地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

施設の周りは果樹園ばかり

私がボランティアしたのは秋だったので、
ドライフルーツづくりはありませんでした。
春先の花が咲き乱れる頃はきれいだけど、
ドライシーズンの体力がいるそうです。

毎日40度を越す猛暑のシーズン。
フルーツを運んだりと重労働だし、
短い時期にボランティアの時間は長く、
やはり若者中心でないと無理ですね。

農場の果物の出荷シーズンは
すでに終わりを告げていましたが、
木にはまだ果物が残っていました。
取り残された果物は鳥の餌か、
枝から落ちて土にかえるしかありません。

農家の人たちでは食べきれませんよね。
数種類の果物しか作くらない農家ばかりですが、
もうすでに食べ飽きていることでしょう。

ケンは日系三世の農場主でした。
おじいちゃんたちが移民してきました。
ロサンゼルス周辺に住んでいたけど、
戦争で強制収容所に入った後は、
フレズノ周辺で農家を始めたそうです。

ケンはもちろん戦後生まれですが、
一家はかなり苦労したと言っていました。
それでも今はヒスパニック系の労働者を使い、
それなりにうまくいっているようです。

彼はここでボランティアはしませんが、
ブドウやザクロなどを持ってきてくれました。
農場にまだたくさんあるからというので、
一度彼の家に果物を収穫しに行きました。

農場のブドウの木には実がたくさんありました。
でも中には落ちて肥料になっているもの、
まだ木になってはいますが枯れて
そのままレーズンになっているものありました。

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     施設内にある果樹園



ドライフルーツシーズンは若者が多い

夏のシーズンは長いと言っても、
ドライフルーツが作れるシーズンは短いです。
その間はたくさんのボランティアが必要で、
スープシーズンの2倍ぐらいいるそうです。
そこで周辺の学校と協力して、
ボランティアのプログラムをやっています。

アメリカではボランティア
受領のカリキュラムに入れているところもあり、
強制的ではなくても一年間に何時間か
ボランティアしなければならないようです。

毎日違う生徒がくると指導も大変なので、
やはり一週間ぐらい滞在します。
先生も含めて50人以上はくるそうです。
そのために普段は使わない寮がありました。

見せてもらったけどそこは3段ベッド、
ユースホステルよりも悪い条件です。
一部屋に30人以上は入りましたね。

大人のボランティアには無理です。
天井にも使えそうな上段のベッドは、
年配者には絶対に寝れませんよ。
10代の若者たちばかりなので、
きっと楽しくやっていることでしょう。

金曜日は小学校や幼稚園の生徒が、
ボランティアに来ていました。
ハッキリ言ってあまり手伝いになりませんが、
ボランティアの重要性を小さいときから
教えるために受け入れているそうです。

アメリカの助け合いの精神は
豊かな人が貧しい人を助ける心ですが、
日本のような村の共同体とは
違った精神を学ぶことができました。

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     ボランティアする若者たち


夏はドライフルーツのシーズン

この施設の周辺には農場がたくさんあります。
私が行った頃もブドウやザクロがなっていましたが、
すでに出荷シーズンは終わっていました。

春になるとこの辺りの農場では、
たくさんの果物の花が咲き乱れるそうです。
杏や桃、プラムなどが多いそうですが、
とっても良い匂いだと教えてくれました。

夏になるとそんな果物が実り始めます。
果物として出荷するのは少ないそうで、
この周辺の街にはいろんな種類の
ジュースや缶詰工場がたくさんあります。

工場と言えど、質が悪いと却下されます。
枝から落ちた物も出荷できません。
そういった果物は鳥の餌になるか、
集めて肥やしにするしかありません。

それでもなかなか処理できないそうです。
堆肥になるまでに時間がかかるだけでなく、
余裕の土地もなければ、匂いもすごいです。
そこで腐れていない却下された果物は、
この施設に運ばれてきます。
そしてドライフルーツになるのです。

この周辺は夏は40℃近くまで上がります。
また雨もほとんど降らないので、
ドライフルーツを作るのに適しています。
そのドライフルーツは寄付された
ナッツや食料品と一緒に混ぜて、
ナッツミックスとして袋詰めになります。

これも袋詰めのスープ同様に、
大きな段ボールの筒に積み込まれて、
世界各国に送られていくそうです。

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    農場から寄付されたフルーツ

もう一週間残ります

サンディエゴのグループや
他のボランティアの人たちは、
それぞれ車で街に出かけたようです。
車があるというのは便利ですね。
私は誰かに誘われない限り、
食事を作ることもできませんでした。

