地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

アラーニの家を後にして

私がアラーニの家に滞在している間、
娘さんが部屋を開けてくれました。
長く滞在するとそれだけ負担もあるので、
三日で出発することにしました。

その後の予定は全く決めていませんでしたが、
滞在中にテキサスからロサンゼルスへの航空券、
ビクトリアから何処へ旅行するか
安い航空券次第で予定を組みました。

ダラスやヒューストンに行くことも考えましたが、
以前から気になっていた街、
「サンアントニオ」に行くことにしました。
私の故郷「熊本市」と姉妹提携をしていたので、
その名前だけは知っていましたが、
どんな街か、何が有名なのかも知りませんでした。

最初はエルパソに抜けて、アリゾナから
ロスの方へと行くことも考えましたが、
ほぼテキサスの東側にある街からロスは
アメリカを半分横断するようなものです。

サンアントニオならビクトリアからも
距離的には近いと思ったのですが、、
確かに距離的には200kmもありません。
アメリカなら車で2~3時間の距離です。

所が直行のバスがないのです。
途中で乗り換えしなければなりません。
どうしても5~6時間はかかるようです。

結局そうなるとバス停まで送ってもらうのに、
マイクの都合の良い時間帯、
そしてサンアントニオに到着する時間、
といろいろと考えた挙句、
宿泊が無料になる夜行便を予約しました。


7520908jkk5714_0.jpg
  ビクトリアの名所 by Victoria.TX



土曜日はIhopでブランチを

豆を挽いてドリップコーヒーを入れ、
パンをトーストしたらバターを塗ります。
これが私のシドニーでの朝食です。
パンはその時の気分でレーズンとか
違った種類のパンを買ってきます。

仕事がない日は朝が遅いマイクとアラーニ、
娘さんたちもバイトがないというので、
皆で朝食を食べに行くことにしました。

今日のレストランはアメリカ中に展開する
「パンケーキの店Ihop」でした。
お店はブランチを兼ねた家族連れて、
空きがないほどに埋まっていました。

アメリカのファミリーレストランは、
量が多いので選ぶのが大変です。
一番量が少なそうな朝食を選びました。
アラーニは私と同じぐらいのものでしたが、
二人の娘さんは育ちざかりなので、
卵とホットケーキのコンビですが、
その上にはいろいろと乗っているようです。

体の大きなマイクはまだまだ食欲旺盛、
卵にソーセージやベーコンなどがついた
ビックブレックファーストを頼んでいました。

これには大きなパンケーキが
何と2枚も別についてきました。
私だったら1枚でお腹いっぱいになりそう、
それにシロップやバターもたっぷり乗って、
アメリカの朝食の大きさにびっくりです。

多分これでお昼ご飯はいらないと思いますが、
それにしてもどのテーブルも、
大きなお皿がたくさん並んでいます。
これがアメリカに肥満が多い理由かな?
こんなあま~いパンケーキなんて
一度食べたらひと月は食べたくないです。

IHOPEMUNE.jpeg
こんなにたくさん食べれますか? by ihop

初めてのモスク体験

ビクトリアイスラミックセンターは、
モスクというより体育館のような雰囲気でした。
毎日礼拝の時間になると扉が開き、
信者の方は入ることができるようです。

モスリムは金曜日が休日です。
と言ってもアメリカで暮らしていたら、
自分だけ会社を休みわけにもいかないでしょうが、
礼拝の後に持ち寄った料理をたべるそうです。

男性と女性の入り口が別だけでなく、
お祈りするところも別でした。
女性は10人ぐらいいましたが、
アメリカ人で改宗した人もいました。

礼拝の時、私は皆さんの列の後ろにいて、
見よう見まねで礼拝してみました。
誰に何を祈っているのかも知りませんが、
宇宙万物の神様に通じたことでしょう。

その後一番の年長者のような方が、
いろいろと話をしていましたが、
信者でない私には内容が分かりません。
まあ英語だったので意味は分かりますが、
充分に理解することは難しいですね。

