地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

ボブ・マーリー『死の謎』

1981年にガンが原因でマイアミの病院で
亡くなったボブ・マーリーですが、
彼に関する面白い記事があったので紹介します。
2015年5月21日付の
リッチモンドグローブより抜粋しますが、
この記事がウソか真実かを証明することはできません。

去年ジャマイカの首都キングストンで
推定年齢60後半から70代前半と思われる
ホームレスの男性の遺体が発見されました。
その男性が持っていた所持品はたったひとつ
ロンドンの国会議事堂と一緒に撮った古い写真のみ
名前を証明するものは何もありませんでした。

そこでジャマイカ警察は保管している
DNAデーターと照合することにしました。
その結果、発見されたこの男性のDNAが
ジャマイカが生んだスーパースター
ボブ・マーリーと一致したというものです。

もちろん誰かが冗談を言っているのか?
それともボブマーレーは死んでいなかったのか?
男性の遺体を『身元不明』とすれば、
簡単に葬儀することもできるのですが、、。

その午後検死官がいるオフィスに
サングラスを掛けたスーツ姿の男性二人が現れ、
政府関係の者だと名乗ったそうです。

『ボブ・マーリーは、あまりに有名になりすぎて、
有名人して生きていることが嫌になっていた。
余生をひとり静かに暮らしたいと願っており、
彼が死んだことにした。』と語ったそうです。
その後その男性の遺体を引き取り帰って行きました。

このニュースはその後インタネットで報道されましたが、
『全くのデタラメ』と報じるところもあります。
エルビス・プレスリーが亡くなっても、
『彼を見た』という人が現れるように、
この手のニュースは真相が判断しにくいです。

この記事のソースは2015年5月21日付
リッチモンドグローブ(英語版)をごらんください。


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もしボブが生きていたなら、、、by Richmond Globe

ジャマイカ最後の日

その晩は慎さんの送別会でした。
夕食を軽く食べた後近くのバーに行きます。
ここはジャマイカ名物『ジャークチキン』が
食べられる店でもありました。

夕方になると横にしたドラム缶の蓋が開き、
煙が黙々と立ち込めているいます。
日本で言ったら『焼き鳥屋』さんですね。
特別のソースに漬け込んだチキンを
BBQして食べさせてくれる店です。

ジャマイカを旅行していると何処でもみかけます。
肉料理駄目な私は食べませんでしたが、
ドラッグスレッドのジャークチキン屋もいました。
ラスタファリアンってベジタリアンじゃないの、
でも商売のためにやっている方もいます。

バーの飲み物も特別ではありませんが、
お互いに奢ったりしながらかなり飲んでいました。
サウンドシステムのスピーカーから
流れてくる音楽はアメリカのポップも多く、
言葉がわからなくなるとジャマイカの音楽
パトワで歌うシンガーも多いそうです。

さて明日は我が身ということは、
私もジャマイカを離れる日が来ました。
楽しかったジャマイカともお別れ。
マイアミまでは孝君と一緒です。
彼が私と同じフライトの航空券を買ったので、
空港まで一緒に行くことにしました。

アフリカンシンボルに泊まったおかげで、
今までと違った旅行が楽しめました。
若い男性諸君と旅行ができたのも、
海外で一緒になったからですね。
『オーストラリアに遊びに来てよ』と
みんなに住所を上げたけれど、
それから再会することはありませんでした。

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   ジャマイカ by Tripadvisor



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ジャマイカ政府観光局 日本語
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ジャマイカ政府観光局 英語
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アフリカンシンボルゲストハウス
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リゾートホテルに潜り込んで

ジャマイカの滞在も残す少ないので
最後は皆んなで近くのビーチに行きました。
と言っても私たちがいた近くには、
良いパブリックビーチはありません。
すべてホテルに占領されていました。

ジャマイカは同じ英語圏ということもあり、
北米からの旅行者が多かったですね。
皆んなホテルに滞在してリゾート生活、
そこから出ることもなく過ごすようです。

リゾート周辺の近くにはショッピングセンターあり、
比較的きれいなカフェやギフトショップが並んでおり、
割とおしゃれなお土産も買えます。
でもホテルは値段もかなり高いようです。

