地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

ルームメイトはドライバーのビッキー

アラスカリゾートホテルで働くのは2回目。
それなりに慣れているつもりですが、
知っている人がいないのは淋しいです。
なるべく早く皆と仲良くなって、
友人を作るのが一番の楽しみです。

私のルームメイトはビッキー、
私と同じぐらいの年齢でドライバーです。
去年まではGSHとして働いていたけど、
大型バスの免許証をとって、
ドライバーとして採用されたそうです。

プリスセスではドライバーを採用する際、
大型の免許証を持っていなくても採用します。
採用後に数か所でトレーニングあります。
ビッキーは3月後半からアンカレッジに来て、
先輩からトレーニングを受けたそうです。

ホテル代は会社が払ってくれますが、
食事は自分で払わなければなりません。
外食ばかりしていると高くつくので、
マイクロウェーブを買って料理したそうです。

大型バスのトレーニングだけで
最低5000ドルぐらいはかかります。
それを会社が払ってくれるのですから、
それだけでもちょっとしたボーナスです。

免許証代は個人負担らしいですが、
契約期間問題なく勤めたら、
最後にボーナスがでるので、
免許証代もカバーできるそうです。

私にも挑戦するように言ってくれましたが、
彼女が難しいと言っていたのですから、
英語の講義、英語での筆記試験に
ついて行けるわけがありませんよね。

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    ルームメイトのビッキーと友人

リゾートホテルのスタッフ

プリンセスで働くと言っても、
船以外の仕事もたくさんあります。
列車、バス、ホテル関連の仕事は
マネージャークラス以外はすべて夏のみ
クルーズが行われる間だけの仕事です。

デナリのホテルが最大級ですが、
系列ホテルはアラスカ各地にありました。
オープンするのはクルーズ客がいるときのみ、
5月中旬から9月中旬までオープンします。
最初のお客さんが来る日がオープン。
最後のお客さんが出るとすぐに閉めました。

ホテルスタッフはオープン前から来ますが、
1か月近く前から順次来るようです。
まだ少ないときは社員食堂は閉まっているので、
人数も制限されるだけでなく、
車のあるスタッフの方が便利ですね。

私達が来た前日ぐらいからオープンしたようです。
このころはまだ時間帯も短かったけど、
朝、昼、晩と3食食べることができました。
最初の頃はまだ仕事をしていないので、
他の部門の人たちとも食堂で会います。
自己紹介して、友人を作るのが楽しみです。

年齢的にはデナリにいた時と同じく、
50代以上の年配の人たちか、
20~30代の若者のグループに分かれます。
特に後から来るのは学生が多いので、
どんどん若者が増えていきました。

トランスポテーションのドライバーには
50代以上の年配者が半分以上でしたが、
GSTは私が最年長でしたね。
トニー以外20代の若者ばかりでした。

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 ホテルのスタッフ達 by princes.com



アラスカのランドツアー

ランドツアー3日間と言っても、
いろいろなパターンがあります。
アラスカはアメリカで最大の州ですが、
それだけで日本の4倍の広さがあります。

州都はジュノーですが、人口33000人。
他の都市と道路で繋がっていないので、
飛行機で行くしか手段がありません。
私もまだ一度も行ったことがありませんが、
クルーズ以外のお客さんも訪問しないのでは?

最大の都市はアンカレッジですね。
それでも都市圏でわずか40万人足らず、
アラスカ州の半分以上の人口が集まっています。
そこから州第2のフェアバンクスまで
道路で580kmほどあります。
列車はこの間を12時間かけて走ります。

フェアバンクスの観光は冬が中心ですが、
ゴールドラッシュ時に栄えた街、
北極圏の入り口にある街は、
夏もそれなりの観光が楽しめます。

デナリからはフェアバンクスの方が近いので、
そちらの空港を利用するツアーも多いです。
アンカレッジの空港は便数も多いですが、
夏は観光客が世界中からやってくるので、
どの飛行機も満席に近い状態のようです。

プリスンセスクルーズは航空券の手配はしません。
年配者が多いので旅行代理店で申し込む際、
航空券も一緒に手配してもらう人が多いでしょう。

ツアーでは到着または出発の空港を、
アンカレッジとフェアバンクスに分散して、
最大限集客できるようにしています。
そのためクルーズ、ホテル、バス、列車と
アラスカの観光地で運営しています。