お寺に言ってお坊さんのお話を
日本語で聞いても理解しにくいのですから、
例え英語と言ってもモスリムの話は
異次元の話をされているようなものです。

それが終わったら台所に並べられた、
皆さんの手作りの料理が楽しみでした。
この時もまず男性の年長者から、
それが終わると女性や子供が取ります。

アラーニの手料理も初めてですが、
各国の料理が並んで美味しかったです。
前菜からデザートまで、
結構種類も多かったですね。

vsmct.jpg
ビクトリアイスラミックセンター by FB


追記
私が尋ねたビクトリアにあるこのモスクこと
ビクトリアイスラミックセンターが
今年火事で焼失されました。

トランプアメリカ大統領が
イスラム圏からの渡航者入国禁止を
発令し発表したその1時間後だそうです。

多分イスラム教に反対する人が
火をつけたのではないかと言われていますが、
まだ犯人は逮捕されていないそうです。

でも再建の動きは始まっています。
アラーには夏の間他の町で働いていますが、
彼女が戻る秋頃には、
再建されていることを願っています。

ポットラックの食事を持って

その日はアラーニが朝から料理していました。
彼女の祖国インドネシア料理です。
魚、肉、野菜といろいろありましたが、
豚肉料理だけはありませんでした。

今日はモスリムの行事があるようで、
モスクに行くので一緒に行こうと誘われました。
そこで皆が持ち寄った料理を
礼拝の後に一緒に食べるそうです。

シドニーにもたくさんのモスリムの方がいます。
違いは分かりませんが宗派もあるようです。
さすがにモスクから礼拝への呼びかけ
アザーンは聞こえてきませんが、
信者は熱心に礼拝されているようです。

アラーニはアラスカにいるときは、
礼拝を自分の部屋ではしていたかもしれませんが、
職場ですることはありませんでした。
ましてやヒジャブもつけていません。

しかしモスクに行くときだけは、
モスリムの正装とでも言うのでしょうか、
白いヒジャブ(頭につけるスカーフのようなもの)、
白い薄いコートのようなものを持っていました。

私に「スカーフがあるか?」と聞いたので、
「アラスカで使っていたショールがあるよ。」
それは真っ赤で模様の入ったカラフルなものでしたが、
信者でもない私は頭さえ隠していれば、
特に問題はなかったようです。

マイクも二人の娘さんも行きません。
私はもちろん興味本位ですが、
モスクに入れるなんて滅多にないし、
体験としては絶対に価値があります。

f4dd40a90e62836c47425a981018e6a7.jpg
  ビクトリアの名所 byVictoria.TX



ビクトリアのダウンタウンに行ってみたけど、、、

アラーニの家に滞在している間、
一度だけダウンタウンに遊びに行きました。
ビクトリアには古い町並みがあり、
英国風の面影もあります。

しかし街の中心地を一歩出れば、
南部独特のバイユーがあり、
低い木造建ての住宅と、
うっそうと茂った木や草があります。

アラスカはすでに紅葉して、
秋というより冬の気配でしたが、
この辺りではやっと夏の終わり、
日中は汗をかくほど蒸し暑かったです。

ビクトリアにはテキサス動物園がありますが、
ここではアラーニの家でのんびりしては、
おしゃべりばかりして過ごしました。

二人ともお酒は飲まないけど、
かなりのヘビースモーカー、、。
娘さんたちに嫌がられながら、
家の中でも平気で吸っていました。

タバコを吸わない私がいたので、
ちょっとは遠慮してくれたようですが、
特にくだくだと友達の家で過ごすのも、
長期旅行をしているときは必要です。

彼女は家で料理をしませんでしたね。
何をつくっていいのか分からないでしょうが、
いる間は朝食を除き毎日外食か、
持ち帰りで料理を注文していました。
確かに人種が違う人を家に呼ぶと、
何を出していいのか気を使います。
ベジタリアンでは特に困ったでしょうね。

frontpic.jpg
 ビクトリア市内の名所 by victoria.TX

アラーニの住むアパート

ビクトリアという街は英国圏には何処にもあります。
やはり一番有名なのはBC州都ビクトリアですが、
テキサス州のビクトリアは、
英国調の雰囲気は殆どありませんでした。

アラーニのアパートは比較的モダンな、
二階建ての一室をかりていました。
ラスベガスもそうでしたが土地が広いと、
アパートの棟と胸の間が広く、
駐車場は家の前に何台も停まれます。

旦那さんのマイクは以前軍人でした。
インドネシアに滞在中にアラーニと知りあい、
彼女は小さかった5人の子供たちと一緒に、
マイクが勤務していたビクトリアに来ました。

