地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

レンジャーの話が終わると、、、

ワシントンから戻った翌日は、
アメリカ国歌発祥の地である
マックヘンリー砦を訪ねました。
実はこの砦を訪ねるまで、
ここがそんな重要な場所であったのか、
全く知る由もなかった私です。

ビジターセンターの中では、
レンジャーによる解説がありました。
何とか英語で理解することはできますが、
歴史の背景が分からないと難しいです。

でもこの要塞が「米英戦争」において、
重要な役割をしたことは伝わってきました。
特に星条旗と国歌の話になると、
レンジャーの声にも力が入ってきました

説明が終わると突然前方のカーテンが開いて、
アメリカの国家が流れ始めました。
説明を聞いていた人たちが全員起立するので、
私だけ座っているわけにはいきませんよね。
中には国家を歌いだす人もいました。

カーテンが完全に上がると、
マックヘンリー砦に掲げられた星条旗が
私達の前方に輝いています。
胸の中が何となくジーンと熱くなりました。

不思議なものですね、歴史を知らなくても、
レンジャーの話が良くわからなくても、
アメリカ人で生まれても育ってもいないのに、
感動する気持ちは自然に溢れてきます。

フリーシャトルバスのドライバーに
この砦にいくように勧められただけですが、
本当に来てよかったと思っています。

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     米英戦争の戦い by wiki

アメリカ国歌の誕生地

昨日は簡単に「米英戦争」ついて説明しましたが、
というのも私自身がどんな戦争だったのか、
この記事を書くまではっきりと知りませんでした。
いつも独立戦争と一緒になってしまうこともあり、
本当の独立までアメリカ人が語る
この戦争の意味について把握する必要がありました。

米英戦争をアメリカの勝利へと導いた
マックヘンリー要塞(砦)」は、
独立戦争後にボルチモアの港湾を
守るために作られたものです。

アメリカの国旗「星条旗」は、
独立時にフィラデルフィアで
製作されたと言われています。
州が増えるたびに星が増えますが、
米英戦争時は15の州がありました。

メアリー・ピッカースギルという女性は、
イギリス軍からの攻撃を予測して
特大サイズの星条旗を縫いました。
アメリカ軍の兵士には勇気を与えるため、
イギリス軍の兵士には、その大きさで
威圧感を与えるためと言われています。

戦争ではたくさんの人たちが負傷しましたが、
9月14日の朝もマックヘンリー要塞には、
全く傷つかなかった星条旗の旗が
いつもと同じように翻っていたそうです。

ワシントンの弁護士フランシス・スコット・キーは、
市民で捕虜になっていたビーンズ博士の
釈放交渉のためにボルティモアにきていましたが、
砦に翻っていた星条旗をを見たときに
大変心を動かされ詩を書きました。

その詩は「フォートマクヘンリーの守り」でしたが、
その後「星の煌く旗」と名前を変えられ、
「アメリカ合衆国の国歌」として採用されました。
「マックヘンリー砦」は国家発祥の地として、
ここを訪ねる観光客はとても多いです。

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    マックヘンリー砦 by wiki

アメリカの歴史「米英戦争」

学校でアメリカの歴史を勉強しましたが、
どんなことを覚えていますか?
コロンブスの新大陸発見とか、
独立戦争や南北戦争など、
歴史の流れとしては勉強しました。

イギリスとともに他の国よりは
勉強する機会も多かったでしょうが、
日本の歴史ほど詳しくは習いませんでした。
そのためにボルチモア米英戦争において、
どんな役目を果たしたのか
ハッキリと記憶の中に残っていません。

第2の独立戦争とも言われた「米英戦争は」
1812年から14年にかけて戦われました。
イギリス及びその植民地であるカナダ
イギリスと同盟を結んだインディアン諸部族と、
アメリカ合衆国との間でおこなわれた
北米植民地戦争であり、インディアン戦争だそうです。

当時イギリスはナポレオンと戦争していました。
そのために植民地だったカナダが支援していましたが、
ヨーロッパでの勝利が決まってくると、
大型の艦隊をアメリカに送り込みました。

米英戦争はニューイングランド地方だけでなく、
カナダと五大湖周辺や南部州周辺でも戦われました。
1814年年、海軍が輸送したイギリス陸軍は
アメリカの首都の直接攻略のため東海岸に上陸しました。

首都ワシントンは陥落してしまい、
大統領府も焼かれてしまったのです。
この戦争の後に大統領府を改修する際に、
このときの焼け焦げを隠すために
真っ白なペンキを塗ったことから、
大統領官邸は「ホワイトハウス」と
呼ばれるようになったそうです。

またこの戦争で最も熾烈な戦いといわれるのが
1814年9月13日の「マックヘンリー要塞の戦い」です。
アメリカ兵は独立戦争時に作られた
ボルチモアマックヘンリー要塞に立て籠りました。

このバルチモアにあるマクヘンリー要塞での勝利は、
アメリカ軍を勝利へと導いたと言われています。
これによりアメリカはから経済的にも独立することになり、
工業などが発展する切っ掛けになったそうです。

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   マックヘンリー要塞 by Flickr


高すぎたクラブケーキ

バルチモアは港湾都市です。
古い建物を改築して再開発されていましたが、
シドニーよりも歴史が長いので、
落ち着いた雰囲気がありました。

東海岸線の街は海鮮料理も豊富で
美味しい所が多いと聞いていました。
この街は名物と言えば「カニ」
カニの身で作ったケーキが有名でした。
カニのハンバークかコロッケ
みたいなもんと思った方が良いです。

一応名物というのに弱い私です。
レストランに行くと高いと思ったので、
マーケットに行ってみることにしました。
観光地にしてはあまり繁盛していない、
アジアの店の方が多いようなところでした。

カニを茹でたり、販売している店もあり、
一応海に近い街という雰囲気はありました。
でもいざフィッシュケーキを食べようとすると、
その値段にびっくりした私です。

確かにカニは安い食べ物ではないけど、
小さなハンバーグのようなクラブケーキが、
ひとり分で20ドル以上していました。
ランチ定食としては良い値段ですね。

貧乏旅行の私ですから
ついつい宿代と比べてしまいます。
これを2回食べたら今日の宿代?
そんなことを考えていたら、
食べられなくなってしまいました。

友人にそのことを話すと、
「食べたいものは食べるのよ!!
名物はやっぱり食べておかないと」
とさんざん嫌味を言われました。

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クラブケーキの店 by Tripadvisor





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