地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

アフリカに別れを告げて

ケニアからジンバブエの首都ハラーレまで
ケニア空港で約3時間のフライトでした。
途中キリマンジェロを見ることができました。

晴れていたのでアフリカの大地まで見ることができましたが、
1万メートルの上空からでは、
野生動物まで見ることは不可能ですね。
でもたくさんいるいると群れとしては確認できます。

今回ハラーレは空港のみでした。
トランジットルームに入って、搭乗案内を見ると、
カンタスのフライトを探すことができました。
搭乗ゲートに近づき見慣れた機体を見ると、
お馴染みフライングカンガルーのシンボルです。

世界の航空会社でも動物をシンボルしているのは、
それほどないと思うのですが、
カンガルーを見ただけで我が家に戻ったようです。
目の前はまだアフリカ大陸でしたが、
出国を受けているとすでに隔てられています。
昨日まで窓のそちら側にいたのが信じられません。

カンタスのフライトに乗るアジア人は殆どいませんが、
当時は黒人の人も殆どいませんでした。
搭乗開始前から見るのは白人ばかりです。
全部がオーストラリア人とは思いませんが、
一安心オーストラリアに戻ったような気持ちになりました。

搭乗が終わって機内に入ると、
懐かしい制服姿の乗務員が迎え入れてくれました。
オーストラリアの英語も、オーストラリアのワインも
一足先に我が家の香りを届けてくれました。

南米に旅行した時は北米経由で帰国したので、
これほど懐かしさを感じなかったのでしょうね。
北米は私にとってはふるさとの一部ですから。
しかし6週間のアフリカの旅の後では、
本当に自分の国に戻るような嬉しさでした。
この時程オーストラリアに戻る嬉しさを感じたことは、
今までにも後にもなかったような気がします。

当時はジンバブエの首都まで運行していましたが、
ブガベ大統領による独裁的政権のために
英国連邦から脱退させられてから、
カンタス航空も運行を停止しています。
そのためにアフリカはヨハネスブルグのみです。

オーストラリアのインド洋に面したパースまで
当時で14時間近いフライトでした。
そこからシドニーまでさらに5時間かかります。
折角なのでパースでストップオーバーすることにしました。
それが私にとって初めてのパース旅行になりました。


300px-Kilimanjaro-from-the-air.jpg
上空から見たマウントキリマンジャロ by wiki


グレイハウンドディスカバリーパス @アメリカ2012

長い間アフリカ旅行記におつきあいありがとうございました。
見聞記はこれからオーストラリアに戻りますが、
私がオーストラリアに戻るのはあと一ヶ月はなさそうです。

ロス、ラスバがス、オーランドと訪問しましたが、
観光は殆どありませんでしたが。
用件を済ませるのに忙しくて観光なし。
テーマパークの多いオーランドで一番過ごしたのは、
ホテルの近くにあるマクドナルドかもしれません。

さて南米行くか、ヨーロッパ行くかと思っていましたが、
最近長期で旅行するのもやや疲れてきました。
宛てのない旅は時として何も意味がありません。

今回の旅『グレイハウンドの旅』に決めました。
初めてアメリカに来てから一度もやったことのない、
アメリカをラウンドするつもりでいます。

実は今月でこのバスパスがなくなります。
7、14、21、30、60日とありましたが、
今月一杯をもって中止するそうです。
そんな時アメリカにいるのも運命かもしれません。
結局シドニーに戻ることもあるので、
アメリカ、カナダをバスで廻ります。

一度旅を始めると忙しいので、
なかなか皆様の所へ訪問出来ません。
それがちょっと心残りですが、
時間が出来た時にまた遊びにお伺いします。

ではまずは旅の出発地点をこめて、
マイアミ経由でキィーウェストを目指してみます。

Greyhound-Bus-Line.jpg
   グレイハウンドバス


マウンテンゴリラを求めて

私がアフリカに旅行をした頃は、
日本の旅行会社でゴリラツアーは催行していませんでした。
ゴリラだけを単純に見られるのでしたら、
パッケージツアーで行かれるがベストです。

現在マウンテンゴリラが見られるのは
ウガンダ、ルワンダ、コンゴ(旧ザイール)です。
過去20年間にクーデターによる内戦もありましたが、
21世紀になってやっと安定した政府が確立しました。
しかし場所によっては反政府体勢の所もあるようで、
日本は先進国のような安定した政権ではありません。

政府が安定して始めて海外からの観光客も受け入れられます。
ツアーで行けばそのような時の体勢も安心でしょうが、
現地のツアーに参加する方は情報を把握しておいて下さい。

現地で催行しているツアー会社のサイトを見ると、
3~27日までいろいろとありますが、
マウンテンゴリラを見るのは一日だけのようです。
しかしその許可書が安くはないのですね。

