地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

中国旅行を振り返って、、、

私の友人は香港行き、私はシドニー。
オージーの友人たちは別の街へと
それぞれ別の場所に移動します。
ここで落ち合い、ここで別れる。
旅慣れた友人だとこれができます。

私の中国の旅もこれで終わり。
急激に発展する真っ最中でした。
その後10年間でさらに経済発展、
今行ったらすっかり変わっているでしょうか。

私が行った頃は日本の80年代と同じ。
皆んなが旅行する余裕ができた頃で、
団体さんもどこでも見かけました。

わずかその20年前に深圳に行った時、
まだ鼻を垂らして遊んでいた子供が、
お茶碗でご飯を食べていたのを覚えています。

あの貧しかった中国を知っているから、
その変化に驚いていますが、
それは私が歩んできた道と同じ、
昔の日本を思い出していました。

あれから中国は旅行していません。
上海にトランジットで滞在してのみ。
長い歴史と大自然が共存する中国。

しかし世界最大の人口を抱え、
急激な経済発展すれば、
その犠牲になるのは大自然のみ。
古いものは壊されていきます。

大自然が壊されないうちに(無理かな?)
秘境が好きだけど、まだ少し不便なうちに、
中国をもう少し観光してみたいと思います。

でも少しだけみんなのマナーが良くなって、
あちこちでタンは吐かないようになったら、
公衆トイレがもう少しきれいになったら、
中国旅行もしやすくなるでしょうね。

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     麗江からみた玉龍雪山


雲南省でお茶を買う

雲南省は中国でもお茶の産地です。
日本ではまだ需要が少ないですが、
普洱茶は南部が原産地になっています。
黒茶の一種ですが美容に良いとして、
日本でもかなり人気があるようですね。

今まで観光地に行きましたが、
お茶のデモはほとんどありませんでした。
石林ではそのコーナーがありました。

説明は中国語ですからわかりませんが、
何種類ものをお茶を入れてくれて、
一杯づつ試飲していきます。
飲むお茶碗が小さいのと、
入れ方が乱暴なので驚きました。

少しぐらい溢れれも良いようです。
たくさん入れるので丁寧にする暇がないのか?
一生懸命説明して買わせるのが先ですね。

説明の後は商品が出てきますが、
その値段の高いのに驚きです。
上等なお茶は100gで100元以上。
ツアー費よりも、ホテル代よりも高いですね。

成都のお茶屋でお茶したときに、
1杯20元ぐらいしました。
これって東京のコーヒーより高い。
屋台で昼ごはん食べるのと同じです。
お湯はいくらでも注ぎ足せるし、
ひまわりの種も持ってきてくれたけど。

中国ではお茶は薬代わりとして
長い間飲み継がれてきたようですが、
観光地は特に高いので、
昆明市内のお茶専門店で、
友達のお土産用に買いました。

このお店がシドニー進出しましたが、
一年ぐらいで撤退しましたね。
いくら中国人が増えても高いお茶に
お金を出す人は少ないのかもしれません。

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     昆明のお茶屋さんにて

石が森のように見える『石林』

いよいよ四川、雲南の旅も終りです。
各地で観光してきた私たちですが、
最後に行きたいところがもう一箇所、
石林を見逃すことはできません。

昆明から80kmほど離れています。
行き方もわからないので駅に行き、
現地のツアーを申し込みました。
ガイドの説明もわかならいので、
一番安いツアーに参加しました。

石林までの道路も建設中で、
かなり渋滞に巻き込まれました。
それでも2箇所宝石屋に寄りました。
ここからのコミッションがあるから
ツアー費が安いのかもしれませんね。

石林に到着すると別のガイド
民族衣装を着たイー族の女性が案内しました。
今までナシ族、ペー族と見たけど、
民族衣装どこが違うのでしょうか?
花嫁さんの打掛のように
どれも結構派手な色でした。

全く説明がわかないので付いていくだけ。
所々に漢字の標識があると、
そうなんだと石と見比べるだけです。

約2億7千万年前、石林周辺は海底にあり、
太古の海洋生物の遺骸が堆積したことにより、
分厚い石灰岩層が作られました。

その後、ヒマラヤ山脈の造山活動による
地殻変動で石灰岩層が隆起して陸地となり、
数千万年に及ぶ風雨によって
現在の石峰、石柱、石筍、石壁など
奇観が作り出されたそうです。

