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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

カナダに戻ってビザを待ちます

その夏をカナダで過ごすことにしました。
バンフに戻って仕事をするかどうかは未定でしたが、
会社にはカナダに戻ることは伝えておきました。
ガイドはピークシーズンなら何時でも人出不足でした。
ワーホリ制度はまだカナダではなかったので、
日本人のガイドが雇い憎い時期でした。

6月にアメリカに向けて出発しました。
去年タイで買った片道チケットは
帰国から一年を過ぎていたので無効
今回はLAまでの往復チケットでした。

夏の仕事が終わったら日本に戻り、
永住権が降りるまで添乗の仕事をするつもりでした。
ブランクがあれば友達のアパートで
またしばらく居候するのも楽ですからね。

今回は旅行の計画もいくつかありました。
LAの友達と二、三泊のドライブ旅行と
添乗で知り合ったお客様と
カナダを一緒に旅行する計画でした。

これではバンフでガイドする時間もありませんね。
確かにガイドはあくまでも最後の手段、
自分の旅行を楽しむのが目的でした。

バンクーバーの友達が日本に帰国していました。
数年に一度日本に滞在するのですが、
その時は帰国の年に当たっていました。

ダンナ様はカナダに残って仕事をしていましたが、
彼女がいなくても泊まるように言われていました。
家族のように思われていたので気が楽でしたが、
どれぐらい滞在するかはそのとき次第です。
すべてはその場の成り行き次第で決めるつもりでした。

仕事を気にせずにカナダに戻れるのは嬉しいですね。
当時はこの国が私の祖国でしたから。
しかしバンクーバー行きの直行便に
個人で切符を買って乗ったことはありません。
この時も最初のゲートウェイはLAでした。

1988年 4月20日 帰国から
1989年 6月 4日 出発  410日間


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        バンクーバー市内

遅れて来たガイドさん

このお城に関する思い出がもうひとつあります。
別のツアーで行った時のことですが、
その日はミュンヘンから移動することになっていました。

この日ガイドさんがつくことになっていましたが、
何時になってもガイドさんがきませんでした。
バスのドライバーからは遅れるからと催促されましたが、
それでも予定より30分以上ロビーで待っていました。

ガイドさんなしでも何とかなる自信はありましたし、
出発に遅れて来るガイドさんの態度が許せませんでした。
お客様に了承を貰ってガイドなしで出発しました。

フュッセンまでの移動の間特に説明することもありません。
ドイツに滞在した時の思い出話で盛り上げていました。
かなりの時間が立ってから後ろからクラクションの音。
それも何回も鳴るのでバスを停めることになりました。

ガイドさんがタクシーで追いかけて来たようです。
お城に到着するすぐ手前で追いつきした。
お城の観光にガイドは必要ありませんでしたが、
形ばかりの仕事をしてお城でお別れ、
彼女はミュンヘンに戻って行きました。

ツアーはそのままオーストリアに抜けましたが、
このルートは添乗時代に一番感動した景色です。
カナダの大自然の中でガイドをしていた私が、
心からきれいだと思える景色はそれほどありません。

その景色とは一般の住宅街の家並みでした。
ゼラニウムの花がどの窓にも一面に咲き乱れ、
天国をこの世で見ているような優しさに溢れ、
その中にすべてが包み込まれる光景でした。

その街を通り抜ける間、私は言葉がでませんでした。
感動で胸が詰まってしまい言葉をなくしました。
それは皆さんにも伝わったらしく、
静寂なバスの中から車窓に見入りました。
何故かはわかりませんが、涙が溢れてきました。

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  ノイシュバンシュタイン城 by wikipedia


関連情報
ノイシュバンシュタイン城観光案内
http://www.neuschwanstein.de/englisch/palace/index.htm

ヨーロッパのガイドさん その2

これはイギリス、ロンドンでのお話です。
空港にガイドではなくアシストの人がやってきました。
この人達が何のためにくるのかわかりませんでした。
と言うのは日本語は話せない現地の人だからです。

ホテル、バスなどすべて現地の旅行会社が手配します。
現地にではすべてに手配会社のバウチャーが必要です。
そのバウチャーを届けるためだけに空港に来ました。
空港でバスの確認位はしてくれたようですが、
それ以外は全く何の手伝いもしませんでした。

バスに同乗しても挨拶なければ説明もありません。
お客様にあの人は何しに来たのですかと
聞かれても答えるのに喉がつまりました。

空港から市内までの移動の際に
通貨のことなど説明して欲しいことはいっぱいありました。
当時はユーローがなく各国別の通貨でしたから。
国が変わる度に説明も必要になります。
同じヨーロッパでも風習もことなりますからね。

バウチャーだけならホテル受け取りでも構いません。
手配変更とかあってもその人では役に立ちません。
お陰でガイドの居ない所では現地の会社に連絡して、
簡単なツアーのブリーフィングを受けました。

そんな何もしないアシストにもチップを払うのですか?
当時のお金で15ドル(3000円)位はらっていました。
私がもらっていたのが日給で8000円くらいでした。

シドニーでは早朝の空港でミートして
観光が終わってホテルのチェックインまで手伝います。
すべて終わるのに8時間位かかりますが、
それでやっと20ドル位もらっていました。

今のヨーロッパの相場はわかりませんが、
シドニーでは今はガイドのチップはありません。
ヨーロッパでは必ず渡さないと怒られました。
ガイドからレポートが上がって来て添乗員が怒られます。
本当にヨーロッパのガイドさんは強いですね。

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     ヒースロー空港 by flickr

ヨーロッパのガイドさん

三か国でガイドをした経験はありましたが、
ヨーロッパのガイドさんは全くことなりました。
厳しい国家試験を受けて確立しているのか、
ガイドさんの給料はかなり高かったようです。

これはフランスのパリでのお話ですが、
観光のピークシーズンにガイドが不足すると、
午前中に空港に到着しても観光は午後から、
学生ツアーは後回しにされる傾向にありました。

私がガイドの時は空港までミートに行きましたが、
ここヨーロッパでは全く違いました。
空港アシストが市内までのトランスファーを担当して、
ガイドさんとは市内のホテルでミートしました。
すべてはガイドの手配状況で変更になります。

ホテルのチェックンの手伝いをありません。
観光が終わったらチップをもらって、はい!さようなら。
それは添乗員の仕事の基本ですが、
ここまで仕事の分担がハッキリしていると
私が習ったガイドの基本と全くことなります。

プロの添乗員ならまだ良いですが、
英語の苦手な営業の人が添乗していたらどうなるのやら。
そんなときはその分給料をもらってヘルプされるのやら。
現地でガイドをしたことがないのでわかりませんが、
取りあえず添乗員が下手にでていましたね。

イタリアなど国家試験の厳しい所は
日本人のガイドは通訳と言う形になります。
国家資格をもった現地のガイドが乗込んできました。
国家資格をもっていないとガイドができません。

現地のガイドさんは何もしませんでした。
バスの中でドライバーと話をしているだけ。
一番前に座ってニコニコしています。
多分日本人ガイドより給料も高いかもしれません。

国家試験は現地の言語で受験するそうです。
語学だけではなくともかく歴史から宗教まで
一から勉強するのは大変なことです。
日本人で国家試験に合格するのは難しいでしょうね。

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   ローマのコロッセウム by wikipedia


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