ルワンダでは今年の6月からUS$750になりました。
ウガンダではUS$500ドル、コンゴではUS$400です。
しかし何時値上がりになるかはわかりませんね。
さらに国立公園の入場料が別途に必要な所もあります。

これだけのお金を払ったからと言って
100%確実に見えると言う保証はありません。
天気にも左右されると思うので、
近くで待機して天候の良い日に参加するのが手ですね。

資源開発や観光客の増大により、
最近ゴリラが麓の村に降りて来るそうです。
それを待ち構えていればタダで見れますね。
中には食料を荒らすと言う理由で、
殺されたゴリラも何頭もいるようです。

先日こちらの特派員レポート番組を見ていたら、
カメルーンでは野生動物の肉が販売されているそうです。
もちろんこの国でもゴリラやチンパンジーなど、
一部の野生動物は保護されているのですが、
それでも依頼者があると密猟するハンターがいるそうです。

インタビューに応えていた密猟者は
今まで3頭ほどゴリラを殺したと言っていました。
密猟者が増えてゴリラの数が減ったのか、
最近はあまり見かけなくなくなったとか。
ベリタリアンの私としては許しがたいことです。

何時までこのゴリラ達が安心して暮らせるのか。
ゴリラが住んでいた大自然もそう残っていないのですね。
今の所ローランドゴリラなら他の国でも見れるようです。
同じゴリラ、マウンテンゴリラと何処が違うのかな?


観光情報
マウンテンゴリラツアー ルワンダ ウガンダ
http://www.gorillatours.com/
ゴリラツアー@DRコンゴ

アフリカ旅行をされる前に

最近は世界一周をされる方が増え得てきましたね。
その一環としてアフリカに行かれる方も多いようですが、
まだまだヨーロッパ、北米、アジアに比べると
旅行するのはそう簡単ではありません。

内政事情や治安悪化などもありますが、
道路のインフラなどが整備されていないなど、
場所によっては移動が困難な所もあります。
ひとり旅をされる方はリスクを回避するようにして下さい。

日本からアフリカへの直行便はありませんので、
東南アジアまたは中近東のキャリアーになります。
アフリカと一口に言っても60カ国近くありますので、
どの国を旅行するかでゲートウェイも異なると思います。

アフリカも二度旅行しましたが、
サハラ以北の地中海沿岸はアフリカには程遠いです。
アラブとヨーロッパの文化が交わり、
旅行もしやすいので初心者向きです。

リビアの独裁政権が崩れたので、
エジプトからモロッコまで
いつか陸路で横断できる日も来るでしょうか。

アフリカらしい動物、自然を満喫したいなら、
私が今回旅行した東アフリカがベストですね。
英語圏なので旅行はしやすいですが、
治安の悪化が懸念されています。

西アフリカを旅行される方が増えてきました。
もともどフランス語圏の所が多いので、
フランス語の苦手な私はまだ行っておりません。
ヨーロッパから大陸づたいに降りて来ることもできます。
西アフリカの国々を旅行する場合は
ヨーロッパや北米から入国する方が楽のようです。

アフリカ諸国を旅行する場合に問題なのが、
まずビサの必要な国が多いことですね。
とくに西アフリカ諸国は収得するのも難しいようです。

次に予防接種が義務づけられています。
義務づけられていなくても絶対にお薦めします。
マラリア、狂犬病のように現地で対策がとれるのもありますが、
言葉、医療環境を考えると、
対策をとっておいた方が良いです。

このビザ予防接種は時間が必要です。
旅の計画をしたら、必要なリストを作って、
時間の余裕を持って始めて下さい。
費用も馬鹿になりませんよ。

800px-Zebras,_Serengeti_savana_plains,_Tanzania
       セレンゲティー国立公園 by wiki

観光情報
アフリカのビザ情報
http://www.tabiplus.com/info/info/basic/visa.html
厚生労働省検疫所
http://www.forth.go.jp/


5年ぶりのインド料理

最後の晩はインド料理の店に行きました。
なかなか野菜を食べる機会がないので、
インド料理に行けば野菜を食べれると思ったのです。

実はインド料理を食べるのは5年ぶりです。
インド旅行してあの香辛料の臭いが鼻について以来
一度も食べたことがありませんでした。
カレーも2年ぐらいは食べなかったです。

しかし野菜料理が殆ど食べれないナイロビ
インド料理ぐらいしか頭に思いつきませんでした。
日本食もありましたが、お値段が高すぎでした。
オーストラリアに戻ればいつでも食べれますからね。
数年ぶりのインド料理でしたが美味しかったです。
海外ですから香辛料も抑えめにしてありました。

