地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

ルームメイトはドライバーのビッキー

アラスカリゾートホテルで働くのは2回目。
それなりに慣れているつもりですが、
知っている人がいないのは淋しいです。
なるべく早く皆と仲良くなって、
友人を作るのが一番の楽しみです。

私のルームメイトはビッキー、
私と同じぐらいの年齢でドライバーです。
去年まではGSHとして働いていたけど、
大型バスの免許証をとって、
ドライバーとして採用されたそうです。

プリスセスではドライバーを採用する際、
大型の免許証を持っていなくても採用します。
採用後に数か所でトレーニングあります。
ビッキーは3月後半からアンカレッジに来て、
先輩からトレーニングを受けたそうです。

ホテル代は会社が払ってくれますが、
食事は自分で払わなければなりません。
外食ばかりしていると高くつくので、
マイクロウェーブを買って料理したそうです。

大型バスのトレーニングだけで
最低5000ドルぐらいはかかります。
それを会社が払ってくれるのですから、
それだけでもちょっとしたボーナスです。

免許証代は個人負担らしいですが、
契約期間問題なく勤めたら、
最後にボーナスがでるので、
免許証代もカバーできるそうです。

私にも挑戦するように言ってくれましたが、
彼女が難しいと言っていたのですから、
英語の講義、英語での筆記試験に
ついて行けるわけがありませんよね。

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    ルームメイトのビッキーと友人

リゾートホテルのスタッフ

プリンセスで働くと言っても、
船以外の仕事もたくさんあります。
列車、バス、ホテル関連の仕事は
マネージャークラス以外はすべて夏のみ
クルーズが行われる間だけの仕事です。

デナリのホテルが最大級ですが、
系列ホテルはアラスカ各地にありました。
オープンするのはクルーズ客がいるときのみ、
5月中旬から9月中旬までオープンします。
最初のお客さんが来る日がオープン。
最後のお客さんが出るとすぐに閉めました。

ホテルスタッフはオープン前から来ますが、
1か月近く前から順次来るようです。
まだ少ないときは社員食堂は閉まっているので、
人数も制限されるだけでなく、
車のあるスタッフの方が便利ですね。

私達が来た前日ぐらいからオープンしたようです。
このころはまだ時間帯も短かったけど、
朝、昼、晩と3食食べることができました。
最初の頃はまだ仕事をしていないので、
他の部門の人たちとも食堂で会います。
自己紹介して、友人を作るのが楽しみです。

年齢的にはデナリにいた時と同じく、
50代以上の年配の人たちか、
20~30代の若者のグループに分かれます。
特に後から来るのは学生が多いので、
どんどん若者が増えていきました。

トランスポテーションのドライバーには
50代以上の年配者が半分以上でしたが、
GSTは私が最年長でしたね。
トニー以外20代の若者ばかりでした。

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 ホテルのスタッフ達 by princes.com



アラスカのランドツアー

ランドツアー3日間と言っても、
いろいろなパターンがあります。
アラスカはアメリカで最大の州ですが、
それだけで日本の4倍の広さがあります。

州都はジュノーですが、人口33000人。
他の都市と道路で繋がっていないので、
飛行機で行くしか手段がありません。
私もまだ一度も行ったことがありませんが、
クルーズ以外のお客さんも訪問しないのでは?

最大の都市はアンカレッジですね。
それでも都市圏でわずか40万人足らず、
アラスカ州の半分以上の人口が集まっています。
そこから州第2のフェアバンクスまで
道路で580kmほどあります。
列車はこの間を12時間かけて走ります。

フェアバンクスの観光は冬が中心ですが、
ゴールドラッシュ時に栄えた街、
北極圏の入り口にある街は、
夏もそれなりの観光が楽しめます。

デナリからはフェアバンクスの方が近いので、
そちらの空港を利用するツアーも多いです。
アンカレッジの空港は便数も多いですが、
夏は観光客が世界中からやってくるので、
どの飛行機も満席に近い状態のようです。

プリスンセスクルーズは航空券の手配はしません。
年配者が多いので旅行代理店で申し込む際、
航空券も一緒に手配してもらう人が多いでしょう。

ツアーでは到着または出発の空港を、
アンカレッジとフェアバンクスに分散して、
最大限集客できるようにしています。
そのためクルーズ、ホテル、バス、列車と
アラスカの観光地で運営しています。

