地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

シドニーのカジノで働く

シドニーに戻ってくると
ラスベガスのカジノの経験を活かして、
シドニーで働くことになりました。
残念ながらディーラーではないですが、
エレクトリックゲームアテンダントでした。

これも私にとっては良い経験でした。
しかしラスベガスと違って、
シフトがその週によってことなります。
あるときは早朝だったり、夜勤だったり、
これは結構体に答えましたね。

多分20代~30代なら体も持ちますが、
40代になると体がついて行けません。
あのスロットマシーンの周りで働くのも
タバコを吸っている人がいる中で働きのも
決して良い環境とは言えませんよね。

わざわざ自分の命を短くする必要はありません。
バンフのあの雄大な自然の中で働いた日々が
懐かしく毎日思い出させるようになりました。

だんだんストレスが貯まるようになると、
お客さんとの揉め事も出てきます。
ある日上司から呼ばれて勧告があり、
その後カジノを自主退職することになりました。

辞めると意外とスッキリしたものです。
カジノで働いているときもバイトをしていたので、
その仕事をそのまま続けることにしました。
その仕事はカフェのバリスタでした。
コーヒー好きの私にはぴったりの仕事でした。

カジノはフルタイムだったので休めませんでした。
一年働いたら有給でも取るつもりでいましたが、
一日も使わないまま辞めたので給料清算、
私のちょっとしたボーナスになりました。

こうなると旅行の虫が動き始めます。
旅行だけで移動すると費用もかさみますが、
仕事をするなら一石二鳥ですよね。
アメリカの仕事を探し始めました。

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ラスベガスストリップ by lasvegas.net




東のラスベガス「アトランティックシティー」

ボルチモアの観光が終わった私は、
友人がいるニューヨークへと向かいました。
ボルチモアからニューヨークへは近すぎて、
グレイハウンドの夜行便はありません。

ラスベガスでディーラーをしていた私として、
以前からちょっと興味があった
アトランティックシティーに先に行き、
そこから乗り換えてNYに行くことにしました。

ちょうどそのころ大西洋岸にハリケーンが近づいていて、
アトランティックシティーの海外線は荒れていました。
バスが運休にならなく良かったですが、
雨脚はそれほどひどくありませんでした。

アトランティックシティーカジノの街ですが、
以前からリゾート地として栄えていました。
ところが貧困や犯罪などの問題も抱えていたそうで、
1976年にギャンブルを合法化して、
新しいカジノの街として出発しました。

アトランティックシティーカジノがオープンすると、
東海岸のお金持ちたちはラスベガスに来なくなり、
ギャンブルの街として衰退していきました。
そこで新しい観光客を取り込むために、
家族で楽しめるラスベガスを打ち出したそうです。
しかしカジノはアメリカの経済を反映しています。
リーマンショックで経済が落ち込んでいたので、
アトランティックのカジノもかなり厳しかったですね。

グレイハウンドカジノバスも兼ねているようで、
3つの大きなカジノにも停まりました。
乗客は到着するとホストが待っていて、
いろいろなクーポン券をもらうことが出来るようです。
ドライバーもバスの中で簡単に説明していましたが、
彼らもコミッションが貰えるのでしょうか?

atractic1.jpg
  アトランティックシティー by wiki

TABとは

試験に合格すると給料も上がりますが、
制服ももっと上等なものになりました。
ここで働くアテンダントは両方で働くので、
どちらの制服を持っていました。

プラチナルームの人が足りない時は、
ここで働ける資格のあるアテンダントのみ、
残業をもらえる対象になりました。
カジノのシフトがアサインされていても、
急遽プラチナルームのシフトになったり、
そんなイレギュラーも多かったです。

もうひとつアテンダントがする仕事に、
TABのアテンダントがありました。
カジノの一角にありますが、
競馬やスポーツ競技の賭けや
Kinoを取り扱っていました。

オーストラリアは以前にも書きましたが、
競馬、ドッグレース、ハーネスレースが
とても盛んな国で大都市には必ずあります。
シドニー市内にもドッグレースと
ハーネスレース(現在閉鎖)が一箇所づつ、
競馬場となると4箇所もあります。