現在は退役して近くの工場で働いていますが、
二人の間には、10代の娘さんが二人いました。
二人は同居していますが、離婚しているようで、
彼女がアラスカで働いているときは、
お父さんが娘さんたちの面倒を見ていました。

ビクトリアに戻ると無職のアラーニ、
マイクが家族の面倒を見てくれているようです。
アパートは公営住宅のようで、
アラーニがシングルマザーということで、
安く借りることが出来ると言っていました。

家のないマイクと、職にないアラーニ。
離婚しても子供がいるということと、
二人の利害関係によって同居しているようです。

と言っても彼女がモスリム信者でも、
子供たちや彼に強制することもなく、
彼女の信仰も自由に認めているのですから、
それも家族の形なのかもしれません。

21-texas-state-parks-palo-duro-canyon-lighthouse-rock-credittpwd.jpg
   テキサスの風景 by texas.com

アラスカについで二番目に広大な州だけど

アラーニが住んでいるのは、
人口10万人足らずのビクトリアという街です。
テキサス州の大都市と言えば、
ダラス、ヒューストン、サンアントニオがあります。
ヒューストンとサンアントニオの中間ぐらいで、
ダラスまでも5時間ぐらいの所でした。

テキサス州自体がアメリカでも南部にあるし、
ヒューストンはメキシコ湾に近いこともあり。
9月の終わりというのに暑く湿気がありました。
アラスカはすでに初冬の気温だったので、
空港を出るとさらに暑さを感じました。

しかし旦那さんのマイクは典型的なアメリカ人、
暑いので車の冷房をガンガンに利かせています。
薄着をしているとアラスカより寒く感じました。
結局車の中ではアラスカと同じ服装、
外に出るたびに体を温めていました。

アラーニも同じように冷房が嫌いで、
薄いセーターにショールをしていて、
二人の服装はまるっきり異なっていました。
「これだからアラスカに仕事に行くのよ」と
ちょっと冗談ぽく言っていました。

「こちらヒューストン」でお馴染みの
ジョンソン宇宙センターもありますが、
観光なんて何もせずに通り過ぎました。
それでも何となく大きさが感じられます。

テキサス州はアラスカに次いで、
アメリカで二番目に大きな州です。
ただし人口が多いので都会にいると、
アラスカのように広大さはありますが、
息がつまるような密集感がありました。

Texas.jpeg
  テキサスのイメージかな?by wiki


ヒューストンまで迎えにきてくれた

アラスカからロスに戻る予定でしたが、
アラスカで知り合ったアラーニが、
実家に遊びにおいでよというので、
テキサスに遊びに行くことにしました。
ヒューストンに行くのも初めてなら、
テキサス州に入るのは今回が初めてです。

アラーニは社員寮の掃除をしていました。
トイレ、シャワーに部屋の掃除と、
アジア人の学生さんだけなく、
皆から「お母さん」と呼ばれていました。

実はインドネシア生まれのモスリム、
あまり熱心な信者とも思えないけど、
ラマダーンがあるという理由で、
8月前にテキサスに戻ってしまいました。

最初は数日の帰郷と話していたのに、
結局辞めることにしたようです。
大量にある荷物をどうするか心配していたけど、
ボスに頼んで翌年まで預かってもらったようです。

このボスというのがホテルの管理人。
冬の間もリゾートホテルに乗っています。
そのために結構権限があって、
彼女のために荷物を預かってくれたようです。

私がヒューストン空港に到着すると、
アラーニが空港まで迎えに来てくれました。
彼女は車が運転できないので、
旦那さんが車を運転して一緒にきてくれました。

空港を出ると途中のカフェでランチを取りました。
彼女とは気が知れていても、旦那さんとは初めて、
やはりちょっと緊張しちゃいますよね。
彼女は小さいのに、体重は倍ぐらいあるような、
横にも縦にも体の大きな旦那さんでした。

USA-Houston.jpg
   ヒューストン市内 by wiki


初めてのテキサスへ

アラスカからロスに戻る予定でしたが、
アラスカで知り合ったアラーニが、
実家に遊びにおいでよというので、
テキサスに遊びに行くことにしました。
ダラスに行くのも初めてなら、
テキサス州に入るのは今回が初めてです。

