地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

私のシドニーエスニックツアー

旅行計画する人は大好きです。
自分に分かることなら応対しますが、
問い合わせがはっきりしない質問には
お答えできない時もあります。

そうやって何度か応対しているうちに、
シドニーで時間があったら会いましょう」
という話になり、会うことになりました。
その日私は午後3時までの仕事だったので、
市内まで行くとちょっと時間が足りません。
そこで待ち合わせ場所まで来てもらいました。

最初に案内したのはトルコ人街「オーバン」
モスクやトルコ料理の店が並びます。
日本から来たら異国情緒たっぷりの街です。
イスタンブールに本店がある
マドカフェで一緒にお茶をしました。

そのあとはベトナム人街のカブラマッタへ。
ここは私が大好きな街で月に一度は来ます。
日本から友人が来たら、必ず案内するところです。
いつものようにマーケットを見て、
ベトナムレストランで夕食を取りました。

食後はオリンピックパークを見学
オリンピック時の聖火台は、
現在噴水として使用されています。
スタジアムや競泳施設などもそのまま
最近はレストランなども充実しています。

短い時間でしたがツアーでは行くことのない
シドニーの別の顔を楽しんでもらいました。
エスニックツアーと名付けていますが、
移民の国だからそこ楽しめる顔です
シドニーに住んでいたメグさんですが、
初めての所ばかりだったそうです。

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     カブラマッタ by wiki

ブログ読者から質問あり

メグさんは、旅行大好きな女性でした。
愛する旦那さんと年に一度の海外旅行が
一番の楽しみというカップルでした。
オーストラリアにもカナダにも
ワーホリ経験のあるメグさんは、
旅行計画を自分で経て予約していました。

旦那さんはそれにおんぶされていました。
彼は海外滞在の経験はありませんが、
メグさんと知り合ってからは旅行大好き、
自然派志向だから団体旅行で行けないところに
二人だけで行くのが楽しみだったようです。

その年はタスマニアに旅行計画でした。
シドニーまでは経由便の安い航空会社、
シドニーからの国内線では、
オーストラリアのLCCを利用予定でした。

個人で別々に航空券を予約購入してから、
シドニーでの乗り継ぎのことが心配になり、
乗り換えに必要な時間はどれくらいか?
国際線から国内線へどうやって乗り換えるか?
いろいろと心配してネットで検索中に、
私のブログに行き当たったそうです。

ある日コメントを通して質問がありました。
私のブログだけでは分かりにくい所があり、
乗り換えに遅れたらどうなるのか、
現地の事情に関して質問がありました。

現場を離れてまだ一年も経っていませんが、
空港の状況は常に変わっています。
特に異なる航空会社間の乗り換えは、
遅れても誰も責任は取ってくれないので、
実際に航空会社に問い合わせをしてから、
質問に返事させていただきました。

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     NSW州議事堂  by wiki


ブログで旅行情報発信しています

私のブログではなるべく
旅行情報を発信するようにしています。
しかしよく行くところなら別ですが、
なかなか情報を発信できない時もあります。

オーストラリアの旅行記の時は、
特に詳しく書くようにしています。
ガイドをしていたのもありますが、
バッパーとして旅行するときに、
「こんな情報があったら」
と思う時が多かったからです。

シドニーに関してはたくさんの人や企業が
情報発信しているので必要もないでしょうが、
そういう人たちが書かないことを書くと
旅行者の人たちの役に立ちますね。

そのひとつが空港の乗り換えです。
シドニー国際空港には国際線と
国内線の二つのターミナルがありますが、
その乗り換えについて、
書いた情報は意外と少ないですよ。

特に国内線に乗り継ぐ場合に、
国際線と異なる航空会社の場合、
遅れてどちらも責任とってくれません。

旅行会社のパッケージツアーなら、
現地の手配会社が何とか交渉してくれますが、
個人旅行だと予約した乗客の責任ですね、
国際線の飛行機が遅れた場合にどうするか?
予約する前に確認する必要があります。