石林風景区には7つのエリアがありますが、
中心地は『李子箐石林』です。
とにかく観光客が多かったですね。
私たちが訪問した後2007年に
ユネスコの世界遺産に登録されました。

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       石林 by wiki

旅行情報
中国国家観光局< 日本語
http://www.cnta-osaka.jp/city/yunnan?city=280
雲南.jp 日本語
http://www.yunnan.jp

雲南博物館と民族ショー

大理の駅は、市内から離れています。
夜行寝台列車が出ているので、
時間とホテル代を浮かせる為に利用します。

夕方に出発して翌朝昆明に到着しました。
駅からタクシーに乗りホテルまで行きます。
早朝ですが部屋があったので、
チェックインすることができました。

その日はゆっくりと昆明を観光します。
特にどこを見たいというのもありませんが、
雲南省博物館に行きました。

市内中心地『東風西路』にある総合博物館です。
1階から3階までが展示室で、
総面積は4200平方メートルあります。
雲南の民族文化、雲南の青銅文化、
南詔大理の仏教文化、
雲南の少数民族視察などが展示され、
雲南省の魅力を楽しむことができます。

3階に展示されている『雲南古生物恐竜化石展』、
中でも1988年に雲南省元謀県茂郷で発掘された
ラマ猿人の頭の化石標本が展示されているのは、
世界中でこの博物館のみです。

13万以上の所蔵品がありますが、
全部見るのは疲れますね。
博物館に行くときは興味あるものみ、
さらりと見ることにしています。
足が痛くなるまで見る気はしません。

午後は西山森林公園まで行き、
雲南民族村を探しましたが、
残念ながら探すことができませんでした。
雲南省に住む25の少数民族の文化、
風俗を展示、紹介しています。

民族村がみれなかったので、
夜はホテルに隣接しているレストランで
民族ショーを見ながら食事しました。
あんまり美味しくなかったけど、
ショーはそれなりに楽しめました。

私ごとですが、
5月18日に引越ししました。
本当は5月20日から
インターネットが繋がるはずだったのに、
さすがにオーストラリアです。
直前に来週ですという電話一本。
諦めるしかないのかな???

ということですべて予約投稿。
明日は明日の風が吹く。
どうぞ楽しい日を過ごしてください。


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 雲南省で見た民族音楽ショー

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晩秋か?早春か?大理の12月

大理では古城とともに崇聖寺三塔が有名です。
南詔国時代800年代に建造されました。
崇聖寺の境内にありましたが、
寺は1872年に戦火で焼かれましたが、
三本の塔は無事に残りました。

三つの塔は1925年の大地震の時も
何の被害も受けずに残り、
古代の耐震設計が評価されました。

私たちは塔が良く見える公園まで行きました。
12月だというのに桜が咲いており、
まるで日本の3月のような雰囲気でした。

標高2000mといえば富士山の五合目、
そんな高いところにある街ですが、
台北と同じぐらいの緯度ですから、
12月でも暖かったのでしょうか。

街を歩くと街路樹の葉が黄色くなって、
晩秋を思わせる光景もあれば、
その片方で春の花『桜』が咲いています。
ここには冬という季節はないのでしょうか。

崇聖寺三塔のホームページをみると、
四季折々の写真がのっており、
冬は雪もかなり積もっていますが、
私が行った12月中旬頃に
晩秋と早春を一度に体験しました。

周辺には標高4000m以上の山があり、
夏でも谷底には万年雪があります。
私が住んだことのあるバンフに似ています。
それでも緯度がことだけことなると、
四季の雰囲気も全くことなるのですね。

冬のない国が好きな私ですが、
海より山の方が断然好きです。
それも雪があるような高い山。
大理や麗江なら冬でも住めるかしら?

私ごとですが、
5月18日に引越ししました。
昨日はなんとか、マクドにこもり、
皆さんのところへも訪問できました。

本当は昨日からインターネットが繋がるはずだったのに、
さすがにオーストラリアです。
直前に来週ですという電話一本。
諦めるしかないのかな???