アラーニは社員寮の掃除をしていました。
トイレ、シャワーに部屋の掃除と、
アジア人の学生さんだけなく、
皆から「お母さん」と呼ばれていました。

実はインドネシア生まれのモスリム、
あまり熱心な信者とも思えないけど、
ラマダーンがあるという理由で、
8月前にテキサスに戻ってしまいました。

最初は数日の帰郷と話していたのに、
結局辞めることにしたようです。
大量にある荷物をどうするか心配していたけど、
ボスに頼んで翌年まで預かってもらったようです。

このボスというのがホテルの管理人。
冬の間もリゾートホテルに乗っています。
そのために結構権限があって、
彼女のために荷物を預かってくれたようです。

私がダラス空港に到着すると、
アラーニが空港まで迎えに来てくれました。
その時に一緒にいたのが旦那さん、
アラーニは車を運転しないので、
旦那さんの車で迎えに来てくれました。

お昼に到着したので、
途中のカフェで昼食を食べました。
再会を喜んで二人で話していますが、
旦那さんとは初めてなので
ちょっと緊張したかな。

houa1.jpeg
  ヒューストンの国際空港 by wiki


ガッチャマンの歌でお別れ

ミニバンに乗ってデナリを出発すると、
わずか4か月半の滞在が走馬灯のように、
次から次へと思い出されます。
冬に来て、春、夏、秋を過ごして、
すでに晩秋の装いのデナリ
冬はすぐそこまで来ていました。

あまりにも僻地にいたので、
アラスカと言っても見たのはほんの一部、
それでもアンカレッジとフェアーバンクスの
2大都市を見ることはできました。

またいつ来れるかわからないけど、
添乗員時代に何度も通ったアンカレッジ空港、
免税店の窓から眺めてデナリ(マッキンリー山)を
何度も何度も見ることができました。

アンカレッジ市内に滞在する人もいましたが、
私は大きな荷物もあったので、
そのまま空港まで送ってもらいました。

便は真夜中の便でした。
空港に到着すると知った顔がいくつもあります。
前日や数日前に出発したスタッフの中に、
今日空港から出発するスタッフがいました。

その中のひとりが中の悪かったマーク。
最後の「ガッチャマンの歌」で
仲良くなったとは不思議ですよね。
彼は前日にアンカレッジ入りしていて、
同じ航空会社なので再開を約束していました。

チェックインした後、彼に電話すると、
搭乗ゲートにいると言われました。
ゲートで再会するとバーに行き、
グラスで乾杯して二人で歌いましたよ、
「誰だ、誰だ、誰だ。空の彼方に見える影、、、」

Ted Stevens Airport
    アンカレッジ空港 by wiki

リゾートホテルを出る前に

いよいよリゾートホテルを出発する日、
この日も結構忙しかったです。
まず部屋を掃除しなければなりません。

次に借りていた毛布やリネンを
ランドリーまで持っていきます。
入寮の際に渡された用紙を持っていき、
ちゃんと返却したかチェックされます。

担当者がそこにサインをすると、
今度は人事に鍵を持っていきます。
人事の担当者が部屋を見に来ます。
用紙の注意項目にチェックします。

毛布やリネンを返却しなかったり、
部屋が汚れていたりすると、
最後の給料から天引きされます。
それぞれの用紙は料金表も兼ねていて
天引き分が一目できるようになっています。

鍵や社員証も返却忘れると、
天引きの対象になっていました。
こうやってきちんとしておかないと、
持って行ってしまうスタッフや、
寮に置きっぱなしにするスタッフもいるようです。

すべて問題なく終わると、
最後に用紙にサインをしますが、
そこに給料明細の送り先を書いておきます。
最後の給料と年度末に送られる給料の明細書が
たとえ海外でもその住所に送付されます。

私はロサンゼルスの友人が
いつも手紙を預かってくれるので、
すべての住所がそこになっています。
お陰で安心して受け取ることができました。

akidenali53.jpg
     秋のデナリ国立公園

リゾートホテルに残るスタッフ

私が働いていたリゾートホテルはが、
オープンしているのはわずか5か月足らずです。
冬の間はしっかりと扉が閉ざされていますが、
この間、管理人として数人残ります。

ホテルの支配人を始めマネージャークラスは、
冬はアンカレッジのオフィスに移動します。
ピークシーズンは休みもないほど働くので、
シーズン終わりからクリスマスにかけて、
2か月近くはお休みをとるようです。