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  アラスカクルーズ by alaska.org


私はGST(ゲストサービスホスト)

私達は仕事が始まるまでの2週間、
いろいろなトレーニングがありました。
まず覚えなければいけないのが、
GSH(ゲストサービスホスト)の仕事内容です。

主な仕事はツアーデスクにいて、
ホテルで販売しているオプショナルツアーや
ゲスト(お客さま)が申し込んだツアーを
名前や部屋番号から把握できることです。

ホテルに宿泊するゲストの90%近くが
プリンセスのアラスカクルーズと一緒に
ランドツアーを予約した人たちです。

アラスカクルーズには出発した港から
周遊するクルーズもありますが、
アンカレッジまでは殆どきません。

バンクーバーを出発して一週間で
アンカレッジ近くに到着するクルーズが、
一番人気がありクルーズの数も多いです。
そのためにクルーズの前後に、
ランドツアーも一緒に楽しみます。

ツアーは3日から8日ぐらいまで、
一番人気があるのがデナリ国立公園です。
アンカレッジとフェアーバンクスの間にあり、
鉄道やバスでのアクセスも簡単にできます。
ただアラスカは広大で見るところもあるので、
それ以外の国立公園に行くツアーもあります。

オーストラリア人も良く来ましたが、
一生に一度の訪問になるかもしれません。
そのためアラスカ周遊だけではなく、
バンクーバーからカナダ周遊ツアーも
一緒に申し込む人が多かったですよ。

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  チュガチマウンテン by tripadvisor

私が所属するのは

ホテルがオープンするのは2週間後ですが、
まずは新しく入所したスタッフをあつめ、
リゾートホテルや寮の説明が行われました。
アラスカに来る前にマネジャーのトニーから
いくつかの書類は渡されていましたが、
正式のサインするのもたくさんありました。

全体的な説明が終わると今度は、
所属する部門ごとのミーティングです。
私が所属するのはトランスポテーション。
ドライバーとGSTとオペレーションがあります。

トランスポテーションのマネジャーはメアリー。
この会社に入社して30年近いベテランとか?
グランドマネジャーのトレイシーより古く、
彼女が唯一頭が上がらないのがメアリーでした。

その下にドライバー部門があり、
マネージャーはアラスカ在住のニックでした。
むかしアメリカ陸軍で退役した後に、
プリンセスクルーズに入ったそうです。
まだ大学に行く子供がいますが、
家族はアンカレッジで、夏の間だけ
リゾートホテルに単身赴任をしていました。

そして私たちのGST部門があります。
これはツアーデスクのようなものですね。
そのマネージャーがトニーでした。
以前はフロントで働いていたけど、
ポジションが空いた時に昇進したそうです。

オペレーションには数人いました。
ディスパッチを担当するのがジョイ。
まだ若いけど10年近いベテランでした。
そしてロジスティックスのビバリー、
彼女はトラスポテーション部門の
会計係も担当していました。

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   アラスカ山脈 tripadvisor



リゾートホテルに到着すると

リゾートホテルに到着する前に、
寮について簡単な案内がありました。
すでに働いたことのある人もいますが、
私のような新人も多かったですからね。

パッケージの中に寮の鍵と、
寮に関する注意書きが入っていました。
寝具とタオルはホテルから支給ですが、
項目と品数がそれぞれ記入されており、
寮到着後、確認してサインをするように、、。

退寮時にはその用紙に記入されている数
を返却しなかったり、ダメージがあると、
最後の給料から天引きされるそうです。
そうしないと皆乱暴に取り扱いますからね。

入寮に関して厳しい規則もあります
部屋ではタバコは吸えないし、
大麻などは一切禁止されていました。

お酒を部屋で飲むことはできますが、
ルームメイトが21歳未満だったり、
誰か21歳未満がいるときは飲めません。
また仕事開始8時間以内の飲酒も、
ドライバーの時は禁じられていました。

3年前と比べて長い冬だったようで、
ホテルの周辺にはまだ雪が残っていました。
部屋に入る所も残雪が深く、
持ってきたスニーカーでは埋まります。
アンカレッジのホテルで雨靴に
履き替えていたスタッフもいましたね。