最近は食事や飲み物が含まれた
オールインクルーシブのホテルも多いそうです。
クルーズ船の滞在型みたいまののですね。
船が嫌いという方も多いですからね、
これなら食事で悩むこともありませんし、
料金を気にする必要もありません。

私たちはバーに行って飲むために行きました。
他の三人は水着を持って行き、
プールでちょっと泳ぎました。
大抵バーはプールの側にありますからね。

外国人ということで別に聞かれませんでしたが、
小さいホテルに滞在している人の中には、
スパなどを大型ホテルに利用にしにくるようです。
バーで飲んだのでプール代は取られませんでした。

留学しても英語が上達しない礼君、
南米を放浪していた孝君(坊主頭でした)
短期で旅行に来た慎さん
そしてガイド兼世話人のマービン。
今日はお世話になった私の奢りよ、、
と言っても高いから1杯づつね。

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    ジャマイカ by Tripadvisor



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ジャマイカ旅行が楽しかったわけ

翌日は孝君が運転して街まで行きました。
学校で礼君を落としたらガソリンスタンドへ
満タンにしてかららレンタカー会社へ行きました。
盗難や荒い運転の多いジャマイカで、
無事に車を返すことができてほっと一安心。

マービンも学校が終わるまで暇なので、
私たちと一緒に食事を済ませた後、
彼のお母さんがいる家に行きました。
弟もいるそうですが、シンブルの子なのか?
あまり私生活に関しては聞かないように、、。
家の中までは上がり込みませんでしたが、
とても狭い家だったのは確かですね。

今日はクルーズ船が入っているのか、
豪華な船が港に横付けになっていました。
クルーズ船で数時間立ち寄ったり、
リゾートホテルに泊まったりしたら、
私たちのような旅行はできませんね。

ゲストハウスにひとりでいたら、
多分ジャマイカを満喫できませんでしたが、
礼君と孝君、そして慎さんのお陰で、
主な観光地を尋ねることができました。
マービンがガイド代わりもしてくれたので、
地元の人しか行けないところも安心でした。

大家のアフリカンシンボルは嫌だけど、
このゲストハウスはお勧めしますね。
キングストンにも日本人宿があるので、
治安は悪くても心強いですね。

マービンを残して宿に戻りましたが、
タクシーも停めれるようになりました。
近くのスーパーで買い物をしてから、
宿に戻りましたが何度歩いたことでしょう。
すっかりこの街に住んでいるようでした。

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    ジャマイカ by Tripadvisor



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ボブ漬けだった二日間

私たちはUCCコーヒーには行きませんでした。
その手前ぐらいのコーヒー園だったと思います。
でもやっと念願のブルーマウンテンの豆でいれた
コーヒーを飲むことができました。

残念ながらサイフォンコーヒーではなかったけど、
ストレートのカプチーノを頼みました。
やはり普通のコーヒーに比べると
1ドルぐらい高かったような気がします。
美味しいと言えなかったのは、
バリスタの入れ方がまずかったのかもね。

あれから10年が過ぎてジャマイカでも、
美味しいコーヒーが飲めるカフェが増えたかな?
有名なコーヒー生産地に旅行しても、
美味しいコーヒーが飲めないのが実情で、
インスタントのネスカフェの所が多いですね。

彼らはもっとボブマーリーに関する
博物館や施設が見たかったようです。
彼の葬儀は国立競技場で行われましたが、
その後彼の銅像が建立されました。
私たちもここに行き一緒に写真を撮りました。
本人に似ているか?分かりませんが、
ファンにとってはこれだけでも嬉しいのかな。

一応ボブマーリー博物館も行きましたが、
私はギフトショップで過ごしていました。
なんだかこの二日間ボブ漬けになっていたので、
もううんざり気分になっていました。
カフェで冷たいものでも飲んでいる方が、
気分的にも楽だったのは確かです。

モンテゴベイまで飛ばしても3時間半はかかります。
今日のうちにレンタカーを返す必要はないけれど、
明るいうちに峠を越えないと行けませんからね。
帰りは来るときと違って幹線道路を通りましたが、
スパニッシュタウンなどを尋ねる余裕はなかったです。