ナイロビに戻って日本人観光客に会いました。
久しぶりに見た日本人の顔から、
ふと思い出したのが『能面』でした。

アフリカに来て以来ずっと色が黒く、
顔も体も凹凸のある人達ばかり見ていました。
お陰で日本人の顔が異常に白く見えます。
能面のように平坦な顔ではないのですが。

アフリカの民族はアメリカ系アフリカンに比べると、
比較的単純な顔をした人が多いですが、
それでも日本人に比べると凹凸ありますからね。
慣れと言うのは不思議なものですね。
最初はちょっと怖いと思った彼らの顔も、
6週間も見ていたら普通になってしまいました。

当時はオーストラリアにはアフリカ人は少なく、
肌の黒い人を見ると珍しく思っていました。
あれから20年、難民の移住とともに、
このシドニーにもアフリカ人が多く住んでいます。
しかしアジア人がより多いのでまだ目立ちません。


Fine dining in Nairobi
   ナイロビのインド料理 by Flickr



観光情報
ケニア政府観光局 (日本語)
http://www.kenyarep-jp.com/tourism/wildlife_j.html
Magical Kenya
http://www.magicalkenya.com/
ケニアの日系人旅行会社 DoDo World


帰国前のお土産探し

私の最後の訪問地、ナイロビです。
すでに到着するのも三回目ですから、
最初に来たときより安心していました。
駅は市内の中心地にあるので、
ホテルまでは歩いて行きました。

私にとってはこれがアフリカで過ごす最後の日。
オーストラリアの友達のために買物です。
アフリカらしいおみやげを探して歩きました。

動物の木彫りなどの工芸品以外に、
アフリカらしいものもあまりありませんが、
動物を描いたTシャツは気に入りました。
斬新なデザインの物が多かったですね。

自分へのお土産で気に入ったのが靴でした。
サファリシューズとでも言うのでしょうかね。
ちょっとデッキシューズに似ていましたが、
履きやすく値段も20ドルと手頃でした。

友達にアフリカデザインのバッグを買いました。
民芸調の手作りですが、植物で編み込んだような。
ところがちょっと臭いがするんですね、
お陰であまり好評ではなかったようです。

私はアクセサリーをしないので買いません。
マサイ族のアクセサリーもたくさんありました。
何処に行っても勝手に手に巻き付けられ、
いくらと値段を言われても絶対に断ります。

サファリーツアーの時に行ったお土産やより、
ケニア市内の方が値段が安いくらいでした。
路上で買う時は値段の交渉が必要ですが、
値切って行くと1/2~1/3ぐらいまで下がりました。
最初は思い切って1/5ぐらいで交渉して、
高ければ買わないと言う態度も必要ですね。

knsop93.jpg
  ケニアのお土産 by Masai Market</strong>

観光情報
ケニア政府観光局 (日本語)
http://www.kenyarep-jp.com/tourism/wildlife_j.html
Magical Kenya
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ケニアの日系人旅行会社 DoDo World

強盗事件にあった後で

ホテルに戻った私はすることはありません。
それから観光する気力もありませんよね。
仕方なく近くのカフェに行ってのんびり過ごしました。
でも本音を言うと気持ちは沈んでいました。

実は強盗に会う前に二人組を見ていました。
私がビーチに向う道路を歩いているとき、
その二人組は前から来てすれ違いました。
道路から他の道へと入るのを見ています。

それから私が道をそれトイレに行くまで、
多分10分ぐらいは時間が過ぎていました。
この二人組はずっと私を付けていたのでしょうか。
自分の不甲斐なさが頭にきますが、
私はトイレに行くのを知っていたのかな?
隙があればとすでに目をつけていたのでしょうね。

お陰でモンバサはあまり良い思い出はありません。
しかしこうやってまだ旅行しているのですから、
それも今では思い出となっております。
その後も盗難にあったことはありますが、
強盗は今の所アフリカが最初で最後です。

その日は夜行列車に乗ってモンバサを離れました。
ちょっと怖かったので駅までもタクシーです。
いつも背中に持っていたバッグがないのは困ります。
ちょっとした物を入れることができませんでした。

ナイロビまで10時間ぐらいだったと思います。
モンバサを離れるともう草原地帯です。
列車の窓からも野生動物を見ることができます。
寝台のベッドからずっと外を眺めていました。

アフリカの旅行が始まってすでに6週間。
走馬灯のように思い出が浮かび上がります。
来る前はちょっと怖かった『暗黒大陸』も
6週間が過ぎて楽しい思い出がいっぱいあります。
たとえ強盗にあっても、旅行は楽しいですね。

800px-Mombasa_ferry.jpg
   モンバサのフェリー by Wiki

観光情報
モンバサの観光局
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ケニア政府観光局 (日本語)
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Magical Kenya
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ケニアの日系人旅行会社 DoDo World