この施設には売店がありました。
施設の名前が入ったTシャツや、
ボランティアの人たちが物や
手作りのバッグが売られていました。

サンディエゴから来たグループは、
お土産にたくさん買っていましたが、
私にもひとつと買ってくれました。
この売り上げは施設で使われますが、
私は自分では買う予定はありませんでした。

ここに来た記念に買う人もいれば、
施設への寄付金代わりに買う人もいます。
私がいない間にバッグと手紙を
そっとベッドにおいてくれた人もいました。

ミシガンは行く機会もないようですが、
サンディエゴならチャンスも多いです。
ましてやジャニスはシールズビーチ、
ロサンゼルス郊外に住んでいました。
皆と再会の約束をして見送りました。

大腸菌が出たと言ってもスタッフはいます。
どうするか?と聞かれましたが、
個人で来たボランティアの人たちは、
残る人もいたので、私も残ることにしました。

シドニー行きの航空券は予約していますが、
安いチケットで予約変更もできません。
ロサンゼルスに戻ってもすることもないので、
もう一週間この施設に滞在することにしました。

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    ボランティアする人たち


ボランティアの食事をどうする?

ボランティアの人たちに食べさせる食事を
調理できないというのは大きな問題です。
サンディエゴのグループはどうするか、
その日のうちにミーティングを開きました。

シャワーが浴びれない、水が飲めない!
年配の人たちは特に病気になりやすいので、
予定を繰り上げて帰宅することになりました。

同じカルフォルニアと言っても、
サンディエゴまで6時間はかかります。
その日の午後に出発する人もいましたが、
夜に運転するのは危ないというので、
翌日に帰ることにした人もいました。

ボランティア活動も中止され、
慌ただしい雰囲気に包まれました。
事務所では原因追求も必要ですが、
来週のグループをどうするか
リーダーの人たちが話あっていました。

施設にはいくつか井戸があるそうです。
ひとつが渇水した時に困るので、
2本あるけど、3本目を建設中だそうです。
メインの施設で使っている井戸から
大腸菌が見つかったそうです。

スタッフの住居で使用している井戸は、
問題がないので食事も作れます。
でもそこで皆の分を作るような
設備は整っていませんでした。

その日私はDTSの学生さんたちに
一緒に食事をするよう誘われました。
台所にある材料で調理するので、
食べにおいでよと言われたのです。

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   ボランティアした施設の台所



水道水から大腸菌が

サンディエゴから来たグループが、
ボランティアをしている週の半ば頃、
施設では大きな問題が発生しました。
施設の水道は何百メートルも堀った
地下水を利用していますが、
そこから大腸菌が出たというのです。

施設にはスタッフやボランティアを入れると、
100人以上の人たち滞在しています。
このような施設では定期的に
水道水の水質検査が義務付けられています。
最後の検査で大腸菌が発見されたという
連絡が保険局からあったそうです。

私達は毎日この水で調理された物を食べ、
そのまま飲料水として利用していました。
顔を洗ったり、歯を磨いたりしていましたが、
私が来てから誰も「お腹が痛い」と
訴えた人はいませんでした。

食堂に皆が集まると施設のリーダーから
保健局の連絡と健康状態について
詳しく説明と報告がありました。
早速先週来たミシガンのグループにも
電話を入れて訪ねたそうですが、
下痢などの症状はでていないそうです。

大腸菌が発見されたともなると、
その水で調理することはできません。
もちろん生水で飲むこともできません。
早速施設では大量の水を購入して、
それを飲むように言われました。

一度沸かせば菌は死んでしまいますが、
シャワーの時に口に水が入らないように、
うがいや歯磨き、手洗いなどは、
充分注意するように言われました。

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    ボランティアする人たち

ルームメイトになったエラノア

エラノアはすでに70歳近い女性でした。
とても学識があるように見えました。
大学で教えていたこともあるとか、
ソーシャルワーカとして働いていました。

彼女は足が悪く、長い時間は
ボランティアできないと言っていました。
それでも毎年ここに来るそうです。

彼女の趣味は旅行すること。
すでにいろんなところは行きましたが、
今は普通の旅行には興味がないそうです。
毎年カナダの北部に小さなグループで
探検旅行するのが一番の楽しみとか。

サンディエゴにある旅行会社が
企画する特別のツアーで
旅費が100万円ぐらいはするそうです。

宿泊施設のないような所でも、
暖房がる特別テントが設置されます。
水や電気もそれほど不自由なく使えます。
そんな所でないともう寝れないので、
高いツアーになってしまうようです。

