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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

イスラエルの入国スタンプ

アランビー橋』をバスで渡って、イスラエルの入国審査です。
隣国からの不正入国を防ぐためかどうかわかりませんが、
入国審査は今までの国の中でも厳しかったですね。
と言っても検査が多いだけなので、
現在のアメリカ入国審査とあまり変りません。

荷物は飛行機に乗る時のように、
セキュリティー検査に通しました。
テロ事件が増えているので、
現在はもっと厳しいかもしれません。

今までアラブ人が多かったのに、
ここでは白人(ユダヤ人)ばかりです。
今までと違って女性の係員もたくさんいます。
ヘブライ文字の案内がなければ、
何処の国に来たのかちょっと戸惑います。
中近東にいる感じが全くしませんでした。

入国審査の際はパスポートを丹念に調べます。
イスラエルと敵対している国のスタンプがあると、
厳しく取り調べられるとも聞きましたが、
『何日ぐらいいるのか?何処に滞在するのか?』
そんな常識的な質問だけで終わりました。

パスポートにスタンプを押すかと聞かれました。
その後エジプトに陸路で行く予定でした。
スタンプがあっても特に問題はないようですが、
将来何処の国に行くかわからないので、
別紙にスタンプを押してもらいました。

あれから中近東周辺の国には旅行していません。
イランやイラク、できたらアフガニスタンも行きたい。
イスラエルと敵対している国はたくさんあるでしょうが、
パスポートにスタンプがないのは、ちょっと心残りでです。

ヨルダンイスラエル間の出入国に関して、
バス代や出国税など必要ですので、
アンマンを出る際に必ず現地通貨を残して置いて下さい。

私のブログはあくまでも旅行記ですので、
最近国境を通過された方のブログを参照して下さい。
とある夫婦の世界中旅行記『せかいつながる』
写真付でとても参考になると思います。


   エルサレム by Flickr



旅行情報
イスラエル国境情報
http://www.iaa.gov.il/Rashat/en-US/Borders/Alenbi/
イスラエル政府観光局
http://www.goisrael.com/Tourism_Eng/Pages/home.aspx
エルサレムの観光局
https://www.jerusalem.muni.il/jer_main/defaultnew.asp?lng=2



私の訪問国 96カ国目
イスラエル





ヨルダンからイスラエルへ

ペトラ遺跡から戻った翌日は
中近東で一番行きたかったイスラエルに向います。
首都アンマンからセルビス(乗り合いタクシー)で
国境にある『キングフエイン橋』まで行きます。

アンマン市内では普通の住宅街を抜けて行きました。
それを過ぎると何もない砂漠が広がります。
1時間程で到着、いよいよヨルダンの出国審査です。
出国審査はどの国でも簡単に終わります。

ヨルダンイスラエルの国境(ヨルダン川)かかる
キングフエイン橋』はヨルダン国の名称で、
イスラエル人は『アランビー橋』
他のアラブ人は『アル・カラマー橋』と呼ぶそうです。

1918年に最初の橋が建設されましたが、
戦争で過去に何度も爆破されました。
仮設の橋が1968年に建設されたました。
しかしイスラエルヨルダンの紛争のため、
やっと1994年に通行が許可になりました。
この橋はヨルダン川が氾濫すると通れない時もあったので、
日本のODAの援助によって新しい橋が建設されました。

この橋は外国人観光客とパレスチナ人のみ通過出来るそうで、
イスラエル人は『ヨルダンリバークロッシング』を利用します。
こちらは海外旅行者も利用できるようですが、
パレスチナ人は利用は認められていません。

ヨルダンとイスラエルの国境間を歩くことはできません。
必ずバスに乗りますが、もちろん有料です。
出国審査の時に渡したパスポートは、
このバスの中でやっと返してくれます。
不正入国などをさせないためかもしれませんね。

いよいよイスラエル側に向います。
中近東にあって唯一アラブ人の国でない国、
ユダヤ人が建国した、ユダヤ人のための国
どんな国なのかとても興味がありました。

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   キングフセイン橋 by wiki





ヨルダン南部も捨てがたいけど、、

ヨルダンの観光は死海とペトラだけではありません。
さらに南へ行けば『アラビアのローレンス』の舞台
ベドウィンが住むワディラムがあります。
さらにダイビングスポットアカバも有名ですね。
リゾートホテルが多いようですが、
そこから紅海を渡ってエジプトに抜けることもできます。

アカバはイスラエルとも国境をなしていますが、
そこからエルサレムに戻るには時間がありませんでした。
フライトの関係上最後はカイロから出発、
イスラエルを最初に廻ってカイロに行きます。
エジプトはカイロだけするかどうか悩みましたが、
ヨルダンの南部を止めて、エジプトに回すことにしました。

そのためにはペトラからアンマンに戻って、
エルサレム行くのが一番最良のようです。
一ヶ月足らずで中近東6カ国を訪問するのが、
無茶なのかもしれませんが、
意外と旅行しやすく観光地も多いので、
ついつい首都以外の街にも滞在してしまいました。

アンマンに戻るとまた例の日本人達と会い、
旅の話に花を咲かせました。
他の人はイエメン行きのビザが取れて、
いよいよ数日後に出発のようです。
一緒に旅した女性の方ともお別れです。