国内線の乗り継ぎ便が多い都市なら、
ひとつ乗り遅れても変更可能ですが、
一日一便しかないような都市なら、
乗り遅れたら翌日になる可能性もあります。

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    NSW州立図書館 by wiki

我が家で寿司パーティー

その後お二人は購入したキャンピングカーで、
一年ほどかけてオーストラリアを一周。
私がまだ行ったことのない街まで旅行されました。

その出発前に一度家に来てもらいました。
何が食べたいというと「お寿司」だったので、
シェアーしている友人に作ってもらいました。

その日は朝からフィッシュマーケットに買い出し、
自分で寿司を作って食べる機会は少ないです。
何といっても偏食の多い私は、
数種類のお魚しか生では食べれません。
友人はこの時とばかりにいろんな魚を買い、
寿司を食べれるのが嬉しかったようです。

鮭はキロ17ドルぐらいで売っていますが、
刺身用になるとキロ50ドルもします。
1尾買ってフィレにしてもらい、
部分ごとにカットした方が安くつくだけでなく、
心行くまで刺身も食べることができます。

お二人も肉料理は何処でもできるので、
この日はシーフードだけで良いと言われました。
私も魚なら焼いても、少しだけ刺身で食べました。
帰りは送っていくのでお酒は控えめに、
本当に楽しい時間を過ごすことができました。

このお二人とはその後数回会う機会がありました。
現在は軽自動車のキャンピングカーで、
北海道から樺太に渡り、シベリア経由で
中央アジアやヨーロッパを旅行した後、
南アフリカを目指してアフリカ南下中です。

今回の旅も北海道を出発して23か月。
アフリカでの車の旅はかなりハードなようで、
Yukoさんはフランスで夏休み中。
無事に南アフリカにたどり着けるかどうか、
ハラハラドキドキしながら応援しています。

YoshiさんとYukoさんの
ブログ旅々、沈々」をご覧ください。

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エベレストベースキャンプまで歩くお二人

ブログで知り合った二人とシドニーで会う

私がお二人のブログ「旅々、沈々」で見つけたのは
何かを検索していた時に探し当てました。
そのキーワードが何だったのか覚えていませんが、
旅行計画していた時のヒントになったと思います。

その時は多分テキサスからシドニーに戻らず、
そのまま中南米を旅行しようかと思っていたので、
多分その辺のキーワードに当たったのでしょう。
でもそんな出会いが今では友人に繋がっています。

たまたまですが、お二人はその時シドニー滞在中。
しばらくシドニーにいる予定だったので、
コメントで連絡を取り合いながら、
「シドニーに戻ったらお会いしましょう」
という話になりました。
そしてシドニーに戻ったら比較的すぐに、
実際にお会いすることになりました。

お二人が滞在していたAirBNBは
私の家から車で10分位の所でした。
家の前で待ち合わせて迎えに行ったら、
「女性」だったのでびっくりされました。

Yoshiさんは私を男性だと思っていたようです。
当時はブログに顔写真が載っていたのに、、、
あまり旅行ばかりしているから、
女性に見られなかったのかもしれません。

以前私が働いたカフェが近くだったので、
そこに行って一緒にお茶にしました。
年齢も違えば、一緒に旅行にしたことないのに、
同じ趣味ということもあり話が湧きました。

特に二人ともアラスカに行ったことがあるので、
つい先日まで行っていたアラスカの話で
とっても盛り上がりましたね
と言っても私が知っているのはデナリだけ、
お二人の方が私よりももっと
アラスカを旅行されていました。

Yoshiさんと Yukoさんのブログ
『旅々、沈々」をご覧ください。

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スペイン巡礼の頃のYoshiさんと Yukoさん

仕事しながら旅行している二人

日本に住んでいないので
ブログ友の方とお会いする機会は少ないですが、
シドニーに来られた方と会う機会がありました。

このお二人はすでに12年以上
世界中を旅行されています。
ただの世界一周の旅行ではなく、
その時によって旅のスタイルは違いますが、
働きながら旅行されているのです。

