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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

ジャコウウシの産毛「キヴィアック」 

Posted on 01:00:41

その牧場では生産するというより、
ジャコウウシを絶滅から守り、
キヴィアックをプロモートするために、
NPOとして設立されました。

5月中旬から9月まで毎日営業、
30分おきに牧場内を案内する
ツアーが出発しています。

1頭のジャコウウシからとれる産毛は
平均2kgぐらいしかないそうです。
すべてのウシから産毛を採取したら、
半分は先住民のもとに送られます。

その人たちに製品の編み方を教え、
この牧場やアラスカ内のお店で販売、
その売り上げが先住民たちの暮らしの
助けになるようにしています。

アンカレッジ市内には、
そんな先住民の人たちが直営する
キヴィアックのお店がありました。

それぞれの先住民族によって、
編み方のパターンが違うそうです。
産毛の生産量が少ないので、
お値段はかなり高価でした。
でもその軽さから一度手にしたら、
二度と手放せないと言われています。

先住民の言葉で「ナチャック」と呼ばれる、
帽子またはマフラー代わりに使えるものが、
製品の中で一番人気がありました。
値段はだいたい統一されているようで、
キヴィアックの重さで異なりました。
私の給料ではちょっと無理かな?

plm1910.jpg
       ジャコウウシ

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ジャコウウシの牧場へ行ってみた 

Posted on 01:00:06


ビバリーがある牧場に連れて行ってくれました。
そこにはちょっと変わった牛がいました。
一見するとバイソンのような動物でしたが、
マスクオックス(ジャコウウシ)でした。

ジャコウウシはもともと北極圏に住み、
ヤナギなどの小さな木や草、
コケなどを主食としています。
以前はたくさん生息したジャコウウシも、
人間によって乱獲され、シベリアでは、
絶滅してしまったそうです。

肩の高さは1.2mから1.5mほど
体重は250~400kgほどあります。
1頭のオスが数頭のメスをハーレムにし、
15~20年ほど生息するそうです。

現在はグリーンランドやカナダ北部を中心に、
ノルウェーやアラスカでも見ることができます。
全滅したシベリアにはカナダから移住した、
ジャコウウシが少しずつ増えているそうです。

この動物が極厳の北極圏で暮らせるのか?
それは外毛の下にある産毛が
氷点下40~60度の気温の中でも、
外からの寒さから守ってくれるからです。
その産毛はキヴィアックと呼ばれていて、
カシミアよりも何倍も軽くて強いそうです。
「世界最古にして最高の獣毛」と言われます。
それはこの動物はマンモスがいた古代から、
唯一生息している草食動物だからです。

イヌイットたちは春先に抜けてくる産毛を集め、
それを紡いでいろいろなものを作りました。
これがアラスカでも高級なお土産として、
お土産屋さんでも販売されていました。

plm1911.jpg
      ジャコウウシの牧場


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開拓団が切り開いた街「パーマー」 

Posted on 01:05:54

1930年世界大恐慌の頃、
アメリカのルーズベルト大統領は、
ニューディール政策を打ち出しました。
その一環としてパーマー周辺に、
203家族が開拓団として移民しました。

1867年にロシアから買ったアラスカ
しかし殆ど先住民しかいなかったので、
このアラスカをアメリカの領地にするために、
白人の開拓団が必要だったのです。

アメリカ連邦政府は不況にも関わらず
何億というお金を投じました。
40エーカー(約16ヘクタール)の
土地を無償で払い下げましたが、
厳しい冬の気候の中で耐え切れず、
土地を捨て移った人も多かったのです。

平野部は広大に続いていますが、
耕せる場所は決まっていました。
氷河から流れるだすシルトの土地は、
作物など受けることもできません。
そして地下には永久凍土もあります。

そんな中で開拓してきた人たち
開拓団の歴史はどこも順風ではないけど、
アラスカほど厳しかった所は少ないです。
当時アラスカに移住するのは、
海外に移民するのと同じ遠かったですね。

現在そのころに建築された家は、
連邦政府の国家歴史登録財に指定され、
保存するようにされています。
アメリカとしての歴史は短くても、
開拓団の魂はしっかり根付いています。

plm1905.jpg
  パーマーの景色 by Tripadvisor


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パーマーまで遊びに行こう 

Posted on 01:03:56

ビバリーとベンが街まで買い出しに行くので、
そのついでに遊びに行こうと誘われました。
「何処かよい」と聞かれても知らないので、
アンカレッジ郊外のパーマーに行きました。

アラスカステートフェアーが開催され、
アラスカの農業地帯として知られています。
ホテルやアンカレッジで使用されている
野菜や果物が生産されていました。

私たちは先にパーマーに行き、
昼食を取ることにしました。
ローカルのレストランで食事をして、
特にこれという名物でもないけど、
たまに外食するのはうれしいです。

パーマーはその昔先住民たちが、
交易のために移動しながら住んでいました。
18世紀になりロシア人がやってくると、
先住民にロシア正教を広めました。

第一次世界大戦が勃発すると、
より性能の良い石炭を求めて、
アメリカ連邦政府が鉄道の必要性を感じ、
スワードからアンカレッジ経由で
パーマーまで建設されることになりました。

鉄道の開通は農家に市場を広げました。
ここに新しい街を建設して、
ミシガン、ミネソタ、ウィスコンシン州から
開拓団を受け入れました。

彼らの約半分近くは1965年までに
この土地を離れ移動していったそうですが、
現在でも20家族が開拓団の子孫として、
この土地にまだ残っているそうです。

sweat-peas-and-ice[1]
  パーマーの景色 by Tripadvisor



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