地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

ポットラックの食事を持って

その日はアラーニが朝から料理していました。
彼女の祖国インドネシア料理です。
魚、肉、野菜といろいろありましたが、
豚肉料理だけはありませんでした。

今日はモスリムの行事があるようで、
モスクに行くので一緒に行こうと誘われました。
そこで皆が持ち寄った料理を
礼拝の後に一緒に食べるそうです。

シドニーにもたくさんのモスリムの方がいます。
違いは分かりませんが宗派もあるようです。
さすがにモスクから礼拝への呼びかけ
アザーンは聞こえてきませんが、
信者は熱心に礼拝されているようです。

アラーニはアラスカにいるときは、
礼拝を自分の部屋ではしていたかもしれませんが、
職場ですることはありませんでした。
ましてやヒジャブもつけていません。

しかしモスクに行くときだけは、
モスリムの正装とでも言うのでしょうか、
白いヒジャブ(頭につけるスカーフのようなもの)、
白い薄いコートのようなものを持っていました。

私に「スカーフがあるか?」と聞いたので、
「アラスカで使っていたショールがあるよ。」
それは真っ赤で模様の入ったカラフルなものでしたが、
信者でもない私は頭さえ隠していれば、
特に問題はなかったようです。

マイクも二人の娘さんも行きません。
私はもちろん興味本位ですが、
モスクに入れるなんて滅多にないし、
体験としては絶対に価値があります。

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  ビクトリアの名所 byVictoria.TX



ガッチャマンの歌でお別れ

ミニバンに乗ってデナリを出発すると、
わずか4か月半の滞在が走馬灯のように、
次から次へと思い出されます。
冬に来て、春、夏、秋を過ごして、
すでに晩秋の装いのデナリ
冬はすぐそこまで来ていました。

あまりにも僻地にいたので、
アラスカと言っても見たのはほんの一部、
それでもアンカレッジとフェアーバンクスの
2大都市を見ることはできました。

またいつ来れるかわからないけど、
添乗員時代に何度も通ったアンカレッジ空港、
免税店の窓から眺めてデナリ(マッキンリー山)を
何度も何度も見ることができました。

アンカレッジ市内に滞在する人もいましたが、
私は大きな荷物もあったので、
そのまま空港まで送ってもらいました。

便は真夜中の便でした。
空港に到着すると知った顔がいくつもあります。
前日や数日前に出発したスタッフの中に、
今日空港から出発するスタッフがいました。

その中のひとりが中の悪かったマーク。
最後の「ガッチャマンの歌」で
仲良くなったとは不思議ですよね。
彼は前日にアンカレッジ入りしていて、
同じ航空会社なので再開を約束していました。

チェックインした後、彼に電話すると、
搭乗ゲートにいると言われました。
ゲートで再会するとバーに行き、
グラスで乾杯して二人で歌いましたよ、
「誰だ、誰だ、誰だ。空の彼方に見える影、、、」

Ted Stevens Airport
    アンカレッジ空港 by wiki

リゾートホテルを出る前に

いよいよリゾートホテルを出発する日、
この日も結構忙しかったです。
まず部屋を掃除しなければなりません。

次に借りていた毛布やリネンを
ランドリーまで持っていきます。
入寮の際に渡された用紙を持っていき、
ちゃんと返却したかチェックされます。

担当者がそこにサインをすると、
今度は人事に鍵を持っていきます。
人事の担当者が部屋を見に来ます。
用紙の注意項目にチェックします。

毛布やリネンを返却しなかったり、
部屋が汚れていたりすると、
最後の給料から天引きされます。
それぞれの用紙は料金表も兼ねていて
天引き分が一目できるようになっています。

鍵や社員証も返却忘れると、
天引きの対象になっていました。
こうやってきちんとしておかないと、
持って行ってしまうスタッフや、
寮に置きっぱなしにするスタッフもいるようです。

すべて問題なく終わると、
最後に用紙にサインをしますが、
そこに給料明細の送り先を書いておきます。
最後の給料と年度末に送られる給料の明細書が
たとえ海外でもその住所に送付されます。

