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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

長年の友人だから

トロント、バンフと以前住んだ所を訪ねたけど、
バンクーバーが一番長く住んだ街です。
ここに戻ってくると懐かしさが違いますね。
住んでいた頃の友人は殆ど連絡とっていませんが、
カナダで一番長い友人が待っていてくれます。

ひろさんとまさちゃんとは、長い付き合いです。
私が2人の縁結びをして、子供たちも知っていますが、
残念ながら、小さなアパートに住んでいるので、
もう家まで遊びに行くことはありませんね。

子供たちがまだ小さいころは泊まったり、
家で食事をすることもありましたが、
成人した子供たちが一緒に住んでいると、
こちらの方が何となく気を使います。

ふたりとも家にはほとんど居ないそうですが、
1ベッドルームの家に4人の大人?
どうやって部屋を配分しているのか、
寝る所だって問題になりますよね。

彼女は結婚してから殆ど働いていません。
寿司職人の旦那さんだけの収入です。
「子供たち家賃入れてる?」と尋ねると、
「バイトだから低収入しかなくてね」と。

そんなひろさんも日本では定年を迎える年齢。
カナダの年金が後数年でもらえるようです。
まだ働いているから家賃も払えるでしょうが、
仕事を辞めたらどうするのか心配です。

出て行けとは言わない優しいふたり、
でも年金生活になったら面倒みてあげないと、
いつまでも親に頼るのは良いことではありません。
ふたりがお金持ちなら何を言う必要もないですが、
普通の労働クラス、だから心配してしまいます。

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  ふたりが住んでいる地域 by flicker




バンクーバーからバンフへ

バンクーバーには昼過ぎに到着しました。
以前は市内の中心部にターミナルがありましたが、
現在は中華街の近くにある駅を利用しています。

私が住んでいた頃はこの駅から毎日、
バンフを越えてトロントまで続く、
カナダ太平洋横断鉄道が運行していました。
今はその鉄道会社は買収され、
カナダ国有鉄道が週に2~3本、
ジャスパー経由でトロントまで運行しています。

バンフまで行く鉄道は夏の期間運行する
豪華なロッキーマウンテニア号のみです。
私が行った頃もまだ運行していましたが、
無理無理、私の予算では乗れません。

もちろんバスの周遊券があるので、
グレイハウンドを利用します。
バンフまで約14時間ほどで到着しました。

途中でトイレストップがありますが、
ゴードンに朝早く到着しました。
まだ息が白くなるくらいに寒く、
目が一瞬に覚めてしまいそうです。

周辺にロッキーの山が見えると、
バンフまであと一息という思いです。
ヨーホー国立公園からバンフ国立公園へ、
何年たっても故郷に戻ってきたような、
嬉しさが忽ちこみ上げてきます。

レイクルイーズで約15分のトイレ休憩。
まだ観光シーズンなので降りる人もいます。
ここから短い区間ですが、バンフの街や
カルバリーまで乗る人だって多いですね。
時計は山岳標準時間に変わっています。
ここからバンフまでは1時間の距離です。

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    バンフに向かう途中の風景 



カナダ旅行 5日目『バンクーバー観光』

いつもブログ訪問ありがとうございます。
私の過去の旅行記を書いていますが、
9月25日からちょっと予定を変更して、
現在旅行中のカナダ旅行記を書いています。

カナダ旅行5日目は『バンクーバー観光』’です。
と言っても列車が到着するとすぐに、
観光バスが待っているわけではありません。
列車が遅れることを想定にして、
何も計画していない日もあります。

本日のメインは『グランビルアイランド』です。
ここで観光しながら、自分たちのお腹にあわせて、
好きなランチを取ってもらうことにしました。
そして本日の夜食となる魚を買います。
メンバーの一人が刺身を作る予定です。

私は駅からレンタカー会社に行って、
8人乗りのミニバンを借りたら、
全員の荷物を乗せてホテルに行きます。
ところがあまりの車の大きさにびびり、
結局ナビゲーターに徹することになりました。

今日から二日間はナビゲーター兼ガイドです。
いつもシドニーでも運転していますが、
ちょっと大きな車と右側通行は、
慣れるまで大変ですよ。
それでも事故にあわないように、
バンクーバー、ビクトリア観光を楽しみます。

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      バンクーバーの紅葉


10年分の話も積もれば、、、

香港返還が10年も過ぎれば、
移民の数は減っていましたが、
建設ラッシュでたったマンションが
ウォータフロントに立ち並んでいました。

日本人旅行者はここでも減って、
香港人に変わり中国本土からの
旅行者がここでも増えていました。
広東語しか聞かれなかった中国語も
標準語(北京語)を聞く機会が増えました。

と言っても私が理解するわけではないですが、
言葉のイントネーションだけでわかります。
ただし生活の場では古い漢字(旧字体)が
まだまだ大場を聞かせていました。

その翌日もまさみさんとは会いました。
特に何をするわけでもありませんが、
10年分の話をすればつきませんね。
彼女がいるからバンクーバーに来る、
それ以外の目的はありませんからね。

ちょうど夏服の処分をやっていたので、
これから夏に向かうのでシドニーの生活のために、
安いTシャツを何枚か購入しました。
アメリカではサイズが難しい私でも、
カナダの方が洋服が見つけやすいです。

ちょっと大きめのまさみさんなら、
洋服の種類も豊富に選べました。
1枚10ドルぐらいだったので、
彼女にもお礼代わりに購入しました。

元の値段は30ドル以上のものばかり、
カナダは安い洋服がありませんが、、)
処分の時なら手頃な値段で購入できます。
バンフは大雪になったのですから冬はもうすぐ、
夏物は早めに処分しないといけませんね。

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   バンクーバー by Tripadvisor

観光情報
ブリティッシュコロンビア州政府観光局 英語
http://www.hellobc.com/kelowna.aspx
バンクーバー観光案内所 英語
http://www.tourismvancouver.com

香港人をたくましいと思う時

1997年香港が中国に返還される前、
香港からの移民がどんどん増えたようです。
特に英国のパスポートを所有していた人たちは、
カナダやオーストラリアに新天地を求めました。
オーストラリアにも移民した人たちがいましたが、
カナダに移民した友達も多かったですね。

現在北京に住む私の友人夫妻は、
結婚してからオーストラリアに移民しました。
旦那さんのビザで移民していましたが、
彼は国からお金をもらってそのまま学生を続け、
彼女が旅行代理店で働いていました。

そしてオーストラリアの市民権を取ると
外国人は給料の高い北京の会社に就職。
今もずっと北京で暮らして、
退職したらオーストラリアに戻るようです。

彼女の妹さんはアメリカの大学を卒業して、
そのままアメリカで暮らすことになり、
お母さんは香港の家を守っていますが、
お父さんは返還前にカナダに移民。
市民権を取るまでなんとか暮らしたようです。

このが英国に統治された香港人のたくましさです。
中国に返還されるというなら、
自分のステータス(国籍)だけでも、
自由な国を習得しておこうと言うのでしょうか。

日本人にはこんなたくましさはありませんね。
日本の狭さが嫌で海外を放浪していますが、
危険を感じて脱出したのではありません。
戻っても身の危険を感じることはありません。

現在のシリアを含む中近東や
80年代の東南アジアとアフリカのように、
安心して暮らせない国はたくさんあります。


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   バンクーバー by Tripadvisor

観光情報
ブリティッシュコロンビア州政府観光局 英語
http://www.hellobc.com/kelowna.aspx
バンクーバー観光案内所 英語
http://www.tourismvancouver.com

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