英語
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モスクワの豪華な百貨店

赤の広場』にある建物にほとんど入場しませんでしたが、
北東側にある『グム百貨店』だけ行きました。
だって入場料もないけど、お店めぐりは楽しいですからね。
と言ってもここに来るまで建物があることも知りませんでした。

グムとはロシア語で総合百貨店のことを意味するそうです。
1893年に完成したこ『グム百貨店』は
ロシアを代表する建築物のひとつでもあります。
ロシア革命児は1200も店舗数があったそうです。

ソビエト政権により国有化されましたが、
個人商店はそのまま営業が認められました。
ソ連時代は国内では物資が欠乏していましたが、
この商店だけはいつも商品が溢れていたそうです。

1985年のペレストロイカ政策により
個人商店が復活しはじめただけでなく、
西側の資本主義国家の企業との
合弁商店も進出し始めたそうです。

私が行った時はベネトンが流行していましたが、
『グム百貨店』の中でも見ることができました。
シドニーもオリンピックを前に
欧米のブランドが進出していましたが、
ここでもたくさん見ることができました。

モスクワ市内では日銭を稼ぐために
おばさんが庭に咲いた花束を売ったり、
旅行者にお金をねだる市民もいましたが、
ここだけは一般市民生活とは別世界でした。

いかにも高級そうな宝石や時計が並び
ロシアのトップデザイナーの商品が
すべてのショーウィンドを飾っていました。
私が買物する商品とは二桁程違うようです。

買物しているのはほとんどロシア人でしたね。
社会主義だった国で貧富の差があるのか?
海外に行くにはビザの問題もあるので、
お金持ちのロシア人が買物するのでしょう。
東京オリンピック頃の『銀座』を
イメージしたら良いのかもしれませんね。

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     グム百貨店 by wiki

観光情報
クレムリン宮殿の公式サイト
http://www.kreml.ru/en-Us/museums-moscow-kremlin/
モスクワトラベルサイト
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ロシア政府観光局 英語
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クレムリンに眠る日本人

『赤の広場』には『レーニン廟』があります。
1924年レーニンが死去した際、
全国から弔問に訪れる市民のために
その遺体に保存処理することにしました。

木造の遺体安置所が3日間で建設されましたが、
1930年石造の廟が建設されたそうです。
ソ連崩壊とともに撤去案が何度もでたようですが、
改修して保存することになったようです。
時の指導者だったレーニンも
時代ともに忘れ去られて行くのでしょうか。
さてクレムリン宮殿の壁には
ソビエト社会主義に貢献した人が埋葬されていますが、
その中に日本人の片山潜という方がいます。

渡米して苦学してエール大学、大学院で学び、
帰国して牧師を志望しますが叶わず
キリスト教社会事業の拠点として日本初の隣保館である
『キングスレー館』を設立しました。

その運営とともに労働運動に力を尽くし
日本最初の労働組合の設立に大きな役割をはたし、
社会民主党の結成にも加わったそうです。
その後日本社会党の結党にも参加しました。

1911年東京市電のストライキを
指導したとして逮捕、投獄されましたが、
大正天皇即位の大赦によって出獄すると
1914年にアメリカに亡命しました。

1917年ロシア革命によりマルクスレーニン主義に傾倒すると
アメリカ共産党の結成に尽力したそうです。
1921年にソビエト連邦に渡り、
コミンテルン常任執行委員会幹部となったそうです。

ロシア語どのようにして学んだか知りませんが、
1925年にやっと25歳以上の男性全員に
参政権が与えられるようになった日本にあって
アメリカとロシアで活躍した日本人がいたのですね。
1935年彼が死去すると15万人の市民や
コミンテルンの指導者が集まったそうです。

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     赤の広場 by wiki


観光情報
クレムリン宮殿の公式サイト
http://www.kreml.ru/en-Us/museums-moscow-kremlin/
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ロシア正教会と聖ワシリイ聖堂

クレムリン内の『大聖堂広場』には
たくさんの聖堂がありましたが、
葱坊主屋根の『聖ワシリイ聖堂』の方が
私達にとっては見覚えがありますね。
こちらもロシア正教会の大聖堂ですが、
正式名称は『堀の生神女庇護大聖堂』だそうです。

イヴァン4世がカザン・ハーンを捕虜として
勝利したことを記念して1560年に建立されました。
7つある塔は、それぞれデザインがことなります。
一番モスクワを代表する建物かもしれませんね。
大晦日の花火はこの建物を背景に映しだされます。

