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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

ロッキーの新しい観光街

私が住んだ頃から長い年月が経ちました。
この間に一番変貌を遂げたのは
バンフ国立公園の外側に位置するCanmoreです。

私が居た頃は知名度も殆どなく、
バンフの家が高すぎるので買えない人が
通勤に使って居る程度の街でした。

カルガリーの住人で別荘を持っている人もいましたが、
まだ別荘開発などという感覚の薄かったカナダ人。
当時は開発しても買う人は殆どいませんでした。

モーテルが数件ありましたが、
お店も殆どないので泊まる人も少ないです。
バンフで溢れた宿泊客が仕方ないので、
キャンモアーで我慢するという程度でしたね。

その街の開発が始まったのは
1988年のオリンピック開催が決まってからです。
ノルディック会場などの施設とともに
ホテルやレストランなども増えました。

それ以降この街の発展は止みませんでした。
この街に別荘を求めて開発が始まり、
不動産はバンフを抜く勢いで高騰しました。

国立公園の外にあるのでバンフに比べて
ビジネスするにも規制が少し甘いです。
もちろん人口増加のために
スーパーなど当時に比べて雲泥の差です。

ロッキーは観光バスなどが充実しているので、
車で来る人よりもツアー客の方が多いです。
長期で滞在するならこの街をお薦めします。

周りは3000m級の山で覆われていますし、
観光客が少ないので少しのんびりできるでしょう。
長期用の宿泊施設はバンフより整っています。

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     Canmore by webshot


旅行情報
canmoreの観光 
www.canmorealberta.com


World Traveler Alaska


バンフについて

バンフは私が居た頃と余り変化していません。
以前は国立公園の管轄にありましたが、
1990年市民と政府との話し合いにより
ロッキー中で唯一の地方自治体ができました。

これによりビジネス、不動産開発などが、
市役所の認可のもとに出来るようになりました、
しかし国立公園の中にあるので、
環境優先など規律や制限は厳しいようです。

この街の人口はほぼ一定に推移しています。
常に8000人前後と言われています。
ホテルなどで働く季節従業員も多いですが、
この街に住み着いた日本人もかなりいます。

主な産業と言えば観光業。
夏は雄大なロッキーの大自然。
冬はパウダースノーのスキー場。
秋から冬の一時期を覗いて、
一年中観光客に溢れています。

良く温泉の保養所と書いてありますが、
ここに温泉を目的に保養に来る人は少ないです。
温泉はただ一カ所しかなく、
どのホテルもお風呂は普通のお湯です。

バンフの魅力を一言で書くことは出来ません。
というかバンフ国立公園の魅力ですね。
アラスカから車で帰る友達に、
カナディアンロッキーを通るように助言しましたが、
アラスカやユーコンの風景とは
一線を引く絶景が広がっています。

もう一度バンフに住みたいかと言われたら
仕事があれば住んでみたいと思います。
あの頃にやりきれなかったハイキングを、
もう一度心置きなくやりたいです。
多分何年掛かっても終わることはないでしょう。

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  バンフスプリングホテル by Hotel HP




旅行情報
レイクルイーズ~ジャスパー間観光道路
アイスフィールドパークウェイ

World Traveler Alaska

おでんは如何ですか?

このNトラベルのツアーでもっと強烈だったのが、
ロッキーの観光中におでんを作るというものです。
添乗員さんはアルミに入ったおでんを
日本からお客様の為に持ってきます。

というかこの会社の添乗員さんは
自分用と会社用の二つのスーツケースを持っていました。
この中にはお客様に配るもの企画物が
会社から成田の空港で渡されるそうです。

旅行中に一度はお味噌汁を作るそうです。
もちろんインスタントではありません。
ホテルのチッチンを借りて
本格的なお味噌汁を作って出すそうです。

おでんは作れないので既に作ってありますが、
それを観光中に温めるだけでも大変です。
勝手に火が燃やせませんのでガスコンロ持参です。
ガイドは前日にガスコンロを取りに行きます。

お昼は幕のうち弁当ですが、
バス会社のドライバーさんに頼んで
まずはレストランから弁当を受け取ります。
この弁当を食べる所を探すだけでも大変です。

晴れている日なら外でも食べれますが、
ツアー客全員が座れるような場所もありません。
屋根のついたピクニック場で広げていました。

ランチ場所に着いたらガスコンロで
おでんの入ったパックを温め始めます。
それから皆さんにお弁当を配ります。
おでんが温まる頃には弁当を終えている人もいました。

カップもないのでおでんを皆でつつきますが、
せいぜいひとつかふたつしか行き渡りません。
人気のある物はすぐに無くなるので、
最後の人はこんにゃくなどの残り物、
更には形も殆どのこっていませんでした。

