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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

パリへのバス旅行 その2

デュッセルドルフを出発したのは夕方遅く、
そして次の日の朝早くパリに到着しました。
泊まる予定はないので、そのまま行動開始です。
二人で近くのカフェで朝食をとりました。

パリのカフェは椅子とテーブルがまえにあって、
とてもロマンチックな気分にさせてくれますが、
朝は寒いので中で朝食を取りました。
バゲットのパンとカフェオレが定番ですね。

そこからシャンゼリーゼにある日航のオフィスに行きました。
実はパリで開催されている絵画展の場所を知りたかったのです。
私の友人の彼が個展がパリで開かれていました。
今では連絡先を分からなくなった友人ですが、
その彼はパリで絵を学びひさしぶりに個展を開いたようです。

日本人の個展ですから日本航空が協賛していなくても、
情報が分かると思ったので尋ねてきました。
そこにあったパリの日本語の新聞に記載されていました。
オフィスで地図を見せてもらい、検討をつけて歩きました。

もちろん観光することもわすれません。
当時日本航空はオフィスは凱旋門の近くでした。
そこからシャンゼリーゼを歩き、
エッフェル塔を右手に眺めながらシテ島を目指します。
もちろんノートルダム大聖堂は外せません。

その個展はカルチェラタンで開催されていました。
良くこの場所が探せたと自分でも不思議な気がします。
残念ながら友達の彼はその時にいませんでした。
しかし彼の描いた作品を見ることはできました。

その後も街をブラブラ歩いて、夕方まで過ごしました。
パリの滞在たった一日は勿体ない気もしますが、
片道のバス代より安いなら許せますよね。
夕方到着した場所に戻り、バスに乗りました。
Amiさんとの思い出の旅はこうして終わりました。

ドイツにいた仲間と、いつか同窓会を開こうと話しています。
しかしいろいろな事情があってまだ叶っていません。
あの頃を思い出して、皆でパリにバス旅行したいですね。
もちろんその時は一泊か二泊は泊まりたいです。
以前のように二日夜行バスはもう無理でしょうね。

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ノートルダム大聖堂 by wiki


飛行機の延滞 パリにて

1989年 6月 4日 出発から
1989年 8月11日 帰国まで  68日間

日本に戻った私は忙しかったですね。
二つの添乗をこなしましたが、
ひとつ目の添乗の時にパリで、
到着便の遅れから一日延滞してしまいました。

空港に到着するまでわかりませんでしたが、
午前中出発便が深夜になるというのです。
一日空港で過ごすわけにも行かないので、
バスをチャーターすることにしました。

バスの手配はガイドさんに頼んで
現地会社からやって頂きました。
ガイドさんは別の仕事があるのでいません。
仕方ないので私がガイドをしました。

今回の市内観光で行かなかった
私の行きたい場所への市内観光です。
モンマルトルの丘、自由の女神、
カルチェラタンの散策なんて良いでしょう。
昼食の手配が出来ないので、
自由に取って頂きましたが、
その分航空会社に交渉してもらいました。

朝は交渉したり手配したりする時間もないので、
夕方に来た時にチェックで貰うことにしました。
そのチェックがあれば空港で買物もできますからね。
もちろん出発前の夕食は空港で自由です。

しかしエキストラが出た分
パリでのんびりできたので皆さんハッピーでした。
延泊になっていたら違ったのかもしれません。
あのカナダの二の舞になる所でしたね。
しかし今回はオーバーブッキングではなく
飛行機の延滞だったのであきらめがついたのかも。

結局日本には夕方到着の予定が翌日の朝になりました。
そのまま出勤された方もいらしたようです。

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 サクレクール寺院 by wikipedia



パリのキャバレーショー

ツアーで見に行くショーと言えば
パリのキャバレショーを忘れてはなりけません。
日本人は殆どオプショナルツアーで行きますが、
ここは『世界一華やかな花の都パリ』ですから、
それにあわせてキャバレーショーが有名です。

行ったことのない人も名前は知っているでしょう、
映画でも有名になったムーランルージュです。
その名の通り赤い風車が印象的です。
パリに集まる画家達が絵画の題材にしたり、
そこで働く踊り子と浮き名を流したこともあります。

今でも世界で一番人気のある観光地パリですから
もちろん世界中から旅行者が集まってきます。
夜になるとショーを観賞する観光ツアーバスが
あちらこちらから集まってきます。

レビュー構成はすばらしく、
最初から最後まで見入ってしまいました。
特にわずかな飾りだけで隠された
ダンサーの姿はとてもきれいなので、
殿方は鼻の下をのばしていましたね。

ダンサーはパリジェンヌだけではありません。
こちらも世界中から集まってきます。
特にオージーが多いのをご存知ですか?
パリで働けるなんて憧れますよね。

構成は時代とともに少しづつ変化していますが、
フィナレーはあのフレンチカンカンです。
カンカンの歴史と発達については
ウィキペディアを参照して下さい。
現在のようなフレンチカンカンが誕生したのは
1920年頃と言われています。

パリにはこれ以外にもキャバレーがあります。
私はリドのショーを見ましたが記憶には残っていません。
女性のヌードショーで有名なクレージーホース、
ヌーヴェルエヴなどがあるそうです。
パリに行ったら是非一度は見て下さいね。