そこまで行くセスナもチャーター、
カナダのイエローナイフまでは
定期航空路があるのでまずまずだけど、
そこから先の航空券代だけで
数千ドルするときもあるそうです。

すでに旦那さんは先立ってしまい、
今は女友達と暮らしているそうですが、
そんな優雅な生活ができるのですね。
私の旅行とは全く異なりますが、
共通の話題で花が咲きました。

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   サンディエゴから来たグループ



ドミトリーでなくて良かった

サンディエゴから来たグループは
比較的、年配の方が多かったですね。
ジャニスは二人の子供が成人したので、
ボランティアに来るようになりましたが、
子育ての時期にはちょっと無理ですね。

ここでのボランティア活動は
すでに2年分予約が入っているそうで、
このミッショナリーの中でも人気あります。
一度申し込んだら、人数が変わらないように
注意しなければなりませんが、
申込者が多くて断ることもあるそうです。

ひとつのグループで何人ぐらいという
制限も設けているようですね。
私のように個人で来る人も多い、
宿泊できるベッドの数は決まっているので、
私のようにギリギリで申し込んで参加できたら、
本当にラッキーなのかもしれません。

宿泊施設はいろんなタイプの部屋があり、
2人用はカップルを優先するそうです。
2部屋でバスとトイレをシェアーします。

ドミトリーは10人以上の部屋です。
まるでユースホステルのようなものです。
男女分かれていますが、
その時の申し込み人数で部屋割りされます。

私も最初はドミトリーだったようですが、
英語が話せないといけないからというので、
前の週は3人部屋を当てが割れました。
今週はこのエラノアが大部屋は嫌というので、
私が一緒にシェアーすることになりました。

トイレもシャワーも共同ですが、
ひとりでいるより良かったです。
シェアーする方が友達にもなりやすいし、
その人を通じてグループと仲良くできます。

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   サンディエゴから来たグループ

サンディエゴから来たグループ

日曜日はDTSの学生さんたちと
施設内でだらだらして過ごしました。
午後になると施設は少し賑やかになります。
翌週からボランティアする人たちがその
施設に次から次へと到着します。

今度やってきたのはサンディエゴのグループ。
やはりある教会に所属する皆さんでした。
この人たちは年に二回ここに来るそうです。
その時によってメンバーは異なりますが、
ジョーンズ家族を中心に構成されていました。

ジョーンズパパとジョーンズママは
すでに70歳を越えた老夫婦でした。
すでに金婚式を越えたというのですから、
その仲の良さがわかりますよね。

ふたりの娘さん(ジャニスとジョイ)
ジャニスは旦那さんと来ていましたが、
私と同じくらいの年齢なので、
すぐに仲良くなることができました。

ジョーンズパパは海軍にいたので、
家族は日本に暮らしたこともありました。
子供の頃日本に滞在していた思い出を
私に良く話して聞かせてくれました。

その後ハワイに転勤になったそうですが、
もちろんここも日本人が多いですよね。
そのせいかひとりで来ている私を
まるで仲間のように扱ってくれました。

ジョーンズパパがリタイヤすると、
家族でサンディエゴに移ったそうです。
ハワイではあまり良い仕事もないですが、
湿気の多いハワイの気候が
あまり好きになれなかったそうです。

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     知合ったジョーンズ家

野外教会でミサに参加した

初めての週末どうしようか考えていると、
意外と皆が誘ってくれるものです。
施設では毎日チャペルタイムがありますが、
土曜日にミサに行こうと誘われました。

今までも何度か行ったことがありますが、
それは野外で行われるミサでした。
教会の庭で行われるのではなく、
スポーツセンターの裏手を利用して、
宗派に関係なくミサが行われます。

もともとあるミッションの団体が、
ホームレスの人たちのために始めたもので、
週に数回炊き出しをしていたようです。
そのうち彼らが行く教会がないというので、
誰でも自由に来られるように、
野外のミサが行われるようになりました。

私が行った施設のスタッフたちも、
毎週この野外ミサに参加しています。
あるときは牧師代わりに指導したり、
炊き出しの手伝いをしているようです。

ミサが終わるとBBQが待っています。
施設から持ってきた食事も並びます。
ソーセージやステーキを焼いていますが、
残念ながら野菜や魚はありませんね。
ソーセージだけは何とか食べれますが、
あんまり美味しいものではありません。