私はロサンゼルスの友人が
いつも手紙を預かってくれるので、
すべての住所がそこになっています。
お陰で安心して受け取ることができました。

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     秋のデナリ国立公園

リゾートホテルに残るスタッフ

私が働いていたリゾートホテルはが、
オープンしているのはわずか5か月足らずです。
冬の間はしっかりと扉が閉ざされていますが、
この間、管理人として数人残ります。

ホテルの支配人を始めマネージャークラスは、
冬はアンカレッジのオフィスに移動します。
ピークシーズンは休みもないほど働くので、
シーズン終わりからクリスマスにかけて、
2か月近くはお休みをとるようです。

ホテルの営業は終了していますが、
6か月以上クローズするので、
掃除と後片付けを兼ねて、
2週間近くはスタッフが残っています。

残るスタッフはホテルの職種とは異なり、
それぞれ割り当てられた役目と仕事を
出発予定日までにこなさなければなりません。

客室だけでなく、寮の清掃が終わったら、
私用していた毛布やシーツを洗うだけでなく、
倉庫に全部終わなければなりません。
そのまま置いていたらたとえ冬と言えども、
カビが生えたり値踏みがかじったりします。

使用していた冷蔵庫をすべて空にして、
電源を切らなければなりません。
生鮮食料品はすべて使い切ります。
翌年まで取っておくことはできません。

それが終わると冬の雪対策で、
窓ガラスはすべてカバーします。
また誰も入れないように厳重に鍵を掛け、
翌年までドアを閉めることになります。
社員食堂は数日後に終わるので、
自炊できるスタッフでないと残れません。

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     秋のデナリ国立公園

リゾートホテルがクローズする日

アラスカクルーズシーズンが終わって、
リゾートホテルが完全にクローズするまで、
スタッフは次から次へと出発しました。
アンカレッジから飛行機で出発する人が多いので、
アラスカ鉄道で行く人が多かったです。

契約日までリゾートホテルで働くと、
会社が料金を払ってくれて、
アラスカ鉄道に乗ることができました。
でも運行日が9月の15日前後までなので、
その後はパークコネクションのバスを使います。
バスの運行日も9月20日ごろまででした。

その年のリゾートホテルのクローズは9月22日。
すでにアラスカ鉄道もバスも運行していません。
誰かの車の同乗するスタッフもいましたが、
私は送ってもらえる友人もいないので、
ミニバンを何とか予約することができました。

最後のお客さんがチェックアウトすると、
玄関に残っているスタッフ全員が並びます。
そしてありがとうの声で見送りました。
普段はそんな光景は見られませんが、
日本で見送られる光景に似ていますね。

それから私たちは最後の片づけに入ります。
使用していた機材を全部倉庫に片づけて、
掃除をしなければなりません。
すべてその日で終わらなければなりません。

スタッフはそれから二日以内に出発です。
片づけ要因として残るスタッフは、
全従業員の1割もいませんでした。
社員食堂も二日後に終わるので、
残るのは車があって自炊できるスタッフのみ、
後はマネージャークラスのみでした。


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     秋のデナリ国立公園




軍人のための特典が多いアラスカ

アラスカ州には人口の割に
軍の基地が多いと言いましたが、
アメリカに住んでいると、
軍人に対する特典が多いと思います。

私が育った熊本にも自衛隊の基地があり、
演習の度に大砲の音がしていました。
小学校建設の時は土地ならしに来たり、
台風で被害がでると手伝いに来てくれたりと、
自衛隊の思い出はいくつかありますが、
自衛隊に対する割引などありませんでした。

デナリ国立公園の入園に関して、
「ミリタリーアプリシエイションデー」があるように、
私が働いていたリゾートホテルでも、
現役軍人に対して割引がありました。
ホテルではアラスカ州住民に対しても、
ローカルディスカウントをしていました。

レストランで食べたり、お店で買い物しても、
ローカルディスカウントは殆どありませんが、
曜日によってはミニタリーディスカウントを
やっているお店がたくさんありました。

以前住んでいたラスベガスにも軍の基地があり、
車を買うと退役および現役軍人に
ミニタリーディスカウントをしていました。
その割引率がどれぐらいだったか忘れましたが、
新車を購入する際に1000ドル以上の
かなり大きな割引だったと思います。

空港によっては軍人のための特別ラウンジがあり、
私用で旅行しているときでも、
現役の軍人は自由に利用できるようです。
お酒まででるかどうかは知りませんが、
軽食、電話、シャワーなどの設備があるそうです。

