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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

中近東旅行を終えて、、 

Posted on 01:03:15

長い間『中東旅行記』におつきあいありがとうございました。
わずか3週間ちょっとの旅行でしたが、
なんと3ヶ月近くも足を引っ張ってしまいました。
まだまだ行く人の少ない中東ですが、
皆さんに興味持って貰えたら嬉しいです。

私が初めてアフリカ大陸に足を入れたが、
1988年の世界一周の時でした。
マルタからアルジェリアに渡り、モロッコへと抜けました。

その後アフリカ大陸を6週間旅行して、
エジプト旅行で3回目になります。
しかしサハラ以北をアフリカと言う人は少なく、
文化的にもやはり地中海文化の一部です。

私には夢があって、エジプトからモロッコまで
列車に揺られて地中海沿いに旅行することです。
当時はリビアにはガダフィ大佐がいました。
反米路線をとっていたために、
隣国から陸路で入国することはできませんでした。

イラク戦争後は、自分の身を案じてか、
欧米よりの政策をとりました。
しかし2011年のチュニジアのジャスミン革命の受け、
リビアの反政府部隊によって殺害されました。
残念ながらまだ内戦で政府が安定していないので、
ひとり旅するのは危険なようです。

エジプトからリビアそしてチュニジアへと、
国際バスはあるそうですが、
政府が安定するまでは行かない方が良いでしょう。
国境はひとり旅にはオープンしていないようです。

マルタからリビヤ行きのフェリーがでています。
ここからチュニジアに行ったこともありますので、
何とかリビヤに入国できれば、
チュニジアにはバスで移動出来ると思います。

以前はチュニジアアルジェリアモロッコと、
鉄道又はバスで移動することができました。
現在アルジェリアモロッコの国境が
紛争で陸路で通過することはできません。

地中海にはたくさんフェリーがあるので、
フランスやスペイン、イタリアを経由して、
他の国に行くと言う方法はあるようです。
地中海を一周するクルーズもでていますが、
いつか何の心配もなく陸路で一周出来る日がくれば、
もっと世界一周が面白くなりますね。


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マルタ〜リビヤを運行するフェリー by FB


観光情報
マルタ〜リビヤ間を結ぶフェリー会社
https://www.facebook.com/MmslMediterraneanMaritimeServicesLtd
ヨーロッパのフェリーサイト
http://www.ferrylines.com/en/home/




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カルダモンコーヒーを飲みながら、、 

Posted on 01:00:23

いよいよエジプトも最後の日を迎えました。
楽しかった中東旅行ともお別れです。
その日は遺跡の観光もなく、博物館なども訪ねません。
私が気に入ったカイロのスークに出かけて、
お土産を買うことにしました。

ガラスでできた香水瓶、
パピルスをまねた便箋など、
他の国では見られないエジプトの文化です。
やっぱり異国情緒のあるものが良いですね。

ところが私は実用的なものが大好きなので、
誰に配っても喜ばれるものを買います。
上記の品は自分のお土産として、
みんなに買ったのはエジプトのコーヒーでした。

エジプトではギリシャやトルコと同じように、
粉状にしたコーヒー豆を砂糖と一緒に
小さなポットで煮立てます。
小さなデミカップで飲みますが、
粉が下に溜まるので上澄みだけを飲みます。

エジプトではカルダモンを加えて飲みます。
これは『スパイスの女王』と呼ばれます。
ユーカリオイル、樟脳、レモンオイルを
混ぜたような匂いに病みつきになりそうです。

その匂いに引きつられて行ったところが、
コーヒー豆を焙煎しているお店でした。
カルダミンを飲むときに加える人もいますが、
ここでは挽いた豆に加えてありました。

豆は好みで挽いてくれるので、
ドリップコーヒー用に荒引きにしたものと、
トルココーヒー用に挽いたものを買いました。
今回は中東を旅行したから
レバノンコーヒーと言うべきですね。

イスラエルで買ったデミタスカップは
今でも家の食器棚に置いてあります。
エジプトで買った豆で、レバノンコーヒーを入れ、
イスラエルで買ったカップで飲みました。
周辺国が一緒にコーヒーを飲みながら
話あえるぐらいに平和になると良いです。

Cafe-el-Fishawy-Cairo.png
カイロのカフェ by Travelreportage

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http://www.egypt.or.jp
カイロの日本人宿『ベニス細川家ホテル』



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ナイル川クルーズでロマンチックな気分に 

Posted on 01:01:29

今回の旅行でアレキサンドリアに行きませんでした。
地中海に面したこの街は気候もよく、
リゾートしても早くから人気がありました。
エジプトは遺跡も多く、考古学的な出土品も豊富なので、
昔から旅行に来る人は後を絶ちません。
アフリカも中東もまだと駄目という方も、
エジプトなら旅行しやすいかもしれませんね。

バックパッカーにはうざい国と言われています。
観光地に着くたびに勝手に荷物を降ろされたりして、
勝手にホテルまで案内されて料金請求、
自称ガイドの多い国では、
ハッキリと文句を言わないと、
外国人料金でたかられるときもあります。

最近そんなエジプトで人気が出ているのが
ナイル川クルーズと聞きました。
リバークルーズはヨーロッパでも人気があり、
ドナウやライン川クルーズだけではなく、
新しいルートも増えてきているようです。