モンバサの警察

さて警察署と言っても市内の中心ではないので、
それほど大きくもありませんでした。
私が強盗にあってドキドキして落ち着かないので、
一息つくためにお茶を入れてくれました。

保険のこともあるので警察レポートが必要です。
その中に入っていたものと値段を、
渡された用紙に書いて行きました。

今まで泥棒にあったことはありますが、
殆ど私の知らない間に盗まれました。
今回のように刃物を見せられ
強盗にあったのは生まれて初めてでした。

でも大事な物が入っていたウェストポーチは、
Tシャツの下にあって見えなかったのは幸いです。
お陰でパスポートも現金もセーフでした。
痩せていると言うのはこういうとき得でした。

盗まれた言うのは頭に来ますが、
自分の命が安全だと言うのが一番大事、
私が思ったよりも落ち着いていたので、
警察の人もちょっと安心したようです。

署長のような人が部下に命令しました。
もし現場の近くにまだ犯人がいるかもしれない、
私が犯人を覚えているうちに捕まえて来い。
と言うことで刑事と一緒に捕り物に出動です。

パトカーではなく乗用車のようなものでした。
警官が運転して二人の刑事が同行します。
私は後ろに乗って現場に案内しました。

それから約1時間程その周辺を捜査しましたが、
残念ながら犯人を二度と見ることはありませんでした。
実は今でもその二人の顔を覚えています。
現金が入っていなくて悔しがったことでしょう。
その後は安全のために泊まっていたホテルまで、
警管に送って頂くことになりました。

ケニアでは刑事はピストルを持っていませんでした。
アメリカの刑事番組大好きで見ていると、
刑事もピストルをバンバン撃っています。
それに比べるとケニアの方が平和なのかもしれません。
それともピストルを買う予算もないのでしょうか。
強盗にあって気が動転しているわりには、
変なことに感心していた私です。

mombasa-dhow-boat-300x199.jpg
 インド洋 by Monbasa Tourist Info HP


観光情報
モンバサの観光局
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人生で初めての強盗体験

二人のアフリカ人が目の前に立って居るのを見て、
少し気が動転してきましたが、
まずは自分のズボンが完全に上がっていたので、
変な所は見られなかったと安心しました。
もしそのままの状態だったら最悪の場合、
この二人にそのまま押さえつけられていたかもしれません。

彼らに背中にあるデイバッグを渡すように言われました。
私の大好きなフレックスの黒い布バッグです。
添乗員時代、ずっと一緒に旅行した仲間です。
もちろん拒むことも出来ましたが、
相手は二人の若いアフリカ人でした。
ひとりは刃渡り30cm以上のナイフを持っていました。

これで脅されたらひとたまりもありません。
彼はジーパンに差しているのを見せただけで、
それで危害を加えるつもりもなかったようです。
欲しいのは金もの物だけ、命と取れば、
それだけで大変なことになりますからね。

デイバッグを渡すと30秒数えろと言われました。
彼達はすぐにとんずらしましたが、
私はすぐその後を追う気力さえ抜けていました。
鉢合わせになって殺されるよりましですからね。

そのときウェストポーチもしていました。
その中にパスポートやお金は入っていたのです。
デーバッグの中に入っていたのは、
2台のカメラと化粧品など、
馬鹿なことにアフリカ旅行中に撮った
フィルムも全部そこに入っていました。

大通りに出た私はすぐに誰かにヘルプを求めました。
丁度大きな屋敷が隣にあるガードマンがいたので、
泥棒にあったので警察に行きたいと言うと、
その人が警察署まで連れて行ってくれました。
大きなシェパードがトラックに乗っていました。

Monbasa (Kenya)
     モンバサの海 by Flickr



観光情報
モンバサの観光局
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ケニア政府観光局 (日本語)
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Magical Kenya
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モンバサ最後の日

その日はモンバサ最後の日でした。
いつものように朝食を食べて、
ホテルに荷物を預けて出かけました。
夜行でナイロビに向う予定だったので、
一日ビーチに行ってのんびりする予定でした。

街の南の方にあるビーチですが、
モンバサは島になっているのでフェリーで渡ります。
当時モンバサのリゾートが広がっていました。

バスもありあしたが、歩いても行けそうだったので、
ロンリープラネットを片手に歩いていました。
人通りもあり、日差しも眩しくて、
それほど治安も悪く感じませんでした。

フェリーを渡った所からビーチまでは、
モンバサの高級住宅街と言われていました。
大きなお屋敷がどんどん続いています。
しかし隣までの敷地があるせいか、
そんな高級住宅街の雰囲気もありません。
そこには大きなゲートとガードマンもいました。

暑いのでコーラなどを飲んだせいか、
途中でどうしても我慢できなくなりました。
かと言ってこの辺りにトイレもありません。
大通りの周りには草むらがあります。
そこでちょっと隠れて小をすることにしました。