Yoshiさんはデザイナー。
インターネットで仕事の注文を受けたら、
旅行が停滞してしまうこともありますが、
働きながら旅行できるのはうらやましいです。
ネットで繋がっていれば職場はいりません。
世界の何処にいても仕事ができるのです。

Yukoさんは元建築士ですが、
今や旅行しながらサイトを作ったり、
旅行中に見つけたすばらしい石を使って、
独特のアクセサリーをデザインされています。
こちらも旅行しながらできる仕事です。

お二人はモーターバイクでカナダを横断したり、
アラスカから南米の最南端まで縦断したり、
オーストラリアも車で一周しているのです。

フランスから巡礼の道を歩いたかと思えば、
エベレストベースキャンプへ登山したり、
ユーコン川をカヌーで下ったりする
アクティビティーなところもあります。

あるときは一か所に長期滞在していますが、
私のように何処かに住むのではなく、
旅が生活と職場になっているお二人は、
ブログ「旅々、沈々」で見ることができます。

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     ブログ『旅々、沈々』


ブログを始めて良かったこと

ブログを始めて良かったことは、
新し世界が広がったことかもしれません。
今まで絶対に知り合えないような人と、
ブログを通して知り合いになることができました。

もちろんその方の本名や住所など、
何も知らないことがばかりです。
ましてやお会いしたこともありませんが、
家族の成長を一緒に喜んだり、
ペットが亡くなれば一緒に悲しんだり、、。

私はあまりコメントを残さない方です。
実は仕事が忙しいと疲れ果てて、
ブログの訪問だけで精一杯なのです。
毎日のブログアップは忘れずに、
ブログ訪問だけに命を懸けています。

そのためにこの人はコメントを残さない人、
ただの読み逃げと思われているかもしれませんが、
訪問があればブログを書く励ましになるし、
訪問してくださった方にはなるべく、
訪問返しをするようにしています。

ブログを読みながらどんな人が書いているのか
想像するのはちょっと楽しいですね。
ブログのなかで自己紹介される方もいますが、
謎に包まれた方も多いですよね。

でも長らく読んでいくと少しずつですが、
その方のことが判明していきます。
探偵小説が好きだった私には
ホームズになったような気分です。

こうして私の生活の中でブログが
大きなウェイトを占めるようになりました。
三日坊主の私ですがブログは続いています。

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   オーストラリア博物館 by wiki

ガイドの仕事はなくなったけど

ガイドの仕事が完全になくなって、
ちょっと人生の生き甲斐がなくなりました。
だってそれまで25年近くやっていましたから、
私の人生の半分以上がガイドの仕事でした。

添乗員時代も含めてシドニーのみならず、
カナダ、アメリカと楽しい時代を過ごしました。
旅行好きはガイドになる前からでしたが、
お陰で見られないことも見れましたね。
人とお話するのは好きな方です。

でも人に対する好き嫌いも多いので、
クレームも多かったことでしょうね。
お客さんでも態度が悪いと、
叱ってしまうタイプのガイドですから、、。
お客様は神さまではありませんよ。

でも私には新しい生き甲斐がありました。
それはこのブログでしたね。
ブログを始めて一年近くになっていました。
最初は身近な友人に話して読んでもらったけど、
友人が読むのは限りがありますからね。

最初は数人から始まった訪問客も、
このころには30人程度まで伸びていました。
お陰で一周年を前に1万人達成して、
何とかひとつのマイルストーンになりました。

すでに30年近く旅行していたので、
書くことはいくらでもありましたが、
もともと書くことが好きだった私なので、
ブログは私にとって新しい生き甲斐でした。

今まで使い慣れていなかったPCも
やっと一人前に使えるようになりました。
メールやFBだけでなく世界が広がりました。

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    NSW州立美術館 by wiki




カフェで働くだけですが、、、。

企業のイントロダクションについて話していましたが、
それはコカ・コーラに仕事に行った時のことです。
そこは隣の工場でコカ・コーラの製品を生産して、
その隣には配送用のトラックセンターがありました。
私はその両方で働いたことがありますが、
どちらも社員食堂のカウンターで働きました。