『正教会』とは『東方教会』のうち
7つの『全地公会議』を承認し、
古代総主教庁とキノニアに関係ある諸教会です。
キリスト教の教会ですが、一カ国に
ひとつの教会組織を具えることが原則だそうです。

無神論を標榜し武力革命で政権を奪取した
ロシア革命の指導者達にとっては、
民衆の信徒の支持により確固として存続する
ロシア正教会』は大きな脅威でした。

『宗教はアヘン』と見なすソビエト政権は、
教会における冠婚葬祭の禁止、
聖堂の接収もしくは破壊、
聖職者・修道士・信徒たちの逮捕や
処刑といった手段で、
ロシア正教会に激しい弾圧を行いました。

ソビエト政権が崩壊した後、
ロシア正教会の信者は拡大して、
現在9000万人ほどいるそうです。
また新しい聖堂も建設されているとか。

正教会ではカソリックと表現がことなり
聖母マリアが『生神女マリア』ですが、
神の母・第一の聖人として位置づけています。
『神を生みし女』を意味するそうです。
移民の国オーストラリアにいると、
各国の正教会の教会を見ることができます。

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   聖ワシリイ大聖堂 by wiki

観光情報
クレムリン宮殿の公式サイト
http://www.kreml.ru/en-Us/museums-moscow-kremlin/
モスクワトラベルサイト
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ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html



クレムリンの赤い星

クレムリンはまさに『世界一の広大な国家』の
イメージづくりにぴったりの場所だと思いました。
ロシア帝国〜ソ連〜ロシア連邦と時代は変わっても、
世界中にその権力を誇示しています。
まあ国家予算がそれに伴うかはわかりませんが、
シベリアを開発すればまだ未知の可能性はあります。

クレムリン宮殿をはじめたくさんの建物があり、
それを書いているだけで泡を吹きそうになりました。
でもクレムリンの見所はそれだけではありません。
1935年『ロシア革命20周年』を記念して、
城塞にある20の塔のうち5カ所の尖塔に、
ルビーで作られた3mになる赤い星が飾られました。

それは『クレムリンの赤い星』と呼ばれています。
20の塔にはそれぞれ名称がつけられいて、
高さや大きさもそれぞれの塔に異なるようです。
そのために『赤い星』の高さと大きさも、
それぞれの塔に調和するように決められたそうです。

耐久性と剛性は1平方メートルあたり、
200キロ重量キログラムの暴風(2kパスカル)
が当たっても耐えうるよう設計されています。
1トン近い重さにも関わらず『赤い星』は、
風の変化と方向にあわせて簡単に回転するそうです。

『赤い星』が一日中『赤く明るく輝く』ように
ランプの中にはフィランメントが入っていますが、
それが外から見えないようにすること。
太陽によって外側から照らされる赤いガラスは、
『黒色』に見えると言っても過言ではありません。
そのために日中の光をほとんど反射させる
乳白色のガラスを使用したようです。

このように『赤い星』のうらには
たくさんの努力と研究が積み重なれています。
これも『世界一の国家』を誇示するためですが、
私は『クレムリン』を外から見ただけでした。
今度行ったら是非中にも入ってみたいのですが、
はたして何処まで入場できるのでしょうか。

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クレムリンの赤い星 by wiki

観光情報
クレムリン宮殿の公式サイト
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モスクワトラベルサイト
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クレムリンにある『大聖堂広場』

クレムリンは宮殿だけではありません。
ロシア正教会の伽藍が林立する広場があり
『大聖堂広場(寺院広場)』と呼ばれています。

まずは、かつてのモスクワ大公国の母教会であり、
1479年イヴァン3世によって建立された
ロシア正教会の『生神女就寝大聖堂』があります。
帝政時代には皇帝の戴冠式が行われました。
現在、ロシア大統領の就任式では
ロシア正教会による祝福が行なわれます。

その隣には同じロシア正教の聖堂で、
生神女福音祭を記憶するための
『生神女福音大聖堂』があります。
1489年にプスコフの石工達によって建設され、
皇帝、皇后の私的な礼拝所として使用されました。

『イワン雷帝』として知られるイヴァン4世をはじめ
歴代皇帝の納骨保管所となっているのが、
1509年にイタリアの建築家によって建立された
『アルハンゲリスキー大聖堂』です。