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    ムーランルージュ by wikipedia

旅行情報
ムーランルージュ (日本語)
リド (日本語)
クレージーホース (英語)
ヌーヴェルエベ (英語)
フレンチカンカンについて

ハンバーグ@フランス風

さて私が肉を食べれないのは
このブログでも何回かお話していますが、
旅行していると食べれる物が少なくて
かなり苦労して毎日の食事を探しています。

お魚の新鮮な所や野菜の多い所は良いのですが、
フランスもどちらかと言うとお肉の国です。
昼ならサンドウィッチなどを食べていますが、
パスタとピザでは毎日持ちません。

まだ若い頃は少しだけ肉に挑戦したこともあります。
日本製のハンバーグなら野菜が入っているので、
何もない時は我慢して食べていた物です。
マクドナルドなどのバーガーショップにも行きませんが、
これはパリの街でハンバーグステーキを食べた時の話です。

普通ハンバーグステーキを食べる時は
日本では焼き方を聞くこともありませんが、
尋ねられてミディアムと答えました。
しかし実際にやってきたのは殆どミディアムレアーでした。

ウェイトレスを呼んでもう少し焼いてもらうように頼みます。
そしてしばらく待って戻ってきたのは
やっとミディアムと言える物ですが、
それでも赤い肉がまだ少し残っています。
残念ながら肉の嫌いな私は赤い肉は食べれません。
そしてもう一度呼んでもっと焼いてもらうことにしました。

それから15分後位に戻ってきた肉は、
全くハンバーグの形をしていませんでした。
確かにミンチミートで出来ているのがハンバーグですが、
もとのミンチに戻っていたのです。
お肉をしっかり焼くためにミンチに戻ってしまったようです。

こうなると残念ながら食べる気にはなりません。
もともと肉が好きではないので味もありません。
なんだか肉汁の味がついているし固いし、
結局何も食べずに終わってしまいました。

何故初めから肉以外のメニューを注文しなかったのか、
その時は私の食べれる料理が全くありませんでした。
注文する前にお店を出れば良かったのですが、
何故かハンバーグを頼んでしまったのですね。

言葉が通じれば何とか自分の食べたい物を伝えたり、
アジアの露店ならこれと言って指で示すのですが、
こんな国で何がでるかわからずに注文するのは大変です。
ハンバーグとは分かっていても
日本のように少しでも野菜が入っていればと願いながら、、、

それ以来肉を注文することはありませんでしたが、
とりあえず満足した食事をすることは少なく、
お腹を満たすために食事をしていたのが本音です。
ついつい高い和食を尋ねたくなる時もあります。

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   日本で食べたハンバーグステーキ





World Traveler in Alaska


パリを歩いて観光

パリの街に繰り出した私ですが、
すでに6回目のパリと言いながら、
7年ぶりとなるとまるで初めてのパリのようです。
思い出の場所を歩くだけで一日必要です。

パリは数少ない歩いて楽しめる街です。
殆ど地図なしで歩けるのが嬉しいです。
と言っても建物の中まで入っていると時間がありません。
お陰でいつも外から眺めるばかりです。

まず地下鉄でエッフェル塔へ向います。
そこから私の観光は始まるのです。
凱旋門に行きシャンゼリーゼを下ってきたら、
コンコルド広場、チュイリー庭園を抜けて、
セーヌ川を渡ってカルチェラタンに向います。

サンジェルマン通りには好みのブティクもありますが、
貧乏旅行の私はウィンド-ショッピングのみ、
その分ちょっとしゃれたレストランで豪華な昼食。
夜に食べると倍の値段になりますが、お昼は手頃です。

腹ごしらえしたらシテ島を目指します。
もちろんノートルダム寺院を見るためですが、
世界中からの観光客でゆっくり見る余裕はありません。

その後ルーブル美術館を横目に見ながら、
オペラ座を方へと歩いて行きますが、
この辺りには有名ブランドの店も多く、
日本からの旅行者が買い物にあさっていた時代です。
私には殆ど関係のないお店ばかりでした。

最後に私が目指しているのは
パリで一番大好きなサクレクール寺院です。
最初に連れてきてもらった時の印象が
あまりにもロマンティック過ぎたのかもしれません。
憧れていたパリの印象そのものでした。

特にここから見るパリの夕日がお気に入りです。
あの日もここからボヨ~ンと沈む夕日を見ました。
スモッグが凄いのでまともな夕日は見れません。
でもそれが反って都会的で絵になっていました。

あの日に連れ来てくれたSさんはもういません。
事故で亡くなったと聞きました。
そのせいかもしれませんが、必ず訪れる場所です。
建物の間の階段を歩くのが好きなのです。

しかしこの周辺も治安が悪いので
暗くなる前に退散しなければなりません。
この近くのホテルに戻る頃には、
ムーランルージュに観光バスが到着します。

いよいよこの辺りの夜の顔が始まります。
それがこの辺りを有名にしているのですが。
でもブラッサリーがあるので、
簡単な夕食はこの辺りで取っていました。

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       シャンゼリーゼ通り



旅行情報
パリの観光情報 日本語
http://www.cahierdeparis.com/
パリの観光情報 英語
http://en.parisinfo.com/



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