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  アラスカクルーズ by alaska.org


私はGST(ゲストサービスホスト)

私達は仕事が始まるまでの2週間、
いろいろなトレーニングがありました。
まず覚えなければいけないのが、
GSH(ゲストサービスホスト)の仕事内容です。

主な仕事はツアーデスクにいて、
ホテルで販売しているオプショナルツアーや
ゲスト(お客さま)が申し込んだツアーを
名前や部屋番号から把握できることです。

ホテルに宿泊するゲストの90%近くが
プリンセスのアラスカクルーズと一緒に
ランドツアーを予約した人たちです。

アラスカクルーズには出発した港から
周遊するクルーズもありますが、
アンカレッジまでは殆どきません。

バンクーバーを出発して一週間で
アンカレッジ近くに到着するクルーズが、
一番人気がありクルーズの数も多いです。
そのためにクルーズの前後に、
ランドツアーも一緒に楽しみます。

ツアーは3日から8日ぐらいまで、
一番人気があるのがデナリ国立公園です。
アンカレッジとフェアーバンクスの間にあり、
鉄道やバスでのアクセスも簡単にできます。
ただアラスカは広大で見るところもあるので、
それ以外の国立公園に行くツアーもあります。

オーストラリア人も良く来ましたが、
一生に一度の訪問になるかもしれません。
そのためアラスカ周遊だけではなく、
バンクーバーからカナダ周遊ツアーも
一緒に申し込む人が多かったですよ。

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  チュガチマウンテン by tripadvisor

私が所属するのは

ホテルがオープンするのは2週間後ですが、
まずは新しく入所したスタッフをあつめ、
リゾートホテルや寮の説明が行われました。
アラスカに来る前にマネジャーのトニーから
いくつかの書類は渡されていましたが、
正式のサインするのもたくさんありました。

全体的な説明が終わると今度は、
所属する部門ごとのミーティングです。
私が所属するのはトランスポテーション。
ドライバーとGSTとオペレーションがあります。

トランスポテーションのマネジャーはメアリー。
この会社に入社して30年近いベテランとか?
グランドマネジャーのトレイシーより古く、
彼女が唯一頭が上がらないのがメアリーでした。

その下にドライバー部門があり、
マネージャーはアラスカ在住のニックでした。
むかしアメリカ陸軍で退役した後に、
プリンセスクルーズに入ったそうです。
まだ大学に行く子供がいますが、
家族はアンカレッジで、夏の間だけ
リゾートホテルに単身赴任をしていました。

そして私たちのGST部門があります。
これはツアーデスクのようなものですね。
そのマネージャーがトニーでした。
以前はフロントで働いていたけど、
ポジションが空いた時に昇進したそうです。

オペレーションには数人いました。
ディスパッチを担当するのがジョイ。
まだ若いけど10年近いベテランでした。
そしてロジスティックスのビバリー、
彼女はトラスポテーション部門の
会計係も担当していました。

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   アラスカ山脈 tripadvisor



リゾートホテルに到着すると

リゾートホテルに到着する前に、
寮について簡単な案内がありました。
すでに働いたことのある人もいますが、
私のような新人も多かったですからね。

パッケージの中に寮の鍵と、
寮に関する注意書きが入っていました。
寝具とタオルはホテルから支給ですが、
項目と品数がそれぞれ記入されており、
寮到着後、確認してサインをするように、、。

退寮時にはその用紙に記入されている数
を返却しなかったり、ダメージがあると、
最後の給料から天引きされるそうです。
そうしないと皆乱暴に取り扱いますからね。

入寮に関して厳しい規則もあります
部屋ではタバコは吸えないし、
大麻などは一切禁止されていました。

お酒を部屋で飲むことはできますが、
ルームメイトが21歳未満だったり、
誰か21歳未満がいるときは飲めません。
また仕事開始8時間以内の飲酒も、
ドライバーの時は禁じられていました。

3年前と比べて長い冬だったようで、
ホテルの周辺にはまだ雪が残っていました。
部屋に入る所も残雪が深く、
持ってきたスニーカーでは埋まります。
アンカレッジのホテルで雨靴に
履き替えていたスタッフもいましたね。