ということですべて予約投稿。
明日は明日の風が吹く。
どうぞ楽しい日を過ごしてください。


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    桜が咲いていた崇聖寺三塔

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『大理石』の語源になった大理

大理の古城も麗江のように
古い町並みが残っていましたが、
城壁に囲まれているのが異なりますね。
麗江よりも広いこともありましたが、
当時は観光客も少なくて
のんびりと歩くことができました。

城壁沿いに一周するのも良いです。
城跡に登ることができますが、
何箇所か行き止まりがあって、
完全に一周することはできませんでし。

大理はペー族の首都でした。
ここはろうけつ染めが有名です。
私はここで洋服を買いました。
ひとつはろうけつ染めのズボン。
一見モンペのようにも見えますが、
軽くてとても着心地が良かったです。

もう一つはスカートとジャケット。
ペー族の柄が入って可愛かったけど、
シドニーでは着れませんでしたね。
気分で買うとこんなこともあります。

大理石の語源』になった大理。
街を歩いていると白い水が流れています。
その濁った水は大理石をカットしている
石屋さんから流れ出ています。

大理石は石材としての石灰岩の名称です。
古代から建築や彫刻に使われています。
カットしただけで模様に見えますが、
中には水墨画のような物もあります。

自然がこんな複雑な模様を作るのが
とても不思議で信じられません。
カットの違いで模様も異なるのですから、
カットする技師も職人でないと無理ですね。

私ごとですが、、、。
月曜日に無事に引越しを終えました。
今回は一戸建てに友達家族と同居です。
荷物が片付くには時間がかかりそうです。

同じシドニーでの引越しですが、
インターネットの状態などで
訪問できないかもしれません。
インターネットがコネクトするまで、
予約投稿で失礼させていただきます。
皆様には楽しい時をお過ごしください。


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自然にできた大理石の模様 by Dairi.com

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中国でコンニャク見つけた

皆さんはコンニャク好きですか?
私の母が大好きだったせいか、
いつもコンニャク料理がありました。
おかずがまともになった時代、
こんなものが農家のおかずでした。

あの『ふにゃふにゃ』した食べ物。
美味しいという思う子供は少ないですよね。
ましてやいつも食卓にあると、
食べたいとも思いませんでした。
実は今でも好きでなありません。
あの『ふにゃふにゃ』が苦手なのです。

そのコンニャクの発祥地ご存知ですか?
インドまたは東南アジアと言われていますが、
お隣中国から日本に入ったそうです。
そして中国でも四川省や雲南省では、
今でもコンニャクを食べるそうです。

私は嫌いなので特に探しませんでしたが、
何処かでコンニャク見るかなというのが、
友達が抱いていた疑問だったのです。

司馬遼太郎のファンで彼の本を読みます。
中国の旅行記『中国・蜀と雲南のみち』に
コンニャク問答』という項があり、
四川省を旅した時に楽しみにしていましたが、
司馬は食べることはできなかったそうです。

私も司馬の本を来る前に読んでいたので、
コンニャクの故郷には興味がありました。
そしてなんとこの海島のレストランで
念願のコンニャクを見つけたのです。

それは白い塊になっていました。
料理の材料としては選びませんでした。
だって友達以外食べる人はいませんからね。
多分アメリカ人のカップルも
一度も食べたことがないと思います。

私ごとですが、、、。
昨日無事に引越しを終えました。
家の中には段ボールが散乱しています。
同じシドニーでの引越しですが、
インターネットの状態などで
訪問できないかもしれません。

インターネットがコネクトするまで、
予約投稿で失礼させていただきます。
皆様には楽しい時をお過ごしください。


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この中にコンニャクが!見つけてください

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海島で食べたランチ

アメリカ人のカップルと一緒に乗った船は、
屋根もないような小さなボートでした。
多分6人ぐらいは乗れると思います。
モーターもついていたかもしれないけど、
その時はおじさんが手で漕いでいました。

安全のための救命胴衣はありません。
船が転覆したら助からないでしょうが、
湖なので波はほとんどありませんでした。
その日は天気も良く眺めは良かったです。

洱海にある島は『海島
ここには食堂や旅館が並んでいます。
日本の漁村を思い浮かばせるような
のどかな風景が広がっていました。

おじさんはここに住んでいるようです。
毎日岸まで行ってはお客を見つけて、
レストランに連れてくるようですが、
私たちが行ったのはおじさんの家でした。

食堂の前に並んでいる材料から
好きなものを選ぶように言われました。
新鮮な野菜だけではありません。
貝や海老、魚までありましたね。
肉はひとつもなかったような気がします。

