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地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

寮の部屋を掃除するのが一番大変でした

自分の部屋に戻るとそれからが大変でした。
部屋にあった毛布、シーツ、タオルを持って、
スタッフ用のバーがある建物に持っていきました。
用紙に部屋番号と名前を記入して、
それぞれ項目別に返却していきます。

入寮の際に貸し出される数は決まっています。
それよりも少なかったり破損していると、
給料から天引きされるそうです。
私は一応合格、給料からは引かれません。

それが終わると別のスタッフが、
各部屋の検査にやってきます。
掃除してあるか、ゴミは残ってないか、
項目ごとにチェックしていきます。

去年は問題なかったのですが、
シャワーの天井にカビがあるというので、
それをきれいにするように言われました。

道具部屋に行き、洗剤と雑巾を取ってきて
椅子にのって天井を拭いていきました。
上を見てからこれは結構きつい仕事です。
喚起が悪いからカビが生えるのであって、
これは私の責任ではないと思うのですが、、、。

一応合格になると、用紙を渡されます。
先ほどの返却用紙と一緒になっていますが、
これを身分証明書と一緒に人事に持っていき。
退職と退寮の手続きを終了します。

自分の乗るバスに荷物を積めたら、
ホテルに行って出発を待ちました。
これが社員食堂での最後の食事、
いよいよリゾート最後の日になります。
残っている社員とお別れをしたら、
アンカレッジ行きのバスに乗り込みました。

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   私が働いていたリゾートホテル


お客さんが全員出発したら、、、

いよいよリゾートホテル最後の日です。
今日宿泊しているお客さんが出発すれば、
リゾートホテルはクローズします。
ツアーデスクはわずか2人だけ出勤です。
オプショナルツアーもないので、
出発のお見送りをするだけです。

すでにホテルを出発したスタッフもいますが、
私たちは最後のバスが出発する時間に合わせて、
ロビーに集合するように言われました。
それからツアーデスクの片づけをして掃除です。

それまで今度は部屋の掃除をしなければなりません。
去年は翌日に出発しましたが、
ホテルにいても特にすることもないので、
今年は当日に出発することにしました。
それまで最後の洗濯や荷物の片付けも、
すべて終わらせておくことにしました。

最後の出勤をするためにホテルに向かいます。
今年使った制服やバッジを持っていきます。
全部枚数を数えて、ビバリーに渡しました。

タイムカードを押して、お客さんのお見送り。
残っているスタッフがロビーの外に並んで、
全員で見送るのがホテルの習わしだそうです。
マネジャーが順次バスに乗り込んで、
最後の挨拶をしてから出発します。
私たちは横で手を振って見おるだけでした。

そのあとツアーデスクに集まって、
片付けと最後の掃除をしました。
来年ここに戻ってくるつもりもないけど、
掃除だけはちゃんとしておかないとね。
でも片付けるときはちょっと涙がでます。
4か月半の思い出が走馬灯のように、
私の脳裏を駆け抜けていきました。

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   私が働いていたリゾートホテル






あの時のブログを読み返すと、、、

私は別ブログを持っています。
過去の見聞録を書いているブログと、
最近の近況を書いているものです。
アラスカ行きが決まった時に始めたので、
「World Traveler in Alaska」です。
お陰ですでに何回も戻ることができました。

ここ数年はこちらの方がアラスカブログ、
魅力的なアラスカのことを紹介しています。
別ブログは放置されているときもあり、
以前より閲覧者がだんだん減ってきました。
でもこのブログを書く時のノート替わりです。

あのバス事故からすでに5年近くなりました。
あの時私はどんな気持ちでいたのか、
もう一度読み返してみました。

あの事件はただのバス事故ではなく、
私の同僚が運転するバスで、仲間が亡くなりました。
でもそれはほんのちょっとした偶然が重なり、
他の人のバスに乗っていたら防げたかもしれません。

あの時のドライバーは今何をしているのでしょう。
あの時彼女を失くした彼は、新しい人を見つけたかな。
それぞれ決して忘れることは出来なくても、
そこから立ち直らなければなりません。
若いからこそ新しい人生を歩く必要があります。

ご両親やご家族は決して忘れることはできないでしょうね。
もしかして今頃は、結婚いるかもしれません。
孫が生まれて暮らしているかもしれないと、、。
いろいろと考えているかもしれません。
きっと私がその立場なら、一生忘れられないはずです。

でも亡くなった方の思い出にすがるよりも、
自分の人生を必死に生きることも大切です。
何故なら、それが運命であり宿命なのです。
明日のことは分からないからこそ、
今日をこの一瞬を大切に行きたいと思います。

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     アラスカの高山植物

最後に会えてうれしかった

トランスポのお別れ会に、
私たちが気になっていた人が来ました。
アンカレッジであれからずっと
カウンセリングを受けていた彼です。

彼らが来る前にマネジャーから、
事故のことは絶対に話さない、
そして聞かないようにと言われました。
「大丈夫」とか「元気」とか、
彼に聞くことは出来ませんでした。
心が打ち解けあった友人たちでさえ、
それだけは聞けなかったようです。

私たちは暖かい拍手で迎え入れました。
彼がこの場にやってきてくれたことが、
私たちにとってどんなに嬉しかったか、
あのまま別れていたら悔やんでいたでしょう。
まだきっと心の痛み残っていても、
仲間として戻ってきてくれたことが、
私たちを少しだけ安心させてくれました。

彼はただ一言「ありがとう」と言うと、
それ以上は言葉になりませんでした。
そしてその場にいた殆ど全員が、
彼と一緒に目頭を押さえていました。

これは他人事ではありません。
ひとつ間違えば隣にいる人が、
あの時の事故起こしたドライバーに
なっていたかもしれません。
もしかしたらあの時の犠牲者は、
私自身の可能性だってあり得ました。

皆それが分かっているからこそ、
彼を仲間として送り出したかったのです。
もう二度と会えない可能性もありますが、
その痛みを分かち合いたかったのです。
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     アラスカの野生のあやめ


トランスポのお別れ会

私の同僚が運転するバスで、
ホテルで働いたサラが事故死するという
悲しい事件は皆に影を落としましたが、
それぞれの思いを胸に秘めながら、
海外からの学生たちは帰っていきました。

そして私たちもあと数週間で帰るという時、
それぞれの職場別にお別れ会がありました。
私たちのトランスポも恒例のBBQ大会が、
バスをメインテナンスする車庫で行われました。

今年も皆お揃いのTシャツを注文して、
仲良くお揃いで来ていました。
私は去年注文しなかったけど、
翌年来る予定がなかったので、
記念にフーディーを注文しました。

クロークでお客さんの手荷物を預かり、
溜まったチップでその年の終わりに、
全員に記念品が配られましたが、
今年はその予算がありませんでした。

というのは今年からクロークは
フロントの仕事になりました。
忙しいときは私たちも手伝うのに、
チップは配分されませんでした。

お陰でトランスポの軍資金が減り、
今年はバッテリーになってしまいました。
まあ同じような物が二つあっても困るけど、
皆にとっては楽しみだったようです。

でもこのシーズンも特に病気もせず、
無地に終われることが大切でした。
翌日も皆な仕事があるので、
アルコールがないのが寂しかったです。

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 アラスカで一番好きなコットンフラワー


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