FC2ブログ

地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

まゆみさんに感謝しながら、、、

その日はケンモアを離れる日でした。
夜行バスにのってケローナに行くつもりでした。
ケローナの友達がちょうど休みなので、
バンクーバーに行く前にもう一度
立ち寄るように言ってくれました。

ケンモアに到着したころは30度近くと、
半袖でも良いくらいに暑かったのですが、
だんだん寒くなって氷点下まで下がり、
前日からのみぞれが大雪になり、
一挙に30cm以上まで積もりました。

グレイハウンドに連絡すると、
トロントからのバスがかなり遅れており、
もしかしたら今日はバスがでないかも、、。
バンクーバー行きの直行便なら
予定通り行くそうですが、
ケローナ経由の便は運休になるかも。

まゆみさんがもう一泊しないさいよと言うので、
寒いのが嫌いな私はそのままぬくぬくと滞在し、
韓国ドラマをみて過ごすことになりました。
翌日はいくらや雪が小降りになりましたが、
それでも一日中降ったり止んだりでした。

さすがにそれ以上遅れると予定がつまるので、
その日はケローナに出発することにしました。
バスの予定時間は真夜中。
ターミナルもなくガソリンスタンドの前が、
ケンモアの停留所になっています。

もしまゆみさんががいてくれなかったら、
雪の中で待たなければなりませんでした。
暖房の効いた車の中は天国でした。
グレイハウンドが停まってドアが開くと、
車を出てバスまで歩いて行きました。
最後まで優しくしてくれたまゆみさんには
ありがとうという感謝の気持ちでいっぱいです。

bow-river-at-canmore.jpg
  ボー川@ケンモア by Tripadvisor

観光情報
アルアータ州政府観光局 日本語
http://travelalberta.jp
バンフレイクルイーズ観光案内所 日本語
http://www.banfflakelouise.com/Japan/
ケンモア観光案内所 英語
http://www.canmorealberta.com


遅ればせながら『韓流ブーム』を体験する

まゆみさんの好意で娘さんの部屋に泊まりました。
娘さん二人と息子さんがひとりいますが、
上の娘さんが下の娘さんの部屋で寝るので、
その部屋に泊まるように言われました。

まゆみさんの影響で三人とも信心深いのです。
『トドはちっとも関心ないのよ』と言いながら、
旦那さんに強制することもしないようです。
多分一度ぐらいは試したのかもしれませんが、
私が知っているトドさんは、
『信心』という言葉には興味ない方でした。

それほど仲良くしていなかった私のために、
『泊まりにきなよ』と言ってくれたのですから、
本音は優しい人なんだと思っています。
同じ九州人、山を挟んで向こうとこちらでしたが、
お互いに本音ではっきり物事をいうタイプなので、
仕事の時は喧嘩ばかりしていましたが、、、。

かと言ってお客さん扱いは期待していません。
彼女はパートで働いてたので、その時はでかけ、
仕事や用事がないときだけ付き合ってもらいました。

インターネットでYouTubeの時代ではないので、
家にはたくさん日本のビデオがありました。
100km離れたカルガリーから借りたり、
誰かに録画してもらったりしているようでした。

当時は韓流ブームがやや衰えてきたころでしたが、
この家にもたくさんの韓国ビデオがありました。
私はそれまで一度も見たことなかったのですが、
ここに滞在中に韓国ドラマにはまってしまいました。

見たのは『宮廷女官チャングムの誓い』です。
多分一日に8話以上みていたのでしょうね。
数日の滞在で1年分を見たのですから、
ハマってしまいましたね、泣いて泣いて泣いて、、。
すっかり韓流ドラマのファンになりました。

shutterstock_91117541__large.jpg
    ケンモア by Tripadvisor

観光情報
アルアータ州政府観光局 日本語
http://travelalberta.jp
バンフレイクルイーズ観光案内所 日本語
http://www.banfflakelouise.com/Japan/
ケンモア観光案内所 英語
http://www.canmorealberta.com