大通りは人が歩いていても、
ちょっと中に入って草むらに隠れると
誰も見ている人はいない程静かでした。

私が静かに用を足していると
何となく人の足音がするのです。
まさかこちらに用事がある人もいないはずなのに、
急いでズボンを引き上げ見上げると、
そこには二人のアフリカ人が立っていました。

インド洋に面したリゾート モンバサ最後の日は、
私の人生で最も忘れられない日になりました。



観光情報
モンバサの観光局
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Tusks_on_Moi_Avenue_in_Mombasa,_Kenya
   モイアベニュー@モンバサ by wiki


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モンバサの観光局
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ケニアの日系人旅行会社 DoDo World

インド洋に面したリゾート@ケニア

タンガを後にしてそのままインド洋沿いに、
タンザニアからケニアに向いました。
ケニア第二の都市モンバサです。

ここは以前から港町として栄え、
ポルタガル、オーマンそして英国の支配下にあり、
独自の文化と雰囲気がありました。
インドの人が思ったより多かったですね。

街の建物には英国の文化を受け継いだ所もあり、
ナイロビに比べても英国食が強かったです。
私が泊まったホテルは近代的ではありませんでしたが、
英国の植民地時代に建てられた物らしく、
私にとっては雰囲気を楽しむことができました。

ここまで夜行で来て泊まるのは一泊だけです。
次の日は夜行でナイロビに戻る予定でした。
特に観光するわけでなく、
インド洋でのんびりするには最高でした。

しかしそこで見た光景は二度と忘れられません。
ビーチでごろ寝しているカップルと言えば、
ヨーロッパ人の年配の女性と(殆どドイツ人)
ケニア人の若い男性のカップルでした。

欧米人の年配の男性と
現地の若い女性のカップルは
今までかなりの国で見かけましたが、
この逆のバーションもありなのですね。

ドイツでリタイヤーした女性達が
第二の人生を求めてモンバザに移り住んだのか、
短期の旅行でその時のだけのアバンチュールか?
人生謳歌できるのなら私には意見もありませんが。

そのせいかどうかはあまりわかりませんが、
アフリカ旅行中にあまり声はかかりませんでした。
貧乏旅行の私には興味がなかったのか、
アジア人に興味がなかったのかもしれませんね。

220px-MombasaBeach.jpg
  モンバサのビーチ by wiki

観光情報
モンバサの観光局
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ケニア政府観光局 (日本語)
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Magical Kenya
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人生で一番おいしかったキャベツのお話

確かそれは私がモシからタンガ
バスで移動した時のことだと思います。
モシからは首都ダルエルサラーム行きのバスに乗り、
途中で乗換えなければなりませんでした。

と言っても大きな街ではなく、
小さな村の外れという雰囲気でした。
交通の要点なのでそこで降りて待っていれば、
タンガ行きのバスが来ると言われました。

降りると屋台のような店が一軒ありました。
もちろんバスを待っているのかどうか分かりませんが、
10人足らずの人がそこにはいました。

屋台で売っているのはチキンを焼いたのを、
キャベツの千切りの上に乗せて出していました。
お腹空いていたのですが、チキンは食べれません。
キャベツの千切りとトマトを切ってもらいました。

キャベツと言っても普通のキャベツです。
ドレッシングもないので塩だけで食べました。
ところがとっても美味しいのです。
ついついお変わりしてむさぼるように食べました。
私の食べっぷりががもの凄かったのでしょうね、
お店のアフリカ人が皆見て笑っていました。

ケニアに来てからずっと野菜不足でした。
サファリキャンプツアーが続いていて、
充分な野菜が取れなかったこともあります。
アフリカでは当時生野菜は殆どありませんでした。

もともとお肉が食べれないので、
野菜がないと生きていけないのですが、
ここに来てからはパン、パスタ、米などの
主食ばかりで野菜を食べる機会が少なかったです。
ただのキャベツがこんなに美味しいとは。
その時の衛生状態殆ど気にしていませんでした。

800px-Tanga,_Tanzania,_town_centre
       タンガ by wiki

観光情報
タンザニア観光局公式サイト
http://www.tanzaniatouristboard.com/


ザンジバルの観光局
http://www.zanzibartourism.net/

アフリカの楽園 ザンジバルを求めて

アフリカに来てもう一カ所だけ行きたい所がありました。
インド洋に浮かぶしか、ザンジバルです。
ケニア、タンザニア供に英国の植民地でした。

タンザニアは1961年にタンガニーカとして独立、
その後1963年にザンジバル王国が独立して、
翌年すぐにザンジバル人民共和国になります。
その同じ年にふたつがひとつに国になり、
1964年10月に正式にタンザニア共和国が誕生します。