メインの材料を選ぶと
野菜と一緒に料理してくれますが、
たった4人しかいないというのに、
5品ほど料理がでてきましたね。

実はこれがどれも美味しくて、
今でも忘れられないほどです。
ひとり10元でこれだけ食べれるなんて
贅沢としか言いようがありません。
今度また大理に行く機会があったら、
この島に泊まって思う存分食べたいです。

私ごとですが、、、。
本日から引越し本番の日です。
同じシドニーでの引越しですが、
インターネットの状態などで
訪問できないかもしれません。

インターネットがコネクトするまで、
予約投稿で失礼させていただきます。
皆様にはお気をつけてお過ごしください。


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      海島で食べたランチ


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アメリカからきたカップル

私が地元のトイレと闘っていた時、
友達は地元のおじさんと話していたようです。
実は中国人にしか見れない友達は、
いつも中国語で尋ねられるようです。
中国語が話せないのですぐにバレますが、
本人はオーストラリアに住む中国人と
気取って見せるときもあります。

横にはアメリカ人の初老の夫婦がいました。
実は彼らが船をチャーターして大理に行くので、
私たちに同行しないかと声かけてきたようです。
最初は30元と言われましたが、
値切って一人20元で行くことになりました。

彼らは食事付きで申し込んだようです。
洱海の中にあるレストランでお昼を食べてから
大理まで船で行くことになりました。
私は食事の内容を見てからという条件付きです。
だって肉だったら食べれませんからね。

このアメリカ人のカップルは
ただの観光客ではありませんでした。
中国で半年ほど英語教師をしていたそうです。
ボランティアで英語を教えるかわりに
住居と食事は無料で提供されるそうです。

リタイヤしてからボランティアをしながら、
旅行することにしたそうですが、
英語の先生なら彼らの得意なところですね。
半年間のボランティアが終わり、
帰国する前に旅行をしているところでした。

船着場まで馬車にのりました。
これはひとり1元で別料金ですが、
観光気分でとても楽しかったです。
多分船に乗らなかったら、
この馬車に乗る機会もなかったでしょう。


私ごとですが、、、。
本日から引越しの準備をしております。
同じシドニーでの引越しですが、
インターネットの状態などで
訪問できないかもしれません。

インターネットがコネクトするまで、
予約投稿で失礼させていただきます。
皆様には楽しい週末をお過ごしください。

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      馬車に揺れながら、、、

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中国のトイレ事情

中国を旅行していいて悩むのがトイレです。
列車で移動する際には車内を利用します。
汚いか汚くないかは別にして、
それしかないので我慢します。
私が利用した列車は昔ながらの
線路に落とすタイプのトイレばかりでした。

バスで移動の時はトイレ休憩があります。
大抵は食堂かお土産屋のトイレ、
まあ綺麗とは言えないけど、
何とか利用できる範囲内でした。

自分で観光するときはホテル利用。
なるべく泊まっているホテルで
観光に行く前に利用してから出かけます。
レストランで食事をした時は、
行きたくなくても利用しておきます。

タクシーをチャーターして観光したり、
お寺などを観光するときが悩みますね。
『トイレ』を書かれた文字のあるところは
地元の人が利用するところですから、
ドアもなければ、流すところもないような、
勇気を振り絞って行くときもあります。

ある時利用したトイレはドアはあったけど、
用水路に跨って用を足さなければなりません。
一つ前のトイレに座った人が大をすれば、
それが次の人の所に流れてきます。
流れないような大きなものだったら、
いつまでもそこに溜まっているのです。
人がした大を眺めながらしたくないですよね。

海東で利用したトイレも最悪でした。
ドアはあったけど、地元の人が使うところ。
子供が足場の所に大をしたのか、
ウジが歩き回っていたのです。
それを避けながら何とか用を足しました。
サンダルで来なくて良かったと
今更ながら思っている私です。