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      キングストン by wiki

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私が好きなコーヒーとは

私がオーストラリアにワーホリで来た頃は、
まともなコーヒーが飲めるのはホテルか
イタリアンレストランぐらいでした。
英国系移民の多い国ではコーヒーの人気は、
紅茶の足元にも及びませんでした。

スターバックスは成功しなかったこの国ですが、
1993年マクドナルドがコーヒーハウス
『マックカフェ』を世界で初めて立ち上げました。
これによって本格的なエスプレッソコーヒーが
手軽に安く飲めるようになりました。

ドトールにでも進出して欲しかったけど、
和食ブームで飲食産業の進出はあっても、
コーヒー関連の進出はありませんでした。

今や何処でも気軽にコーヒーが飲めますが、
カフェラテやカプチーノなどのエスプレッソは、
すべてコーヒーメーカーのブレンドのみ、
好きな豆を挽いて飲ませてくれる店はないですね。

家庭でコーヒーを飲むときは
簡単にインスタントの方も多いと思いますが、
私は昔からコーヒー豆を使って
Kalita式のドリップコーヒーが好きでした。
その時の気分で豆も選べますからね。

最近はNespressoなどのカプセルコーヒーが
人気があり種類も増えてきていますが、
コーヒー豆を選べるのはほとんどないですね。
フレバーコーヒーやエスプレッソが
手軽に味わえるので人気があるようです。

豆に拘るならドリップかサイフォンが一番です。
海外ではサイフォンコーヒーは見かけませんが、
軽い味わいを楽しみたいならサイフォンですね。
片付けるのが面倒臭いけど、美味しいですよね。

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    ジャマイカコーヒーショップ

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UCCブルーマウンテン直営農園

ブルーマウンテンコーヒー開発事業

ブルーマウンテンコーヒー開発事業』は
1883年6月に交換公文が締結され、
翌年4月に円借款契約に調印されました。
当時の金額で55億円近く融資されました。

この事業はブルーマウンテンコーヒーの
農園開発及び処理施設の拡大をつうじて、
生産能力を強化することにより、
農民及び関連労働者の収入の増加や
地域内の生活条件の向上を図るだけでなく、
コーヒーの輸出増にによる外貨収入の増大を
図ることを目的として行われました。

その一方で1981年には、
アメリカとジャマイカ両政府より、
日本の農林省に栽培技術要請が入りました。
前年に発足した『全日本コーヒー協会』は
この要請にもとづき、当時初代会長だった
UCCの創始者上島忠雄氏の長年の夢
ジャマイカにコーヒー園を持ちたい』と
合致して、コーヒー園を始めました。

UCCは事業をスタートさせましたが、
ジャマイカの険しい自然と闘いながらの
農場経営は容易ではなかったそうです。
33haの農園から始まった事業は
2008年に59haの新しい農園を開発し、
13万本を植えるまでに拡大したそうです。

良質なコーヒー豆を安定して供給できるよう、
UCCを始めジャマイカの農園は頑張っています。
しかし台風などの影響で多大な被害を受け、
どうしても需要に間に合わない年もあります。

その80%以上を日本に輸出されるのは、
ブルーマウンテンの生産に関与したからですが、
世界でもトップの良質のコーヒーであるのは
皆んなの協力と努力の結果ですね。

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    ブルーマウンテンコーヒー豆


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UCCブルーマウンテン直営農園

ブルーマウンテンコーヒーの歴史

せっかくジャマイカまで来たのだから、
コーヒー豆をお土産に買うつもりでした。
そしてやはりコーヒー園を見学したいですよね。
彼らも美味しいコーヒーが飲みたいというので、
一緒にドライブすることになりました。

ブルーマウンテンコーヒー豆の80%近くが
日本に輸出されているそうですが、
それもそのはずブルーマウンテン豆の開発に、
日本の技術とコーヒーメーカーが貢献していました。

ジャマイカにコーヒーが伝えらえたのは1728年。
当時ジャマイカを統治していた英国政府は
プランテーションでコーヒーを栽培しました。
コーヒー産業は急速に広がっていきましたが、
ジャマイカには急斜面が多いので土壌の流出や
奴隷制度の廃止などによって廃れていったそうです。