ホテルの営業は終了していますが、
6か月以上クローズするので、
掃除と後片付けを兼ねて、
2週間近くはスタッフが残っています。

残るスタッフはホテルの職種とは異なり、
それぞれ割り当てられた役目と仕事を
出発予定日までにこなさなければなりません。

客室だけでなく、寮の清掃が終わったら、
私用していた毛布やシーツを洗うだけでなく、
倉庫に全部終わなければなりません。
そのまま置いていたらたとえ冬と言えども、
カビが生えたり値踏みがかじったりします。

使用していた冷蔵庫をすべて空にして、
電源を切らなければなりません。
生鮮食料品はすべて使い切ります。
翌年まで取っておくことはできません。

それが終わると冬の雪対策で、
窓ガラスはすべてカバーします。
また誰も入れないように厳重に鍵を掛け、
翌年までドアを閉めることになります。
社員食堂は数日後に終わるので、
自炊できるスタッフでないと残れません。

akidenali52.jpg
     秋のデナリ国立公園

リゾートホテルがクローズする日

アラスカクルーズシーズンが終わって、
リゾートホテルが完全にクローズするまで、
スタッフは次から次へと出発しました。
アンカレッジから飛行機で出発する人が多いので、
アラスカ鉄道で行く人が多かったです。

契約日までリゾートホテルで働くと、
会社が料金を払ってくれて、
アラスカ鉄道に乗ることができました。
でも運行日が9月の15日前後までなので、
その後はパークコネクションのバスを使います。
バスの運行日も9月20日ごろまででした。

その年のリゾートホテルのクローズは9月22日。
すでにアラスカ鉄道もバスも運行していません。
誰かの車の同乗するスタッフもいましたが、
私は送ってもらえる友人もいないので、
ミニバンを何とか予約することができました。

最後のお客さんがチェックアウトすると、
玄関に残っているスタッフ全員が並びます。
そしてありがとうの声で見送りました。
普段はそんな光景は見られませんが、
日本で見送られる光景に似ていますね。

それから私たちは最後の片づけに入ります。
使用していた機材を全部倉庫に片づけて、
掃除をしなければなりません。
すべてその日で終わらなければなりません。

スタッフはそれから二日以内に出発です。
片づけ要因として残るスタッフは、
全従業員の1割もいませんでした。
社員食堂も二日後に終わるので、
残るのは車があって自炊できるスタッフのみ、
後はマネージャークラスのみでした。


akidenali51.jpeg
     秋のデナリ国立公園




軍人のための特典が多いアラスカ

アラスカ州には人口の割に
軍の基地が多いと言いましたが、
アメリカに住んでいると、
軍人に対する特典が多いと思います。

私が育った熊本にも自衛隊の基地があり、
演習の度に大砲の音がしていました。
小学校建設の時は土地ならしに来たり、
台風で被害がでると手伝いに来てくれたりと、
自衛隊の思い出はいくつかありますが、
自衛隊に対する割引などありませんでした。

デナリ国立公園の入園に関して、
「ミリタリーアプリシエイションデー」があるように、
私が働いていたリゾートホテルでも、
現役軍人に対して割引がありました。
ホテルではアラスカ州住民に対しても、
ローカルディスカウントをしていました。

レストランで食べたり、お店で買い物しても、
ローカルディスカウントは殆どありませんが、
曜日によってはミニタリーディスカウントを
やっているお店がたくさんありました。

以前住んでいたラスベガスにも軍の基地があり、
車を買うと退役および現役軍人に
ミニタリーディスカウントをしていました。
その割引率がどれぐらいだったか忘れましたが、
新車を購入する際に1000ドル以上の
かなり大きな割引だったと思います。

空港によっては軍人のための特別ラウンジがあり、
私用で旅行しているときでも、
現役の軍人は自由に利用できるようです。
お酒まででるかどうかは知りませんが、
軽食、電話、シャワーなどの設備があるそうです。

richardson-overview-56a9b0493df78cf772a99cd4[2]_convert_20170528135207
    アラスカにある空軍基地


ミニタリーアプリシエイションデー

毎年1万人を超える応募があるようですが、
実際に当選できるのは一日400人まで、
そして合計1600人までとなっています。
家族など一緒に来る人は同行できます。

他のホテルはすでに閉館していましたが、
私が働いていたリゾートホテルは
国立公園の観光バスを運営していたこともあり、
ロッタリーが終わるまでオープンしていました。