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    アラスカにある空軍基地


ミニタリーアプリシエイションデー

毎年1万人を超える応募があるようですが、
実際に当選できるのは一日400人まで、
そして合計1600人までとなっています。
家族など一緒に来る人は同行できます。

他のホテルはすでに閉館していましたが、
私が働いていたリゾートホテルは
国立公園の観光バスを運営していたこともあり、
ロッタリーが終わるまでオープンしていました。

ロッタリーの当選者は4日間ですが、
それ以外に1日、軍関係者のみが入場できる日、
「ミニタリーアプリシエイションデー」があります。
軍で働いている人たちに感謝する日ですね。
アラスカは人口の割には大きな軍事基地が
アンカレッジとフェアーバンクスにあります。

もともとアラスカに航空戦力が展開されたのは
真珠湾攻撃が始まるちょっと前でした。
アンカレッジはアメリカ本土から
距離的に日本に一番近いこともあり、
たくさんの航空力が投入されたようです。

その後冷戦期になると、今度はソ連に近いので
空軍、陸軍ともに拡大されます。
もともと別々の基地がありましたが、
リチャードソン陸軍基地の閉鎖に伴い、
エルメンドルフ空軍基地と一緒になり、
JBER (Joint Base Elmendorf-Richardson)
と呼ばれるようになりました。

現在太平洋空軍傘下の第11空軍、
アラスカアメリカ陸軍、
第3航空団、第673航空基地航空団
などが配置されています。

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     アラスカにある空軍基地



アラスカクルーズシーズンが終わると

カフェのスタッフに学生はいなかったので、
皆なクローズ日前後まで残るそうです。
マネジャーからいつホテルを出発するか、
用紙に記入して提出するように言われました。

9月中頃アラスカクルーズが終わりに近づくと、
いくつかのホテルはクローズしました。
私が働いていたリゾートホテルは、
それから一週間はオープンしていました。
それでも観光シーズンとは異なり、
カフェのオープン時間も短かかったです。

アラスカクルーズのツアーが終わりに近づくと、
デナリ国立公園も観光客がぐっと減ります。
普段、一般の車で入れるのはサベジーリバーまで
その先は専用のバスに乗らなければなりません。

毎年季節の終わりごろになると、
デナリ国立公園が一般に開放されます。
自分の車で公園道路を走ることができます。
と言っても誰でも入場できるわけではなく、
抽選に当選した方のみです。
これを「Road Lottery」と呼んでいます・。

5月に抽選に応募して当選した人たちが、
4日間に分けてデナリにやってきます。
自家用車かレンタカーまたはキャラバンで、
カンティシュナまで走ることができます。

デナリで働いているスタッフの中には、
この抽選に応募する方もいましたね。
毎年応募してもなかなか当たらないようですが、
当選したら自家用車で走れるチャンスですね。

リゾートホテルを辞めたらすぐに、
寮をでないといけない契約になっていますが、
当たったら途中では辞めれませんね。
この日まで頑張って働いた方が良いです。

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    カフェのユニフォーム

アジア人学生たちが帰っていく

リンたちが出発する日は早朝シフトでした。
アンカレッジ行きの列車に乗るために、
11ごろロビーに集まってきました。
最後のコーヒーを入れてあげて、
ハグしてお別れしました。

8月中旬頃から海外の学生だけでなく、
アメリカ国内の学生たちも戻っていきます。
大学の新学期が始まるので準備があるようです。
スタッフが一人減り、二人減りと淋しいですね。

お客さんもピーク時に比べたら少ないです。
でも最低のスタッフは必要なので、
残っているスタッフがオーバータイムをします。
二つのセクションで働くのは禁止されていましたが、
このころになると人事課も多めに見ます。
昼間はハウスキーピングだったスタッフが、
夜はレストランで働いていたりします。

リゾートホテルはオーバータイムを払いたくないので、
なるべく別のセクションで働かせるそうです。
そうすれば別々の契約となって。
時間給だけ払えばよいですからね。
もちろんそれでもスタッフが足りなければ、
残っているスタッフが長時間働くしかありませんね。

社員食堂に行くと新しい顔ぶれがいました。
今頃から働きに来たのかなと驚いてしまいます。
同じ系列のホテルから移動してきたそうです。
そこは9月初旬でクローズするので、
ここで数週間働いてから戻るそうです。

