地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

ガイドの仕事がなくなると、、、

オーストラリアに戻ってから10年間は、
ガイドの仕事がとても忙しかったです。
すでにバブルは破壊し始めていましたが、
オーストラリアが旅行ブームになり、
しばらくは景気の良い時代が続きました。

ガイドをしてお金を貯めては海外旅行。
たまに永住権をキープするために、
アメリカやカナダに戻って滞在しました。

一応シドニーが私の拠点になりましたが、
「今何処にいるの?」と家族からも言われるほど、
結局はいつも動き回っていました。
新し国を一か国でも増やすこと。
100か国旅行するのが目的でした。

日本の不景気がだんだん深刻になると、
海外旅行は「短い、近い、安い」が主流になり、
オーストラリアに来る人も減りましたね。

ピーク時にはこのシドニーだけでも
500人近い日本語ガイドがいたというのに、
いつの間にか50人ぐらいになってしまいました。
そして私がいた会社もガイド部門をクローズ、
皆それぞれに散らばって行きました。

私はまだガイドをしながらウェイトレスもして、
旅行するだけの余裕もありましたが、
そろそろ次の目的を探す時、
アメリカへの移住を考えてみました。

途中にもハワイやニューヨークで暮らしましたが、
戻ればまだガイドの仕事が待っていました。
でも私の好きな仕事ができないのなら、
他の国でガイドするために移住するか?
永住権はあるのですから、移住は簡単でした。

そしてアメリカに移住することにしました。
しかしオーストラリアよりも時給も安く、
医療保険など全くない国ですから、
ちゃんとした仕事が見つかるまでは無理ですね。

ターゲットに選んだのはラスベガス。
どんな街か、仕事はあるのか?
探すためにひと夏行くことにしました。

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   セントラルコーストの夕暮れ



シドニーに定住したはずですが、、、

日本に来て一年が過ぎようとしていました。
ロサンゼルス行の航空券があるので、
しばらく北米に帰ってみることにしました。
バンフの会社には来ることを伝えましたが、
結局何処でも仕事をせずに遊んでいました。

日本で添乗員をしているので、
今回のカナダ訪問は旅行でも良いのです。
この旅行中に友人に電話を入れると、
何とオーストラリアの永住権が認可されました。

面接があるので2か月でとんぼ返り。
大使館で最後の面接を受けると、
正式に永住権が降りました。
これでカナダの冬を過ごせる国ができました。
それもカナダの冬に夏の国でした。

日本の夏は添乗員が多忙な時期。
稼げるだけ稼ぐつもりでした。
シドニーに戻ってもしばらくは遊べません。
落ち着くまでは一生懸命働くつもりでした。
そのためにもお金はあった方が良いですね。

最初は現地に仕事を探しました。
ホテルの仕事もすぐに見つかりましたが、
ガイドの声があちらこちらかかかり、
結局ガイドになることにしました。
今までのガイド会社ではなく大手の会社で、
専属ガイドとして働くことにしました。

それまでも充分働いてきたつもりですが、
シドニーでガイドを始めてから数年は、
人生の中で一番働いた時期かもしれません。
休みをくれと言っても休みが貰えない程、
仕事はいくらでも好きなだけありました。

ヨーロッパの夏より暖かいシドニーの冬。
こんなに暮らしやすい街はありません。
でもじっとしているとムズムズします。
移民してから半年、毎日働き続けたので、
自分へのご褒美で三か月の休暇を取りました。

初めての南米旅行を計画しました。
もちろんひとりで好きなところに行きます。
主な観光地だけを旅行する、
一か月だけの短い旅行でした。

そのあと今度はカナダに戻って、
しばらく滞在するつもりでいました。
カナダの永住権をキープするには、
数か月滞在しなければなりませんでした。
もし仕事が見つかれば働くかもしれません。

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   ブルーマウンテン by flicker




渡り鳥の生活が続くけど

1年半ぶりにカナダに入りました。
到着するために前の会社に楽しんで
やってもらえるように頼みました。
そして世界で一番気に入っている所で、
一番良い時期だけ働くことにしました。

観光客はますます増えていました。
お陰で仕事は嫌というほどありました。
スタッフも2倍以上に増えており、
夏だけのガイドでも充分暮らしていけました。

バンフに二つのタイプの住人がいました。
この街に永住している人は1万人足らず、
他は忙しい季節だけ働くシーズナルスタッフです。

スキーのインストラクターをしている人は、
私と全く違う季節にバンフに住んでいましたが、
夏はガイドをして、冬は旅行している人もいました。
私もその仲間入りを始めていたようです。

