地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

アラスカの巡りあわせ

アラーニの上司にあたるマイクが、 
寮や従業員施設の管理をしていました。 
鍵を忘れて部屋に入れなくなると、 
合鍵を持って開けに来てくれたり、 
部屋に問題点があると点検に来ました。 
 
アラーニはスーパーバイザーでした。 
他に二人の若い女性と仕事していましたが、 
もう何年もリゾートホテルで働ているので、 
ロッジ風の寮にひとりで住んでいました。 
 
お陰で好きなようにアレンジしていました。 
絨毯を引いて部屋で座れるようにしたり、 
コーヒーマシンだけでなく、冷蔵庫や 
トースター、湯沸かしポットもありました。 
 
休みの日は食事に行きたくないというので、 
部屋で食べれるようにしていました。 
デナリでは食料品もほとんど買えませんが、 
車のあるスタッフが買い物に行くときに、 
誰かに頼んで購入してもらっていたようです。 
お陰でいつもスナックが置いてありました。 
 
彼女はお酒は飲まないけれど、 
いつのまにかたまり場になっていましたね。 
学生さんたちはお母さんの部屋に行って、 
それぞれ悩み事を相談していたようです。 
 
好きなスナックを持ち寄っておしゃべり、 
最初の頃は台湾やシンガポールから持ってきた 
お菓子をよく分けてもらっていました。 
そのうち持ってきたスナックがなくなると、 
アメリカのお菓子も増えてきました。 
 
つい数週間前まで別の場所で暮らしていた私たちが 
アラスカのデナリのこの小さな部屋のなかで、 
ひとつの話に一緒に笑っているなんて、、。 
人の巡り合わせは不思議なものです。

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      デナリ国立公園

今回の北米旅行記を別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
カナダ編が終わって、次はアメリカ編です。

『World Traveler in Alaska』

「おかあさん」と呼ばれたアジア人女性

皆とは親子ほどの年齢差がありましたが、 
私が独身だったということもあり、 
「おかあさん」と呼ばれなかったですね。 
学生さんたちが「おかあさん」と呼ぶ、 
アジア人の女性を紹介されました。 
 
インドネシア出身のアラーニは、 
現地で若くして結婚、5人の子供に恵まれますが、 
まだ子供が小さいときに離婚して、 
アメリカ人と再婚することになったそうです。 
 
5人の子供を連れてアメリカに移民、 
さらに2人の子供に恵まれますが、 
その後また離婚することになりますが、 
子供は旦那に見てもらっているので、 
本人はアラスカに出稼ぎという身でした。 
 
皆は彼女を「おかあさん」と呼んでいました。 
彼女には13~26歳までの子供がいるので、 
アジア人の学生さんたちに自分の子供の姿を 
重ねてみていたのかもしれませんね。 
子供のいない私にはどんなに年が離れていても、 
甥とか姪の感覚しか湧いてきませんが、、。 
 
彼女は寮母ではなかったけれど、 
従業員が使う施設の管理をしていました。 
新しいスタッフがくる部屋の掃除をしたり、 
シャワーやトイレなどの掃除をしていました。 
 
部屋の掃除をしている学生さんたちとは、 
仕事が似ているせいもあったようで、 
話す機会も多かったようです。 
社員食堂も近いのでいつも溜まっていました。 

学生さんたちは嫌な仕事の愚痴を言ったり、 
仲間に言いにくい話も「おかあさん」なら、 
ちょっと相談にのってもらうような感じで、
気楽に話ができたのかもしれません。

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    アラスカで知り合った友

 今回の北米旅行記を別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
カナダ編が終わって、次はアメリカ編です。

『World Traveler in Alaska』

僻地では友達が作りやすいかも

台湾とシンガポールの学生さんたちは、 
大学を卒業して就職までの間に、 
アメリカに人生勉強に来ていました。 
まだ就職は決まっていない人が殆どでしたが、 
就職よりもアメリカでの体験を選んだようです。 
 
アメリカには旅行で来ることもできますが、 
観光目的の旅行だけでなく、 
働くことを人生の体験として選びました。 
ここでお金を貯めることを目的としている 
東欧の学生さんたちとは異なりますね。 
 
そのせいか皆でよく出かけていました。 
休みが一緒になるとハイキングに行ったり、 
2週間に一回の給料が振り込まれると、 
皆でレストランに食事に行ったり、 
飲みに行ったりしていたようです。 
 