英語が話せない中国人を何人か見かけました。
魚加工工場で働いていた学生さん達だそうです。
魚加工のシーズンが終わり帰国する前に
旅行ではなくもうひと働きする人たちです。

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    アジア人の学生さんたちと



Facebookで繋がろう

仲良くなったアジアからの学生さんたちも
いよいよお別れの時期がきました。
先に来たシンガポールの学生さんが去り、
次に台湾からの学生さん達が、
デナリを離れるときがやってきました。

わずか3か月しか一緒にいなかったリンも、
翌日列車でデナリに向かい日がきました。
その晩は夕食の後、皆で飲みに行きました。

その数日前から皆が私たちの部屋に来て、
いろいろと話しまくっていました。
これからの旅行のこと、就活のこと、
せっかく仲良くなったのに、
国に戻れば皆さん離れ離れになります。

私は何にもお世話などしなかったのに、
「お別れのカード」をくれたり、
祖国から持ってきたプレゼントをくれたり、
私は何もお返しするものがありませんでした。

ある学生さんから「Facebookやってる?」と聞かれ、
「う~んまだ登録していないけど、、、」というと、
「何処にいてもすぐに繋げるから、、、」と、
その場で私を登録してくれただけでなく、
お友達リクエストも送ってくれました。

お陰でアジアの学生さん達とは
全員Facebookで繋がっています。
それだけでなくリゾートで知り合ったスタッフとも、
殆ど連絡することもありませんが、
友達リクエストして繋がりました。

その後再会した学生さんは一人だけですが、
今何をしているか、何処にいるかも、
簡単に探すことが出来るのは嬉しいですね。


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     秋のデナリ国立公園


デナリの日本人観光客

8月の末ごろから日本人客も増えます。
アンカレッジまで直行便がないですが、
このころにはチャーター便が出ます。

アラスカクルーズのお客さんが減り、
ホテル代が安くなるせいもありますが、
日本人観光客はアラスカ観光より
オーロラ目的の人が多いようで、
このころになると両方楽しめるのが売りです。

それまでは月に1~2団体しか見なかったのに、
たまに何グループも来ることがありました。
アンカレッジに住むガイドさんたちが、
一生懸命、日本語で説明していました。

滞在中私が日本語を使う機会は殆どなく、
日本人の観光客はアメリカに住む駐在員か、
永住権を持っている日本人くらいでした。
英語の発音がうまいなあと思うと、
日系人2世や3世も多かったですね。

グループ旅行の人はカフェには来ません。
食事もすべて含まれているので、
エスプレッソコーヒーを買ってまで
飲む人は殆どいませんでしたね。

それでも夏休みを利用して、
個人で旅行している人もいました。
往復の航空券とホテルだけ予約して、
レンタカーで旅行している人たちです。

広大なアラスカちょっと距離感がなくて、
アンカレッジからデナリまで半日かかること、
デナリ国立公園の観光にさらに一日かかるなど、
予定していた日数では足りないという人がいました。

その時はツアーデスクでは働いていませんでしたが、
自分の経験を生かして公園への行き方や、
観光ツアーとシャトルの違いなど
簡単に説明してあげたこともあります。


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     秋のデナリ国立公園

ビジターセンターのキルト「シーズンオブデナリ」

ーンと呼ばれていますが、
シカの角はアントラーと呼ばれています。
シカの角には小枝があるのが特徴です。

シカの角は、毎年冬に落ちた後、
春がくると、また新しく生え変わります。
成長している角の外側は「袋角」と呼ばれる、
細かい毛の生えた皮で包まれています。

袋角の中には、細い血管が網の目のように走り、
この血管を通って養分が補給されます。
角は急速に大きくなることもあり、
その時は1日に1cm以上も伸びるそうです。

シカの仲間は繁殖期になるとオスが鳴きますが、
ヘラジカの場合はメスが鳴いて、
オスがその声を聞きつけるそうです。
その時この大きな角がパラボラアンテナのように、
メスの声を増幅して伝えるそうです。

メスの鳴き声に答えたオスが2頭いれば、
角を使ってオス同士で戦います。
しかしその角が絡み合ってしまい、
外れなくて餓死したヘラジカがいました。

それを見つけたアラスカ先住民は、
勇気あるヘラジカの魂を讃えるために、
絡み合ったままの角を持ち帰りました。
デナリ国立公園内にある
アイルソンビジタセンターに行くと、
そのヘラジカの角が展示されています。