大きなスーツケースが運べないといると、
アンソニーが手伝ってくれました。
彼は半袖のハワイアンシャツ姿。
それでも暑いと汗をかいていました。

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     私が働いていたホテル



アンカレッジからリゾートホテルへ

バスの中で案内してくれるのは、
GSTのスパーバイザーのアマンダです。
彼女は今年で4年目になるそうで、
数日前にホテルに到着していました。

3年前アンカレッジに到着した時は、
デナリまで約6時間の旅でした。
今回は約210kmぐらいの旅なので、
直行だと3時間しかかかりません。

でも前回と同じようにワセラと言う街で、
約1時間のショッピングタイムがありました。
寝具は一応寮にすべてついていますが、
身の回り品とスナックを買うために、
1時間ほどショッピングタイムがあります。

デナリには小さなコンビニがありましたが、
今回働く所はリゾートホテルのみで、
一番近い街まで60kmほどあるそうです。
シャトルバスは運行されるようですが、
そう簡単には買いに行けませんよね。

買物をして約1時間ほどすると、
今度はトイレとスナック休憩がありました、
ここはデナリ登山の玄関口となる
トルキーナに通じるハイウェイの入り口です。

ガソリンスタンドとサブウェイがありました。
ホテルに到着しても夕食には間に合わないので、
アリソンにここで食べるように言われました。
皆がオーダーしても割と早かったですよ。

私は1フットのサブをオーダーして、
半分をそこで残りを夜食に食べました。
お隣のコンビニで食べた人もいますが、
タバコ休憩に時間を潰した人もいます。
タバコが吸えないとイライラするのですか?
何本も立て続けに吸っていましたよ。

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   水上飛行場 by tripadvisor

USDOTの検査が終わると

USDOTのライセンスを取るために
視力、血圧、脚気などの検査がありました。
これは有料でしたが会社で払われました。
会社の車を運転するときは、自分の免許証と
これを常に携帯しなければなりません。

もし警察の検査などがあったときに、
持っていないと罰金と言われました。
そして始末書も書かされるそうです。
会社の車を運転するのも楽ではありません。

それが終わるとホテルまで戻り、
午後の出発まで自由と言われました。
私は知り合った仲間と昼食を食べ、
出発の時間にホテルに集合しました。

今回のバスに乗ってホテルに行くのは、
同じ部署に所属する人たちのみでした。
飲食部門や宿泊部門もありますが、
皆これからアンカレッジに来るようです。

ホテルがオープンするのは2週間後です。
マネージャークラスはフルタイムで、
スーパーバイザーから下の人たちは、
皆季節だけ雇われるスタッフでした。

私達トラスポテーションのスタッフは、
数人は数日前にホテル入りしていましたが、
大部分がその日到着になっていました。
そこで市内を出ると空港に行きました。

アメリカ中から飛んできたスタッフが
このアンカレッジで一緒になり
夏の間だけ働くホテルに向かいます。
午後から到着したのは2年目以降の人たち、
USDOTライセンスがすでにある人達です。

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  マタヌスカ氷河 by tripadvisor




USDOTのオフィスへ

ケイトが何時に戻ってきたのか分かりませんが、
朝会うと「9時ロビー集合」と言われました。
それまで腹ごしらえのために街にでました。
ここはまだ冬、空気はとても冷たかったです。

ロビーに到着するとたくさんスタッフがいました。
お互いに声かけあう人もいれば、
私のようにただ待っている人もいます。
そのうちちょっと太めの男性が現れました。
そして皆と仲良く挨拶をしていました。

ケイトがやってきて男性を紹介してくれました。
私が所属するGSHのマネジャーでトニーでした。
電話で話したりメールのやり取りをしていましたが、
対面で会うのは初めてなので、自己紹介しました。

新人のGST(ゲストサービスホスト)は全部で8人。
スタッフは皆20代の若いアメリカ人ばかりでした。
ひとりだけおばさんで、オーストラリアから来て、
自己紹介をしなくてもすぐに分かったようです。

これから皆であるオフィスに行くことになりました。
私達はトランスポテーションに所属しますが、
ドライバーとGSTは会社の車を運転するために、
USDOT(アメリカ合衆国運輸省)が指定する所で、
規則にそった検査を係員の人から受けて、
特別のライセンスを取る必要がありました。