ケンモアとは『ビッグヘッドの意味』

ロッキー山脈沿いの街(バンフやケンモア)は、
CPR(カナダ太平洋横断鉄道)が着工されてから、
誕生して発展してきた街ばかりです。
バンフは国立公園の中心地となり
観光とスキーリゾートとして発展しました。

この街は1884年CPRの社長スミスによって、
スコットランド王マルカム3世のニックネーム
ケンモア』にちなんで名付けられました。
ゲーリック語(古いスコットランド語)で
『大きな頭』という意味があります。

鉄道で使用する石炭が見つかったことから
炭鉱の街として発展してきました。
2000人の程の人口を維持していましたが、
鉄道のディーゼル化で石炭が要らなくなり、
炭鉱も1970年代で閉鎖になりました。

その頃から人口がどんどん減少していましたが、
1988年カリガリーオリンピックが決まると、
ノルディック競技の開催地になりました。
その結果この街の観光開発が始まり、
レクレーショナルに訪れる観光地になりました。

バンフの街は1980年代に開発されましたが、
その後何度か訪れても急激な変化は感じませんが、
ケンモアは10数年ぶりに訪れてびっくりしました。
別荘は私がいる頃から増え始めていましたが、
バンフに住めない人がここに住居を構え始めました。

おかげで街が国道1号線沿いまで広がっており、
レストラン、ホテル、観光施設が増えていました
今やアウトドアーのメッカになり、
一年を通じてここを訪れる人が多くなりました。
私がガイドをしていた頃はいつも通過していましたが、
今はここに滞在する日本人観光客もいるようです。
と言ってもバンフの方が知名度は高いです。


111082F130.jpg
    ケンモア by Tripadvisor

観光情報
アルアータ州政府観光局 日本語
http://travelalberta.jp
バンフレイクルイーズ観光案内所 日本語
http://www.banfflakelouise.com/Japan/
ケンモア観光案内所 英語
http://www.canmorealberta.com


大きくなったロッキーの街『ケンモア』

バンフからケンモアまで30分足らず、
バンフ国立公園を出ると街が遠くに見えます。
私が住んでいた頃は何もない小さな街だったのに、
今やバンフを追い越す街に拡大していました。

バンフは国立公園内にあるので、
開発が制限され人口はあまり変化していません。
ケンモアは国立公園の外なので、
ロッキーに近い別荘分譲地として
1990年代から開発が始まったようです。

またバンフの住民が一軒家を買いたいても、
値段が高くなかなか手に入りませんでしたが、
ケンモアはバンフに比べて値段も安く
90年代までなら手軽に買えたようです。

しかし別荘が増え観光客が増えてくると、
レストランはお店なども増えてきました。
そしてホテルが建設されると、
他の観光客も増えてきたようです。

国立公園内では旅行会社などの経営も、
条件が厳しく制限されていますが、
公園外ならそれも少し緩和されるようです。
そのためにトレッキングなどの
ツアー会社がどんどん増えてきました。

実際に住んだことがないので
どんな街か紹介するのは難しですが、
バンフに住んでから20年も過ぎていたので、
その変貌ぶりにただただ驚嘆するのみでした。

バンフはそれほど変化していませんでしたが、
今やキャンモ阿の方が大きいのは間違いありません。
バンフのホテルがいっぱいだったら、
この街に泊まっても良いかもしれませんが、
ロッキー観光のツアーバスは
バンフから出るものが多いですね。

canmore-downtown.jpg
    ケンモア by Tripadvisor

観光情報
アルアータ州政府観光局 日本語
http://travelalberta.jp
バンフレイクルイーズ観光案内所 日本語
http://www.banfflakelouise.com/Japan/
ケンモア観光案内所 英語
http://www.canmorealberta.com


該当の記事は見つかりませんでした。