餓死した2頭のオスヘラジカを讃えて
デナリが良く見える眺めの良い場所に、
その説明書きとともに展示されているので、
是非行かれる際には写真に撮ってください。

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  ビジターセンターにあるキルト by Denali NP


シカの角は”アントラー”

動物の角はホーンと呼ばれていますが、
シカの角はアントラーと呼ばれています。
シカの角には小枝があるのが特徴です。

シカの角は、毎年冬に落ちた後、
春がくると、また新しく生え変わります。
成長している角の外側は「袋角」と呼ばれる、
細かい毛の生えた皮で包まれています。

袋角の中には、細い血管が網の目のように走り、
この血管を通って養分が補給されます。
角は急速に大きくなることもあり、
その時は1日に1cm以上も伸びるそうです。

シカの仲間は繁殖期になるとオスが鳴きますが、
ヘラジカの場合はメスが鳴いて、
オスがその声を聞きつけるそうです。
その時この大きな角がパラボラアンテナのように、
メスの声を増幅して伝えるそうです。

メスの鳴き声に答えたオスが2頭いれば、
角を使ってオス同士で戦います。
しかしその角が絡み合ってしまい、
外れなくて餓死したヘラジカがいました。

それを見つけたアラスカ先住民は、
勇気あるヘラジカの魂を讃えるために、
絡み合ったままの角を持ち帰りました。
デナリ国立公園内にある
アイルソンビジタセンターに行くと、
そのヘラジカの角が展示されています。

餓死した2頭のオスヘラジカを讃えて
デナリが良く見える眺めの良い場所に、
その説明書きとともに展示されているので、
是非行かれる際には写真に撮ってください。

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 2頭のヘラジカの角 by Denali NP

デナリ国立公園の動物「ヘラジカ」

デナリ国立公園の中で一番よく見られる動物が
ムースと呼ばれる「ヘラジカ」です。
オスの角が平べったくなっているのが特徴です。
またオスにはのどの皮膚が垂れています。

ヘラジカはシカの仲間では最大で、
馬ぐらいの大きさがあります。
グリズリーが危険と言われていますが、
実際はヘラジカに一番注意してください。

ヘラジカはツンドラ地帯の針葉樹や
草が多く茂っているところにいます。
そのためデナリ国立公園の入り口や、
ホテル周辺でも見る機会がありました。

ある日私がひとりで公園内を散歩していると、
キャンプ場に続く道路に
その年生まれた子供のヘラジカがいました。
私と目が合うと森に逃げ込んだので、
すぐに後を追いかけていきました。

森の陽だまりの中でお母さんシカと一緒に、
のんびりと過ごしているのです。
ママシカと目があると危険だと言われているので、
木の陰からひとりで30分位みていました。

その場所から2分も歩けば車が通る道路です。
自動車の騒音がガンガンしているのに、
ここにムースがいることに知っているのは
世界中で私しかいませんでした。

観光バスの中から動物が見えないと、
嘆いて帰る観光客も多いですが、
本当はその木の陰に隠れているときもあります。
道路の側まで出てくるのが珍しいのです。
アラスカの大自然は動物の世界、
人間が尋ねる場所が制限されているのです。

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    森の王者ムース by wiki

デナリ国立公園の紅葉シーズン

デナリ国立公園が真っ赤に染まるころ、
動物たちは冬支度を始めます。
冬眠する熊はベリーを食べつくすまで、
一生懸命食べています。

ベリーだけではたんぱく質にならないので、
このころになると小さな動物は危険です。
冬眠前にできるだけ太って脂肪をつけ、
その間に母親は出産、子供に乳も飲ませます。

冬眠はしないけど、オオカミも活発になります。
トナカイが南へ移動する前に襲っています。
オオカミはグループで獲物を襲撃しますが、
よっぽど獲物がいない時は熊も襲います。

リスは食べ物を集めるのに必死ですね。
冬の間食料となるエサがないので、
必死になって集めて地面に隠します。
鳥や動物に襲われるのを防ぐために、
餌は何か所かに分けて隠すそうです。

デナリ国立公園と言えばドールシープが有名です。
夏の間は真っ白な短い毛をしているので、
ちょっとヤギのようにも見えますが、
寒くなる前に冬用の毛に変わっていきます。