これは生産量の減少、品質低下へとつながり、
当時一番の買い手であったカナダは、
品質低下を理由に輸入を中止ました。
1948年コーヒー産業公社が設立され
コーヒー産業の復興に努めるようになりました。

1950年代から70年代前半にかけて、
順調な経済成長をしたジャマイカですが、
原油価格の上昇、ボーキサイトの不振などにより、
1973年を境にマイナス成長に転じ、
以降失業率は増え、対外債務も大幅に悪化しました。

このようなジャマイカの状況下において、
ボーキサイト、バナナなどの輸出は減少しましたが、
コーヒーの輸出量は4倍に増えたそうです。
しかし総輸出額のわずか1%にしかありませんでした。

国土の有効活用ができること、失業対策になる、
高度な生産技術を要しないことを理由に
日本から円借款による協力として、
ブルーマウンテンコーヒー開発事業』が
官民あげて行われることになりました。

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  ブルーマウンテン by Tripadvisor


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私のコーヒーの思い出

他の皆んなはボブ・マーリーとレゲエ、
それに大麻にしか興味がありませんでしたが、
私はそれに興味がほとんどなかったので、
コーヒー園に行くように頼みました。

私は小さい頃からコーヒーが好きでした。
ネスカフェのインスタントコーヒーですが、
それに家にあった粉ミルクを混ぜて
砂糖たっぷり甘くして飲んでいました。
ちょっと贅沢な時は練乳を入れて、
これも甘くて美味しかったですね。

そのうち『クリープを入れないコーヒーなんて』で
有名になったクリーミングパウダーが出現しました。
私が日本にいた頃はコーヒークリームを
喫茶店やホテルでは出していましたが、
家庭で使うことは少なかったですね。

ただ喫茶店では小さいのしか出ないので、
いくつもお願いすることもありますが、
さすがアメリカはフレーバー付きで
量も多いので選ぶことができます。

私が東京のホテルで働いていた頃は、
まだエスプレッソコーヒーはなく、
ドリップとサイフォンコーヒーが主流でした。
ブレンド(ホット)とアメリカンが、
メニューのトップにありましたが、
ちょっと高い値段を払うとコーヒー豆を指定して、
ストレートのコーヒーを飲むことができました。

ジャマイカの『ブルーマウンテン
タンザニアの『キリマンジャロ』
エチオピアの『モカ』などありますが、
他のところは国名で呼ぶ方が多いです。

日本で一番人気があるのが『ブルーマウンテン
ジャマイカブルーマウンテンの標高
800〜1200m以内で採れたコーヒー豆のみ
ブルーマウンテン』と呼ばれるそうです。
しかし本物は地元でも高かったですね、
250gで10ドルぐらいしました。

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    ジャマイカ by Tripadvisor

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キングストンの日本人宿

峠を越えて進むと反対側に海が見えます。
首都キングストンまではもう間近ですね。
モンテゴベイを出て、途中観光も入れて
6時間ぐらいで到着することができました。

ホテルは予約を入れていませんでしたが、
日本人宿に泊まることにしました。
キングストンには日本人宿がふたつありました。
そのひとつラブリッシュが移転のために、
ちょうどクローズしていた期間だったので、
アイシャハウスに泊まることにしました。

アイシャハウスにはドミトリーがないので、
私は慎さんとシェアーすることにしました。
お互いにシングルで泊まると高くつきます。
ベッドはツインなので特に問題ありません。
旅は道連れ、他の時なら絶対ないかな。

最新の情報はありませんが、
一人1泊30ドル(キッチン、バスルーム共同)
1週間泊まるとわずかは割引があるようです。

ラブリッシュは個室1泊30ドルから、
(トイレ、シャワー、ミニキッチン付き)
1週間、1ヶ月と長期滞在割引があります。
ドミトリーは男女別になっており、
ひとり20ドルからだそうですが、
この料金にはすべて朝食が含まれています。

サイトがほとんど更新されていないので、
最新の宿泊料金は確認できませんが、
10年前と比べてもあまり変わっていないかも、
治安の悪い国では日本人宿も安心できます。

ましてや短い期間しか滞在できない方は、
日本人ガイドのついた現地ツアーを申し込むと、
充実した滞在をすることができます。
慎さんは一人でもレンタカーするつもりでしたが、
私たちが同行したので楽しかったようです。