トラックセンターで仕事をした時には、
身分証明書だけで入ることができましたが、
生産工場のカフェで働くことになったとき、
身分証明書を見せたら警備員から、
イントロダクションのカード提示が求められました。

受けたことがないというと隣の部屋で、
イントロダクションを受けるように言われました。
「30分もかからない簡単だから」と言われましたが、
ちょうどタイミングが悪くて私の前に、
3人のコントラクターがいました。

彼らは工場内のエアコンを修理に来たコントラクター
親方のほかに10代と50代の男性二人がいました。
親方はすでにイントロダクションを受けていましたが、
この二人は初めてコカ・コーラで働くようで、
受けないと入場できないと言われました。

二人とも一応英語はまともに話していましたが、
イントロダクションのテストに何度も失敗しました。
100%合格するまで認定証が発行されないので、
最後にはかなり頭にきていたようです。
何せ二人とも合格しないと働けませんからね。

30分以上たってもまだ終了できません。
二人とも集中力がないようですね。
質問はすべて選択式になっているのですが、
同じところでいつも間違っているようです。
結局親方が会社のボスに電話を入れて、
その日は働くのを諦めました。

私はその間後ろでイライラしながら待っていました。
諦めるのならさっさと辞めて欲しかったですね。
結局それからイントロダクションを受けて、
カフェの仕事に行きましたが
とっても一日調子が悪かったです。

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クイーンビクトリアビルディング by wiki

企業のイントロダクション

イントロダクションというのは案内ですが、
職場で事故が発生しないようにするために、
派遣やコントラクターの人たちも受けます。
会社の敷地内で事故が発生すると、
その企業は責任が問われますからね。

もし企業側の責任が判明したら、
事故にあった人の損害によっては、
その保証が何億円となることもあります。
そのために安全に関する説明を受けます。

場所によってはオンラインで先に受けます。
ただ説明を聞けば済むものではなく、
そのあとに簡単なテストがあって、
合格しないと認定証が降りなくて、
企業内に入れないだけでなく働けません。

私たちはエージェントから仕事をもらっていますが、
派遣先によって受けなくて良いところもあります。
生産工場や物流センターなどで働くときは、
イントロダクションを受けるときが多いです。

最近は仕事前に訪問する前に、
家でオンラインで済ませることが多いですが、
最初の頃は訪問先で受けることが殆どでした。
一応それも仕事契約の一部なので、
受けている間は「仕事中」と見なされました。

英語がネイティブでないと時間がかかります。
企業が異なっても何回も受けているうちに、
同じような内容が多いと分かってきました。

火災予報のブザーがなったらどうするか?
危険物を見つけたらどうするか?
などある程度常識的な内容が多いのです。
事故にあった人から訴えられたときに、
「企業が説明しなかった」と文句を言われないよう
責任逃れするための手段ですね。

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  シドニータウンホール by wiki


オールラウンダーで頑張ります

あるときは社員食堂のおばちゃん、
美味しいコーヒーを入れるバリスタ、
たまに大きな宴会でサーバーをして、
スポーツイベントでは応援しながら、
ホットドッグやバーガーを作っています。

と1人7変化の仕事が好きですが、
洗い場のおばちゃんだけは嫌ですね。
洗剤でも手が荒れる方ではありませんが、
大きなキッチンで使いポットやトイレは、
重たくて持てないものもあります。

仕事が出来なくて使えない若者を
その仕事にアサインしてよと頼んでいますが、
洗い場専用のスタッフがいないところでは、
エージェントから派遣された私たちが、
洗い場の仕事をさせられることが多いです。

特にオフィスや工場のカフェでは、
サンドウィッチやサラダを作ったり、
注文に応じてコーヒーを入れたり、
カウンターでお客さんにサービスしたり、
さらに洗い場も手伝うのですから、
オールラウンダーと呼ばれる
「何でもできる人」が必要ですね。

ハッキリ言って気力と体力の仕事です。
若いときとは異なって無理はしません。
重たいものや持てないと断るし、
高い所にあると「届かない」と
ハッキリ言って手伝ってもらいます。