アメリカ国内で発行された運転免許証と
そのライセンスがないと会社が持っている
USDOTに登録されているバスやバンを
運転することはできないことになっています。

GSTは大型バスはもちろん運転しませんが、
15人乗りのバンを運転して
ホテルのお客さんを運ぶこともあるそうです。
そのために検査を受ける必要がありました。
これがないと車の保険も保障されないようです。

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  アンカレッジ市内 by tripadvisor


二度目のアンカレッジ空港

数日前まで暑いシドニーにいたのが
まるで遠い昔のように感じました。
こんな寒いにアラスカに何故来るのか?
もうすぐ春がやって来ることを信じて
しばらく我慢するしかありませんね。

友達が作ってくれたおにぎりと
暖かいコーヒーが今日の朝食でした。
その後市内行のバスに乗ります。
残念ながら誰も迎えに来てくれません。

今日は指定されたホテルに行きます。
翌日ホテルに向かう前に手続きがあるようで、
会社が指定したホテルに泊まります。
チェックインは2時からの決まりですが、
この時期宿泊客はまだ少ないでしょうか、
時間前でしたが、鍵をくれました。

同じ職場のケイトと相部屋になりました。
彼女は数日前にホテルに来たそうですが、
明日の手続きのためにホテルに泊まります。
翌日の集合時間を私に伝えると、
「今日は夜遅くなるから、、」と言って
ホテルの同僚と何処かへ行きました。

私はひとりで夕食を食べましたが、
こんなホテルに泊まれるだけで幸せです。
いつもバッパーに泊まっていましたからね。
食事代は払ってもらえなくても、
部屋ではコーヒーや紅茶も無料でした。

5月のアラスカはすでに白夜状態。
午後11時過ぎでないと暮れません。
お陰で夜遅くまで外で遊べます。
気温はまだ冬のように冷たくても、
春はすぐそこまで来ているようです。

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  アンカレッジ空港にある動物のはく製

ロサンゼルスで半日あるけど

今回はロサンゼルスには泊まりません。
ちょっと強行ですが、朝ついて夜出発します。
空港からユニオンステーションに向かい、
そこから電車にのって駅に到着すると、
私の友人が迎えに来てくれていました。

今回はこの友人に会うだけです。
空港にロッカーがないので荷物を持って、
行動しなければなりませんでした。
テロ事件以前はロッカーもあったのですが、
荷物があると行動に制限されてしまいます。

その日の搭乗券さえ持っていれば、
アンカレッジ行きの飛行に預けれるのか?
今度確かめてみたいと思います。

友人と一日過ごしてのんびりすると、
シャワーを借りて空港まで送ってもらいます。
夜でもいつも送ってくれる優しい友人です。

国内線の荷物代はUS25ドルです。
機内食もないのでおにぎりを貰いました。
まるで家族のように面倒みてくれます。
これは明日の朝の朝食です。
夜遅く機上の人となりました。

ロサンゼルスからアンカレッジまでは6時間。
1時間の時差があるので時計では5時間。
すでに日中の日が長いので明るいですが、
空の上から見た景色はみんな雪景色でした。

湖はまだ完全にそして海にそそぐ川も
まだ一部は凍っていましたね。
その年は観測史上一番長い冬と言われ、
私が到着した日もまだ雪が降っていました。

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ロサンゼルスのユニオンステーション by wiki



アラスカの仕事を探して

渡り鳥は同じ場所では暮らせません。
夢を追い続けないと死んでしまいます。
風の吹くまま、気の向くまま、
放浪ではなく旅ガラスになりました。

アラスカに行った翌年は日本へ
翌年はグリーンカード申請のため
アメリカに渡航し、申請が終わると
そのままカナダとアメリカを旅行しました。

その後シドニーに戻り仕事をしましたが、
夏が終わりに近づくと、「次は何処へ?」
旅ガラスの羽が風に吹かれ始めました。
結局アラスカに戻ることにしました。

カナディアンロッキーとは違うけど、
アラスカの大自然が気に入っています。
高山植物や動物たちに会いたいのです。
毎年同じ場所に戻ってくる人もいれば
数年置いてから戻る人もたくさんいます。
仕事が見つけやすいこともありますが、
アラスカが好きで戻ってくるのです。