施設から来ていた人たちが
その後昼食に行くというので、
私も連れて行ってもらうことにしました。
近くのファミリーレストランですが、
彼らの食べる量の多さには閉口します。
私の2倍は食べていたような気がします。

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     バイセリアの野外ミサ

木曜日の夕食は「最後の晩餐」

子供がいるスタッフの人たちは、
夜食堂で食事することは少なく、
住居で家族ごとに食べていましたが、
週に一度木曜日の晩だけは、
全員食堂で一緒に食事をしました。

ボランティアの人たちは、
殆ど金曜日に出発するので、
その人たちを労う特別ディナーです。
「最後の晩餐」とでも言うのでしょうか。

木曜の特別ディナーは毎週テーマが決められ、
そのテーマによってメニューも変わりました。
食堂がきれいに飾り付けられたり、
スタッフによるバンドも入りました。

ここで食事をしないボランティアの人もいます。
キャンピングカーでやってきた人たちは、
住むのも食べるのも自分の車の中ですが、
この特別ディナーには参加していました。

その時にボランティアした感想を
代表者の人たちが話していました。
延々と2時間以上続くこともあります。
そのあと話こむ人たちもいました。

知合った人と住所交換するには、
木曜日の晩が一番良かったです。
それ以外の日は夕食時間も短いし、
食事の後は後片付けと掃除があるので、
何となく落ち着かなかったのです。

でも木曜日だけはDTSの皆さんが
後片付けをしてくれるので楽でした。
部屋に戻って、出発の準備があるけど、
私はもう二週間も滞在するので、
残って一緒に後片付けを手伝いました。

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    台所で調理するスタッフさん

DTS神の弟子になるためのトレーニング

私がボランティアしていた間も、
このDTSの学生さんたちがいました。
この施設を運営するYWAMは
日本を含め世界中にあります。

そこの施設で働くためには、
DTSというプログラムを受けます。
世界中で200か所以上の施設で、
このトレーニングを受けることができます。

プログラムは全部で約半年間です。
施設で学ぶ約3か月の講義と
3か月の実践伝導からなります。

このプログラムは神の弟子になるために、
神との関係のあり方(神を知る)と
失われた魂のあり方について学び、
信者としての土台作りを行うそうです。

このプログラムを受けるのに、
約100万円ぐらいかかりるので、
決して安いものではありません。
費用が払えない生徒のために、
スポンサーも募集していました。

私がボランティアしていた期間は、
18歳から40歳近い人もいましたが、
退職してから来る人もいるそうです。

施設で働いているノーマとグレンは
どちらも50代後半のカップルでしたが、
以前ここでDTS訓練を受けた時に知り合い、
スタッフになってから結婚したそうです。

私を迎えに来てくれたイレーヌもそうでしたが、
いろんな形でこの施設で知り合い
結ばれたカップルは結構多いようです。


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     ボランティアする人たち


施設のスタッフになるには

この施設には20人以上のスタッフがいます。
家族と一緒に住んでいる人もいますが、
もちろん独身のスタッフもいました。

スタッフはアメリカ人やカナダ人が多いですが、
中にはヨーロッパから来ている人もいました。
一応働くことになるので、ビザが必要です。
グリーンカードはなかなか取れにくいので、
特別のビザで滞在している人もいたようです。

小さなお子さんも数人いましたが、
小学生までは施設内で教えています。
周辺は農場ばかりなので、
学校までかなりあるようです。
そのために教師の資格を持ったスタッフが、
家庭学習のカリキュラムにそって教えます。

高校生(日本の中高生)になると、
さすがに施設で教えきれないようで、
街のなかにある学校に通っていました。
そこまでスタッフが送迎していました。

さてこのスタッフの人たちもボランティア
無給で働いるというので驚きました。
お金を貰わないどころか、滞在するために、
食費などの諸経費を施設に払うそうです。

じゃどうして生活費を稼いでいるかというと、
各自に教会などのスポンサーがいて、
そこからここで必要な費用だけでなく、
生活に必要なお金を寄付してもらっています。

ここで働くにはDTSというプログラムを終え、
スポンサーしてくれる人が見つけて、
必要なお金を毎月払うことが出来て
初めてこの施設で働くことができます。

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     ボランティアする人たち

無料で長期滞在したい人は、、、

私はバックパッカーという特別枠で
この施設のボランティアに参加しました。
1~12週間まで参加できますが、
最低一日4~6時間、平日5日間
ここで働くことが義務ずけられています。