ロッタリーの当選者は4日間ですが、
それ以外に1日、軍関係者のみが入場できる日、
「ミニタリーアプリシエイションデー」があります。
軍で働いている人たちに感謝する日ですね。
アラスカは人口の割には大きな軍事基地が
アンカレッジとフェアーバンクスにあります。

もともとアラスカに航空戦力が展開されたのは
真珠湾攻撃が始まるちょっと前でした。
アンカレッジはアメリカ本土から
距離的に日本に一番近いこともあり、
たくさんの航空力が投入されたようです。

その後冷戦期になると、今度はソ連に近いので
空軍、陸軍ともに拡大されます。
もともと別々の基地がありましたが、
リチャードソン陸軍基地の閉鎖に伴い、
エルメンドルフ空軍基地と一緒になり、
JBER (Joint Base Elmendorf-Richardson)
と呼ばれるようになりました。

現在太平洋空軍傘下の第11空軍、
アラスカアメリカ陸軍、
第3航空団、第673航空基地航空団
などが配置されています。

jbalaska1.jpg
     アラスカにある空軍基地



アラスカクルーズシーズンが終わると

カフェのスタッフに学生はいなかったので、
皆なクローズ日前後まで残るそうです。
マネジャーからいつホテルを出発するか、
用紙に記入して提出するように言われました。

9月中頃アラスカクルーズが終わりに近づくと、
いくつかのホテルはクローズしました。
私が働いていたリゾートホテルは、
それから一週間はオープンしていました。
それでも観光シーズンとは異なり、
カフェのオープン時間も短かかったです。

アラスカクルーズのツアーが終わりに近づくと、
デナリ国立公園も観光客がぐっと減ります。
普段、一般の車で入れるのはサベジーリバーまで
その先は専用のバスに乗らなければなりません。

毎年季節の終わりごろになると、
デナリ国立公園が一般に開放されます。
自分の車で公園道路を走ることができます。
と言っても誰でも入場できるわけではなく、
抽選に当選した方のみです。
これを「Road Lottery」と呼んでいます・。

5月に抽選に応募して当選した人たちが、
4日間に分けてデナリにやってきます。
自家用車かレンタカーまたはキャラバンで、
カンティシュナまで走ることができます。

デナリで働いているスタッフの中には、
この抽選に応募する方もいましたね。
毎年応募してもなかなか当たらないようですが、
当選したら自家用車で走れるチャンスですね。

リゾートホテルを辞めたらすぐに、
寮をでないといけない契約になっていますが、
当たったら途中では辞めれませんね。
この日まで頑張って働いた方が良いです。

cafe1.jpg
    カフェのユニフォーム

アジア人学生たちが帰っていく

リンたちが出発する日は早朝シフトでした。
アンカレッジ行きの列車に乗るために、
11ごろロビーに集まってきました。
最後のコーヒーを入れてあげて、
ハグしてお別れしました。

8月中旬頃から海外の学生だけでなく、
アメリカ国内の学生たちも戻っていきます。
大学の新学期が始まるので準備があるようです。
スタッフが一人減り、二人減りと淋しいですね。

お客さんもピーク時に比べたら少ないです。
でも最低のスタッフは必要なので、
残っているスタッフがオーバータイムをします。
二つのセクションで働くのは禁止されていましたが、
このころになると人事課も多めに見ます。
昼間はハウスキーピングだったスタッフが、
夜はレストランで働いていたりします。

リゾートホテルはオーバータイムを払いたくないので、
なるべく別のセクションで働かせるそうです。
そうすれば別々の契約となって。
時間給だけ払えばよいですからね。
もちろんそれでもスタッフが足りなければ、
残っているスタッフが長時間働くしかありませんね。

社員食堂に行くと新しい顔ぶれがいました。
今頃から働きに来たのかなと驚いてしまいます。
同じ系列のホテルから移動してきたそうです。
そこは9月初旬でクローズするので、
ここで数週間働いてから戻るそうです。

英語が話せない中国人を何人か見かけました。
魚加工工場で働いていた学生さん達だそうです。
魚加工のシーズンが終わり帰国する前に
旅行ではなくもうひと働きする人たちです。

ajia 1
    アジア人の学生さんたちと



Facebookで繋がろう

仲良くなったアジアからの学生さんたちも
いよいよお別れの時期がきました。
先に来たシンガポールの学生さんが去り、
次に台湾からの学生さん達が、
デナリを離れるときがやってきました。