大きなスーツケースが運べないといると、
アンソニーが手伝ってくれました。
彼は半袖のハワイアンシャツ姿。
それでも暑いと汗をかいていました。

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     私が働いていたホテル



アンカレッジからリゾートホテルへ

バスの中で案内してくれるのは、
GSTのスパーバイザーのアマンダです。
彼女は今年で4年目になるそうで、
数日前にホテルに到着していました。

3年前アンカレッジに到着した時は、
デナリまで約6時間の旅でした。
今回は約210kmぐらいの旅なので、
直行だと3時間しかかかりません。

でも前回と同じようにワセラと言う街で、
約1時間のショッピングタイムがありました。
寝具は一応寮にすべてついていますが、
身の回り品とスナックを買うために、
1時間ほどショッピングタイムがあります。

デナリには小さなコンビニがありましたが、
今回働く所はリゾートホテルのみで、
一番近い街まで60kmほどあるそうです。
シャトルバスは運行されるようですが、
そう簡単には買いに行けませんよね。

買物をして約1時間ほどすると、
今度はトイレとスナック休憩がありました、
ここはデナリ登山の玄関口となる
トルキーナに通じるハイウェイの入り口です。

ガソリンスタンドとサブウェイがありました。
ホテルに到着しても夕食には間に合わないので、
アリソンにここで食べるように言われました。
皆がオーダーしても割と早かったですよ。

私は1フットのサブをオーダーして、
半分をそこで残りを夜食に食べました。
お隣のコンビニで食べた人もいますが、
タバコ休憩に時間を潰した人もいます。
タバコが吸えないとイライラするのですか?
何本も立て続けに吸っていましたよ。

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   水上飛行場 by tripadvisor

USDOTの検査が終わると

USDOTのライセンスを取るために
視力、血圧、脚気などの検査がありました。
これは有料でしたが会社で払われました。
会社の車を運転するときは、自分の免許証と
これを常に携帯しなければなりません。

もし警察の検査などがあったときに、
持っていないと罰金と言われました。
そして始末書も書かされるそうです。
会社の車を運転するのも楽ではありません。

それが終わるとホテルまで戻り、
午後の出発まで自由と言われました。
私は知り合った仲間と昼食を食べ、
出発の時間にホテルに集合しました。

今回のバスに乗ってホテルに行くのは、
同じ部署に所属する人たちのみでした。
飲食部門や宿泊部門もありますが、
皆これからアンカレッジに来るようです。

ホテルがオープンするのは2週間後です。
マネージャークラスはフルタイムで、
スーパーバイザーから下の人たちは、
皆季節だけ雇われるスタッフでした。

私達トラスポテーションのスタッフは、
数人は数日前にホテル入りしていましたが、
大部分がその日到着になっていました。
そこで市内を出ると空港に行きました。

アメリカ中から飛んできたスタッフが
このアンカレッジで一緒になり
夏の間だけ働くホテルに向かいます。
午後から到着したのは2年目以降の人たち、
USDOTライセンスがすでにある人達です。

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  マタヌスカ氷河 by tripadvisor




USDOTのオフィスへ

ケイトが何時に戻ってきたのか分かりませんが、
朝会うと「9時ロビー集合」と言われました。
それまで腹ごしらえのために街にでました。
ここはまだ冬、空気はとても冷たかったです。

ロビーに到着するとたくさんスタッフがいました。
お互いに声かけあう人もいれば、
私のようにただ待っている人もいます。
そのうちちょっと太めの男性が現れました。
そして皆と仲良く挨拶をしていました。

ケイトがやってきて男性を紹介してくれました。
私が所属するGSHのマネジャーでトニーでした。
電話で話したりメールのやり取りをしていましたが、
対面で会うのは初めてなので、自己紹介しました。

新人のGST(ゲストサービスホスト)は全部で8人。
スタッフは皆20代の若いアメリカ人ばかりでした。
ひとりだけおばさんで、オーストラリアから来て、
自己紹介をしなくてもすぐに分かったようです。

これから皆であるオフィスに行くことになりました。
私達はトランスポテーションに所属しますが、
ドライバーとGSTは会社の車を運転するために、
USDOT(アメリカ合衆国運輸省)が指定する所で、
規則にそった検査を係員の人から受けて、
特別のライセンスを取る必要がありました。