でも好きなボランティアを選べるし、
何かしたいことがあれば、
決して強制ではありませんでした。

誰かが航空券の予約したいというので、
それを探してあげるものボランティア
半日食堂でPCをやっていても、
ちっとも嫌な顔はされませんでした。

あるとき顔の色が悪く、だるいというと、
「起きてきちゃダメ、寝てなさい」と言われ、
食事をベッドまで運んできてくれました。
お粥とかうどんは頼めませんが、
その配慮がとても嬉しかったです。

一日バッパーに泊まって三食食べても、
最低50ドルはかかりますよ。
ボランティア活動はしていますが、
無料で3か月も滞在できるなら、
長期滞在したい人には楽ですね。

個人でボランティアしている人もいました。
大工とか手作業に自信がある人たちは、
施設の補修などの仕事もあります。

丁度新しいスタッフの寮を建設中でしたが、
スタッフの中にはハンディマンも多く、
ハンプロ並みにDIYの経験もあるようです。
そんなスタッフの指導の下に
男性陣はそちらの作業を手伝っていました。

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     ボランティアする人たち



すべて寄付で成り立っています

袋に詰めたスープの袋は、
段ボール製の筒型の箱に詰めました。
ドラム缶と同じぐらいの高さですが、
大きさはドラム缶の半分ぐらいですね。

これに何が入っていたのか知りませんが、
中の材料を使う工場が近くにあって、
廃品となった筒形の箱をくれるそうです。
廃品処理するにも費用がかかるので、
この施設に無料で届けてくれます。

基本的にこの施設は寄付されたもので、
すべて運営されていますので、
お金も寄付されない限り収入はありません。
なるべく支出を少なくするために、
こういった廃品を利用しているのです。

ひとつの箱に袋が250くらい入りますが、
袋の中から空気を抜いたり、
並べるときに場所を取らないようにして、
ひとつでも多く詰め込んでいるそうです。

トラックで港まで持って行き、
そこから貨物船で世界中に送りますが、
ネズミに食べられないようにするために、
箱は密閉用の蓋になっています。
トラックや船の輸送費用は、
寄付されたお金から捻出されます。

チャリティー施設なので、
企業や個人からの寄付金も受けていますが、
ここでボランティアする団体や個人は
お金を寄付しなければなりません。

ひとりいくらかは聞きませんでしたが、
それが食事などの滞在中の諸経費、
および施設の運営費に充てられるようです。

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    ボランティアする人たち



スープの袋詰め中は会話が弾む

袋詰めされたスープの材料は、
なるべくかさばらないように、
叩いて中から空気を出します。
これが一番手間がかかるようです。

皆で叩いて、叩いて、積み重ねていきます。
中から少し材料が飛び出したり、
叩きすぎて袋が破けたりすることもあります。
袋が破れたら材料は元に戻して、
もう一度生産ラインに戻ります。

すべて手でやっていくわけですが、
ボランティアの人たちは、
高校生ぐらいの若者から、
定年退職したような年配者まで、
本当にいろんな人たちがいました。

作業をしている間、使うのは手ばかり、
特に肉体労働でもないので、
皆の会話に花が咲きました。
大抵は教会から団体で来るので、
仲間同士、ほとんど知り合いばかりです。

ひとりで来ている私は格好の話し相手、
何処から来たの?何しているのと?
と次から次へと質問にあいました。
それもひとりではなく、同じことの繰り返し、
テープに取って流したいくらいです。

年配者の人と話す時は、
最後はキリストの話になります。
そして信仰するようにお説教、
これは苦手なので「仏教徒」と
話を降るときもありますが、、、
入信を誘われるのは苦手でした。

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      袋詰めされたスープ


ボランティアのスープづくり

この施設がある周辺の街では、
食品工場がたくさんあります。
それらの工場には生産しても、
規格もれした製品たくさんあります。
また出荷したけど期限が切れて、
工場に送りも出される製品もあります。

そのような製品を廃棄するのは大変です。
廃棄するための費用が莫大なだけでなく、
ゴミにして捨てたり埋めたりするところもなく、
食品工場では廃棄に頭を痛めていました。

そこで今回ボランティアした施設は
そのような廃棄処分しなければならい食料品を
工場やスーパーに無料で寄付して貰もらい
ボランティアに手伝ってもらい、
スープの材料として袋に詰めています。