わずか3か月しか一緒にいなかったリンも、
翌日列車でデナリに向かい日がきました。
その晩は夕食の後、皆で飲みに行きました。

その数日前から皆が私たちの部屋に来て、
いろいろと話しまくっていました。
これからの旅行のこと、就活のこと、
せっかく仲良くなったのに、
国に戻れば皆さん離れ離れになります。

私は何にもお世話などしなかったのに、
「お別れのカード」をくれたり、
祖国から持ってきたプレゼントをくれたり、
私は何もお返しするものがありませんでした。

ある学生さんから「Facebookやってる?」と聞かれ、
「う~んまだ登録していないけど、、、」というと、
「何処にいてもすぐに繋げるから、、、」と、
その場で私を登録してくれただけでなく、
お友達リクエストも送ってくれました。

お陰でアジアの学生さん達とは
全員Facebookで繋がっています。
それだけでなくリゾートで知り合ったスタッフとも、
殆ど連絡することもありませんが、
友達リクエストして繋がりました。

その後再会した学生さんは一人だけですが、
今何をしているか、何処にいるかも、
簡単に探すことが出来るのは嬉しいですね。


denali-fall-56a9b45e5f9b58b7d0fe3779.jpg
     秋のデナリ国立公園


デナリの日本人観光客

8月の末ごろから日本人客も増えます。
アンカレッジまで直行便がないですが、
このころにはチャーター便が出ます。

アラスカクルーズのお客さんが減り、
ホテル代が安くなるせいもありますが、
日本人観光客はアラスカ観光より
オーロラ目的の人が多いようで、
このころになると両方楽しめるのが売りです。

それまでは月に1~2団体しか見なかったのに、
たまに何グループも来ることがありました。
アンカレッジに住むガイドさんたちが、
一生懸命、日本語で説明していました。

滞在中私が日本語を使う機会は殆どなく、
日本人の観光客はアメリカに住む駐在員か、
永住権を持っている日本人くらいでした。
英語の発音がうまいなあと思うと、
日系人2世や3世も多かったですね。

グループ旅行の人はカフェには来ません。
食事もすべて含まれているので、
エスプレッソコーヒーを買ってまで
飲む人は殆どいませんでしたね。

それでも夏休みを利用して、
個人で旅行している人もいました。
往復の航空券とホテルだけ予約して、
レンタカーで旅行している人たちです。

広大なアラスカちょっと距離感がなくて、
アンカレッジからデナリまで半日かかること、
デナリ国立公園の観光にさらに一日かかるなど、
予定していた日数では足りないという人がいました。

その時はツアーデスクでは働いていませんでしたが、
自分の経験を生かして公園への行き方や、
観光ツアーとシャトルの違いなど
簡単に説明してあげたこともあります。


npfall_denali2.jpg
     秋のデナリ国立公園

ビジターセンターのキルト「シーズンオブデナリ」

ーンと呼ばれていますが、
シカの角はアントラーと呼ばれています。
シカの角には小枝があるのが特徴です。

シカの角は、毎年冬に落ちた後、
春がくると、また新しく生え変わります。
成長している角の外側は「袋角」と呼ばれる、
細かい毛の生えた皮で包まれています。

袋角の中には、細い血管が網の目のように走り、
この血管を通って養分が補給されます。
角は急速に大きくなることもあり、
その時は1日に1cm以上も伸びるそうです。

シカの仲間は繁殖期になるとオスが鳴きますが、
ヘラジカの場合はメスが鳴いて、
オスがその声を聞きつけるそうです。
その時この大きな角がパラボラアンテナのように、
メスの声を増幅して伝えるそうです。

メスの鳴き声に答えたオスが2頭いれば、
角を使ってオス同士で戦います。
しかしその角が絡み合ってしまい、
外れなくて餓死したヘラジカがいました。

それを見つけたアラスカ先住民は、
勇気あるヘラジカの魂を讃えるために、
絡み合ったままの角を持ち帰りました。
デナリ国立公園内にある
アイルソンビジタセンターに行くと、
そのヘラジカの角が展示されています。

餓死した2頭のオスヘラジカを讃えて
デナリが良く見える眺めの良い場所に、
その説明書きとともに展示されているので、
是非行かれる際には写真に撮ってください。

Key-SeasonsOfDenali-WEB.jpg
  ビジターセンターにあるキルト by Denali NP


このカテゴリーに該当する記事はありません。