他に『ヴェルホスパスキー聖堂』『ラザーリ教会』
『テレムノイ宮殿付属教会』『十二使途教会』や
『ゾポロジェーニエ教会』があるそうです。

大聖堂広場の中心には、高さ81mの
イワン大帝の鐘楼が屹立しています。
全部で21個の鐘があるそうですが、
そのうちのひとつ『ウスペンスキーの鐘』は
総重量が70トンもあるそうです。

その鐘楼の前には『鐘の皇帝』があります。
1735年に製造された巨大な鐘は、
高さ6.14m、直径が6.6mあり、
重量が約160〜200トンあるそうです。

また鐘楼の裏手には1586年に製造された
18トンもある巨大な大砲があり
『大砲の皇帝』と呼ばれれています。
まさに『世界一の大国』を誇示しています。


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 生神女就寝大聖堂 by wiki

観光情報
クレムリン宮殿の公式サイト
http://www.kreml.ru/en-Us/museums-moscow-kremlin/
モスクワトラベルサイト
http://en.travel2moscow.com
ロシア政府観光局 英語
http://www.russia-travel.com
ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html



赤い広場にある『クレムリン宮殿』

『赤の広場』の『赤』はソビエト時代の国旗や
社会主義を意味するのかと思っていたら
ロシア語では『美しい』という意味みあるとか?
地面が赤色に塗られているわけでもないのですね。
1991年『クレムリン』とともに
世界遺産に文化遺産として登録されました。 

クレムリン』はソビエト連邦時代、
ソ連共産党の中核が置かれていました。
共産党=クレムリンとイメージがありましたが、
ロシア語で『城塞』を意味するそうです。
モスクワ以外にいくつかの都市にあるようです。

モスクワクレムリン』の原型となる城塞は
12世紀に築かれたと言われているそうです。
1839年〜49年にかけて造営され
皇帝の宮殿であった『クレムリン大宮殿』をはじめ
公式行事に利用された『グラノヴィータヤ宮殿』
1635年〜36年にかけて造営され
皇帝の御所であった『テレム宮殿』があります。

1959年〜61年にかけて建設された
『国立クレムリン宮殿は』は
600人収容可能な議事堂です。
ソ連共産党大会が開催されたり
国際会議場として利用されました。

帝政ロシア時代は『元老院』
ソビエト時代は『閣僚会議館』として
利用されたのが『ロシア大統領官邸』です。
その隣にあり1932年〜34年にかけて建築、
ソ連最高会議幹部会館として利用された建物が
現在の『ロシア大統領府』です。

帝政ロシア時代にはサンクトペテルブルグが
都として一世を風靡しましたが、
『帝政ロシア』『ソ連』『ロシア連邦』と
時代と供に政治の中核が置かれてきた所であり、
まさに『ロシアの心臓』とも言えますね。
豪華さよりも権力を象徴しているようです。

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    クレムリン宮殿 by wiki

観光情報
クレムリン宮殿の公式サイト
http://www.kreml.ru/en-Us/museums-moscow-kremlin/
モスクワトラベルサイト
http://en.travel2moscow.com
ロシア政府観光局 英語
http://www.russia-travel.com
ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html

ロシアの象徴『赤い広場』へ

モスクワのホテルに落ち着いた私は
ひとりで市内に出かけることにしました。
大きな街で『中心地は?』と言うのは
その人の生活圏によってことなります。

『東京の中心は?』と聞かれてどう答えますか?
まさか『スカイツリーある所』と答える人はいなでしょう。
それなら私のいたホテルの側には
モスクワ一高い『オスタンキノタワー』がありましたが。
やはりここは『赤い広場』『クレムリン』のある所かな?
旅行者にとっては一番の観光中心地、
と言うかそこしか知らなかった私です。

ホテルからトローリバスに乗ると1本で行けました。
これなら普通のバスより分かり易いです。
一日券を買えばどれに乗っても良いですからね。
1933年初めてモスクワに走り始めたので、
他のヨーロッパの国に比べると遅いですね。

当時はまだ古いトローリバスが走っていました。
モスクワ=共産圏の面影が残っていました。
それは初めて北京に行った時もそうでしたが、
欧米の文化を取り入れて発展した部分もあれば、
昔の面影がどっぷりと残っています。
日本でまだ手で田植えをしている姿をみると、
どこか東南アジアにいる気がするのと一緒でしょうか。

トローリバスから降りて少し歩くと、
そこにはテレビのニュース中継でお馴染みの
『赤の広場』と『聖ワリシイ大聖堂』がありました。
社会主義だった頃から世界中のレポータが、
ここから各国に向けて報道していましたよね。

