地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

不景気になったら仕方がないよ

ラスベガス三年目はひどかったですね。
サブプライム住宅ローン危機で
「売家」の看板があちらこちらに出ていました。
「売家」ならまだ良いのですが、
殆どの家が「Foreclosure」になっていました。

持ち主が住宅ローンを払えなくなり、
銀行が抵当権として抑えたものを、
裁判所が売りに出したものです。
家の売値はピークの1/3以下になりました。

お金がある人はどんどん家を買ったようですが、
それでも借り手がいないと元は取れません。
景気が悪くなれば、他の街に移動するので、
結局空室もどんどん目立ってきました。

わずか数年前のラスベガスは、
億単位のマンションが売られていました。
皆値上がりを目当てにした投資です。
でも値下がり始めると計画倒れ、
結局空き地のまま残っていました。

景気が悪いと失業保険が降りやすいです。
2年間働いたので少しですが支払われました。
学校の授業料も払ってくれるというので、
ディーラーの養成学校に戻って、
さらに6種類のゲームを習いました。

毎日通った学校は楽しかったですね。
年齢を越えて友達がたくさん出来ました。
同じ目的を持っているので話も弾みました。

ベテランディーラーが解雇されているので、
新規採用は殆どありませんでしたが、
私はそれほど気になりませんでした。
「シドニーに戻れば」という保険もあったし、
夢を追いかけているのが嬉しかったです。

一応新規のカジノがオープンするというので、
オーディション(面接)を受けて合格になりました。
しかしカジノの担当者が辞めたりして、
最後はうやむやになってしまいました。

これはシドニーに戻れという暗示ですね。
私には戻れる場所がありました。
そこには何とか仕事もありました。
焦ることなく風の吹くまま流れてみました。

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  ニューヨークニューヨーク by wiki

カジノのディーラーを目指してみたけど

初めて暮らすラスベガス
訪問するのも20年ぶりでした。
友達もいないし、仕事もありません。
昔のように一から始めました。

少しだけ違っていたのは、
初めて来た時より英語がもっと話せること。
国の事情を良く知っていること。
インターネットのお陰で、
ホテル、バスや航空券などの予約が
簡単にできる時代になっていました。

初めてカナダに住んで頃を思い出しました。
まず住む所を見つけなければなりません。
それが決まると今度は仕事探しです。
どちらも決まると、落ち着きました。

もちろん最初にやった仕事はウェイトレス。
まだ景気が良く、タイミングもよかったので、
大きなカジノですぐに仕事が見つかりました。

一年目はその街のことを知ること。
アメリカに完全に移住するためには、
それなりの覚悟も要りますからね。
もう若くないので、一度移住してしたら、
そう簡単には後に戻れないのです。

二年目は本格的な仕事探しでした。
ラスベガスはカジノの街ですから、
ディーラーになるのが夢でした。
養成学校に行き資格をとって、
3流のカジノに就職することもできました。

ところがタイミングが一番悪い時期でした。
ハウジングブームで景気の良かったアメリカに
不景気の兆しが出始めていました。
景気が悪くなるとカジノの客も減って、
ディーラーを解雇するところも出始めました。

私がいたカジノは前年にオーナーが変わり、
壊して新しいカジノを建てる計画がありました。
パートタイムで仕事をしていれば、
新しいカジノでの保障もあったのですが、
それまでくい繋げる余裕はありませんでした。

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    ラスベガスの看板 by wiki



マッカラン国際空港

グレースも何処に行きたいかと尋ねてくれました。
私は一か所だけ見たい場所がありました。
それは私が働いていたボーダーハイウェイのカジノです。
と言っても私がいたころに売却され、
辞めた後に解体されて、
新しいカジノが建設されていました。

新しいカジノと言っても、
ストリップにあるような大型のカジノではなく、
地元の人たちをターゲットにしたカジノです。
日本人観光客は殆ど来ないでしょうね。
そういう意味では前のカジノと同じです。

暗くて汚かったカジノだけど、
自分が働いていたと思うと哀愁があります。
新築されたカジノを見ても、
愛着は少しも湧きませんでした。

そのままグレースとお茶を飲んで、
ラスベガスの空港まで送ってもらいます。
添乗員時代に利用したことはあるけど、
個人では全く利用したことのない空港です。

このターミナルは3つありますが、
ゲートとゲートの間が広いターミナルです。
そのためにゲートまでの移動も大変です。
フロリダ行は荷物検査や出国審査もありません。
荷物さえ預ければ手ぶらで楽しめます。
東部への移動はいつも夜行便。
時差もあるので到着は早朝になります。
眠らない街「ラスベガス
空港も真夜中でも人通りがあります。