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    ジャマイカ by Tripadvisor

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ジャマイカでも大麻は『違法』

ドレッドロックスはホームレスの人が
髪を洗わないのでなるのかなと思っていましたが、
ジャマイカでは思想の中から生まれたのですね。
でもあんまり長いと切ってしまいたくなります。
シンボルも大切に伸ばしていたようですが、
近づくと少し臭っていたような気もします。

大麻を吸いにジャマイカに来る人もいます。
自然回帰指向のラスタファリズムにとって、
大麻は神聖な植物と考えられていたようで、
道路でも簡単に吸っている人がいました。

私たちがボブの生家から出てくると、
そこら辺に座っていたおじさん達が、
マリファナを買わないかと声かけてきました。
礼君達は見せてもらって買っていたようです。

ボブの生家の周りを歩いたいたら、
道路の傍らに大麻が雑草のように生えています。
この葉を乾燥させたらただで吸えるわけですが、
その乾燥にも技術が必要なのでしょうか?

私がワーホリで来た頃付き合っていた友人の中に、
ベランダで大麻を植えていた人がいました。
葉っぱを乾燥させてタバコと一緒に吸っていました。
もちろん大麻はオーストラリアでも違法ですが、
一本ぐらいだったので見つかりませんでしたが、、。
私はタバコを吸わないので大麻も吸いませんが、
大麻の方がタバコより害が少ないと言って
大麻だけを吸っていたアメリカの友人もいました。

ジャマイカに来ると誰でも吸えそうな気がしますが、
実はこの国でも大麻は刑罰でした。
2015年4月から2oz以下の所持に関しては
5ドルの罰金刑になり前科もつかなくなったそうです。
また5株以内の大麻の自家栽培も許可されました。

世界的には医療大麻への動きもあります。
大麻はアルコールに比べて1/14しか
危険性がないという研究結果も出ています。
しかしあの匂いだけは好きになれません。

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    ジャマイカ by Tripadvisor

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ジャマイカの色

ジャマイカの国旗には黒、緑、金色ですが、
この国に来ると黒、赤、緑、金色で作られた
Tシャツ、帽子などのグッズをよく見かけます。
その意味をジャマイカに来るまで知りませんでした。

この頃すでにウィキペディアはありましたが、
インターネット環境も今ほど良くなかった時代、
検索機能も現在ほど十分ではなく、
何か調べたくても容易に理解できませんでした、

ボブ・マーリー、レゲエに興味ある人は
ラスタファリ運動についてご存知でしょうが、
どちらにも興味のなかった私は、
黒、赤、緑、金色の意味さえ知りませんでした。

ラスタフェリ運動は1930年代に、
ジャマイカの労働者階級と農民を中心にして
発生した宗教的思想運動だそうです。
レゲエ音楽やボブによって世界に波及しました。

黒、赤、緑、金(黄)色の組み合わせが
『ラスタカラー』と呼ばれており、
ラスタファリアンが好んで使用しています。

黒は独立のために戦った黒人戦士、
赤は戦いで彼らが流した血の色、
緑はジャマイカの大自然を表し、
金(黄)はジャマイカにそそぐ太陽。

ジャマイカの主な宗教はキリスト教です。
ラスタファリズムを信仰する人は
全人口の5〜10%だそうですが、
ジャマイカの音楽や文化シーンでは
多大な影響を与えてきました。

ラスタファリアンの多くはドレッドロックス、
そして大麻を使用する人が多いようです、
ゲストハウスのアフリカンシンボルも
ドレッドロックスの髪を腰まで伸ばしていました。


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   ジャマイカ by Tripadvisor

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『ボブ・マーリー』を知っていますか?

