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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

開拓団が切り開いた街「パーマー」

1930年世界大恐慌の頃、
アメリカのルーズベルト大統領は、
ニューディール政策を打ち出しました。
その一環としてパーマー周辺に、
203家族が開拓団として移民しました。

1867年にロシアから買ったアラスカ
しかし殆ど先住民しかいなかったので、
このアラスカをアメリカの領地にするために、
白人の開拓団が必要だったのです。

アメリカ連邦政府は不況にも関わらず
何億というお金を投じました。
40エーカー(約16ヘクタール)の
土地を無償で払い下げましたが、
厳しい冬の気候の中で耐え切れず、
土地を捨て移った人も多かったのです。

平野部は広大に続いていますが、
耕せる場所は決まっていました。
氷河から流れるだすシルトの土地は、
作物など受けることもできません。
そして地下には永久凍土もあります。

そんな中で開拓してきた人たち
開拓団の歴史はどこも順風ではないけど、
アラスカほど厳しかった所は少ないです。
当時アラスカに移住するのは、
海外に移民するのと同じ遠かったですね。

現在そのころに建築された家は、
連邦政府の国家歴史登録財に指定され、
保存するようにされています。
アメリカとしての歴史は短くても、
開拓団の魂はしっかり根付いています。

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  パーマーの景色 by Tripadvisor


ホームステッド法

ホームステッド法は、1862年
リーンカーンの署名で発効しました。
別名を「自営農地法」とも呼ばれ、
アメリカ西部の未開発の土地
1区画160エーカー(約19.6万坪)
を無償で払い下げるものでした。

現在の私たちにはどちらも分かりにくいです。
1エーカーは約4047平方メートルあります。
これに160を掛けると64㎢以上あります。
簡単に言えば一辺が8kmの正方形です。
甲子園50個分のの広さになります。

21歳以上であれば誰でも申請できました。
アメリカに移民してきたばかりの人や、
過去に犯罪歴のある人やシングルの女性、
今まで小作人をしていた人も申請できます。

もちろん初めて入植する土地では、
最初は家も電気などもありません。
気象条件の厳しい所もあれば、
近くに水がないところだってあります。
でも無料で土地が貰えるというので、
みんな夢を求めて入植していきました。

160エーカー分を開墾して、
最低基準より大きな家を建て、
そこで最低5年間農業をすれば、
その土地の所有が認められました。

1867年アメリカはロシアから
アラスカを購入しましたが、
全くの未開の土地でした。
ユーコン川流域で金が発見されると、
ゴールドラッシュの波に乗って、
一般の開拓者たちも入植始めました。

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     アラスカの高山植物



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