アラスカは広すぎて観光するのが大変。
簡単に行けないし、費用も高くつきます。
旅費を少しでも安くあげるには、
その場所に働きに行くしかありません。

アラスカに戻ると決めたら仕事探し。
食事がついて寮があることが条件です。
前の場所とは違った所に行きたい。
前回と違う仕事がしてみたい、、。

今度はデナリとアンカレッジの中間にある、
リゾートホテルで働くことになりました。
でもどんな所かは全く想像つきません。
知っているのはクルーズラインが
経営するホテルということでした。

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      デナリ国立公園の秋

「2018年夏」アラスカに行けるか?

昨日まで約10日間にらわたり、
私の旅行歴についてお話しました。
ドイツに始まったら私の旅は、
このオーストラリアで終わっていません。
ここもあくまでも基地でしかないのです。

この10年以上シドニーに住みながら、
アメリカで働くというパターンになりました。
アメリカもロス、ニューヨーク、ハワイ、
そしてラスベガスに長期で住んでみました。

どの街に住みたいかと言うと、
仕事がなければロサンゼルスですね。
ニューヨークはやや疲れるし、
ハワイは日本人が多すぎます。

私は海ガールではないので、
海よりは山の手に住んでみたいです。
という訳で今は都会のシドニーと、
大自然が広がるアラスカの生活が
何となく自分のあっている気がします。

ただアラスカは本当に広すぎて、
車があっても全部を見るのは無理。
だって人が住む地域のうち、
25%しか道路で繋がっていないのですよ。

自分でセスナを操縦したり、
ボートを運転できないと、
広大な土地を見るのは無理ですね。
ましてや私のように住んでいない人には、
ガイドをやったとしても、
辺鄙な土地に行くチャンスは回ってきません。

それでもアラスカに行って、仕事をして、
ひと夏フルに過ごせたら最高です。
仕事に応募して、面接を受けても、
採用になるチャンスは少ないですよ。

去年働いたガイド会社から、
夏の仕事のオッファーがありました。
でも仕事の期間はわずか3週間です。
そのためだけにアラスカに行くか、
今それ以外の仕事も検討中です。

2013年のアラスカの見聞記を
明日からこのブログで紹介しますが、
ちょうど今の私と重なっています。
今年もアラスカに行けるように、
皆さんの応援をよろしくお願いします。

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  アラスカのコーストライン スワード



ガッチャマンの歌でお別れ

ミニバンに乗ってデナリを出発すると、
わずか4か月半の滞在が走馬灯のように、
次から次へと思い出されます。
冬に来て、春、夏、秋を過ごして、
すでに晩秋の装いのデナリ
冬はすぐそこまで来ていました。

あまりにも僻地にいたので、
アラスカと言っても見たのはほんの一部、
それでもアンカレッジとフェアーバンクスの
2大都市を見ることはできました。

またいつ来れるかわからないけど、
添乗員時代に何度も通ったアンカレッジ空港、
免税店の窓から眺めてデナリ(マッキンリー山)を
何度も何度も見ることができました。

アンカレッジ市内に滞在する人もいましたが、
私は大きな荷物もあったので、
そのまま空港まで送ってもらいました。

便は真夜中の便でした。
空港に到着すると知った顔がいくつもあります。
前日や数日前に出発したスタッフの中に、
今日空港から出発するスタッフがいました。

その中のひとりが中の悪かったマーク。
最後の「ガッチャマンの歌」で
仲良くなったとは不思議ですよね。
彼は前日にアンカレッジ入りしていて、
同じ航空会社なので再開を約束していました。

チェックインした後、彼に電話すると、
搭乗ゲートにいると言われました。
ゲートで再会するとバーに行き、
グラスで乾杯して二人で歌いましたよ、
「誰だ、誰だ、誰だ。空の彼方に見える影、、、」