スープの材料になるのは、すべて乾物ですが、
豆類、穀類などを何種類も混ぜ合わせます。
それだけではお腹を満たさないので、
マカロニなどのパスタ類もいれます。
さらに栄養的に偏らないように、
寄付されたサプルメントを
小さな粉にして袋の中に入れます。

飢饉や災害の食料難の地域に送りますが、
この材料を水に入れてスープを作ると
1kg弱の袋で約50人分になるそうです。
スープは水と火があれば簡単に作れます。
一番手軽でお腹も満たしてくれます。

滞在中に一度だけ皆が袋詰めている材料で、
スープを作って味見する日がありました。
スパイスも入って美味しかったけど、
塩と水だけなら物足りないです。

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   ボランティアのスープづくり



チャペルタイムが終わったら

チャペルタイムの最後は、
その日の日程について話があります。
ボランティアで必要な人数を言われます。

主な作業としては台所の手伝い。
100人分の食事を用意するのは大変です。
トイレやシャワーなど共有部分の掃除です。
誰が何処をするとスタッフが決めるのではなく、
一応参加者の希望をとります。
残りの人はこの施設の活動の中心である、
スープづくりに参加します。

ボランティアはあくまでも自主参加なので、
決して強制ではありません。
好きな時に切り上げて良いそうです。

チャペルが終わるとモーニングティー、
作業開始する前にお茶ですから、
会社の仕事に比べたら楽ですよね。
フルーツやクッキーと一緒に、
ゆっくりとコーヒーを楽しみました。

この施設の趣旨は、「世界の何処かで
お腹を空かしている人たちのために、
スープの素を作って届けること」です。

夏はドライフルーツを作りますが、
それ以外の期間はスープづくりをします。
金曜日になるとランドリーもあります。
ボランティアの人たちがチェックアウトするので、
ベットのシーツとかを洗わなければなりません。

午前10時ごろから午後4時ごろまでです。
でもその日の目標が終われば、
途中で切り上げることもありますが、
出荷が近いときは遅い時間までやるそうです。

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    私ばボランティアした施設

どの神さまにお祈りしますか?

このチャペルは1時間半以上に渡ります。
どうしてこんなに長いのかしりませんが、
まあミーティングということですね。
月曜日だけかと思ったのですが、
これが毎日の日程になっていました。

曜日によってプログラムが違います。
自分の体験談を話したり、
外から牧師がやってきて
説教された日もありましたね。

プレイヤーの日が週に一度あり、
誰かのために皆でお祈りしました。
家族や知人が病気で困っていたり、
災難にあって大変なことになっていると、
皆でその人のためにお祈りします。

何処かの信仰宗教ではありませんよ。
皆さん宗派を越えてキリストの下で、
神さまにお祈りしているのです。

その時私がどの神にお祈りしていたか?
それは日本神話の神でもなく、
ギリシャ神話の神でもなく、
千夜一夜物語に出てくる神でもなく、
私の心に住んでいる「神さま」でした。

お祈りをしているときも、
誰かと会話をしているときも、
「どうしてキリストを信じない」と
何度も聞かれたことがあります。

いつも答えは決まっていました。
「世界にはいろんな神さまがいるけど、
宇宙には一つの神しかいないはず、
その神さまだけを信じているの、
それが神さまの神さまだから、、」

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   私がボランティアした施設にて


チャペルの時間

チャペルは毎日8時に始まります。
もちろん強制的に参加する必要もないですが、
月曜日はボランティア初日になるので、
皆さん参加していたようです。

チャペルは約30分のミサから始まります。
スタッフによるバンドが音楽を奏で、
それに合わせて歌を歌います。
昔歌ったことのある讃美歌とは違い、
モダンは曲もたくさんありました。

私が今まで歌ったことのない歌ばかり、
ここにいる人だって全部しらないでしょうね。
一応歌詞が前に写し出さされるので、
何とか歌うことができました。
そのあとリーダーからの一言がありました。

クリスチャン系の施設のために、
私のように個人でボランティアする人以外は、
教会を通して団体で参加しています。
しかし宗派は決められていませんでした。

月曜日は週の始まりということもあり、
参加者のためにまずスタッフの紹介。
それから簡単な施設の案内や
約束事について説明がありました。

それから参加ひとりづつの自己紹介です。
名前と何処から来たかなど言います。
私の場合、ひとりで参加していること、
そう若くもないアジア人ということあり、
皆さんの視線を浴びていたようです。

そして最後に「特に信仰していないけど、
精神的には仏教が好きです。」と
簡単に説明しておきました。

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     讃美歌はバンドの音楽で

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