アメリカ国内で発行された運転免許証と
そのライセンスがないと会社が持っている
USDOTに登録されているバスやバンを
運転することはできないことになっています。

GSTは大型バスはもちろん運転しませんが、
15人乗りのバンを運転して
ホテルのお客さんを運ぶこともあるそうです。
そのために検査を受ける必要がありました。
これがないと車の保険も保障されないようです。

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  アンカレッジ市内 by tripadvisor


二度目のアンカレッジ空港

数日前まで暑いシドニーにいたのが
まるで遠い昔のように感じました。
こんな寒いにアラスカに何故来るのか?
もうすぐ春がやって来ることを信じて
しばらく我慢するしかありませんね。

友達が作ってくれたおにぎりと
暖かいコーヒーが今日の朝食でした。
その後市内行のバスに乗ります。
残念ながら誰も迎えに来てくれません。

今日は指定されたホテルに行きます。
翌日ホテルに向かう前に手続きがあるようで、
会社が指定したホテルに泊まります。
チェックインは2時からの決まりですが、
この時期宿泊客はまだ少ないでしょうか、
時間前でしたが、鍵をくれました。

同じ職場のケイトと相部屋になりました。
彼女は数日前にホテルに来たそうですが、
明日の手続きのためにホテルに泊まります。
翌日の集合時間を私に伝えると、
「今日は夜遅くなるから、、」と言って
ホテルの同僚と何処かへ行きました。

私はひとりで夕食を食べましたが、
こんなホテルに泊まれるだけで幸せです。
いつもバッパーに泊まっていましたからね。
食事代は払ってもらえなくても、
部屋ではコーヒーや紅茶も無料でした。

5月のアラスカはすでに白夜状態。
午後11時過ぎでないと暮れません。
お陰で夜遅くまで外で遊べます。
気温はまだ冬のように冷たくても、
春はすぐそこまで来ているようです。

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  アンカレッジ空港にある動物のはく製

ロサンゼルスで半日あるけど

今回はロサンゼルスには泊まりません。
ちょっと強行ですが、朝ついて夜出発します。
空港からユニオンステーションに向かい、
そこから電車にのって駅に到着すると、
私の友人が迎えに来てくれていました。

今回はこの友人に会うだけです。
空港にロッカーがないので荷物を持って、
行動しなければなりませんでした。
テロ事件以前はロッカーもあったのですが、
荷物があると行動に制限されてしまいます。

その日の搭乗券さえ持っていれば、
アンカレッジ行きの飛行に預けれるのか?
今度確かめてみたいと思います。

友人と一日過ごしてのんびりすると、
シャワーを借りて空港まで送ってもらいます。
夜でもいつも送ってくれる優しい友人です。

国内線の荷物代はUS25ドルです。
機内食もないのでおにぎりを貰いました。
まるで家族のように面倒みてくれます。
これは明日の朝の朝食です。
夜遅く機上の人となりました。

ロサンゼルスからアンカレッジまでは6時間。
1時間の時差があるので時計では5時間。
すでに日中の日が長いので明るいですが、
空の上から見た景色はみんな雪景色でした。

湖はまだ完全にそして海にそそぐ川も
まだ一部は凍っていましたね。
その年は観測史上一番長い冬と言われ、
私が到着した日もまだ雪が降っていました。

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ロサンゼルスのユニオンステーション by wiki



アラスカの仕事を探して

渡り鳥は同じ場所では暮らせません。
夢を追い続けないと死んでしまいます。
風の吹くまま、気の向くまま、
放浪ではなく旅ガラスになりました。

アラスカに行った翌年は日本へ
翌年はグリーンカード申請のため
アメリカに渡航し、申請が終わると
そのままカナダとアメリカを旅行しました。

その後シドニーに戻り仕事をしましたが、
夏が終わりに近づくと、「次は何処へ?」
旅ガラスの羽が風に吹かれ始めました。
結局アラスカに戻ることにしました。

カナディアンロッキーとは違うけど、
アラスカの大自然が気に入っています。
高山植物や動物たちに会いたいのです。
毎年同じ場所に戻ってくる人もいれば
数年置いてから戻る人もたくさんいます。
仕事が見つけやすいこともありますが、
アラスカが好きで戻ってくるのです。

アラスカは広すぎて観光するのが大変。
簡単に行けないし、費用も高くつきます。
旅費を少しでも安くあげるには、
その場所に働きに行くしかありません。

アラスカに戻ると決めたら仕事探し。
食事がついて寮があることが条件です。
前の場所とは違った所に行きたい。
前回と違う仕事がしてみたい、、。

今度はデナリとアンカレッジの中間にある、
リゾートホテルで働くことになりました。
でもどんな所かは全く想像つきません。
知っているのはクルーズラインが
経営するホテルということでした。

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      デナリ国立公園の秋

「2018年夏」アラスカに行けるか?