バンフの夏これほど最高の街はありません。
アラスカ、スイス、ニュージーランドも行ったけど、
バンフに暮らしていた時期を忘れることはできません。
一年中暖かった定住するのですが、、。
でも冬が厳しいからこそ、夏がすばらしい。
その有難味に感謝しなければなりません。

シーズンが終わると渡りのように準備します。
今年は何処へ行こうか迷っていましたが、
ロサンゼルスで暮らしてみることにしました。

日本で知り合った友人がふたりも、
ロサンゼルスで暮らしていました。
何度もすでに訪問している街ですが、
やっぱりアメリにも住んでみないとね。

ちょうどタイミングが良かったようです。
台湾で知り合った友人が遊びにくるので、
私の車でアメリカに行くことにしました。
仲間がいれば移動中も心強いです。

Canadian Rockeis 3[1]
  観光客に人気のあるレイクルイーズ

夏のバンフは好きだけど、、、

カナダに戻ると現実の生活に戻りますが、
仕事もアパートも見つかっているのは楽でした。
前年にやったガイド会社で働くことにしました。

ガイドの仕事はとても楽しかったですね。
毎日毎日が新しいことの発見。
バンフの大自然の中で働けるのは、
誰よりも幸せなことかもしれません。

世界中からの旅行者はお金を払って、
カナディアンロッキーにやってきます。
それでも天気が悪ければ楽しめません。
天候は運を天に任せるしかなかったのです。

バンフの夏はシドニーの冬と同じ気温。
たまに雪が降ったり、雨で寒い日もありましたが、
「夏」という言葉で気分が紛れました。

何百種という高山植物が咲き乱れ
野生動物がアパートの前まで遊びに来て、
絶景の山や湖を見ることができます。
ほんの一瞬しかその姿が見れない時もあります。
これはバンフに住んでいるからだけでなく、
ガイドをしているからこそ見れるものです。

日本人のツアーですから神経を使います。
飛行機が飛ばなかったり列車が遅れたりと、
何かとハプニングも多い仕事です。
時には上司から注意される失態をしたり、
それでも私はこの仕事が好きでした。
いろんな人と話すのが好きだったのでしょうね。

バンフには世界的に有名なスキー場もあります。
冬でも仕事を何とかすることはできました。
スキー場の仕事はしなくても、ホテルでも働けるし、
ウェイトレスだってやることもできました。

でも寒いのを我慢することはできません。
雪に閉ざされた風景は写真で見るもの、
そこで生活する気力は生まれてこないのです。
そこでカナダから二度目の帰国となりました。
前年はオーストラリアで過ごしていたので、
新しい気持ちで日本で過ごすことができます。

ガイドの経験もだいぶ身に付き、
欧米、オセアニアやアジアも少し旅行したので
添乗員になってみたいと思いました。
世界中を無料で旅行できる添乗員、
旅行好きにはぴったりの職業だと思います。

Moraine Lake Banff National Park Alberta Canada 11[1]
   私が一番好きなモレーンレイク




ワーホリでオーストラリアへ

カナダの冬を逃れて日本に行き、
数か月東京で暮らすことにしました。
この間日本でやっていた仕事はウェイトレス。
結局久しぶりの日本でのんびりするだけ、
特に何もせずに時間は流れました。

この時の収穫と言えば滞在中に
オーストラリアのワーホリビザを
申請して手に入れたぐらいですね。

もちろん日本滞在中に海外旅行。
アメリカからの往復航空券は
日本経由の香港行でした。
ストップオーバーを利用して、
旅行する裏技を身につけていました。

バンクーバーではウェイトレスをしながら、
次の仕事の物色をしていました。
前年にガイドに挑戦したのですが、
採用されたもののデビューすることはなく、
研修だけで終わってしまいました。

その年はバンフでガイドに挑戦しました。
そこならスタッフアコモあるし、
旅行ブームで観光客が増えていました。

私はカナダに夏の間だけ仕事をして、
後は他の国で過ごすのが夢でした。
そのためにはガイドの仕事はびったりです。
忙しい時期に、働くだけ働きます。
スタッフアコモがあれば
アパートを探す心配も」いりません。

バンフでガイドとしてデビューした後、
数か月で辞めることになりました。
オーストラリアのビザが切れる前に、
シドニーに入国しなければなりません。

働きながら海外旅行をするワーホリ制度は、
労働ビザのように制限されることもありません。
移民ほど複雑な手続きもいらないし、
その気軽さが私にはぴったりでした。

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  シドニーのシンボル オペラハウス




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