仕事に関する技術だけでなく、
いろいろなライセンスを修得したり、
新しい派遣先の会社説明をオンラインで
終了しないと仕事がもらえなかったりと、
いろいろと要求される時代になりました。


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    シドニータワー by wiki

配膳の仕事も新時代

別の仕事とは以前にお話ししたことのある
ホスピタリティーエージェント」のこと
日本でも配膳会の仕事をしたことありますが、
ホテルの宴会やレストランが主な仕事でした。

シドニーでも最初は宴会の仕事や
レストランでのサーバーが殆どでしたが、
そのうちケータリングアシストと呼ばれる、
オフィス、工場などの社員食堂や
病院、介護施設などの配膳の仕事が増えました。

同じところで働く機会は少なく、
毎日違った場所で働くときもあります。
初めての場所で働くと要領がことなるので、
戸惑うこともたくさんあります。

そこで働いている人と会わないと、
「もう帰ってよいよ」と言われることもあるし、
一日の仕事のはずが半日で終わったりと、
安定していない仕事でもあります。

最近は州や国の規則が厳しくなって、
酒類取扱いに関するライセンスは当たり前、
食品衛生の関するライセンスも
修得しなければならなくなりました。
この費用はすべて自己負担です。

さらにアメリカ並みにポリスレコードや
児童ポルノ、児童買春、児童虐待などの
犯罪経歴がないかどうかをチェックする
チルドレンプロテクションチェックも
会社に提出するように求められています。

職場で何か事故が発生すれば、
個人が追及されるだけでなく、
会社が仕事契約を失いますからね。
いろいろと義務が課せられてきました。

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  シドニーハーバーブリッジ by wiki

ガイドの仕事はもうありません

シドニーに戻ると以前の仕事に戻ります。
エージェントに登録していると、
仕事を探す必要がないので楽でした。

ガイド会社に土産を持って行きました。
今までは夏の忙しいシーズン前なので、
「待っていたのよ」と喜ばれましたが、
日本旅行者が減ったので仕事がないと、
申し訳なさそうに言われました。

ハッキリと「首」とは言われませんが、
私のようにウロウロしているガイドは、
会社にとってはあまり有り難くないようです。
今までも仕事数は少なかったけど、
これでガイドを辞めるときが来たようです。

ガイドなんてツアーがあってのものです。
たまに大型のグループが来れば、
今いるガイドでは足りない時だってあります。
登録だけしているガイドだっているのです。

実際にその数年後にロータリーの仕事があって、
2000人近いグループが来ることになりました。
ガイド経験者をかき集めているという噂を聞き、
「友人が社長に電話してみれば」と言いましたが、
私の方から連絡することはありませんでした。

会社は私の電話番号や連絡先は知っているはずだし、
ガイド仲間に聞けば簡単に連絡がつくのです。
それでも声が掛からなかったのですから、
私に仕事を頼むつもりはなかったのでしょう。

そんなイザコザがもう面倒くさいので、
このガイド会社とは縁を切ることにしました。
と言ってガイドに未練はまだありましたが、
別の仕事で何とか暮らしていけました。

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   シドニーオペラハウス by wiki

ヴァージンオーストラリアとは

Vオーストラリアはヴァージンブルーの
長距離国際線の子会社として設立されました。
会社名は親会社のヴァージンブルーと同じく
一般から募集されて命名されました。

オーストラリアの航空会社と言えば、
私がワーホリで来た頃には、
国際線のカンタス航空(当時は国営)、
国内線として2社、国営のTAAと
民間のアンセット航空がありました。

1992年にTAAがカンタス航空を吸収、
カンタス航空のブランドを残すと、
アンセット航空は国際線に進出して、
2大航空会社の時代が始まりました。

ローカルを運行する小さな航空会社は、
国内にいくつもありましたが、次第に
この2大航空会社の傘下に入りました。

日本からの観光客が多かった90年代、
第3の航空会社としていくつかの航空会社が
設立され運行開始しましたが、
出来ては潰れてを繰り返していました。

そして2000年8月ヴァージンの子会社、
ヴァージンブルーを設立しました。
ブリスベン〜シドニー線をわずか2機で
毎日7往復で運行開始しましたが、
業績ななかなか奮いませんでした。