この島は夕日のきれいな街として知られていますが、
アフリカにあって独自の文化を持つ所、
アフリカのサハラ以北と同じように、
アラブ人が多く住んでいる所です。

その当時そこへ行くフェリーは
いまのように頻繁にはありませんでした。
情報も少なくタンガに行けば何とかなると思いました。

ところがここからのフェリーはなくて、
首都ダルエルサラームに行けば船があったようです。
ナイロビからの出発まで一週間もなかった私は、
残念ながらそこまで行く余裕はありませんでした。

真冬だと言うのにインド洋に面したこの街は、
日本の真夏を思い浮かばせるような暑さでした。
内陸部も日中はそれなりに暑くなりましたが、
高地のため夜はかなり冷え込みました。

ここにいると日中は湿気もあり、
外に出ていることができません。
木陰が冷房の効いた部屋に居るのが一番です。
それでもさすがに夜は海風が吹いて、
それなりに心地よく過ごすことができました。

しかしこれが真夏だったら日本並みかな。
この気候の変化にちょっと躊躇いましたが、
アフリカに来て初めて半袖で過ごすことができました。

800px-Zanzibar_sultan_palace.jpg
      ザンジバル by wiki

観光情報
タンザニア観光局公式サイト
http://www.tanzaniatouristboard.com/
ザンジバルの観光局
http://www.zanzibartourism.net/

キリマンジャロの麓 モシ

次の日はもうひとつの街モシに向いました。
ここはキリマンジャロのベースとして知られています。
キリマンジェロ登山はそれほど難しくないそうです。
体力があって、ツアーに参加すれば、
何とか登れないことはないそうです。

当時は街の中にあるYMCAで
登山ツアーを催行していました。
キリマンジャロ登山は登るルートによって、
日数と値段が異なるそうです。

Mount Kilimanjaro Treks
Marangu Route, 5 - Day Trek ($1,138 USD)
Machame Route, 6 - Day Trek ($1,230 USD)
Umbwe, 6 - Day Trek ($1,483 USD)
Lemosho Route, 7 - Day Trek ($1,600 USD)
Rongai Route, 6 - Day Trek ($1,345 USD)

値段も決して安いわけではありませんが、
機会があったら是非お薦めしますよ。
個人的には5000M以上の所まで行っていますが、
高山病の心配がなければ行ける自信もあるかな。

私の場合その時は登りませんでした。
高山に登る服装をしていなかったのです。
旅行社等でも貸している所がありましたが、
折角登るならそれなりの服を持参しますね。

お天気が良かっのでキリマンジャロは
とってもきれいに見ることができました。
これでアフリカ一の山は見たことになります。
登れなくてもせめて大陸一の高い山だけは、
自分の目で見てみたいと思いましたね。

ここはコーヒーの産地としても有名ですが、
何処のコーヒーの産地でもあるように、
地元では美味しいコーヒーは飲めませんでした。


Mt Kilmanjaro & Giraffe
   マウントキリマンジャロ by Flickr



観光情報
タンザニア観光局公式サイト
http://www.tanzaniatouristboard.com/
タンザニア国立公園公式サイト
http://www.tanzaniaparks.com/kili.html
キリマンジャロトレッキングツアー会社
http://www.teamkilimanjaro.com/


アフリカで停電になると

ンゴロンゴロとセレンゲティーの観光が終わり、
アルーシャに戻って来た私ですが、
この街では特に観光する物はありませんでした。

この街を歩いていると不思議な光景がありました。
それは道路で営業している人達です。
ミシンをだして縫い物をしている人、
母が着けっていたような足踏みのミシンです。
その他には床屋さんや自動車の修理まで
道路際の路肩で営業していたような気がします。

一番感心したのはゴム草履屋さんでした。
廃品になったタイヤをうまく切って、
そこからゴム草履を作っていたのです。
物のない国の知恵とでも言うのでしょうか。

お店を構える程豊かでもなかったのでしょうか。
この方が道行く人にアピールできるからでしょうか。
家の中より外の方が明るかったせいもあるでしょう。

この頃タンザニアは電気不足のせいか、
一日何時間も停電していました。
日が暮れても何時間も電気がついていませんでした。
お店にはカーバイトのランプが置いてありました。
でもそれだけではなかなか明るくありません。

現地の人は目がかなり良いようですね。
灯りも持たずに歩いているのです。
中には自転車に乗っている人さえいました。
こんな暗い所で危なくないかと思いました。

彼達の色が黒いので私には見分けがつきません。
暗闇の中で何度もぶつかりそうになりました。
白い歯をむき出しにされて初めて、
そこに人が立っていることに気づきましたよ。
あえて事件がなかったので良しとしますが、
泥棒にあってもこれでは気がつきませんね。