昨日まで約10日間にらわたり、
私の旅行歴についてお話しました。
ドイツに始まったら私の旅は、
このオーストラリアで終わっていません。
ここもあくまでも基地でしかないのです。

この10年以上シドニーに住みながら、
アメリカで働くというパターンになりました。
アメリカもロス、ニューヨーク、ハワイ、
そしてラスベガスに長期で住んでみました。

どの街に住みたいかと言うと、
仕事がなければロサンゼルスですね。
ニューヨークはやや疲れるし、
ハワイは日本人が多すぎます。

私は海ガールではないので、
海よりは山の手に住んでみたいです。
という訳で今は都会のシドニーと、
大自然が広がるアラスカの生活が
何となく自分のあっている気がします。

ただアラスカは本当に広すぎて、
車があっても全部を見るのは無理。
だって人が住む地域のうち、
25%しか道路で繋がっていないのですよ。

自分でセスナを操縦したり、
ボートを運転できないと、
広大な土地を見るのは無理ですね。
ましてや私のように住んでいない人には、
ガイドをやったとしても、
辺鄙な土地に行くチャンスは回ってきません。

それでもアラスカに行って、仕事をして、
ひと夏フルに過ごせたら最高です。
仕事に応募して、面接を受けても、
採用になるチャンスは少ないですよ。

去年働いたガイド会社から、
夏の仕事のオッファーがありました。
でも仕事の期間はわずか3週間です。
そのためだけにアラスカに行くか、
今それ以外の仕事も検討中です。

2013年のアラスカの見聞記を
明日からこのブログで紹介しますが、
ちょうど今の私と重なっています。
今年もアラスカに行けるように、
皆さんの応援をよろしくお願いします。

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  アラスカのコーストライン スワード



ロサンゼルスの地下鉄

ユニオンステーションから空港まで、
時間がないときはシャトルバスに乗り、
時間がたっぷりとあるときは、
地下鉄でのんびり行くこともあります。

一応改札がありますが、係員もいないので、
チケットを持たずに乗っている人もいます。
最初は係員のチェックも見ませんでしたが、
以前に比べて検閲を見る機会が増えました。
それだけキセルする人が増えたのでしょうね。

空港までダイレクトに行くことはできません。
ユニオンステーションからは2回も乗り換え、
駅を出たらシャトルバスで空港まで行きます。
わずか2ドルという安い値段では行けますが、
大きな荷物を持っていると大変なことです。

この時も係員のチェックがありました。
幸い私はちゃんと持っていましたよ。
ターゲットにしているかどうかは知りませんが、
お金がなさそうな服装をしていると、
係員のチェックも念入りに見えますね。

もちろんその時もたくさんいました。
その度に身分証明書を提示させられたり、
子供たちは親の電話番号を訪ねて、
電話をして確認をとっていました。

乗車券を検閲するためのスタッフを雇うので、
違反チケットを切っても罰金を払わないので、
逃げられたら元を取ることはできません。
身元がハッキリするまで放してもらえません。

海外からの旅行者も地下鉄を利用しますが、
駅に乗車券の窓口はひとつもありません。
自動販売機のみですが、良く壊れています。
この不便さを改善してくれないと困ります。

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     ロサンゼルスのメトロ


ロスのユニオンステーション

ロサンゼルスで私が一番好きなのは、
ユニオンステーションの建物です。
以前住んでいた頃は殆ど利用しなかったけど、
現在ロサンゼルスに行くと最低数回行きます。

まず空港に向かうシャトルバスが出ること。
ラスベガスに行くとき使う安いバス、
Mega Busがここから出発します。
そして私の友人を訪ねるときは、
ここから電車に乗らなければなりません。