2001年にアンセット航空が倒産すると、
第2の航空会社として拡張しました。
2003年にはニュージーランドに
パシフィックブルーを設立、
2005年にはポリネシア航空を吸収して、
ポリネシアブルーを設立しました。
そして2011年5月に社名を
ヴァージンオーストラリアに変更しました。

今回の北米旅行記を
別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
まずはカナダ編です。

『World Traveler in Alaska』


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     Vagin Australia by Boeing.com


カフェの仕事嫌いじゃないけど、、、

カフェの仕事は今までに比べて、
一番楽な仕事だったかもしれません。
ジュリーのご機嫌次第で変わりますが、
昼過ぎにいなくなれば私たちの天国、
まあのんびりと気を使わずに仕事できました。

カジノに比べるとボスはひとり、
お客さんから文句言われることも少なく、
第一媚を売らずにすみましたね。

しかしカフェで一生働くわけではありません。
仕事は嫌いじゃないけれど、私には夢がある。
働きながら旅行をする夢がある。
シドニーに燻っていてはいけないのです。

渡り鳥が秋風が吹いたら旅の準備をするように、
そろそろ旅の計画を立てる時期がきました。
一年近くカジノで働いていたので、
何処へも出ることができませんでしたが、
今は自由、好きな所へと行くことができます。

行く場所はこれから夏になる北半球、
日本に行って働く気力はないので、
アメリカかカナダになるわけですが、
やはりアメリカへの夢は捨てられませんね。

しかし何処に行くかが問題になってきます。
まだ行ったことのない場所に行きたい。
でも仕事は行く前に探しておこう、
シドニーから仕事を申請できるところ、、。

と目標ができると人生に張りができます。
仕事は何でも採用されたところに就職しますが、
雇ってもらえることが一番ですね。
たくさんスタッフを募集しているところ。
私の目標はまだ行ったことのない州、
アラスカへと向けられることになりました。

今回の北米旅行記を
別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
まずはカナダ編です。

『World Traveler in Alaska』


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      私が働いていたカフェ



大晦日の花火を見たら

明けましておめでとうございます。
2017年も皆さんにとって、
良い年でありますように願っています。

大晦日があければ新年がきます。
大晦日のカウントダウンが始まり、
真夜中(新年になると)
一斉にシドニー湾に浮かぶ船から、
警笛が鳴り始めます。

そしてシドニー名物の花火。
大晦日の花火と呼んでいますが、
正確には新年の花火ですね。
午後9時に家族用にありますが、
真夜中が正式な花火でして、
世界中の大都市と競っています。

シドニーは夏時間を採用しているので、
東京より2時間早いわけですが、
北米ではまだ大晦日が開けばばかり、
新年を祝うムードではありませんね。

シドニーでは1月2日のニュースで、
世界中の花火を流していますが、
夏の花火なら楽しめるけど、
パリ、モスクワ、ニューヨークも
寒いだろうなあと思っています。
夏のお正月、雰囲気は全くないけど、
花火を楽しむなら最高ですね。

カフェに出勤すると、
お正月の雰囲気は全くありません。
それ用の飾りつけもありませんからね。
もしかしたらお正月を一番お祝いするのは、
日本人かもしれませんね。

お正月もお店が休みの所はありますが、
クリスマスよりは少ないですね。
カフェも普通どおりに開いています。
昨日と変わりない、一年の幕開けです。

今回の北米旅行記を
別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
まずはカナダ編です。

『World Traveler in Alaska』

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バレーオブザゴッド@アリゾナ州


新年に向けてとっておきの1枚
あけましておめでとうございます。
新年にふさわしい写真を探しても、
夏のシドニーでは見つかりません。

去年北米旅行で撮った写真の中から
もうひとつとっておきの写真を、、、
アメリカはグランドサークルが一番好きです。
モニュメントバレーは私のお気に入り、
でも今回初めて行ったところがあります。