レースは毎週何処かで開催されています。
シドニーのあるNSW州のみならず、
オーストラリア国内のすべてのレースに
賭けることができました。

もし何処でも開催されていなければ、
ストックされている何千本という
レースの動画をランダムに流して、
それで賭けることができました。

いかにオーストラリア人が
ギャンブル好きかわかりますよね。
そしてそれを取り扱っているのが
TABと呼ばれる会社だったのです。

今回の北米旅行記を
別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
まずはカナダ編です。

『World Traveler in Alaska』



Spit_Bridge_open.jpg
スピットブリッジ@ミドルハーバー by wiki


シドニービーチ情報
モスマンにあったチャイナマンズビーチから
海沿いに北に歩いて行くと、
ミドルハーバーにかかる唯一の橋
スピットブリッジがあります。
ヨットが通れるように定期時間に閉会します。

この両側にはヨットハーバーや
おしゃれなレストランが並んでいますが、
北側には小さなビーチがいくつかあります。

ここからノースビーチで一番人気のある
マンリーまで海沿いに遊歩道があります。
ここまでバスで来て歩き、
マンリーからはフェリーで市内に戻れます。



またこの街で暮らす日は来るのだろうか?

私のブログは過去の旅行記です。
今まで世界の旅行記を書きましたが、
シドニーのことを書いている時以外は、
何処かの旅行記を書いていても、
他の場所に住んでいることが殆どでした。

このブログで一年近くに渡って
ラスベガスのことを書いてきました。
あれから2度ラスベガスに来ましたが、
まさか記事を書いている時に
またラスベガスに戻って来れるとは、
書き始めた頃は思っていませんでした。

カナダ旅行が本格的に決まり、
合わせたわけではありませんが、
ラスベガスの見聞記が終わる頃に、
3度目のラスベガスを楽しんでいます。

今回も知人に会ったり、
夜のストリップを観光していますが、
やっぱり一番楽しみだったのが、
以前働いていたカジノを訪ねてみました。

すっかりきれいになったそのカジノ
オーナーも変わり名前も変わりました。
でもカジノの周りにあったマーケットも
周辺のカジノも殆ど変わっていませんでした。

毎日1時間半もかけて家から通い、
早朝に帰って行ったのが昨日のようです。
あれから何年も過ぎていますが、
このブログを書いているお陰で
昨日のように思い出すことができました。

今度はいつ戻ってくるか分からないけど、
いつかまたこの街で暮らすかもしれない。
その時は皆さんも遊びに来てください。
カジノの手ほどきぐらいはできるかな?

EastSideCanneryExterior.jpg
私がいたカジノの場所にオープンしたカジノ




ディーラーへの道 その58『カジノとタバコ』

カジノのディーラの仕事は嫌じゃなかったけど、
タバコの煙だけは好きになれません。
もともと私の家族はタバコを吸わなかったので、
タバコを吸うということに抵抗がありました。
それでも若気の至りで喫煙の体験はあります。

オーストラリアは1990年代に入って、
公共の場(病院、役所など)レストラン、
建物の中と禁煙になっていきました。
おかげでタバコの臭いは道路ぐらいです。
最近は自治体や州政府の条例によって、
公園やレストランの入り口でも吸えません。

そんな中で長いこと生活していたので、
アメリカで公然のようにタバコが吸えると、
これって発展途上国と思ってしまいます。
でもそれはラスベガスなどカジノの街のみ、
公共の場では吸えないところが多いですよ。

カジノにくるプレイヤーの中には
タバコを吸わない人も多いのですが、
それでもノンスモーキングエリアがあるのは、
レストランのみになっています。
お客さんの中には呼吸器官関係が悪いのか、
酸素ボンベを持ってやってくる人がいます。
鼻には専用のチューブをつけたまま、
ボンベの酸素を吸いながらプレイしています。

こんな空気の悪いところでプレイしているから、
呼吸器官が悪くなったのかは知りませんが、
外から見ていると結構おかしなものです。
その酸素ボンベも小さいものではなく、
背丈の半分ぐらいはあったようです。

そこまでしてプレイしたのか?
ギャンブラーの心は読めませんよね。
そういう人の中には身だしなみも貧しそうな、
年金で暮らしているような人が多かったです。
私がディラーをしていたテーブル台でも、
タバコは自由に吸うことができました。

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   スロットマシーン by flicker


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