駅の周辺にはたくさん広場があり、
ちょっと一息つくのにも良いですね。
駅の中にあったファミリーマートも利用しました。
残念ながら現在は他の系列になりましたが、
おにぎりは現在でも販売しています。

駅構内にはスターバックスがあり、
無料のWi-Fiを利用することができます。
ただ店内は狭いので長居はできません。

以前は構内にある椅子に座って、
友人と待ち合わせをしたものです。
昔の面影がそのまま保存されているので、
落ち着いた雰囲気を楽しむことができます。

ところが疲れた体を癒しに来て、
そのまま長居する人が多くなったのでしょう。
セキュリティーがたまにやってきては、
アムトラックの乗車券を確認するようになりました
もし乗車券持っていないのが見つかると
その椅子から追い払われることもあります。

夜行バスで早朝に到着したことがありました。
駅は安全を考慮して、始発の電車がでるまで
ドアをしめて中に入れてもらえませんでした。
コンビニは24時間営業をしていますが、
アムトラックの乗車券さえ持っていれば、
駅構内に入れてくれるようです。

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    ユニオンステーションの構内

歴史はいっぱい詰まっているけど

「Stay on Main Hotel」は現在クローズ中です。
私が泊った2012年に改築ずみでしたが、
その後別のオーナーが物件を買収して、
ホテル会社に99年リースをしたそうです。
その会社は現在、このホテルを改装中で,
完成時にはホテルと住居として売り出すようです。

大理石のロビーとステンドグラスの窓、
このような豪華なロビーはとても貴重です。
現在ロサンゼルスの文化財に指定され、
建物の重要性が認識されていますが、
いろんな事件があったところでもあります。

長いこと有名な殺人鬼が住んでいたり、
麻薬の取引も行われていました。
殺人事件や自殺も多発しています。

2013年には屋上にある水槽タンクから
女性の死体が発見されましたが、
腐敗していて3か月は過ぎていたそうです。
私が泊った後ですが、ホテルとして営業中です。
その水を飲んだと思っただけで
吐き気がでてしまいそうになりますね。

1987年にはお隣にある低いビルの屋上で、
U2のコンサートがあったそうです。
もちろん部屋から見た人もいるのでしょうか?
ビデオに収録されホテルも映っています。

改築だけで100億以上と言われていますが、
ホテルとアパートして来年営業開始する予定です。
今度はドミトリーの部屋はないでしょうね。

この周辺はすっかり変わってしまいました。
おしゃれなレストランや高価なお店もオープン
ロフト付きのアパートも売り出されています。
そんな歴史を持つホテルに泊まったのも、
今では良い思い出として残っています。

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   ロサンゼルスで泊まったホテル





ロサンゼルスのドヤ街にあるホテル

私が泊った「Stay on Main Hotel」は
以前はCecil Hotelと言い1927年に完成した、
フランスのボザール様式建築のホテルです。
大理石のロビーやステンドグラスの窓で、
ビジネスマン用のホテルとして営業していました。

オーナーはこの他に市内に数件のホテルを持ち、
とても繁盛していたようですが、
わずか5年後に世界大恐慌になってしまい、
どんどん営業が厳しくなってしまいました。

ロサンゼルスダウンタウン
そのころから日本のドヤ街のようになり、
スキッドローと呼ばれるようになりました。

定職を持たない労働者たちは低所得者となり、
アパートを借りることができません。
そのために週決めや月決めと言った、
レジデンス用のホテルが作られました。

それまであった中型のホテルも、
観光客やビジネスマンが利用しないと、
だんだんその手のホテルに成り下がりました。
私が80代に初めてロスに来たときは、
リトル東京周辺と言えば治安の悪い所、
そしてこういったホテルがとても多かったです。

まだホテルに入れる人は良いですが、
さらにお金がないとホームレスとなって、
路上で生活する人が増えてきます。

皆が悪い人たちばかりではありませんが、
決して車でも近づくなと言われました。
ガイドをしていた頃、ホテルで仕事が終わると、
駐車場までドライバーに送ってもらうか、
タクシーでしか移動しなかったですね。

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   ロサンゼルスで泊まったホテル

Stay on Mail Hotel

私が予約したドミトリーの部屋に入ると、
インド系の30代の女性がいました。
部屋には鍵も掛かっておらず開いていました。
もちろん入った後はドアを閉めました。

私がシャワーを使ってベッドに戻ると、
彼女はいませんでしたが、
また部屋のドアが開いているのです。
治安のためにもちろん閉めました。

しばらくすると彼女が戻ってきました。
そして「どうしてドアを閉めたのか?」
私に大きな声で文句を言い始めます。
「もちろん治安上から」と答えましたが、
空気が汚いから開けておくようにと
私に文句を言い始めました。

アメリカで部屋のドアを開けたままにするなんて、
非常識というかもっての外です。
これで盗難にあったり、レイプでもされたら、
誰が責任取るというのでしょうか?