最近クルーズの人気は増えていますが、
オーシャンクルーズと異なって、すぐそばが陸地、
何かあってもすぐに陸に上がれる強みがあります。

ナイル川にもたくさんのクルーズ船があります。
カイロからアスワンまでのクルーズは
日程的にも費用もかかりますが、
アスワン~ルクソール間なら2泊3日ぐらいから
料金も手ごろなツアーがあるようです。
オフシーズンなら交渉で半額ぐらいになります。

バスではわずか4時間ぐらいで行ける距離ですが、
船に乗ってナイル川を航海するのも良いですね。
クルーズは食事も付いているので、
意外と割安になるかも知れませんよ。

何日もクルーズできない方は、
白いファルーカ(帆船)は如何でしょうか?
アスワンやルクーソールでは
1時間ぐらいのクルーズからあります。

私もルクソールでサンセットクルーズに参加しました。
ちょっと一人では寂しい気もしますが、
心地よい風に吹かれて楽しむクルーズは
ロマンチックとリッチな気分にさせてくれます。
これだってナイル川クルーズだよ。

758px-Falucca_on_Nile.jpg
  ナイル川のファルーカ by wiki

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外国客を狙った『ルクソール事件』 

Posted on 01:05:44

ルクソールは一日だけの滞在だったので、
ナイル川西岸は観光しませんでした。
正直時間がなかったことが唯一の理由ですが、
1922年に発見されたツタンカーメンの墓があった
王家の谷』は見る価値があるようです。
古代エジプトの新王国時代の王の墓が集まっています。

しかしツタンカーメンの墓からの出土品は
カイロにある考古博物館で見ることができます、
時間があれば墓をみるのも良いですが、
出土品の方が見ごたえはありますね。

周辺には王のお妃の墓『王妃の谷』や
新王国で唯一女性のファラオ『ハトシェプト』が
造営した葬祭殿があります。
夫トトメス2世が亡くなると
側室との子で後継者トトメス3世が幼少だったので、
王妃として権威を振舞ったようです。

私が旅行したのは7月でしたが、
その年の11月、ここで『ルクソール事件』が発生しました。
イスラム原理主義過激派『イスラム集団』が
外国人観光客を無差別で殺害したテロ事件です。

エジプトではその数年前から、
この過激派によるテロ事件が発生していました。
同年9月には考古学博物館前でバスが襲撃されています。
滞在中何の事件にも巻き込まれなかったのは、
本当に有難いことし言い表せません。

この事件で日本人旅行者を含む多くの方が亡くなり、
負傷された方もいて、大きく報道さえました。
自分が旅行したばかりの国だったのもありますが、
同じ旅行業界に働いている者としてショックでした。

私が勤めたいたJ社では緊急会議まで開かれました。
たとえ遠い離れた国オーストラリアと言えども、
旅行をしている方の日本の家族にとっては
『同じ外国』として扱われるようです。
こんな時『日本以外は危険な国』になります。

これは後から聞いた話ですが、
添乗員の知人がアブシンベルに滞在していたそうです。
亡くなった添乗員さんと同じ会社のツアーでした。
翌日ルスソールに移動して『王家の谷』が観光に含まれていました。
一日違いで危険な目にはあいませんでしたが、
日本到着まで皆さん緊張されていたそうです。

800px-Ägypten_Tal_der_Könige
      王家の谷 by wiki


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エジプトの古代オベリスク『クレオパトラの針』 

Posted on 01:05:56

ルクソール神殿で有名なのがオベリスクです。
もともと入り口に対でありましたが、
そのうちのひとつが1833年
エジプトからフランスに贈り物として送られました。

1836年ルイフィリップ王によって
コンコルド広場に建立されました。
彼はブルボン家の支流オルレアン家の出身です。
パリ革命でルイ16世が処刑になったあと、
父も共和国転覆の汚名を着せられ処刑になりました。
各国を亡命した後、7月革命により、
『フランス人の王』として王位に就きました。

ロンドン、ニューヨークにある対のオリベスクとともに
通称『クレオパトラの針』と呼ばれています。
クレオパトラ7世とはまったく関係なく、
彼女が生まれる以前につくられています。

200m以上もあるオリベスクを
エジプトから移動させるのも大変なようです。
1819年にナイル海戦の勝利を讃え
友好の記念として英国に
オベリスクを贈呈することになりました。

しかしその資金を調達できなかった英国は、
その申し出を断った経緯があります。
1877年ウィルソン卿が資金提供を申し出て。
アレキサンドリアにあったオベリスクが
英国に移送されることになりました。
テームズ川のビクトリア堤防の上に設置されました。

ニューヨークの公園管理部門を指揮していた
ステビンズはそのことを新聞の記事で知り、
ニューヨークにもオベリスクをと資金集めをしました。
何とかエジプト政府から『贈呈』の念書をとりつけ、
1880年にニューヨークに設置されました。

アメリカでオベリスクと言えば、
ワシントン記念塔が有名ですが、
これは1884年にアメリカで建設されたものです。
エジプト古代オベリスクとは
歴史的な価値観はことなるかもしれません。

現在エジプト古代オベリスク
世界に30本だけ残っているそうです。
バチカンのサンピエトロ広場にもあります。
世界旅行をするときにこんな事実をしっていたら、
旅先で会う古代オベリスクに興味がわきます。

Place_de_la_concorde.jpg
パリコンコルド広場のオベリスク by wiki

ちょっと余談ですが、、、
シドニーのハイドパークにもオベリスクがあります。
それも英国より前に建立されています。
その秘話は続きからどうぞ


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