地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

初めての天草五橋

天草1号橋を渡ると
早速車を停めて食堂に入りました。
ここで軽い食事と弁当の買い出し、
さらにトイレ休憩も兼ねています。

そしてお隣に行き魚の餌を買いました。
この店は釣り竿から魚の餌まで、
何でも揃っているお店でした。
壁の黒板には今何処でどんな魚が釣れると
詳しい情報が書いてありました。

それに合わせて魚の餌や針なども、
お店の人が教えてくれるようです。
一部には地元で取れる魚も売っており、
もし「ぼうず」だったら帰りに、
ここで魚が買えるという仕組みですね。

天草と言えば熊本より長崎に近く、
「隠れキリシタン 天草四郎」で有名です。
島原の乱の際のリーダーでしたが、
実際は名前しか知りませんでした。

天草五橋沿いに彼に纏わる史跡があります。
特に上天草市にあるメモリアルホールでは、
天草四郎に関する資料を見ることができます。
と言っても今日は魚釣り、観光はできません。

この辺りまでくると同じ熊本でも、
山沿いの実家周辺とは空気が違います。
海沿いは暖かくて和やかな気分です。
でもそれも橋が完成したで、
それまではとっても不便だったはずです。

残念ながら魚はあまり連れませんでしたが、
義兄と初めてゆっくりと話したこと、
そして天草に来ることができたこと、
私にとって思い出の一日になりました。


天草五橋(イメージ)
      天草五橋 by wiki

熊本の思い出 天草五橋
熊本は私が育ったところです。
なかなか戻ることはありませんが、
熊本の思い出を綴ってみたいと思います。

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幼いころの思い出「長女姉と義兄」

私が幼いころにある記憶のひとつが、
「これからパーマやさんに行くから、
一緒についてくるね?」と姉が尋ねました。
その日は姉のお嫁入りの日でした。
でもその日まで私は何一つ知りません。

姉と一緒に私も髪をきってもらい、
ちょっとだけ口紅もつけてもらいました。
「姉ちゃん、何処か行くと?」
「よかたい、遠くへは行かんけん」

私はその日従兄と一緒に、
三々九度の杯にお酒を注ぎました。
「姉ちゃんば、泣かせんといてね」と
言ったそうですが、記憶にはありません。

隣のひとみちゃんがタバコ栽培をしていました。
お茶畑をやる前はタバコ栽培をやっていたので、
ここに苗をもらいに行くときに、
私も一緒に行ったことがあります。
仁孝おじさんが運転する耕運機の
荷台に乗ってとっても楽しかったです。

その義兄と私たちは二従兄だそうです。
実家の周りにいとこ、ふた従兄も合わせると
軽く200人ぐらいはいましたね。

その義兄と天草に魚釣りに行きました。
天草五橋は私がいたころに完成していましたが、
父が車を運転しないこと、
そして当時は有料だったこともあり、
一度も行ったことがありませんでした。

姉の家から天草五橋のある三角まで
最低でも1時間半はかかります。
そこからさらに五橋を渡るのですから、
同じ熊本でもかなり時間がかかります。

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     飯田山 by wiki

熊本の思い出 飯田山
熊本は私が育ったところです。
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いつから邪魔者扱いですか?

姉二人が東京に戻ってしまうと、
私はお客さんではなく半分邪魔者。
お世話になっている姉のでは、
畑の仕事が待っていました。

義兄は「最近イノシシが出る」と言って、
食べられないように垣根を作ったり、
姉は姉でいろいろと用事がありました。

とっても田舎町なので、
動ける足がないと行動できません。
姉が何処かにいくついでに、
乗せて言ってもらうだけです。

私が学生の頃は路線バスもありましたが、
人口過疎化とともに廃線になりました。
それでも街の学校に通う生徒もいるので、
一日数本だけタクシー会社が
特別にバスを運行しているそうです。

利用するのは学生とお年寄りだけ、
私は地元の中学校に通いましたが、
4つの小学校が集まっていた中学校も、
子供の減少ととともに廃校になり、
今は街の中学校に通うそうです。

姉とまた父の見舞いに行きましたが、
「まだおったつか?」と言われました。
来るまでは「いつ、くっとか?」と
姉や義姉に毎回尋ねていたそうですが、、、。

顔をみると安心したのでしょうか?
だんだん邪魔者扱いですかね。
もうすぐ「帰っとばいた。
また来るまで、元気でおんなっせ」
それが最後の別れになるのは分かっていても、
また会えることを約束するだけでした。

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   宮本武蔵の墓 by wiki

熊本の思い出 宮本武蔵の墓
熊本は私が育ったところです。
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実家で宴会ですが、、、


翌日は父の見舞いに行った後、
実家で集まることになりました。
姉たちといるとお酒は飲めませんが、
この時ばかりは気兼ねなく飲めます。

兄には子供が三人いますが、
長女は全く飲めません。
次女は少し飲みますが、
その日は運転手なので飲めません。
2人とも旦那と子供たちを連れてきました。

当時兄には10人の孫がいました。
1歳から13歳までいるので、
それはとっても賑やかでした。

兄もお酒が大好きですが酔います。
義姉は量は普通でも酔うことはありません。
娘の旦那たちも甥っ子も、
それに甥っ子の嫁さんもお酒大好きです。
私と義兄もお酒が好きなので、
この日だけは遠慮することなく飲みました。

と言ってもお酌が嫌いなんです。
ウェイトレスとして働いていたので、
お酌はまるで仕事をしているみたいでしょ。

それと返杯するのが嫌いなんです。
他人の飲んだ杯でお酒は飲めません。
小さいときはもっと潔癖症で、
母親以外の人が切ってくれたリンゴさえ
手にとって食べられませんでした。

自分の好きなお酒を自分のペースで
好きなように飲むのが私流
気兼ねせずに楽しく飲みたいですね。

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三池グリーンランド by wiki

熊本の思い出 三池グリーンランド
熊本は私が育ったところです。
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4人姉妹の共通点

義兄は食事が終わったら、
さっさと眠ってしまいました。
以前やっていたお茶畑は辞めましたが、
農家の人は朝も夜も早いです。

子供のように9時ごろには寝れません。
10時から11時にならないと、
体が眠たいと言ってくれません。

義兄が寝たのでこたつには4人姉妹。
お互いに話をするわけでもなく、
皆で黙って夢中になっているものがありました。
それは「数独」ことSudokuです。

私に数独を紹介したのは三女の姉ですが、
いつもオンラインでやっています。
姉の家にはWi-Fiも飛んでいないので、
数独パズルで楽しんでいます。

姉が東京から買ってきたパズルは10冊。
長女と次女はそれを大きな紙に書き直して、
これなら数字も分かりやすいし、
当てはまる数字を書き込めからと、、。

三女は懸賞に応募するのが好きなようで、
懸賞付きの数独のみやっていました。
さらに複雑なので好きなようで、
数独がいくつも重なった
一番難しいのに挑戦していましたね。

私はそこまではまだ無理ですが、
最近はハードな問題も解けるようになりました。
以前のように数字を書き込む必要もなく、
前後から数字を簡単に推理できます。

久しぶりに会ったというのに、
数独を楽しんでいる姉妹なんて、
ちょっと変わり者かもしれませんね。

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      通潤橋 by wiki

熊本の思い出 通潤橋
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