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       中国の公衆トイレ

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民族マーケットと言われて来たのに、

地元の人たちと触れ合える時ほど、
旅行をしているときの楽しみはありません。
こんな遠くまで来て話す機会もなければ、
何のために旅行しているのかわかりません。

私は一生旅行したいと思っています。
そのために三つも永住権とったんだから、
何の財産もないけれど『健康』であるかぎり、
旅行を続けたいと思っています。

地元の人たちと触れ合う機会はあっても、
大理はあまり観光するところはありません。
郊外に出れば見所もいくつかありましたが、
わずか一泊二日では時間が限られます。

大理洱海に面しています。
雲南省では2番目に大きな淡水湖ですが、
中国国内でも7番目と大きな湖です。
翌日は一日遊覧船に乗って観光する予定でした。

夜行列車で昆明に戻るまでの暇つぶしです。
大理港から出ていますが
乗り場に行ったらすでに出発した後でした。
マーケットがある海東まで行こうとしましたが、
フェリーは夕方までないそうなので、
仕方ないくバスで行くことにしました。

海東大理古城の反対側にあります。
名前のように洱海の東側です。
ここのマーケットはペー族がやっています。
民族的なお土産があるかと思ったのですが、
普通の市場と変わりませんでした。

ここまで来て生活用品やフルーツを買う気もなく、
売り場の人たちを冷やかしながら歩きました。
意外と時間が潰れないのでどうしようか?
大理古城は反対側ですが、
バスで来た道を戻るしかないようです。

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       大理マーケット

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地元の人と触れ合うとき@白族菜の大衆食堂

その晩はペー族が経営する大衆食堂で食べました。
店に入ると漢字で少し書いてありますが、
メニューがあっても中身もわからなければ、
全く言葉が通じませんでした。
どうやって頼もうかと思っていたら、
台所に連れて行かれました。

そこにはホーローの洗面器に入った
材料が幾つも並んでいました。
菜っ葉や人参、ナスなどを指差して、
フライパンで炒める真似をしました。
味つけはお店の人に任せますが、
唐辛子を指差して『❌』のサイン、
これで何とか料理してくれるはずです。

トマトとキャベツ、キュウリがあったので、
切ってくれるように頼みました。
生野菜を食べていなかったので飢えていました。
しばらくしても生野菜が出てこないので、
台所に行くとそれも炒めるつもりだったようです。
それを横どりするようにして持ってきました。

12月だけど緑の野菜もたくさんありました。
しかし生野菜と食べることはしないようですね。
キャベツをむしゃむしゃ食べていたら、
不思議なものをみるような顔で見られました。
でも美味しいのサインを送ったら、
キャーっと微笑んで喜んでくれました。

私達はおかずをいくつか注文しましたが、
隣の人は二人でひとつのおかずです。
農家育ちの私にとって、とても辛いです。
私達だって裕福な旅行者ではありませんが、
働いているのでそれだけの余裕はあります。

でも彼たちはそれほど気にしていなかったようです。
私に話しかけて(言葉は通じませんが)来たので、
持っていた紙に『日本人』と書きました。
彼らはチベットから来た商人のようです。
全く別の言葉で漢字を使わない少数民族ですが、
書くことで少しだけ意思疎通することができました。

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   大理の食堂にて地元の人たちと

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地元の人のように過ごす@大理

クリスとエイブは飛行機で昆明に戻りますが、
私達は大理に移動することにしました。
麗江から大理までは約200km、
バスで3時間ぐらいの道のりでしたね。

大理は二つの地域からできています。
麗江のように昔の面影が残る『大理古城』
そして雲南省第2の都会『下関』です。
バスは大理古城にも停まりましたが、
翌日の移動も考えて下関に泊まりました。

バスターミナルが駅に近くだったので、
先に列車のチケットを買います。
夜行便が取れないと予定が変わるので、
早めに買っておくことにしました。

大理で泊まったホテルは安宿。
出稼ぎに来ている人たちが利用しているような
旅行者が泊まらないような宿でした。
階段を上がった受付には机がひとつ、
漢民族のおばさんがいましたが、
漢字で書いて何とか部屋を確保しました。

部屋は決して新しいとは言えませんが、
シーツは何とか洗濯されているようです。
部屋が広いのだけが取り柄でしたが、
これが中国に来て一泊目だったら
泊れる自信はなかったでしょうね。

