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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

モスクワ空港から市内への行き方『アエロエクスプレス』

モスクワにひとりで旅行する方は少ないでしょうが、
モスクワ市内から空港への行き方を
いろんなブログやサイトからまとめておきます。
日本航空はドモジェドヴォ国際空港を利用しています。
モスクワで一番利用客の多い空港です。

空港から市内への行きかたとして一番便利なのが
毎日5:30〜夜中の0:30まで運行している
『アエロエクスプレス』と呼ばれる特急電車です。
ドモジェドヴォ空港からは1時間に1〜3本
地下鉄2号線のドモジェードフスカヤ駅まで
所要時間40分で運行しています。

シェレメーチエヴォ国際空港はふたつあり
国際線が発着するのはシェレメーチエヴォ2です。
そこからモスクワ市内のサビョーロフ駅まで
『アエロエクスプレス』が1時間に1〜2本
所要時間は35分で運行されています。

料金は大人が340ルーブル(約1000円)です。
これでタクシーに乗る必要もありませんね。
値段交渉必要もなく、渋滞の心配もなく、
安心して市内まで向うことができます。

エクスプレスバスやリムジンバスもありますが、
詳細については書いてありませんでした。
また市内バスや乗り合いタクシーもあるようです。
しかしロシア語が通じないと難しいですね。

日本航空のサイトをご覧になると、
空港からのアクセスについて書いてあります。
またエアロフロートの日本語サイトをご覧になると、
エアロエクスプレスについて説明があります。
そのリンクからスケジュールを見ることもできます。

言葉の通じない国も旅行前に
インターネットで情報を得ることができます。
本当に便利になってしまいましたね。
スマートフォンやタブレットを持っていれば、
言葉の心配もいらなくなりました。
でも言葉が通じない国を迷いながら旅行した
旅の思い出は忘れることができません。

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  アエロエクスプレス by wiki

旅行情報
日本航空 モスクワ空港情報
http://www.jal.co.jp/tabi/info/toshi/eur/ru/mow.html
アエロフロート 空港情報 日本語
http://www.aeroflot.com/cms/ja/before_and_after_fly/by_train
ロシアのアエロエクスプレス
http://www.aeroexpress.ru/en/

モスクワのドトールでひと休み

ロシアを旅行していて困ったのが、
やはり口にあわない料理でした。
ボルシチ(スープ)、ピロシキ(小型のパイ)、
ビーフストロガノフなどが有名ですが、
ロシア語が読めないと注文もできません。
ましてや肉が食べれないと種類もありません。

言葉が通じない国での常食、
露店で売っている食べ物を買ったり、
ピザやパスタの店で食べていました。
それも飽きて日本食が恋しくなりましたが、
ここでは『サバの塩焼き定食』は無理かな?

ロシアの地球の歩き方に載っていたのが、
モスクワ市内に『ドトール』があるというのです。
早速お店を尋ねてみることにしました。
現在でもオープンしているかどうか不確かですが、
まだスタバなどがメジャーじゃなかった頃、
日本のドトールが進出しているとは?

日本的な雰囲気はありませんでしたが、
お店に入ったてホッとした気分になりました。
当時のコーヒーはドリップでしたが、
久しぶりに美味しい日本的なコーヒーと
サンドウィッチを食べることができました。

ドトールは旧アルバート通りにありましたが、
ここは歩行者天国になっていました。
観光客のためのお土産屋も多く、
滞在中数回ここに通うことになりました。

夏はカフェも多く並ぶようで、
最近はスタバも進出しているようです。
しかし昔の面影を失って来たので、
去年『通りの520周年』を記念して、
10億円かけて改修されたそうです。

A.S.プーシキン記念アパートをはじめ
エヴゲニー・ヴァフタンゴフ国立アカデミー劇場、
トゥーランドット姫噴水など史跡もあります。
行ったついでに『ドトール』があるか確認して下さい。

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 旧アルバート通り by ロシアnow

観光情報
モスクワトラベルサイト
http://en.travel2moscow.com
ロシア政府観光局 英語
http://www.russia-travel.com
ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html


モスクワの郊外でみた公団住宅

モスクワの人口は1100万人ほどですが、
世界一広大な国にしては小さいですね。
ロシアより小さな日本の東京には
これ以上の人口が集中しているのですから。

トロリーバスにのって車窓見学しました。
赤の広場から1時間程乗って郊外へ
東京から埼玉や千葉へ行くようなものです。
そうすると市民の生活様式が見学できます。
どの街でも住宅街をみるのが好きです。

そこはヨーロッパの住宅街とは異なり、
日本のような公団住宅がたくさん並んでいました。
10階建てあるような一棟建てのアパートが
横にも縦にも何十軒も並んでいます。
その規模は日本とは比べものになりませんでした。

残念ながらこのような建物は好きではありません。
狭い土地では仕方ないのかもしれませんが、
個人が無視されているような気がします。
みんなどんな気持ちで生活しているのか?