私はジャマイカに来るまでについて、
『名前は知っているけど』ほどの知識でした。
ジャマイカに来たからと言ってすぐに
彼のことがすべて分かるわけではありませんが、
街を歩くと彼の顔が描かれているTシャツが
彼のCDが何処でも売られているので、
彼の顔は毎日何処かで見る機会がありました。

ボブ・マーリーはジャマイカを代表するシンガーです。
オーチョリオスのあるセントアン教区にある
ナインマイルズというところで生まれました。
1981年フロリダの病院で亡くなりましたが、
キングストンで国葬にされたあと
彼が生まれた生家に葬られています。

オーチョリオスまでは海岸線沿いに走り、
そこから山道を登って行きました。
ジャマイカは秋田県ぐらいの国土しかありませんが、
2000m級の山もあるので、
海岸線を離れると豊かな熱帯雨林になります。

ナインマイルズは小さな村ですが、
ボブが13歳まで過ごした所で、
彼の曲の中にもいくつか歌われています。
そしてここに葬られることになったのです。

私たちが行った頃はボブのみでしたが、
2008年にボブのお母さんが亡くなると、
ボブが眠る側に葬られたそうです。
現在は二つの大理石でできたお墓があります。

彼が生前に使用したギターや
数々のトラフィーや写真などが飾られ、
彼の人生を振り返ることができます。
写真を見て彼のことを知ることはできても、
活躍していた頃の様子を知らないので、
実感として肌では感じられませんでした。

ちょっと余談ですが、、、
先日はデビット・ボウイが亡くなり
そして昨日は「イーグルス」のグレン・フライが
ニューヨークで亡くなりました。
どちらも同世代ではないけれど、
私が子供の時から聞いた曲ばかりです。

特に渡米する前のアメリカのイメージは、
まさに『ホテルカルフォルニア』だったかもしれません。
あの舞台となったビバリーヒルズホテルには、
恐れ多くてなかなか近づけませんでした。

その人たちが消えていく。
ビトールズよりも私には馴染みが深かったかも。
だってこの曲で踊りまくっていた青春があるから、、。

ボブ・マーリーも二人と同世代ですが、
早く亡くなったせいかあまり印象がありません。
やはり思い出のある曲の方が身近に感じます。
お二人の冥福を祈りたいと思います。

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      ボブ・マーリー

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日本から観光客がやってきた

ネグリルから戻ってすぐに、
日本人観光客がやってきました。
大阪からきた慎さんは、会社員でした。
9月の連休を利用して旅行に来たそうです。
毎年会社の有休を利用して数回
海外旅行を楽しんでいる言っていました。

丁度その頃ジャマイカに台風が来る予報があり、
アトランタで一泊するはめになったようですが、
ジャマイカには数日しかないので、
短い滞在の間になるべく観光したいそうです。

そこで4人でレンタカーをして、
首都キングストンに行くことにしました。
礼君もまだ行ったことないというので、
学校を休んでも行きたいと言っていました。
交通の便が悪いジャマイカでは、
旅行者でレンタカーするのも良いですね。

孝君が国際免許を持っていたのですが、
誰も国際カードを持っていませんでした。
そこで私のクレジットカードを使い、
4人で割り勘することにしました。

ジャマイカは英国連邦ですから左側通行。
日本で運転している人には楽ですよね。
英語も通じるので、山道さえ気をつければ、
運転自体はそれほど問題ないようです。

孝君が運転して疲れたら慎さんと交代、
助手席にいる人が地図を見ながらナビゲーション、
もちろん寝ずにドライバーの話し相手をします。

何処が観光したいという希望もない私でしたが、
彼らの希望でボブマリーの家は立ち寄ること。
私は通訳兼会計係ということで、
女性ひとりなれど一番頼りにされていました。

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   ジャマイカ by Tripadvisor

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クリフジャンプから飛び込めるか


車が進むと突然が光が飛び込んできました。
青い海が見えてくると眩しいですね。
それまでにもまして明るく感じます。
やっと峠を越えて南に出たようで、
そこから西へと海づたいに進みました。

ネグリルは人口7千人の街ですが、
7マイルビーチなど有名なビーチも多く、
リゾートタウンとして知られています。
最近は観光客用のホテルだけでなく、
長期滞在用のマンションも増えています。

ネグリルの一番のアトラクションと言えば、
リックズカフェのあるクリフからのジャンプです。
一番高いところは海から30m程あるようで、
そこからたくさんの人がジャンプしていました。

皆んな水着に着替えてジャンプ台に向かいました。
タクシーのドライバーは水着は持っていないのに、
下着のままジャンプ台に向かいます。
水着に着替えないのと言われたけれど、
高いところが嫌いな私は遠慮させてもらいます。