Ted Stevens Airport
    アンカレッジ空港 by wiki

リゾートホテルを出る前に

いよいよリゾートホテルを出発する日、
この日も結構忙しかったです。
まず部屋を掃除しなければなりません。

次に借りていた毛布やリネンを
ランドリーまで持っていきます。
入寮の際に渡された用紙を持っていき、
ちゃんと返却したかチェックされます。

担当者がそこにサインをすると、
今度は人事に鍵を持っていきます。
人事の担当者が部屋を見に来ます。
用紙の注意項目にチェックします。

毛布やリネンを返却しなかったり、
部屋が汚れていたりすると、
最後の給料から天引きされます。
それぞれの用紙は料金表も兼ねていて
天引き分が一目できるようになっています。

鍵や社員証も返却忘れると、
天引きの対象になっていました。
こうやってきちんとしておかないと、
持って行ってしまうスタッフや、
寮に置きっぱなしにするスタッフもいるようです。

すべて問題なく終わると、
最後に用紙にサインをしますが、
そこに給料明細の送り先を書いておきます。
最後の給料と年度末に送られる給料の明細書が
たとえ海外でもその住所に送付されます。

私はロサンゼルスの友人が
いつも手紙を預かってくれるので、
すべての住所がそこになっています。
お陰で安心して受け取ることができました。

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     秋のデナリ国立公園

リゾートホテルに残るスタッフ

私が働いていたリゾートホテルはが、
オープンしているのはわずか5か月足らずです。
冬の間はしっかりと扉が閉ざされていますが、
この間、管理人として数人残ります。

ホテルの支配人を始めマネージャークラスは、
冬はアンカレッジのオフィスに移動します。
ピークシーズンは休みもないほど働くので、
シーズン終わりからクリスマスにかけて、
2か月近くはお休みをとるようです。

ホテルの営業は終了していますが、
6か月以上クローズするので、
掃除と後片付けを兼ねて、
2週間近くはスタッフが残っています。

残るスタッフはホテルの職種とは異なり、
それぞれ割り当てられた役目と仕事を
出発予定日までにこなさなければなりません。

客室だけでなく、寮の清掃が終わったら、
私用していた毛布やシーツを洗うだけでなく、
倉庫に全部終わなければなりません。
そのまま置いていたらたとえ冬と言えども、
カビが生えたり値踏みがかじったりします。

使用していた冷蔵庫をすべて空にして、
電源を切らなければなりません。
生鮮食料品はすべて使い切ります。
翌年まで取っておくことはできません。

それが終わると冬の雪対策で、
窓ガラスはすべてカバーします。
また誰も入れないように厳重に鍵を掛け、
翌年までドアを閉めることになります。
社員食堂は数日後に終わるので、
自炊できるスタッフでないと残れません。

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     秋のデナリ国立公園

リゾートホテルがクローズする日

アラスカクルーズシーズンが終わって、
リゾートホテルが完全にクローズするまで、
スタッフは次から次へと出発しました。
アンカレッジから飛行機で出発する人が多いので、
アラスカ鉄道で行く人が多かったです。

契約日までリゾートホテルで働くと、
会社が料金を払ってくれて、
アラスカ鉄道に乗ることができました。
でも運行日が9月の15日前後までなので、
その後はパークコネクションのバスを使います。
バスの運行日も9月20日ごろまででした。

その年のリゾートホテルのクローズは9月22日。
すでにアラスカ鉄道もバスも運行していません。
誰かの車の同乗するスタッフもいましたが、
私は送ってもらえる友人もいないので、
ミニバンを何とか予約することができました。

最後のお客さんがチェックアウトすると、
玄関に残っているスタッフ全員が並びます。
そしてありがとうの声で見送りました。
普段はそんな光景は見られませんが、
日本で見送られる光景に似ていますね。

それから私たちは最後の片づけに入ります。
使用していた機材を全部倉庫に片づけて、
掃除をしなければなりません。
すべてその日で終わらなければなりません。

スタッフはそれから二日以内に出発です。
片づけ要因として残るスタッフは、
全従業員の1割もいませんでした。
社員食堂も二日後に終わるので、
残るのは車があって自炊できるスタッフのみ、
後はマネージャークラスのみでした。


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     秋のデナリ国立公園




軍人のための特典が多いアラスカ

アラスカ州には人口の割に
軍の基地が多いと言いましたが、
アメリカに住んでいると、
軍人に対する特典が多いと思います。

私が育った熊本にも自衛隊の基地があり、
演習の度に大砲の音がしていました。
小学校建設の時は土地ならしに来たり、
台風で被害がでると手伝いに来てくれたりと、
自衛隊の思い出はいくつかありますが、
自衛隊に対する割引などありませんでした。