『神の谷 Valley of the God』は、
ナチュラルブリッジ国立公園から、
モニュメントバレーに向かう道路にあります。
ただし舗装されていない道路を、
車が故障する覚悟で行ってください。

初めて行ったのは運転に自信がなかったから、
雨が少ないところですが、今回は晴天続き、
いくつかの国立公園を省いた分、
ここへ立ち寄ることにしました。

入場料無料の上に、車が少ないここは、
まさに写真が好きな人には天国ですね。
多分トラックや4WDなら
こんな場所たくさんいけるのでしょうが、、。

モニュメントバレーより小さいけど、
これでも醍醐味はたくさんあります。
多分この写真だけでも500Mぐらいの差、
自然が造形美の宝庫は、
どんな芸術家もかないません。


クリスマスも大晦日も平常通り

クリスマスも平常通り営業しました。
ケリーは祭日はお休みをとりますが、
ケンとビーナスは学校が休暇なので、
毎日働くように言われたそうです。

ビーナスは親戚のおばさんから、
クリスマスの日に一緒にランチをするので、
遊びに来るように誘われていました。
ジュリーはブツブツ言っていましたが、
親戚のおばさんには勝てませんよね。
そのため私がクリスマスに働いて、
26日ボクシングデーに休みました。

周辺のお店はほとんどお休みです。
独身者が多く住んでいる地区なので、
家族や親戚と過ごさない人たちが、
朝から食事に来て忙しかったです。

この店だけは平日と変わりなく営業、
クリスマスホリデーもいつもと同じです。
ふつうにパンを焼いて、コーヒーを淹れ、
夜7時には営業を終えていました。

クリスマス前から毎日一箇所づつ
ジュリーの指示で掃除をしました。
店を休んで大掃除ができませんからね。
大晦日も同じように営業しました。

ケリーは隣で『あと何時間』と呟きます。
これから家族とディナーをするようです。
まさか年越し蕎麦なんて食べないようですが、
イタリア系のケリーは行事の度に
親戚一同が集まっていました。

私は友人たちとシドニーの花火を見ます。
残念ながら夕食が作れないので、
昨日買っておいたチーズとオードブル、
店の残ったパンを持って行きます。
去年はカジノで派手な雰囲気でしたが、
今年はカフェで地道な雰囲気です。

今回の北米旅行記を
別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
まずはカナダ編です。

『World Traveler in Alaska』


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フリーモントストリートで踊る私@ラスベガス


2016年取って置きの1枚
今年の9月から11月にかけて、
北米旅行をすることができました。
今回は珍しく友人との旅行でしたが、
おかげでたくさん写真を撮ってもらいました。

今年のとっておきの写真はかなりぶれていますが、
ラスベガスのダウンタウンにある
フリーモントエクスペリエンスで踊る私です。

私が好きなミュージカルドラムを
毎晩演奏しているおじさんがいます。
今回はダウンタウンに泊まったので、
ビールを飲んだ後見物に行きました。

音楽が流れ出したら体が動き出します。
ついつい踊り始めてしまいました。
誰が見ていようと気にならないのがラスベガス。
カメラで写真を撮ってくれたのは友人ですが、
たくさんの人が携帯で私を撮っていました。
ドラム叩くおじさんも喜んでくれました。
来年もこんなにはしゃげる日が来るかな?


毎日ブログ訪問ありがとうございます。
来年も皆さんにとって良い年でありますように、
そして楽しい旅行ができますように、、。



カフェの前にあったパブ

パン屋さんとカフェを兼ねた店で
バリスタ兼店員として働いていました。
オーナーがいない時はケリーかビーナスが
調理を担当してくれるので(簡単物ばかり)
私は調理することはありませんでしたが、
生ジュースやミルクシェークもでるので、
覚えることは少なからずありました。

カフェには製氷機が置いてないので、
氷はとなりのパブにもらいに行きました。
バーテンダーにコーヒーを持って行き、
その代わりに氷をもらっていました。
たまに菓子パンも持って行きましたが、
もちろんオーナーのいない時だけ、、。