中には観光客向けにチップをもらって
ジャンプをしているジャマイカ人もいました。
観光客の注文に合わせてスタイルを変えて
海にジャンプするのを写真に撮っています。

クリフのギリギリの所に立たれるだけで、
自分の体に悪寒を覚える私です。
もしジャンプ台に立ったらおしっこ漏らすかも、、。
2〜3mの高さなら飛び込めるかもしれないけど、
私にはクリフに立つ勇気もありませんでした。

この後このカフェでお酒を飲んでから、
モンテゴベイ目指して帰りました。
ドライバーにとっても楽しい1日だったでしょう。
クリフジャンプで一番はしゃいでいましたよ。

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  クリフジャンプ by Tripadvisor

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ネグリルへの小旅行

週末になって学校のない礼君を誘って、
孝君と三人でネグリルに行くことにしました。
マービンも暇だというのでガイド兼として、
一緒に行ってもらうことにしました。

最初は街までタクシーで行って、
そこからバスに乗り換えるつもりでいましたが、
日曜日と言うのでバスの便が少ないこと、
ネグリルに着いてからも足がいるので、
街まで利用したタクシーを
そのままチャーターすることにしました。
多分1日100ドルぐらいだったかもしれません。

私が小さい頃楽しみにしていた番組、
それは兼高かおる『世界の旅』でした。
まだ知らぬ世界を案内してくれる兼高さんは、
私にとって憧れの女性でした。

すべてのエピソードを覚えていませんが、
オーチョリオスの『滝登り』と
ネグリルの『飛び込み』が印象に残っています。
それがジャマイカと確認できたのは、
この旅のことを調べて始めてからです。
私にとってレゲエよりも楽しみでした。

モンテゴベイからネグリルまでは、
海岸線沿いに道路もあるようですが、
車は一旦南へ峠を越えて進みました。
途中には熱帯雨林のジャングルもあれば、
サトウキビ、バナナ畑が続いていました。

フェスティバルがあるのでしょうか?
小さな村ではたくさんの子供達が、
小川で水遊びをしていました。
その近くではBBQの用意をする大人たち、
そして大型のスピーカーが準備されていました。
日本で言ったら太鼓というところですね、
スピーカーがジャマイカらしいわね。

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    ネグリル by Tripadvisor

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ジャマイカからキューバ行きの航空券

アフリカンシンボルで知り合った孝君は、
南米と中米を旅行してジャマイカに来ました。
その理由のひとつが私と同じでした。
キューバーに近いジャマイカなら、
安い航空券が手に入るのではと、、。

礼君が学校に行く時一緒に街まで行って、
安い航空券を探して歩きました。
旅行代理店や航空会社を訪ねたのですが、
キューバ行きの安いチケットは見つかりません。
往復700ドル以上すると言われました。

ここまで来てキューバに行けないのも残念ですが、
700ドルはちょっと高いですよね。
メキシコからなら400ドルぐらいでした。
そこまで行く航空券も必要ですが、、、。

孝君はもしキューバに行くことができたら、
そのままアメリカに飛ぶつもりでいました。
しかしキューバからアメリカ行きの直行便なんて、
国交がないのですから無理なことでした。
私も安い航空券があったら行くつもりでしたが、
700ドルでは予算オーバーでした。
二人とも結局キューバ行きは飽きらめて、
ジャマイカを楽しむことにしました。

孝君は日本に戻る日が迫っていたようです。
友達の結婚式に出席したいというので、
旅行の日程もあまり余裕がありませんでした。
ジャマイカから何処に飛ぶかを悩んでいました。

日本行きのチケットはロスのおじさんに頼んで、
予約してもらうことになりましたが、
アメリカ行きは私と同じフライトにして、
マイアミ経由でロスに行くことになりました。
キューバよりさらに遠い所にあるマイアミの方が
もっと安いなんてなんて皮肉なものですね。