知らない街で食事を探すのは大変です。
観光客が多い古城内だったら簡単でしょうが。
その夜は地元の食堂で食事しました。
川のそばで高架線の下にある大衆食堂です。

看板には『正宗 白族菜』と書いてあり、
民族衣装は着ていませんが、
ペー族(白族)の方がやっているようです。
通路の両側に食堂がたくさん並んでいて、
ドアなどないので中が丸見えでした。
何処の店も同じに見えるから入ったら、
『外国人が来た!』というように驚かれました。

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   麗江から大理へのバスの車窓から

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ナシ族の民族音楽ショー@麗江

旅行で一番の楽しみと言えば、
地元の人たちと触れ合うことです。
観光客としてガイドやドライバー、
ホテルの従業員と話すのではなく、
道路や屋台などで地元の人と触れ合う時です。

麗江市内を歩いていると
民族衣装を着たナシ族に会いました。
男性の民族衣装姿はあまり見ませんでしたが、
女性は結構見かけましたね。
仕事ように着ている人もいるかもしれませんが、
普段から着ている方が多いようです。

若い二人のお嬢さんはまだ学生でした。
英語を習っているようで声かけてきました。
中国語も話せるようで漢字も書けます。
私が名前を漢字で書くと喜んでくれました。

高校の修学旅行で東京に行った時、
初めてアメリカの人と話したのを覚えています。
あの時の感動を逆に感じていました。

夕方は民族ショーを見に行きました。
古い街があり、少数民族がいるところでは、
地元の音楽や踊りのショーがあります。
レストランだったり小劇場だったり、
麗江では毎日舞台で開催されます。

これは地元の人に『触れ合っている』
とは言い切れないかもしれませんが、、、
民族ショーはどこに行ってもみますね。
都会でみるととても高いですが、
観光地といっても地元なら割安です。

麗江ではショーをわざわざ見なくても
結構観光地で歌や踊りを見る機会がありました。
その歌声がしばらく耳から離れませんでしたが、
良い思い出になったことは確かです。

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    ナシ族の人たちと一緒に踊る

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理想郷『シャングリラを求めて』

シャングリラと言えば『理想郷』
ジェームズヒルトンが出版した小説
『失われた地平線』に登場する地名です。
実は私はこの本を読んでいませんが、
シャングリラという言葉には憧れました。

何処にあるかわからないけど、
ヒマラヤ山脈の何処かにある気がします。
インド、ネパール、それともブータン?
シャングリラを探し求めて
旅を続けている人も多かったですね。

小説の中ではチベットにある設定ですが、
2001年中国は『ここがシャングリラ』だと
雲南省、デチェン・チベット族自治州の県を
『香格里拉』と命名してしまいました。

私達が行った1年前ですが、
まだその地名は浸透していませんでした。
道路がちょうど整備されている頃で、
その後観光地として人気もでたようです。

虎跳峡から2時間、麗江から4時間
バスで行くこともできます。
まだチベットまでの鉄道もできました。
道路もでき外国人も車で行けるようになれば、
もっと旅行する人が増えることでしょうね。

チベットは中国にあって別の国です。
言葉も文化も全く違うのですから。
チベット民族は他の州にも住んでいますが、
雲南省には他の民族もたくさん住んでいます。
彼らが自分たちの文化を守りながら、
生き続けてくれることを願っています。

12月といえば冬の入口ですが、
この辺りは早春のような気温でした。
山の上に行けば雪もふるでしょうが、
高地の割には温暖でまさに『理想郷』です。

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   梅里雪山の雨崩村 by 雲南旅行


span style="color:#FF0000">旅行情報
中国国家観光局< 日本語
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雲南.jp 日本語
http://www.yunnan.jp
シャングリラの観光地 日本語
http://www.km871.net/jnd/shangri-la_13.html



虎跳峡のトレッキング

私達が雲南省を旅行したのは2002年。
雲南省はチベットに続く山岳地帯ですが、
かなりの山奥に行っても携帯がありました。
固定電話のために電線を繋ぐより、
携帯電話の方が設備も簡単ですよね。