Untitled
   アルーシャの市内 by Flickr


観光情報
タンザニア観光局公式サイト
http://www.tanzaniatouristboard.com/
ンゴロンゴロ保全地域
http://www.ngorongorocrater.org/
セレンゲティー国立公園
http://www.serengeti.org/

野生動物もたくさん見ると、、、

実を言うとケニア側で動物をたくさん見たので、
ここで動物を見ても感動がありませんでした。
特に新しい動物を見るわけでもなく、
別の所に来ましたよと言うだけですね。
実際あまり雰囲気も違いませんでしたから。

翌日はここを離れてセレンゲティーに行きました。
今までのような山が見られる景色ではなく、
まさに平原『アフリカらしい』サバンナが続いています。

この時期動物達はケニア側に移動しているので、
動物の数は少ないと言われました。
タンザニア一の公園と言われて来たわけですが、
続けて見るには価値ないかもしれません。

アフリカに来るまでは野生動物に憧れました。
でも実際に見てみると感動は最初の時だけ、
だんだん薄れて行くのがわかります。
動物の種類もそれほど多くありませんからね。

場所を変えて見たと言っても、
マサイマラ保護区と、セレンゲティー国立公園では、
180度風景が変わるわけではありませんからね。
写真を並べてみたら同じような風景ですよ。

この間に一週間でも空きあれば、
感動ももっと違っていたかもしれません。
一応名前に連れれて両方みましたが、
ひとつで良かったと後悔しています。

本当はマウンテンゴリラに興味がありました。
ところが当時ルワンダの情勢が悪く行く気になれませんでした。
内政状態なのでひとり旅では自信がありませんでした。

それに当時も公園の入場料が一人70ドルと
他の国に比べると異常に高かったですね。
しかし次に行く機会があれば見てみたいですね。
このゴリラの生息地がなくなってしまう前に。

ngorongoro 4759
   ンゴロンゴロの野生動物 by Flickr

観光情報
タンザニア観光局公式サイト
http://www.tanzaniatouristboard.com/
ンゴロンゴロ保全地域
http://www.ngorongorocrater.org/
セレンゲティー国立公園
http://www.serengeti.org/


ンゴロンゴロのマサイ族

マサイ族がケニアから南下して来て
ここにも放牧を中心に住み着いていました。
しかしケニアの時のように見かけませんでした。
アクセサリーを売りに来ることも
民族衣装で写真を撮れとも言われませんでした。

季節外れのこともあるようですが、
キャンプした所が常設のテントではなかったせいでしょうね。
ドライバーは安全な所を知っているわけですから、
何処でテントを張るかはある程度決まっているでしょう。

20年近くも前ですから条件もかなり変わったでしょう。
今はマサイ族による常設のテントもあるようです。
ましてやこんなに安く行けるわけはありません。
現在は入場料だけでひとり50ドルしますから。

自分でレンタカーして行くことは無理のようです。
ライセンスを持ったガイドを雇わなかればなりません。
結局ここもツアーで行くことを前提にしているようですね。

一休みした後、いよいよクレーターに入って行きます。
雰囲気的にはマサイマラ保護区とあまり変わりません。
ライオン、キリン、サイ、ゾウなどを見ましたが、
シマウマやウシカモシカなどを群れで見ませんでした。
冬の間はケニアの方がたくさん見られるそうです。

ンゴロンゴロはクレーターになっているので、
殆ど動物が移動しないようですが、
マサイマラとセレンゲティーでは動物が移動します。
しかしこのふたつの間を繋ぐゲートは閉まっています。

プライベートのツアー会社では、
両方のツアーを催行している所もありますが、
マサイマラ保護区から一度ナイロビに戻って、
私が通って来たルートでタンザニアにくるようです。
ゲートをオープンするような話も出ていますが、
どちらの国が反対しているのかはわかりません。

Ngorongoro crater landscape
  ンゴロンゴロクレーター by Fkickr

観光情報
タンザニア観光局公式サイト
http://www.tanzaniatouristboard.com/
ンゴロンゴロ保全地域
http://www.ngorongorocrater.org/

ンゴロンゴロ保全地域のキャンプツアー

ンゴロンゴロとは大きな穴と言う意味だそうです。
周囲20KMもある大きなクレーターになっています。
そのために野生動物が移動することなく、
一年中ここで生息していると聞きました。

アルーシャからンゴロンゴロまでは200km足らず、
ケニアに比べて道路が良かったせいか、
休憩を入れてもお昼前には到着しました。
冬は天候が悪いようで、その時は曇り空でした。

昔何かのCMでこの場所が使われていました。
そこには逆さ霧という現象が映りだされています。
山の上から霧が滝のように落ちてきます。
私は一度アラスカで見たことがありますが、
霧の濃さによっては怖いくらいです。
1m先も見えないような濃い霧もありますからね。