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    ジャマイカ by Tripadvisor

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ジャマイカボブスレチーム

ジャマイカのボブスレーチームは、
まともに練習する場所だけではなく、 
出場するための道具もなければ、
選手を送る資金もなかったようです。

それでも1988年の出場以来、
毎回選手を送っていましたが、
2002年を最後に出場失格、
しばらく表舞台から退いていました。

クールランニングで一大ブームになると、
ボブスレーを応援する国民も多く、
国も出場選手を支援をしていました。
ところが映画のブームが終わると、
ボブスレーファンも少くなくなり、
国からの支援も乏しくなっていきました。

2014年のソチオリンピックの際に、
二人乗りボブスレーで出場資格を得ました。
一度引退したワッツ選手が出場することになり、
16万ドル以上の私財を出したものの、
渡航費などに8万ドル程不足していました。

インターネットを通じて市民から資金を募る
『クラウドファンディング』サイトを立ち上げると、
世界各地から2万ドル近くが集まったそうです。
そして無事に出場することができました。

成績は29位と下の方ですが、
ジャマイカチームが出場するだけで、
ボブスレー会場が明るくなるようです。
彼らが真から持っているリズムが、
寒い会場さえ南国に変えてしまいます。

オーチョリオスのミスティックマウンテンでは、
ボブスレーが楽しめる施設があります。
ジャマイカの熱帯雨林の森の中で、
クールランニングの気分が味わえるかな。

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   ボブスレー体験 by Tripadvisor

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映画『クールランニング』を見てから

ジャマイカというとレゲエ、コーヒーの他に
短距離選手を思い出す方も多いと思います。
現在世界一早い男が『ウサインボルト』
何故ジャマイカの選手は早いのか?

夏のオリンピックではボルト選手のみならず、
1972年のミュンヘンオリンピック以来、
短距離利種目では、男子か女子の
いづれかの選手がメダルを獲得しています。
北京大会以来その数はぐっと増えていますね。

ロンドン大会のメダル獲得数は12個で
何と18位につけていました。
人口2800万人の国ですから、
人口割合では中国より良いですね。

夏のオリンピックは兎も角として、
南国の国が冬のオリンピックに出場なんて
雪が降らない国では誰も想像できません。
ジャマイカ市民だって信じられませんでした。

それを果たしたのが『ボブスレチーム』
1988年のカルガリー大会に、
ジャマイカチームが初めて出場しました。
その事実を知らない方も多いと思いますが、
1993年に制作された映画
クールランニング』の題材になりました。

クールランニング』は実話をもとに
脚色された映画ではありましたが、
見ている人たちに感動を与えました。
映画も大ヒットしたお陰で、
ジャマイカファンが増えたことでしょう。

私もその一人なのですが、
その後もテレビで見るたびに
ジャマイカに行きたい病になりました。
オリンポックでボブスレーを見る機会があれば、
ジャマイカチームを応援するようにもなりました。

215px-Coolrunnings.jpg
クールランニング by wiki

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ダンズリバーフォールズの滝登り

オーチョリオスに到着したらまず昼飯。
シダの渓谷『ファーンゴリー』を
抜けたところにあるレストランで食事です。
観光客向けのようであり、
ローカルが利用するような所でした。

私は名前も分からないような魚の揚げ物。
他の三人はローカルの肉料理でしたね。
いつも自分で作って食べているので
たまに外で食べると美味しく感じます。

この後ダンズリバーフォールズパークに行きました。
シンボルが用件をしている間に、
有名な滝登りに挑戦することにしました。
現在はここの入場料はUS15ドルです。
滝登りだけにはちょっと高いかもしれませんね。
でも観光客だから仕方ありませんが、、。

礼君と孝君はは水着に着替えましたが、
私はTシャツと短パンで挑戦します。
丁度若い日本人女性が通りかかると、
二人とも早速声を掛けていました。

一旦海まで降りて河口まで行きます。
そこから180mほどの高さがある
滝を皆んなで手をつないで登っていきます。
ひとりでさっさと登っている人もいました。

他人と手をつなぐなんて滅多にないこと、
滝を登っていると童心に戻れます。
足が滑るので運動神経の良さそうな人の
後について登った方が良いかもしれません。

自分の後には絶対に太った人は嫌ですね。
その人が滑ったら一緒に滑りそうです。
そのまま河口まで戻ったら哀れです。
無事に滑らずに登ることができました。

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   ダンズリバー by Tripadvisor

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