麗江は古い街並みを残しながらも、
建物自体は新しく改築されていました。
道路は新しく整備され始めていましたね。
虎跳峡に続く道路はとっても新しく、
まだ建設中のところもありました。

やっとバッパーがこの辺りまで
自由にこれるようになった頃かもしれません。
まだハイキングする人たちは少なかったです。
エイブは宿も予約せず一人で歩きました。

今ならハイキングを手配する会社もあるでしょう。
この辺りまでのバスの便利もよくなったかも。
橋頭から歩き始める人が多いようですが、
すでに虎跳峡(中虎)まで来ていたので、
逆のコースで橋頭まで歩いたようです。

ほとんど一本道でガイドはいらないです。
一部大変な道もあるようですが、
比較的安全なハイキングコースのようです。
お天気がよければ玉龍雪山がみられ、
雲南省というより中国の中でも
一番人気のあるコースになっています。

中国はまだ英語で書かれたサイトも少なく、
トレッキングの地図を見つけるのが難しいですが、
実際に行かれた人たちが写真や
地図をアップしてくれています。

インターネットの時代になったからこそ、
行く前に簡単に調べることができます。
まだストリートビューがつかえない中国ですが、
ハイキングコースも見れるようになるかも。
そしたらもっと事前調査が簡単になりますね。

tjgtre.jpeg
虎跳峡のトレッキング by china guide

旅行情報
中国国家観光局 日本語
http://www.cnta-osaka.jp/city/yunnan?city=280
雲南.jp 日本語
http://www.yunnan.jp
虎跳峡トレッキング 体験談


中国で一番深い峡谷『虎跳峡』

長江第一湾を見た私達は、
川沿いに下って『虎跳峡』を目指します。
一度緩やかになった川の流れも、
哈巴雪山と玉龍雪山の谷間を流れると
その流れが激流に変わります。

前日に行った玉龍雪山の裏側になりますが、
哈巴雪山も5000m以上の高山です。
二つの高山に挟まれた『虎跳峡』は
谷底から山頂までの高低差が
3790mのにも達するそうです。
世界でも有数の深い峡谷になっています。

名前の由来は『金沙江が渇水した時、
山から下りてきた猛虎が、峡谷の中の岩に飛び移り、
そのまま対岸に跳んで渡った。』そうです。
川の中には虎が跳ぶときに
踏み台にしたとされる『虎跳石』もあります。

到着した私達は、食堂で食事したあと、
峡谷に降りることにしましたが、、、。
谷底までかなりの高さがあります。
歩道は狭くて、ほとんど垂直。
高所恐怖症の私、、、、、
はい!降りることができませんでした。

三人が観光している間近くを散歩しました。
峡谷の反対側にも道がありましたが、
橋は今まで見かけませんでしたね。
どこから行くのかとても不思議です。

山の中腹には畑が見られます。
人間はこんな所でも生活しているのです。
12月で富士山と同じぐらいの高さでも
雪がないのですから暖かいのは確かですが、
中国人の力強さを見たような気がします。

私達は三人で帰途につきました。
山歩きの好きなエイブは、
私達に別れを告げ宿に入り、
翌日からハイキングが始まります。


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    中国で一番深い谷『虎跳峡

旅行情報
中国国家観光局 日本語
http://www.cnta-osaka.jp/city/yunnan?city=280
雲南.jp 日本語
http://www.yunnan.jp
アラチャイナ 虎跳峡 日本語
http://www.arachina.com/lijiang/attraction/hutiaoxia.htm



もし『長江第一湾』がなかったら

金沙江(長江の上流)の源はチベットです。
高い山が周りにあるので急流です。
ところが川が大きく曲がったその場所は、
長い年月の間に川によって山が削られ、
川幅が広くなり、流れも緩やかになっています。

チベットから流れでたその川が
最初に大きく曲がる所から
長江第一湾』と呼ばれています。
その場所は景色が壮大で、
中国の広さを実感できます。

もしこの場所がなかったら、
中国だけでなく、世界の歴史が
大きく変わっていたかもしれません。
ここだけ川が緩やかになっているので、
昔から人が渡ることができました。