冬になる前に毛を変化させる動物には、
雷鳥とスノーシューヘアー(ノウサギ)もいます。
雷鳥を初めて見た白い羽をしていなかったので、
すぐに雷鳥だとわかりませんでした。

私がいた年はリゾートホテルがオープンしている期間
平地で雪が降ることはありませんでしたが、
数年後にもっと低いところで住んでいた時、
8月に冬が降って大混乱したことがあります。
動物たちも夏とは言え、その覚悟はしているようです。


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     秋のデナリ国立公園

デナリで小さい秋見つけた

周辺の山もつい数週間前まで緑色でしたが。
だんだん茶色っぽく変化していました。
いよいよデナリの紅葉のシーズンです。

デナリ国立公園の入り口当たりは
まだ標高が低いためにポプラがあります。
葉っぱが黄金ややや赤っぽい黄色に染まります。
ポプラの紅葉は比較的早いですが、
結構長い期間、その変化が楽しめます。

高度の高いところも黄色に染まります。
カラマツが色づき始めまたのです。
カラマツの紅葉期間はポプラより短く、
色づいたら半月以内には葉が落ちます。

一番紅葉の期間が短いのが低木ですね。
針葉樹の間に終わっていたら木々が、
少しずつ色づき始めました。
最初は山の上の方から麓の方へ、
公園内の高度の高い所から低い所へ。

この低木たちの紅葉はわずか一週間足らず、
日本の紅葉時期もそうでしょうが、
予想することは全くできません。
ひと夏過ごしたからこそ慌てることなく、
気構えて紅葉を楽しむことができます。

デナリ国立公園ないので、
ウィローとブルベリーが一番紅葉します。
紅葉に負けないくらい真っ赤になりますよ。

草で紅葉するのもありました。
花のシーズンが終わると白い綿毛をつけ、
種を飛ばせるヤナギランは、
草が真っ赤に染まってとてもきれいです。
最後まで楽しませてくれる植物でした。

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       秋のヤナギラン

毎朝ぽたぽたと雨の音

8月に入るとデナリは初冬の気配です。
毎朝日が昇ってしばらくすると、
ぽたぽたと雨が降るような音がしました。
ぽたぽたと晴れた日でも音がします。
雨が降っていないのになぜ音がするのか、
仕事をしていると分かりませんでした。

ある日社員食堂に向かっていたら、
やはりぽたぽたと雨が落ちています。
その日も青空の良いお天気でした。
誰か屋根でも洗っているのかと思いましたが、
そんな気配も全くありませんでした。

ちょうど修繕のスタッフが通りかかったので、
「水でも流しているの」と質問すると、
「晩に凍った氷が溶けているんだよ」と教えてくれました。

白夜の頃は夜中に凍ることもありませんが、
だんだん日が短くになるにつれて、
空気中の水分が屋根について凍るようです。
その量は雨が降っているような量でした。

日中は晴れる機会が増える秋ですが、
夜は雨が降ることもあるようです。
そんな雨が流れる前に凍ってしまうのかもしれません。
山の上ではちょっと寒い日は雪になっていましたが、
まだ地面までは積もることはなかったです。

朝起きて仕事に向かうと霜柱が立っていました、
日本ではすでに初冬の季節ですよね。
秋を通り越して冬になってしまったのでしょうか?

このアラスカでは暦での季節はありません。
5月に冬から夏に駆け足で抜けたように、
8月になると夏は完全に終わって、
日本の冬と秋が交差しながら、
アラスカの深い冬へと入っていくようです。

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     秋のデナリ国立公園

デナリで砂金を見つけるツアー

デナリ国立公園内では
砂金を探すツアーはやっていませんが、
カンティシュナのホテルに泊まると、
国立公園外なのでツアーに参加できます。

カンティシュナロードハウスは、
ドイオンツーリズムが経営しています。
アラスカには先住民の部族が経営する会社が13、
1971年の議会で設立することになりました。
そのひとつがドイオンでデナリ国立公園内の
観光バスツアーやシャトルバスを、
アラマークと共同で運行しています。

ドイオン自体はカンティシュナにホテル経営と
デナリからカンティシュナまでの観光バスツアー、
カンティシュナのホテルに滞在するゲスト向けに、
国立公園外の所でツアーを催行しています。