デナリ国立公園の入園に関して、
「ミリタリーアプリシエイションデー」があるように、
私が働いていたリゾートホテルでも、
現役軍人に対して割引がありました。
ホテルではアラスカ州住民に対しても、
ローカルディスカウントをしていました。

レストランで食べたり、お店で買い物しても、
ローカルディスカウントは殆どありませんが、
曜日によってはミニタリーディスカウントを
やっているお店がたくさんありました。

以前住んでいたラスベガスにも軍の基地があり、
車を買うと退役および現役軍人に
ミニタリーディスカウントをしていました。
その割引率がどれぐらいだったか忘れましたが、
新車を購入する際に1000ドル以上の
かなり大きな割引だったと思います。

空港によっては軍人のための特別ラウンジがあり、
私用で旅行しているときでも、
現役の軍人は自由に利用できるようです。
お酒まででるかどうかは知りませんが、
軽食、電話、シャワーなどの設備があるそうです。

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    アラスカにある空軍基地


ミニタリーアプリシエイションデー

毎年1万人を超える応募があるようですが、
実際に当選できるのは一日400人まで、
そして合計1600人までとなっています。
家族など一緒に来る人は同行できます。

他のホテルはすでに閉館していましたが、
私が働いていたリゾートホテルは
国立公園の観光バスを運営していたこともあり、
ロッタリーが終わるまでオープンしていました。

ロッタリーの当選者は4日間ですが、
それ以外に1日、軍関係者のみが入場できる日、
「ミニタリーアプリシエイションデー」があります。
軍で働いている人たちに感謝する日ですね。
アラスカは人口の割には大きな軍事基地が
アンカレッジとフェアーバンクスにあります。

もともとアラスカに航空戦力が展開されたのは
真珠湾攻撃が始まるちょっと前でした。
アンカレッジはアメリカ本土から
距離的に日本に一番近いこともあり、
たくさんの航空力が投入されたようです。

その後冷戦期になると、今度はソ連に近いので
空軍、陸軍ともに拡大されます。
もともと別々の基地がありましたが、
リチャードソン陸軍基地の閉鎖に伴い、
エルメンドルフ空軍基地と一緒になり、
JBER (Joint Base Elmendorf-Richardson)
と呼ばれるようになりました。

現在太平洋空軍傘下の第11空軍、
アラスカアメリカ陸軍、
第3航空団、第673航空基地航空団
などが配置されています。

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     アラスカにある空軍基地



アラスカクルーズシーズンが終わると

カフェのスタッフに学生はいなかったので、
皆なクローズ日前後まで残るそうです。
マネジャーからいつホテルを出発するか、
用紙に記入して提出するように言われました。

9月中頃アラスカクルーズが終わりに近づくと、
いくつかのホテルはクローズしました。
私が働いていたリゾートホテルは、
それから一週間はオープンしていました。
それでも観光シーズンとは異なり、
カフェのオープン時間も短かかったです。

アラスカクルーズのツアーが終わりに近づくと、
デナリ国立公園も観光客がぐっと減ります。
普段、一般の車で入れるのはサベジーリバーまで
その先は専用のバスに乗らなければなりません。

毎年季節の終わりごろになると、
デナリ国立公園が一般に開放されます。
自分の車で公園道路を走ることができます。
と言っても誰でも入場できるわけではなく、
抽選に当選した方のみです。
これを「Road Lottery」と呼んでいます・。

5月に抽選に応募して当選した人たちが、
4日間に分けてデナリにやってきます。
自家用車かレンタカーまたはキャラバンで、
カンティシュナまで走ることができます。

デナリで働いているスタッフの中には、
この抽選に応募する方もいましたね。
毎年応募してもなかなか当たらないようですが、
当選したら自家用車で走れるチャンスですね。

リゾートホテルを辞めたらすぐに、
寮をでないといけない契約になっていますが、
当たったら途中では辞めれませんね。
この日まで頑張って働いた方が良いです。

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    カフェのユニフォーム

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