中国なら『天安門広場』
アメリカなら『ホワイトハウス』
英国なら『ビッグベン』
フランスなら『エッフェル塔』をバックに
それぞれの国を意識した風景を利用します。
日本ならやっぱり『皇居』になるのかな?
『国会議事堂』を知っている外国人は少ないもんね。

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     赤の広場 by wiki

観光情報
モスクワトラベルサイト
http://en.travel2moscow.com
ロシア政府観光局 英語
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ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html


モスクワのホテル その5『オスタンキノホテル』

モスクワ駅に到着して、地下鉄に乗り、
無賃乗車でバスに乗り換えて、
何とかホテルがあるらしい所まで到着しました。
しかしどれがホテルか良くわかりません。

バスを降りた所にはオフィスビルのようなもの、
通りの反対側には朽ち果てたようなビルがあります。
しかしどうしてもホテルには見えませんでした。
街路樹に隠れているせいもありますが、
1階にある商店街は何処も閉まっているようです。

取りあえず住所を確かめるために、
道路の反対側に渡りましたが、
この道路が半端ではなく大きく、
片道4車線ぐらいはあったでしょうか?
信号機もないので、車を見計らって渡ります。

確かに何処の商店街も開いていません。
と言うより何処も空で営業さえしていないようです。
しかし住所の番地だけはあっていましたね。
何処を見ても入り口さえ見つかりません。
取りあえず動いて人を捜すことにしました。

しばらくすると歩いている人がいたので、
英語が話せるか尋ねると『なんと通じました』
事情を話してホテルを探していると言うと、
何だかビルの奥の方に連れて行ってくれました。

そこは普通のビルの入り口みたい所でした。
中に入ると小さな受付があるのみです。
私がホテルの確認書を見せると、
そこは新館で最初にみた旧館は
今は営業していないと説明してくれました。

書類に記入してパスポートを預けると
階段を上がって2階に案内されました。
そこにはエプロンをしたおばさんがいて、
その人が私に鍵を渡してくれました。

一緒に来た友達は私の部屋を見てから
結局そのホテルに泊まることになりました。
なんと言っても1泊10ドルですからね。
何とかやっとホテルに落ち着くことができました。

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オスタンキノホテル by Tripadvisor


観光情報
モスクワトラベルサイト
http://en.travel2moscow.com
ロシア政府観光局 英語
http://www.russia-travel.com
ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html

モスクワのホテル その4『無賃で乗った市営バス』

ホテルの近くの駅までは問題なくこれましたが、
地上に出てバスに乗れと言われても
どのバスに乗って良いかわかりません。
ロシア語が分からないと行き先も分かりません。

ホテルの住所を紙に書いて尋ねましたが、
殆どの市民が英語の文字が読めなかったようです。
ホテル名を発音しても通じませんでした。
それでもたくさんの人に聞いて
『このバス』と言われたのに何とか乗り込みました。

運転手からチケットを買おうと思ったら、
もちろん英語が通じないこともありますが、
そのまま乗れと手で挨拶されました。
バス停の販売機で買うシステムだったようです。
チケットを持たないまま乗り込むことになりました。

『無賃乗車』とちょっと後ろめたい気持ちでいたら、
黒いコートを着た二人の検札官が乗車してきました。
市民の中には『無賃乗車』する人もいるらしく、
こうやって検札にたまにくるのでしょう。
数人の乗客が身分証明書の提示を求められて、
チケットらしいものを切られていました。

私達ももちろん『無賃乗車』ですが、
英語で経緯を説明しまくると、
分かってくれたとは思いませんが、
彼女が手にしていた10ルーブル札を手にして
そのままチケットも切らずに通り過ぎていました。

あの当時それが運賃より高かったのか、
あのお金をどうしたのか分かりませんが、
彼達のコーヒー代ぐらいにはなったかな。

『オスタンキノ』の大きな声で言っていたせいか、
バス停に到着したら誰かが私達の腕を引っ張って、
ここで降りるようにロシア語で騒いでいます。
今まで無視したように乗っていた乗客が
一斉に私達に視線を向けていました。
無事にバス停で降りると安心したように
運転手がにっこりとして発車していきました。

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   モスクワの市営バス by wowmoscow


観光情報
モスクワトラベルサイト
http://en.travel2moscow.com
ロシア政府観光局 英語
http://www.russia-travel.com
ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html