近くにある工場で働いているのでしょうか?
同じ頃通勤して、同じ頃に帰宅するなんて、
自由に働いて来た私には想像できません。

まだ平等に扱われていたソビエト時代には、
文句を言いながらもそれなりに生活出来たようです。
崩壊してからは働いても貧富の差ができました。
物価が上がってもちっとも上がらない給料、
会社の経営が悪く、支払われなくなった給料など、
ロシアが抱えていた問題はたくさんありました。

ソビエトが崩壊して嬉しいのは若者だけかも。
自由に仕事を選べ、好きな物を買えますからね。
しかし仕事がなかなか見つからない年寄りにとって、
満足な老齢年金さえ貰えないかもしれません。

旅行した頃はまだ若かった私も
『定年』を考える年齢に近づいてみると、
こんな住宅街が修理されることなく古くなって
現代の姨捨山になるようで悲しいですね。

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  ロシアのアパート by Panorama

観光情報
モスクワトラベルサイト
http://en.travel2moscow.com
ロシア政府観光局 英語
http://www.russia-travel.com
ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html


モスクワの豪華な百貨店

赤の広場』にある建物にほとんど入場しませんでしたが、
北東側にある『グム百貨店』だけ行きました。
だって入場料もないけど、お店めぐりは楽しいですからね。
と言ってもここに来るまで建物があることも知りませんでした。

グムとはロシア語で総合百貨店のことを意味するそうです。
1893年に完成したこ『グム百貨店』は
ロシアを代表する建築物のひとつでもあります。
ロシア革命児は1200も店舗数があったそうです。

ソビエト政権により国有化されましたが、
個人商店はそのまま営業が認められました。
ソ連時代は国内では物資が欠乏していましたが、
この商店だけはいつも商品が溢れていたそうです。

1985年のペレストロイカ政策により
個人商店が復活しはじめただけでなく、
西側の資本主義国家の企業との
合弁商店も進出し始めたそうです。

私が行った時はベネトンが流行していましたが、
『グム百貨店』の中でも見ることができました。
シドニーもオリンピックを前に
欧米のブランドが進出していましたが、
ここでもたくさん見ることができました。

モスクワ市内では日銭を稼ぐために
おばさんが庭に咲いた花束を売ったり、
旅行者にお金をねだる市民もいましたが、
ここだけは一般市民生活とは別世界でした。

いかにも高級そうな宝石や時計が並び
ロシアのトップデザイナーの商品が
すべてのショーウィンドを飾っていました。
私が買物する商品とは二桁程違うようです。

買物しているのはほとんどロシア人でしたね。
社会主義だった国で貧富の差があるのか?
海外に行くにはビザの問題もあるので、
お金持ちのロシア人が買物するのでしょう。
東京オリンピック頃の『銀座』を
イメージしたら良いのかもしれませんね。

800px-GUM,_Moscow,_Russia
     グム百貨店 by wiki

観光情報
クレムリン宮殿の公式サイト
http://www.kreml.ru/en-Us/museums-moscow-kremlin/
モスクワトラベルサイト
http://en.travel2moscow.com
ロシア政府観光局 英語
http://www.russia-travel.com
ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html


クレムリンに眠る日本人

『赤の広場』には『レーニン廟』があります。
1924年レーニンが死去した際、
全国から弔問に訪れる市民のために
その遺体に保存処理することにしました。

木造の遺体安置所が3日間で建設されましたが、
1930年石造の廟が建設されたそうです。
ソ連崩壊とともに撤去案が何度もでたようですが、
改修して保存することになったようです。
時の指導者だったレーニンも
時代ともに忘れ去られて行くのでしょうか。
さてクレムリン宮殿の壁には
ソビエト社会主義に貢献した人が埋葬されていますが、
その中に日本人の片山潜という方がいます。

渡米して苦学してエール大学、大学院で学び、
帰国して牧師を志望しますが叶わず
キリスト教社会事業の拠点として日本初の隣保館である
『キングスレー館』を設立しました。

その運営とともに労働運動に力を尽くし
日本最初の労働組合の設立に大きな役割をはたし、
社会民主党の結成にも加わったそうです。
その後日本社会党の結党にも参加しました。

1911年東京市電のストライキを
指導したとして逮捕、投獄されましたが、
大正天皇即位の大赦によって出獄すると
1914年にアメリカに亡命しました。

1917年ロシア革命によりマルクスレーニン主義に傾倒すると
アメリカ共産党の結成に尽力したそうです。
1921年にソビエト連邦に渡り、
コミンテルン常任執行委員会幹部となったそうです。

ロシア語どのようにして学んだか知りませんが、
1925年にやっと25歳以上の男性全員に
参政権が与えられるようになった日本にあって
アメリカとロシアで活躍した日本人がいたのですね。
1935年彼が死去すると15万人の市民や
コミンテルンの指導者が集まったそうです。

800px-By_the_walls_of_Kremlin.jpg
     赤の広場 by wiki


観光情報
クレムリン宮殿の公式サイト
http://www.kreml.ru/en-Us/museums-moscow-kremlin/
モスクワトラベルサイト
http://en.travel2moscow.com
ロシア政府観光局 英語
http://www.russia-travel.com
ロシアの観光案内 英語
http://www.waytorussia.net/Moscow/Guide.html




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