彼女の名前も今では忘れてしまいましたが、
こうやって旅で知り合った友人は何人いるか。
最近の筆無精のせいでもう連絡もしていませんが、
今でも旅を続けている方もいるかもしれません。

もしかしたら何処かでこの記事を読んで下さるかな?
いつかそんな人達と再会してみたい気がします。
人生の中の一瞬をシェアーした人達、
たとえ往きすがりの人でも、
私にとっては大切な旅の仲間です。


一年の終わりに、、、
ブログで知り合った皆さんとは
実際にお会いする機会は殆どありませんが、
こうやって一年を無事に過ごせたことに感謝します。

いつも私のブログに訪問ありがとうございます。
途中でブログを止めたり、移転された方もいます。
ブログが更新されていない方もいますが、
こうやって出来た縁は大事にしたいと思います。
どうぞお元気ですばらしい年をお迎え下さい。


800px-Wadi_Rum_Monument.jpg
      ワディラム by wiki

旅行情報
ヨルダン政府観光局
http://jp.visitjordan.com
ヨルダンの日系旅行会社 ピクチャーティックヨルダン
http://picturesque-jordan.com/service_Introduction_Japanese.html




ペトラ遺跡の見所

シークを抜けるとそこにあるのが有名な『宝物殿』
ペトラ遺跡の他の建物と同様に、
砂岩の崖のの岩肌を掘って作られています。
今までこのような建物を見たことがなかったので、
初めて見たとき驚いてしまいました。

『宝物殿』と呼ばれていますが、
実際は王家の墳墓として利用されたようです。
高さが43mにもあるそうですが、
どんな足場を組んでこれを掘ったのか、
高所恐怖症の私は見るだけで震えがきます。

中に入るとひんやりして気持ちよかったです。
夏の暑い時でも冷房はいらないと思います。
階段があって上っている人もいましたが、
他にも見る所があるので次に進みました。

ファサードの道を通って行くと
狭い道は一辺に広がり、遺跡全体が見られます。
まずは崩れかけたようなローマ劇場が見られます。
他の都市で立派な劇場をたくさん見たので
ペトラ遺跡にしてはちょっと期待外れです。

列柱のように建設された物もありますが、
たくさんの建物が崖に掘られています。
ピラミッドのように全体が墳墓として
建設されたわけではないでしょうが、
とにかく遺跡のあちらこちらにありました。

村に滞在している人は日中の暑い間、
ホテルに戻って昼寝をする人も多いようです。
日本人観光客のようにアンマンから日帰りでくると、
観光の中心がこの暑い時間になるので注意して下さい。

私達はランチを持って来ていたので、
壁にある墳墓のひとつで休憩をすることにしました。
昼寝をしている間、ロバが叫ぶ声がうるさかったですが、
ベドウィンもこの間は仕事は休憩時間かな。

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 宝物殿 by ペトラ観光局



旅行情報
ペトラ遺跡の公式サイト
http://visitpetra.jo/Default.aspx
ヨルダン政府観光局
http://jp.visitjordan.com
ヨルダンの日系旅行会社 ピクチャーティックヨルダン
http://picturesque-jordan.com/service_Introduction_Japanese.html


ペトラ遺跡の入場料

1989年に上映されたハリソン・フォード主演の
『インディー・ジョーンズシリーズ/最後の聖戦』は、
内容よりも『ペトラ遺跡』に魅了された私です。

映画のために作られたセットだと思っていましたが、
それが実際にヨルダンにある遺跡と知ると、
絶対に見に行くぞと心に決めました。
旅に出る前に買ったガイドブックの写真を見ては、
遺跡を実際に見れるとワクワクしたものです。

ペトラ遺跡はワディムーサの村から歩きます。
ホテルが遠い人はタクシーも利用できますが、
私達は開園前に到着するように歩いて行きました。

ペトラはナバてア人によって作られた遺跡です。
紀元前1世紀ごろ交易の中心として栄えたそうです。
その頃はローマの支配にあったので、
ローマ風の建設が盛んでしたが、
紀元後106年にアラブの属州になりました。

1812年スイスの探検家ヨーロッパに紹介しましたが、
20世紀以降発掘調査が行われています。
現在発掘されたのは全体の1%とか、
この遺跡の大きさを把握するのはは不可能です。

ビジターセンターで入場料を払いますが、
現在一日券が50JOD、二日券が55JODです。
現在1JODが145円位ですから安くないですね。
カードは利用できず、ヨルダンの現金のみだそうです。

私が行った頃は一日券でももっと安かったけど、
これなら二日券を買ってゆっくり見た方が良いです。
ここでは地図をもらうこともできますが、
主な遺跡について説明されているので、
行く前にチェックして置いた方が良いですね。
ツアーできたらそんな余裕もないかも知れませんが、

いよいよシークを抜けてペトラに入って行きます。
インディーが馬で駆け抜けて行った通路です。
自然が作った通路とは思えない、
『失われた都市ペトラ』への不思議な入り口です。

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 シーク by ペトラ 観光局

旅行情報
ペトラ遺跡の公式サイト
http://visitpetra.jo/Default.aspx
ヨルダン政府観光局
http://jp.visitjordan.com
ヨルダンの日系旅行会社 ピクチャーティックヨルダン
http://picturesque-jordan.com/service_Introduction_Japanese.html



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