ガイドはそれだけではありません。
皆さんのお弁当を回収して、
ゴミが落ちていないか確認します。
自分の弁当を食べている時間もありません。

ハッキリ言って超迷惑な企画でした。
そのツア会社のーのお客様をアラスカで見ました。
この会社がまだあったのかとちょっと驚き。
あんな企画をまだやっているのでしょうか。

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     公園内のピクニックテーブル



PS 今ニュースで放送されていると思いますが、
QLD州の洪水について別のブログで呟いています。


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新しい企画で挑戦

この頃からツアーには少しづつ特徴ができてきました。
大手の旅行会社は新聞広告などその販促力で
ツアーコースも多くお客様の選択幅もありましたが、
小さな旅行会社は特徴を活かして集客していました。

私の会社で取り扱っていたツアーの中に。
カナダのスキーツアで強かったプレイX社と
年配者向けの企画が多いNトラベルがありました。

Nトラベルはロッキー旅行にスルーガイドがつきました。
ガイドはカムループスまでバスで行きます。
そして空港でミートしてからツアーが始まります。
日本からバンクーバー経由できたツアーのお客様は
その日は空港からホテルにチェックインで終わりです。

次の日は簡単に市内観光した後
夕方から夜行列車にのります。
ここで一番問題になるのが夜行列車の座席です。

皆さん座席ですが列車の中が寒いと言うので、
バンフから毛布を持って行ったのです。
列車で人数分毛布を送ってありますが、
それを駅で受け取って皆さんに配ります。

もし一枚でも足りないとガイドの不手際。
その度に洗濯するわけでもないので、
夏の終わり頃には結構臭くなっていました。

どうせするなら毎回洗って欲しかったけど、
そこまでの余裕はありませんん。
人数が多い時などこれを扱うだけでくたくたです。

新しいサービスを始めるために
Nトラベルの企画の人達も下見にきましたが。、
どんな時に新しいアイデアをだすのでしょうね。

でも営業の人が添乗で来るわけではありません。
プロの添乗員さんと一緒にくたくたになっていました。
一度位ガイドの立場になって企画して欲しい物です。
しかし余り評判も良くなく
次の年からは毛布は配らなくなったそうです。

配った物は回収しなければなりません。
バンフに着いた時に持って降りるのを忘れる方、
荷物の邪魔になるので置いてきた方もいます。
これはツアー会社の毛布ですと念を押しても、
列車の付属品と思っている方も多かったですね。

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        カムループス駅


旅行情報
カムループス
http://ja.wikipedia.org/wiki/カムループス
カムループス観光局
http://www.tourismkamloops.com/

バンク-バー~バンフ間の列車
ロッキーマウンテニアー



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4年目のバンフ


いつもお出で頂いてありがとうございます。
ブログを始めて第500番目の記事です。
今後も宜しくお願いします。




バンフでの生活もいよいよ4年目になりました。
会社はバンフだけではなくバンクーバーに支店を広げ、
去年まで一緒に働いていた仲間が社長に納まっていました。

以前一緒に働いていた仲間が始めたガイド会社も
それなり大きくなり、どの会社もガイド募集をしていました。
街で会うと内の会社に来ないとひっぱりあいです。
社長さんに恩義でもありませんが、
今更別の会社に移る気もしなかった私です。

日本の経済は著しく成長して円も強くなりました。
カナダはシーズン中と言うこともあり、
ツアー料金がかなり高額でしたが、
飛行が取れないと嘆くほど人気があったようです。

航空会社が急に増えるわけではありません。
当時はカナディアンパスフィックとJALのみ
成田からの直行便を就航していました。
もうひとつのエアーカナダは就航していませんでした。

お陰でアメリカ経由の便も多く、
たまにですがカルガリー空港に
アメリカ経由で到着するツアーもありました。

その場合ゲートにお迎えに行けないので、
ドライバーさんと一緒に最初のお客様がでてくるまで
椅子に座ってのんびりとお迎えしていました。
カルガリーの国際線はそれほどのんびりしていました。

毎年夏にだけ戻って来るガイドも珍しいようです。
殆どのガイドさんが一年を通してバンフに住んでいます。
学生のガイドさんは一年だけバイトの人が殆どです。

なじみと言えば皆殆ど顔見知りです。
バンフの住人は常に1万人に達しません。
そこに200人近く日本人が住んでいました。
夏になると倍近くに増えるのですから、
如何に日本人の割合が多いか感じますよね。

英語とフランス語が公用語の国ですが、
バンフだけは日本語も公用語と言われていました。
日本語だけで要が足せたかもしれません。
最近ではかなり減少したと聞いて言いますが、
カナダの人気はまだまだ強いようです。

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      バンフを流れるボー川


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