シドニーにはたくさんパブがありますが、
ここにやってくるのは特異な人たち、
シドニーでも有名なレズの人たちが
多く集まってくるバーがありました。

毎年3月初めに世界中からのGLが集まる
マルディグラが開催されるシドニーです。
ダーリングハーストにはゲイの店が多いけど、
レズが多く集まる店は少なかったですね。

ダーリングハーストから遠く離れた
エンモアにその店はありました。
しかし昼に来てる人たちは少なく、
カフェは夕方7時に終わるので、
お客さんを見かけることは少ないです。

週末になると昼間にも集まります。
パブメニューもあるようですが、
カフェに食べに来る人もいました。
ダーリングハーストはパブも多く、
治安が悪いのでここに集まるとか、、。
女性はやっぱり弱いですからね。

今回の北米旅行記を
別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
まずはカナダ編です。

『World Traveler in Alaska』


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    カフェの前にあったパブ


『ボートピープル』だったジュリー

マットとジュリーの間柄が気になっても、
『二人はどんな関係ですか?』と聞くほど、
まだ親しくもなっていませんでしたが、
たまに一緒に働くときは良く話していました。

『結婚しているの?子供はいるの?』
と私のことも気になるらしく、
答えると同じ質問を繰り返します。
娘が3人いて家は両親が見てるとか。
娘さんはカフェに来たこともありますが、
旦那さんについては話したがりませんでした。

結婚していないと答えると、
どうやって永住権を取ったのか、
移民者としては気になるようです。
日本語ガイドで取ったというと、
ちょっと不思議な顔をしていました。

彼女はベトナムからの移民。
私より少し若かったようですが、
ボートピープルと呼ばれる、
ベトナムを逃れた難民でした。

しかし船に乗るだけの財産がないと、
逃れることさえできなかったようです。
ベトナムにはまだ親族がいるそうですが、
たまに帰国して会いにはいくけど、
住むならシドニーの方が良いと言っていました。

ベトナム戦争のニュースはテレビのみ
私にとっては全く関係のない生活でした。
1975年サイゴン陥落しましたが、
新体制を怖れた人たちが『難民』として、
海外へと脱出を企てていきます。

オーストラリアは1978年
ベトナムからの難民を受け入れることに合意、
白豪主義を終わらせることを議会で決定。
ボートピープルがやってくることになりました。

同じ時代を別々に生きた私とジュリー、
同世代でもまったく別の体験をして、
シドニーのカフェで一緒に働くのも、
やはり移民の国だからの体験です。

今回の北米旅行記を
別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
まずはカナダ編です。

『World Traveler in Alaska』


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      私が働いていたカフェ

怪しげな二人の関係は?

カジノで働いていた頃、ジュリーは、
マットの奥さんと思っていました。
しかし一緒に働き始めると、
そうではないことが分かりました。

ケリーとジュリーは同じ店員として、
マットが経営していたフランチャイズの
パン屋さんで働いていたそうです。
ケリーが辞めて数年後にマットから電話があり、
新しくお店をオープンするので、
手伝って欲しいと言われたそうです。

最初は手伝いのつもりで来たのに、
数年も働いていると愚痴を言っていましたが、
彼女だけはオージー並みの給料を
現金支給でもらっていたようです。

週末も祭日も給料が一緒なので、
働かないと宣言していました。
クリスマスも休まないお店ですが、
ケリーだけは堂々とお休みをしました。

新しいお店に来てみてびっくり、
店員として働いていたジュリーが、
マットと一緒にオーナーに昇格、
いろいろと指図していたそうです。

さすがに二人の過去については、
あまり話したがりませんでしたが、
二人とも結婚していて家族もいるとか、
マットが毎日ジュリーを迎えに、
彼女の自宅まで通っているそうです。

毎日朝5:30からお店にくるジュリー、
お店はジュリーが担当しています。
マットはちょっと忙しい時に調理したり、
必要なものを買い出しに行くぐらいですね。
12時頃にお店を出ると用事がない日は
そのままカジノへと直行しているようです。

今回の北米旅行記を
別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
まずはカナダ編です。

『World Traveler in Alaska』


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  シドニーのカジノ by The Star

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