諸葛孔明やフビライ・ハンが
雲南征伐をした際に渡ったそうです。
1936年に蒋介石に追われた紅軍は、
ここを渡り雲南地区を北上しました。

渡る手助けをした少数民族と
紅軍(中国共産党)の記念碑が
川を見下ろす高台に作られています。

もし渡ることができなかったら、
兵士が激減した紅軍は負けて、
中国は共産党の国にならなかったかも。
日本との戦争が変わっただけでなく、
アジアそして世界の歴史が変わったのです。

当時は友達から説明されても、
中国の歴史に詳しくないので、
ほとんど理解することができませんでした。
ブログを書く時にもう一度調べると
自分の勉強にもなり役立ちます。

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     長江第一湾にある記念碑

旅行情報
中国国家観光局 日本語
http://www.cnta-osaka.jp/city/yunnan?city=280
雲南.jp 日本語
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アラチャイナ 虎跳峡 日本語
http://www.arachina.com/lijiang/attraction/hutiaoxia.htm



チベット高原を源とする長江(揚子江)

翌日はクリスも少し回復したので、
4人で虎跳峡に行くことになりました。
バスなど探すのも面倒くさいので、
タクシーを1日チャーターします。
こういう時は人数が多いと楽ですね。

値段の交渉はエイブの役目です。
彼は元鳶職人をしていましたが、
そこで巧みな話術を使って
組合と交渉するようになりました。
その後ビジネスコンサルタントになり、
視察も兼ねて年6回ほど旅行しています。

交渉に関してはうまいですね。
さすがユダヤ人と褒め称えますが、
言葉が通じなくても英語だけで
どこの国でも友達になっています。

1日の値段を4人で割りましたが、
彼は虎跳峡からは帰ってきません。
2泊3日でハイキングする予定です。
行きは観光しながら行きました。

麗江から虎跳峡まで約60km、
市内を離れ山を一つ越えると
金沙江(長江の上流)が見えます。
海外では揚子江と呼ばれていますが、
6300kmアジアで一番長い川です。
長江はチベットを水源にしていますが、
何度か曲がって東へと流れています。

すぐ近くには同じチベットを源と発する
瀾滄江(メコン川上流)と
怒川(サルウイン川上流)が併流しています。
そのため『雲南三江併流地域』として
保護地区に指定されています。
グーグルの航空写真で見ると、
その大自然を確認することができます。

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麗江から虎跳峡に向かうときの長江(揚子江)

旅行情報
中国国家観光局 日本語
http://www.cnta-osaka.jp/city/yunnan?city=280
雲南.jp 日本語
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アラチャイナ 虎跳峡 日本語
http://www.arachina.com/lijiang/attraction/hutiaoxia.htm



ヤクにのって記念写真@藍月谷

ヤク坪からロープウェイで降りてくると
シャトルバスに乗りましたが、
ビジターセンターまで行かずに
藍川谷で乗り換えることになりました。

ここは雲杉坪行きのロープウェイがあります。
雲杉坪には『玉龍第三国』の入り口があるそうです。
ナシ族に伝わる伝説の『玉龍第三国』は、
美しい愛の楽園と言われています。
永遠の愛を貫くことができた男女の魂のみが、
『玉龍第三国』に行くことができるそうです。

シャトルバスを待っている間に
藍月谷まで歩いて行くことにしました。
水がその名の通り藍色に見えます。

これは氷河の水が注いでいるためにです。
氷河は移動する際に周りの石を砕きます。
小さな石の粉が溶けた水で運ばれ、
それに太陽の光があたると、
このような藍色に見えるのです。

氷河の水が溶ける時期によって
水の色が変わって見えますが、
本当に綺麗で見とれてしまいます。

一見棚田状に見える湖は
コンクリートで作られています。
観光客は民族衣装を着て、
ヤクに乗り記念写真を撮っています。

なんだか日本の観光地を思い出しました。
中国の経済が成長している頃で、
一般市民も観光する余裕が出た頃です。
観光地に行って写真を撮るのが楽しみですよね。

しかし世界遺産に登録されていると思うと、、
中国人なら何でもやってしまいそうですが、
昔の面影と自然だけは残しておいてください。


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ヤクにのって記念写真を取る観光客

旅行情報
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雲南.jp 日本語
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麗江古城 日本語、英語あり
http://www.ljgc.gov.cn
玉龍雪山のロープウェイ 英語

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