私はフロントに行き訴えました。
そしたらフロントの人も困っていたようです。
前日の夜中に「泊る所がない」と言って、
予約もなしにやってきたそうですが、
それからかなり問題を起こしていたようです。
他の人からもクレームが入っていました。

結局部屋を替えてくれることになりました。
トイレやシャワーは共同ですが、
2段ベッドの2人部屋になりました。
一応誰からくる可能性もありましたが、
予約がそれほど詰まっていなかったのか
その日はひとりで眠ることができました。

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   ロサンゼルスで泊まったホテル

ロサンゼルスに戻ってきた

ロサンゼルスでは数日だけ滞在しました。
来たときは日本人宿に泊まりましたが、
あんまり私の雰囲気ではなかったので、
普通のバッパーに泊まることにしました。

グレイハウンドのバスターミナルから近いこと、
二日後に空港に行くのに便利が良いこと、
友達との待ち合わせに便利なこと。
今回はダウンタウンに泊まりました。

いつもハリウッド周辺か空港近くなので、
ダウンタウンに泊まるのは20数年ぶりです。
あまり安いホテルがないこともありますが、
治安が悪いので敬遠していました。

メイン通りにホテルが改装オープンして、
中の設備も新しくなったと書いてあり、
ドミトリーの部屋もあるというので、
「Stay on Main」に泊まることにしました。

昼間だったので、そこまで歩いて行くと、
入り口は狭いけど、ロビーはとても豪華でした。
大理石の床にステンドグラスの窓。
ちょっと見れば由緒あるホテルのようです。

宿泊客をみるとビジネスマンはなく、
やはりツーリストクラスの人たちばかりです。
それでも個室ならシャワーやトイレもありますが、
私は女性専用のドミトリーを予約しました。

2段ベッドの6人部屋でしたが、
室内にシャワーやトイレもあって便利。
それに新しいので気持ちが良かったです。
コンチネンタルの朝食付きで
35ドルなら絶対に文句は言いません。
ところが私より先に来ていた人がひどかったです。

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   グレイハウンドバスターミナル

Facebookで繋がっている友人たち

バネッタはDTS(弟子訓練制度)の学生でした。
三週間の滞在中にとても仲良くしてくれました。
彼女がターミナルまで送ってくれました。
別れるときに再会の約束をしたけれど、
残念ながらあれからまだ会っていません。

彼女は地元のバイセリアの出身でした。
そのプログラムを終了し、
実践宣教に皆と一緒に出掛けた後、
この施設に戻ってスタッフになりました。

実践宣教をするためにも、
ここのスタッフになるためにも、
経費は自分で負担しなければなれません。
自分でその費用を払うことができなければ、
誰かスポンサーになってくれる人が必要です。

30代の半ばでしたが、仕事を辞めた後、
家族に費用を払ってもらい学生をしていました。
何時かはそのお金も返すつもりだけど、
実践宣教やスタッフになる費用を払ってくれる人を
見つけることができたのでしょうか?

7歳の子がいるジュディーは、子供を残して、
スタッフとして働いていました。
スイスからボランティアに来ていたトニーと、
何となく仲が良くいつもい一緒にいました。

トニーがジュディーを好きなのことが分かると、
どう一緒になったらと焚きつけた私です。
「年下だから、、」と言っていたジュディー。
アメリカのビザもないからと言っていたトニー。
結局トニーの後を追ってスイスに行きました。

そんな楽しい皆のその後をFBで追いかけています。
たとえ遠く離れていても、何も連絡しなくても、
皆が今何処にいるか、何をしているのか?
知ることが出来るのは良いですね。

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    施設でボランティアする人たち

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