カンティシュナはゴールラッシュ時代に、
砂金探しにやってきた鉱夫で栄えた村です。
金は掘りつくされとも言われていますが、
その辺の川に行けば砂金が見つけられます。

ただし国立公園にも近いので、
鉱山権を取って商業的にはできませんが、
観光客が楽しみながら見つけた砂金は、
そのまま持って帰ることができます。

その数年後に住んだトルキーナには、
現在でも砂金を探して暮らしている人もいます。
雪が解ける夏の間は山に入って、
殆どキャンプ生活をしながら探しています。

そんな人たちのために道具も売っていれば、
自由に入って見つけれるところも多いです。
一角千金を夢見てアラスカでひと夏
そんな暮らしをしてみるのは如何でしょうね。

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     砂金を探すためのお皿

今回の北米旅行記を別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
カナダ編、アメリカ編が終わって
最後のメキシコ編にはいりました。


『World Traveler in Alaska』

砂金探しに挑戦

コニーが車を持っていたので、
私たちの行動半径が広がりました。
アラーニと三人でよく出かけたものです。
彼女は何でも持ってきていましたが、
ゴールドパンニング(砂金探し)用の
皿も3人分持っていました。

リゾートに働きに来ている人の中には、
暇なときに河原に行って、
砂金や原石を探している人もいました。
ホテルの周辺ではちょっと難しいでしょうが、
アラスカではその可能性が何処にもあります。

実際にスタッフの仲間にはリゾートで働き、
仕事が終わったら山に入って土を集め、
冬の間、自分の家の暖かい部屋で、
その土から砂金を集めている人もいました。

滞在中にあちこちアラスカを旅行しては、
その時にヒスイなどの石を集めている人もいました。
私にはどれがどれか分かりませんが、
意外とあちこちで拾えると言っていました。

私たち三人もその辺のクリークで
砂金探しみたいなものをやってみました。
お皿のような入れ物にクリークの泥をいれて、
水で少しずつ洗い流していきます。
砂金は重たいので最後まで残りますが、
小石を取り覗いても金らしいものはありません。

クリークを見るとキラキラ光るものがあるのですが、
それは偽金と言われる鉱物だそうです。
手にすると黒くて砂金とは全く異なります。
砂金がそう簡単に見つかるのなら、
誰も安い給料で働きませんよね。
それを専門にしていた方が金になります。

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     アラスカの砂金ツアー


今回の北米旅行記を別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
カナダ編、アメリカ編が終わって
最後のメキシコ編にはいりました。


『World Traveler in Alaska』










アラスカに来た最大の目的

アラスカにやって来るのは大自然に憧れて
というのが皆の意見かもしれませんが、
カナディアンロッキーの麓バンフにいたので、
「大自然」にはそれほど憧れませんでした。

北米最高峰デナリも見たかったけど、
やはりオーロラを見たいというのが、
私にとって最大の目的でした。
バンフでも見た友達がいますが、
真冬に住んだことがないので、
その夢を叶えることはできませんでした。

オーロラは一年中見ることが可能ですが、
夜がないと見れないので夏は難しいです。
8月中旬ごろから夜が戻ってくると、
通常でも見れる可能性はあります。

オーロラと言えばカラフルな色を想像しますが、
そんなオーロラはここでは滅多に見れません。
真冬にやってくればここでも見れるそうですが、
ホテルもないのでちょっと無理ですね。
年間営業しているホテルのあるところに行ってください。

それでなければインターネットで楽しみましょう。
ウェブカムで見れるサイトも多くなりました。
FBやインスタグラムには現地の写真家が
撮影した写真を投稿したりしています。

オーロラ観光と言えば、フィンランド、
アイスランドや北米が有名ですが、
オーストラリアにやって来る人はいません。
このシドニーでは絶対に見れませんが、
タスマニアやNZ南島ではまれに観測できます。

南極に真冬にツアーは出ないので無理ですが、
アルゼンチンのウシュワイヤなら行けます。
そのうち南半球にオーロラ観測という
変わったツアーも出るかもしれませんね。

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  デナリのオーロラ by denali.com

今回の北米旅行記を別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
カナダ編、アメリカ編が終わって
最後のメキシコ編にはいりました。


『World Traveler in Alaska』










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