モスクワのホテル その3『モスクワの地下鉄』

モスクワ駅に早朝に到着した私は
ユースで知り合った女性と一緒に
そのままホテルを目指すことになりました。
彼女はモスクワのホテルを予約してなかったので、
取りあえず私が泊まるホテルに一緒に行き、
部屋が空いていれば泊まるつもりでした。

モスクワ駅から地下鉄に乗り換え、
さらに地下鉄のラインも乗換えました。
地下鉄路線案内はロシア語と英語で書いてあり、
地図さえ見れば何とか目的地に行けます。
特にライン別に番号が振られており
色分けされているので分かり易かったです。

モスクワ地下鉄は1935年に操業開始
現在は12路線、194の駅があり、
一日700万人近い人が利用するそうです。
多い時には900万人近い人が利用するとか
さすがに大都会のイメージがしますね。
モスクワの人口が約1200万人ですから、
半分以上の人が利用しているという数値ですね。

モスクワ地下鉄の駅は豪華な装飾が有名です。
駅毎にテーマも異なっているようで、
まるで美術館や宮殿にいるような雰囲気でした。
構内も広くて優雅な雰囲気があります。
大理石でつくった椅子あったり、
彫刻や絵画がある駅もありました。

モスクワでちょっと疲れた時には、
駅でゆっくりと観賞するのも良いですね。
ただ朝夕はラッシュになるので注意が必要です。
地下鉄駅の写真はこちらのサイトで見れます。

私達は何とか目的の駅に到着しました。
ここからバスに乗れと言われたので、
地上に出てバスを探しますが、
ロシア語が通じないとどのバスかもわかりません。
紙に書いたホテル名(英語)を見せても、
地元の人は分からなかったようです。

現在地下鉄の料金は1回50ルーブルです。
市内のバスやトローリも同じ値段だそうです。
一回で5日間有効だそうですから、
地下鉄見学して改札口から出ない限り
5日間地下鉄構内を観光することができます。

言葉が通じない私達には一日券(200ルーブル)が
バス、トローリ共用が便利かもしれませんね。
私もこれを買って乗り回したような気がします。
現在1ルーブル約3円です。
ロシアもスマートカードの時代になっています。

800px-Kievsk_kol_21.jpg
   モスクワの地下鉄構内 wiki


観光案内
モスクワの地下鉄『メトロ』 英語
http://engl.mosmetro.ru
モスクワ地下鉄駅の写真
http://www.beeflowers.com/moscowmetro/index.htm



モスクワのホテル その2『どうやってホテルを選ぶか』

大都会モスクワに一度も行ったことがないので、
『間隔』もなければ『感覚』もありません。
全く日本語がわからない外国人が
東京で安い旅館を探しているのを想像して下さい。
東京の何処に滞在して良いか分からないですよね。

安い旅館は台東区辺りにありますが、
日本人でさえ『簡易旅館』に泊る人は
よっぽど旅なれた人かもしれませんね。

私が以前『大阪愛隣地区』のホテルに泊まったら、
大阪在住の友達(裕福な方)が驚いていました。
でも現在では東南アジアからのバッパー達も
この地区にある安ホテルを利用しています。

モスクワでは何処が安全地区かわかりません。
安いこと、清潔そうなこと、便利なことで
モスクワのホテルを選んでいきましたが、
当時はホテル予約サイトも殆どなかったので、
モスクワのホテル』を利用しました。

当時のウェブサイトは単純そのものでした。
ましてやロシアのサイトですから、
欧米に比べると内容が全くありません。
モスクワにある300以上のホテルが
料金別に一列に並べられていただけで、
設備案内と写真が1、2枚あるだけでした。

ホテルの地図もなかったような気がします。
近くの観光施設や地下鉄駅などの説明があったので、
それを頼りに交通の便が良いホテルを選びました。
それなら鉄道駅から迷わずに行けますからね。
しかし安いホテルは地下鉄駅の近くではありません、
そこからバスで10分かかると書いてありました。

写真では5階建ての大きな建物だったので、
まあ近代的なホテルだと思いました。
オスタンキノタワーはモスクワで一番高いタワー
これなら誰でも知っているはずです。
その近くにあるホテルということで『安心』
泊まったのはわずか1泊10ドルのホテルでした。

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オスタンキノタワー by wiki

観光情報
モスクワトラベルサイト
http://en.travel2moscow.com
ロシア政府観光局 英語
http://www.russia-travel.com
ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html

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