勝っている人はもうひと儲け。
負けた人は最後に勝利の神よ。
ゲートの手前までスロットが楽しめます。

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   アイスミュージアム@チナ温泉

2017年の旅より
もうひとつまだ行ったことのなかった場所が
フェアバンクスから1時間の所にある
チナホットスプリングスでした。

一年中オープンしているここでは
40度以上の温泉(水着で入る露天風呂)だけでなく、
アイスミュージアムを楽しむことができます。
ここでは結婚式や宿泊でもできます。

8月下旬ごろからはオーロラも見れて
日本人には人気のある場所です。
ここで飲む氷のグラスのドリンクも、
観光客に人気がありますよ。



ポーカープレイヤー「グレース」

翌日はディーラースクール時代の仲間
グレイスに会うことにしました。
彼女は以前結婚していましたが、
知合った時は離婚してひとり暮らし、
そして去年再婚したばかりでした。

前の旦那さんのことも知らないけど、
今度はちょっと年下のアメリカ人です。
とっても優しくて頼りがいがあるそうです。

ディーラースクールが終わった後、
しばらくカジノで働いたけど、
自分の性に合わないので辞めていました。
ベネチアンで働いていたというけど、
新人がすぐ働けるところではありません。
誰かの紹介で入ったのかもしれませんね。

知合った時すでにポーカープレイヤーでした。
一年間に何百万も使っていたそうですが、
勝っているときは良いけど、
負けるときはごっそりと持って行かれます。
今はそんなポーカーからも足を洗い、
新婚生活を満喫していました。

彼女は連れて行ってくれたのは、
一番人気のあるというラーメン屋さん。
数年前からラーメンブームでした。

レストランで食事をしていると、
入ってきたのがあの学生さんたち。
グランドキャニオンに行って、
今日はラスベガスに泊まるとか。

まさに偶然としか言いようのない出来事。
こんなところで会うとは思えませんよね。
彼らはこれからサンフランシスコ方面へ、
私はその日にフロリダに飛ぶ予定でした。

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   ウィッティアーの氷河クルーズ


2017年の旅より
今回アラスカに来て楽しみにしていたのは、
今まで行ったことのない所に行くこと、
そのひとつがこの氷河クルーズでした。

アラスカにはいくつか氷河クルーズがありますが、
これは26氷河クルーズと言って、
5時間のクルーズで26の氷河を見ます。
そのひとつがサプライズ氷河です。

ラッコやシーライオンなど
野生動物もたくさん見られますが、
鯨がみれたらやっぱりラッキーですね。



大家さんに会いに行く

ラスベガスで部屋を借りていた時の
オーナーだったコンチ―ナに連絡すると
「何処にいる、すぐに会いに行く」と言ったので、
彼女の家まで送ってもらうことにしました。

彼女は部屋を貸して、宴会でバイトをする、
私がいたころと同じような生活をしていました。
リーマンショック以来アメリカの経済は悪く
良い仕事は見つからないと言っていましたが、
部屋がちゃんと埋まっているので、
何とか暮らしていくことができるようです。

彼女はドライブに連れて行ってくれました。
ラスベガスから車で1時間の所にあるメスキート、
ユタ州との州境にあるカジノリゾートです。
ユタ州はカジノが合法ではないので、
そちらから来る人たちも多いようですが、
ラスベガスのローカルの人たちが、
気分がてらに出かけていくところでもあります。

彼女が良くいくというバージンカジノで
バイキング形式の夕食を食べました。
今日はお昼に食べたばかりなので
そう食べれるものではありませんが、
たわいない話で過ぎていきました。

今は女性の人が入居して、
二年ぐらい一緒に住んでいるそうです。
住人がすぐに交代することもいますが、
長く住んでいると友人になれると話していました。

私の知っている住人はもういないですが、
ラスベガスに来るたびに友人に会えるのは、
ここが私の故郷のひとつということです。
また働く機会はないかもしれないけど、
ラスベガスで住んでいた3年間は、
私にとって大事な思い出です。

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     ヤナギランの綿毛

2017年の旅より
アラスカを代表する花として
ヤナギランを紹介したことがありますが、
今年は8月に来たために、
ほとんど見ることができませんでした。

ヤナギランに綿毛ができると
麓にもそろそろ雪が降ると言われ、
カレンダー代わりに使われます。

綿毛が飛んでしまうと、
アラスカにも冬の訪れです。
この花を見ながら悲しむ
アラスカ人もいます。











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