地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

父にあうために日本へ

父が入院するとは死が近いということ。
でも入院していると看護もしっかりしているので、
だんだん元気になって回復しているようですが、
出血が止まらない限りは入院と言われたそうです。

現在同じ病院に1か月以上入院できないようで、
市内の病院から町内の病院に変わりました。
そうすると知っている人が入院していたり、
看護婦さんも知っている人がいたようです。

まだ入院したばかりの頃は、
貧血でも食欲はあったようで、
病院食に文句を言っていました。
刺身が食べたい、納豆が食べたい、
上げの果ては酒が飲みたい、、、と。

精密検査の結果「胃がん」と判断され、
いろいろ治療しても出血が止まらないので、
「輸血」だけが頼りでした。
残念ながら回復の見通しなしと言われると、
最後の父の願いを叶えるために、
元気なうちに、好きなものを食べれるように、
義姉は父に持って行ってくれたそうです。

そして父の願いが最後に子供たちに会うこと、
そのため東京にいる姉たちも帰郷することになり、
私もそれに合わせて日本に行くことにしました。
入院していても元気なうちの方が、
私のことも覚えていてくれますからね。

様態が急変することもありえますが、
それだけは神様のみ知りえること、
会える日まで元気でいてくれることを
願うしかありませんでしたが、
何とか神様は私たちの見方をしてくれました。
そして11月日本行の飛行機に乗りました。

10_1_22_up_OM7CWBDV.jpg
  水辺動物園の遊園地 by ezuko.jp

熊本の思い出 水辺動物園
熊本は私が育ったところです。
なかなか戻ることはありませんが、
熊本の思い出を綴ってみたいと思います。

よろしかったらRead moreからどうぞ

頑固な父の思い出、、、

父は昔から我慢強い人でした。
小さいころの私には
「厳しい親父」のイメージしかありません。
父と買い物に行ったこともなければ、
一緒に遊んだ覚えもありませんからね。

忙しくなると農家の手伝いをさせられました。
小さくてガリガリだった私には、
これが結構な重労働でしたね。
木を伐りだしに行ったり、草取りをしたり、
農家の仕事は兄でさえ嫌がっていました。

いくつか楽しい思い出に残っているのは、
まだ土から頭を出していない
筍の見つけ方を教えてくれたことや、
冬炭を焼いているときに横に座って
一緒に暖まったことぐらいでしょうか?

姉が在学中にPTA会長をやっていましたが、
別に誇りに思ったこともありませんでした。
いつも壇上にだって挨拶をしている父は、
家にいるときよりもずっとにこやかで、
一丁前に訓示を垂れているおじさんでした。

お陰で父兄参観日が大嫌いでしたね。
成績は悪くなかったので恥ずかしくはないけど、
来なくても良い父が必ず来ます。
ニコニコしながら外面が良い父が、
まるで優しい父親のふりをしていました。
どちらかというと母親が好きなので、
母が来てくれる方が嬉しかったです。

でも傘を忘れた日、突然豪雨になったときは
カッパ、傘、雨靴を持って迎えにきてくれました。
父の運転する50ccのバイクに乗って、
家まで帰った思い出もありましたね。


main.jpg
   水前寺公園 by suizennji.or

熊本の思い出 水前寺公園
熊本は私が育ったところです。
なかなか戻ることはありませんが、
熊本の思い出を綴ってみたいと思います。

よろしかったらRead moreからどうぞ



健康が取り柄の父が入院

日本とシドニーはわずか1時間の時差ですが、
私も姉も働いているので連絡も難しいです。
ましてやシフトでいろんな時間帯に働いている私、
姉から連絡があるのは電子メールが多いです。

それでも滅多に連絡しない姉なので、
メールが入っていると緊張します。
その時の件目は「父」でした。
私たちの父が入院したという内容でした。

私の父は本当に健康な人で、
一緒に暮らした間に寝込んだことがありません。
60過ぎまで歯医者に行ったことないし、
ましてや病院に入院なんて聞いたこともありません。

そんな健康が取り柄の父が入院なんて、
これは父にとって一大事件でした。
昔から「俺が入院するときは、死ぬとき」
と私たちに行っていたほど健康でした。

早速実家に電話を入れると義姉が出て、
父が貧血で倒れて朝起きれなかったとのこと。
入院して調べたら「胃から出血している」ので、
今後精密検査をするという話でした。

その後原因は「胃がん」とでたようですが、
93歳で「胃がん」と診断されたらどうするか?
末期がんというほどでもないようですが、
手術しても回復する体力があるか?

もちろん父には内緒にしてあるようですが、
いまさら痛い目にあうぐらいなら、
父の体力回復に任せて「手術はしない」
という家族の判断にしたようです。
どれが一番良い判断かは誰にも分かりませんが、
これが父にとって最良の選択だったと思います。

Kumamotojo.jpg
    熊本城(震災前)by wiki


熊本の思い出 熊本城
熊本は私が育ったところです。
なかなか戻ることはありませんが、
熊本の思い出を綴ってみたいと思います。

よろしかったらRead moreからどうぞ


該当の記事は見つかりませんでした。