その時はこの現象は見られませんでしたが、
周りには大きな山並みが連なっていて、
底がクレーターになっているのが分かります。
雰囲気的に阿蘇の外輪山を見ているようでした。

キャンプ場では自分たちでテントを張りました。
場所はこの山の上でエリアの外れでした。
と言っても私ひとりでは無理なので、
カップルのテントを張るのを手伝った後、
私のテントを一緒に張ってもらいました。

その間に係の人が昼食の用意をしてくれます。
お茶とサンドウィッチ程度でしたね。
曇ってはいたけれど何とか雨にはなりませんでした。
寒いので火を焚いてくれたような気がします。

ケニアに比べて人が殆どいません。
もしかしたらこの大きなクレーターの中に
そのときいた観光客は私達だけだったかも。
それぐらいンゴロンゴロの冬は静かでした。


800px-Ngorongoro_Crater.jpg
   ンゴロンゴロクレーター by wiki

観光情報
タンザニア観光局公式サイト
http://www.tanzaniatouristboard.com/
ンゴロンゴロ保全地域
http://www.ngorongorocrater.org/

ンゴロンゴロツアーを求めて

アルーシャの街に来たのは野生動物を見るため、
タンザニアの観光と言えば
ンゴロンゴロとセレゲッティーです。
安宿に落ち着いたら早速サファリツアー探しです。

当時はナイロビ程観光客が多くなく、
ツアーを探しても丁度良いのがありませんでした。
滞在日数も限られているので短い日程を探していました。
目的地と日程を探しても、適当なのがないのです。
出来たら明日にでも出発したかったので。

ツアー会社を歩いていると、似たような人にあいます。
カップルが同じような行程で探していると言われ、
四駆  をチャーターしてツアーを組むことになりました。
ツアー会社の人は『日本人』と言っていましたが、
ベトナム系の女性とアメリカ人のカップルでした。

その時期日本人のバッパーは少なかったですね。
ましてや女性ひとりで来るのは珍しかったと思います。
アジア人と言うことで彼女とは気があいました。
夕食を一緒に食べながら旅の話を続けました。

今回は三人のチャーターと言うことでしたが、
シーズン中ではなかったので人が少なかったようです。
しかし車が四駆のせいか、ケニアより高かったです。
ひとり50ドルで食事、キャンプ込みでした。
公園の入場料は基本的に別途に必要でした。

翌朝ツアー会社の前に集合です。
それから二日分の食料を買い込みに行きます。
彼女もベジタリアンなので野菜をたっぶり、
さらにパスタも入れてと自分で希望を出しました。

テントは前回のように常設されている所ではなく、
キャンプ場にテントを自分たちではるようです、
スタッフはドライバーとヘルプ(シェフ)
人件費も入っているのですから安いですね。

800px-Lioness_zebras_and_wildbeast_in_Ngorongoro_Crater.jpg
   ンゴロンゴロクレーター by wiki

観光情報
タンザニア観光局公式サイト
http://www.tanzaniatouristboard.com/
ンゴロンゴロ保全地域
http://www.ngorongorocrater.org/


ケニアからタンザニアへ

ケニアで約一週間程過ごした後は、
アフリカ最後の訪問地となった
タンザニアへとバスで移動することになりました。
ナイロビから向った街はアルーシャです。

国境ではバスを降りてケニアの出国審査、
そしてタンザニアの入国審査を受けました。
このとき初めてイエローカードの提示が求められました。
対象となったは『黄熱病の』の予防接種です。
今まで南米も行きましたが、
提示が求められたのは初めでしたね。

当時は大型バスで行ったような気がしますが、
最近ナイロビ市内の治安が悪くなったので、
ブログを読んで情報をみると、
シャトルが一番良いと書いてありました。
バスターミナル周辺の治安が特に悪いそうです。

シャトルは小さなバスで移動になるようですが、
ナイロビからアルーシャまで5時間ぐらいですね。
ただし国境の出入国審査は全員が終わるまで、
さらに道路状態によっても時間が異なります。

シャトルの会社によるかもしれませんが、
ナイロビやアルーシャのホテルまで
ピックアップ&ドロップオフしてくれるようです。
また予約して置けば、空港も可能なようです。

もし皆さんがナイロビの空港から直接
このシャトルバスに乗ったとしたら感動するでしょう。
街を通り抜けた道路沿いには
想像する野生動物の世界が広がっています。

さすがにビッグキャットは見ませんでした、
キリン、シマウマ、インパラなどの、
比較的穏やかな草食動物を見た覚えがあります。
まるでサファリパークの中を走っているようでした。

300px-Arusha.jpg
      アルーシャ by wiki


観光情報
タンザニア観光局公式サイト
http://www.tanzaniatouristboard.com/


私の訪問国 78ヶ国目
タンザニア

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