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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

シーズン後の楽しみは、、、

私が住んでいたら寮の周りには、
そんな東南アジアの学生たちがいました。
ハウスキーパーや社員食堂で働いていたので、
同じ職場ではありませんでしたが、
同じアジア系、仲良くしてもらいました。

旅行のこと、将来の夢など、
子供の話を聞いているようですが、
自分の若いころと重ね合わせていました。

前日はたまたまその部屋の学生さんたちと
同じテーブルで夕食をとりました。
翌日はバスに乗ってデナリまで行くと、
嬉しそうに話していました。
時間がないので往復バスに乗っていくだけ、
それでも楽しみにしていたようです。

翌日私は午後の出勤でした。
いつものように昼食をとって出勤すると、
ツアーデスクはとても静かなでした。
午後2時に早番の勤務が終わるので、
それまではいつもごった返していました。

でもその日はトニーの姿も見えず、
スーパーバイザーもいませんでした。
ツアーデスクには誰かしら責任者が、
必ずいるように義務付けられていたのに、、、

早番の勤務が終わる前に清算して、
フロートをもらわなければなりません。
それなのに、スーパーバイザーは
誰もデスクに戻ってきませんでした。

私は部屋から来て、出勤したばかり、
何が起きていたのか知りませんでしたが、
私たちにとってショックな悲しい事件が、
その日の朝起こったのです。

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  デナリ国立公園 by Tripadvisor



アラーニに紹介された女性


ここで二人の日本人を紹介されました。
ひとりはハワイから働きにきている男性、
そしてもうひとりがフロリダからの女性でした。
その人はTammyさん、現在FBで友達です。

彼女とはその時少しだけ話しただけで、
特にFBのことも伝えませんでしたが、
私がシドニーに戻ってから、
オーストラリア旅行が夢だったようで、
アラーニを通じて友達になりました。

人との出会いなんてそんなものです。
旅先で知り合った人と長い付き合いの、
友人になることも多くあります。
今ならFBで何処にいても簡単に、
会話することができます。

彼女とはその後シドニーで会いました。
オーストラリアクルーズのために、
友人と遊びに来てくれました。
時間がなくどこも紹介できませんでしたが、
アラスカで再会を誓って別れました。

アラスカでガイドを始めると、
このホテルに泊まる機会がなく、
彼女と会う機会がありませんでした。
そして去年アラスカに戻ってくると、
このホテルに3回も泊まりましたが、
彼女はアラスカに戻りませんでした。

でもアラスカが好きなのでしょう。
去年も二度アラスカを訪問しています。
一度目はアディタロッドの開催を見に、
そして夏にまた車で来ています。

二月ごろになると「何処で働く」が
三人の共通の話題になっています。
アラスカの夏の仕事に応募する時期です。

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     友達が働いたホテル



季節ごとの仕事を求めて、、、

アラーニの仕事が終わると、
彼女の部屋に行きました。
外部の人は入れないことになっていますが、
彼女と一緒なら誰も疑いませんでした。

彼女の部屋はコテージでした。
優遇されていますね、ひとり部屋ですから。
寮は二人部屋が基本になっています。
ましてや棟ではなく、コテージでした。
そのコテージには2部屋ありますが、
全く別の入り口で独立していました。

ホテルに泊まる予定でしたが、
彼女の部屋に泊まるように言われました。
「でもベッドはひとつよ」というと、
夜は泊りに行くからと言われました。

ふたりで夕食に出かけると、
そこにマークがやってきました。
何と以前働いていたホテルの営繕係、
当時彼女のマネジャーだった人です。

マークはその後離婚したようで、
ここで働くことが決まると、
アプローチしてきたそうです。
彼女も一応独身だったので、
すぐに仲良くなりました。

私のことも覚えていてくれました。
寮のカギを忘れたり、掃除機がいるとき、
彼のオフィスを訪ねていましたから、
それにアラーニと知り合いだったので、
当時から会う機会も多かったですね。

結局シーズンが終わると二人は結婚、
その年は彼女が住んでいるテキサスに行き、
冬の間はビッグベンドにある
リゾートホテルで一緒に働いていました。

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     友達が働いていたホテル


プリンセスに売却されたホテル

私はアラーニに会いに来る前に、
働いていたホテルを見に行きました。
あの頃一緒に働いていたジョーが、
レストランマネージャーになっていました。

働いていたロビーにあるカフェ、
あの頃と殆ど変わっていません。
お隣にあったギフトショップもありますが、
知っている人は誰もいませんでした。

と言っても何人かは戻っているはずです。
するとステイシーが通りました。
その年に働いていたリゾートホテル
マネジャーを去年までやっていた人。
今年からこのホテルの移ったのです。
独身ですが、やり手の女性でした。
挨拶すると顔は覚えていてくれました。

そのあと寮があった方に歩いてみました。
寮はすべて隣町に移転していました。
そこにはプリンセスの寮がありますが、
去年ホテルがクローズすると、
建物ごと、トラックで運んだそうです。

社員食堂や、マネジャーの家など、
一部はそのままに残っていました。
そしてそこに懐かしい建物が、
そう私がいた寮だけはそのまま
あの頃と変わらずに残っていました。

2010年の懐かしい思い出が、
あの頃知り合った仲間たちの顔が、、。
あっという間にそこに現れました。
私にとって初めてのアラスカ
楽しい思い出がたくさんあります。
こうやって戻って来れる幸せ、
もう一度戻れるように願いました。

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    以前私が働いていたホテル

シャトルバスがとっても不便です

デナリのホテルで働いていたころ、
この社員食堂に食べに来たことがあります。
系列の社員食堂は同じミールプランで
自由に利用できるシステムでした。

当時このホテルの社員食堂はまずく、
私のいたホテルにわざわざ食べに来ていました。
場所が変わればちょっと旅行した気分、
シャトルバスでこのホテルにやってくると、
ついでにここの社員食堂で食べていました。

社員食堂はかなり広くなっていました。
隣接した建物が以前はフロントとロビー
現在は別の場所に移ったようで、
スタッフ用のテーブルが置いてありました。
コーヒーやソフトドリンク類も、
あの頃に比べると充実しています。

当時私たちが働いていたホテルは、
プリンセス系列に販売されていました。
ホーランドアメリカのお客さんたちが
専用で利用していたホテルでしたが、
プリンセスが購入したそうです。

そのため現在はこのホテルのみ、
宿泊棟を増やしただけでなく、
隣にあった小さなホテルを買収、
さらに沢山のアトラクションを作り、
デナリに行かないで済むようにしていました。

商店街に行くシャトルバスはありません。
わざわざ公園内にある観光所で
プリンセスのシャトルバスに乗らないと、
デナリには行けないようになっています。
そこに泊まっているお客さんのふりをして、
シャトルバスに乗るのも大変ですよ。

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     友達が働いていたホテル

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