台湾の学生が私のルームメイトでしたが、 
私が一緒に行くようになったのはかなり後です。 
最初は彼女を通じて社員食堂で一緒に食事したり、 
食後社員食堂で皆でお話したりしました。 
その後私たちの部屋や彼女らの部屋で、 
話したり飲んだりするようになりました。 
 
私は4時とか6時とかの早い出勤なので 
一緒に飲みに行くのは少なかったけど、 
翌日が休みだったら付き合うようになりました。 
最初は皆で出かけるときだけ一緒でしたが、 
そのうちに個別に話すようになりました。 
 
皆の休みもバラバラですからね。 
たまたまお休みがあったりしたら、 
一緒に公園まで歩いたりとか、 
ショッピングに出かけたりとか、 
僻地でできることも限られていますが、 
学生さんたちも退屈しているのは、 
私と同じだったようです。

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    アジア人の学生さんたち

今回の北米旅行記を別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
カナダ編が終わって、次はアメリカ編です。

『World Traveler in Alaska』

お酒で鬱憤を晴らしたいのに

 基本的に寮でお酒は飲めますが、 
部屋の外では禁止されていました。 
室内のみ、社員食堂も禁止でした。 
 
彼らと仲良くなると、 
飲み会に誘われるようになりました。 
女子だけならまだ飲む量も少ないけど、 
男子と一緒になると増えてきます。 
弟分のジェイが何処にでも顔を出します。 
 
リゾートホテルの規則では、 
室内に21歳未満の人がいるときは、 
お酒を飲んではいけないというルールでした。 
もし見つかると首の対象になります。 
彼がいるときはちょっと冷や冷やしました。 
 
しかし普段まじめに生活して、 
飲酒で問題さえ起こさなければ、 
寮の部屋まで入ってきてチェックするとか、 
それほど厳しく管理はしていませんでした。 
 
でもドラッグには厳しかったですね。 
誰かが持っているとか、吸っていたとか 
人事課に密告すれば即刻首になりました。 
「最近あの人見かけないね」と誰かに尋ねると、 
「大麻が見つかって首になったよ」と 
シーズン中に何度も聞かされました。 
 
アラスカの僻地ですから、 
若者たちは発散するところがありません。 
そのために問題も起こしやすくなります。 
暴力、盗難、薬物や飲酒が原因で、 
ひと夏に何住人も首になりました。 
 
もちろん僻地の仕事が嫌になって、 
自ら辞めていくスタッフも多かったです。 
アラスカに暮らすのは大変なことです。 
初めてバンフに暮らした時、 
私も若かったせいかドラッグやしなかったけど、
発散する場所を探していましたね。

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アジア人の学生さんたち@デナリのレストラン

今回の北米旅行記を別のブログで書き始めました。
少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
カナダ編が終わって、次はアメリカ編です。

『World Traveler in Alaska』


社員食堂で働いていたアジア人の学生たち その2

アジア人の男子学生は3人しかいませんが、 
3人とも社員食堂の洗い場で働いていました。 
シンガポール人のリアムはエンジニア専攻。 
地元では社交ダンスを習っていて、 
国際的な大会にも出場したことがあるそうです。 
 
いつもリズムをとっていましたが、 
年齢が皆よりひとつ上なのか、 
リーダー的な役割をしていました。 
大変な仕事だけど文句も言わずに、 
部屋の掃除より良いと言っていました。 
 
台湾のケンは会社の御曹司。 
家にはメイドがいる裕福な家庭育ちでした。 
台湾では名の知れた会社のようで、 
こんな仕事やりたくないと嘆いていました。 
 
それでも仲間たちに励まされて、 
親にもアラスカ滞在中だけと説得され、 
何とか辞めるのを留まったようです。 
辞めるとビザは即刻キャンセルされ、 
台湾に帰国しなければなりません。 
一緒に来ている彼女も可哀そうです。 
 
そしてもうひとりの台湾学生が、 
ジョイというまだ19歳の青年でした。 
何処となく女の子にも見えるジョイは、 
皆から弟扱いされていました。 
 
ジョイも仕事がきついと嘆いていましたが、 
皆から可愛がられる性格だったので、 
社員食堂のアイドルでした。 
 
しかし仕事の辛さと僻地という場所柄で 
だんだんと鬱憤が溜まってきたようです。 
皆と一緒にお酒を飲んではらしたいのに、 
アメリカではお酒の飲めない年齢でした。

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   台湾の学生さんたち@社員食堂


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少しだけこちらのブログでも紹介しましたが、
カナダ編が終わって、次はアメリカ編です。

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