地球ワーキングトラベラー見聞記

カナダ、アメリカ、オーストラリアの永住権を持ち、ヨーロッパでの滞在経験もあります。世界100カ国以上回った、私の見聞記を楽しんで下さい。

サルタナとレーズンの違い

サルタナとレーズンの違いを
一口にいうのは難しいようです。
ブドウは天日に干せば干すほど黒くなり、
機械で乾かすと薄い色になります。

もちろんブドウの皮の色によっても、
干した時の色の違いは出ると思いますが、
緑色をしたサルタナ種から作ったものでも、
天日にしっかり干せば黒っぽくなります。

レーズンと呼ばれるものの中には、
緑やゴールデンカラーしたものもあり、
黒っぽいブドウ色以外の物もあります。

ある資料には種無しブドウのサルタナ種から
作った干しブドウがサルタナと書いてありますが、
アメリカではこれを「カルフォルニアレーズン」
として他の品種と一緒に販売しています。

サルタナ種以外から作られた干しブドウは
殆どレーズンと呼ばれています.
種あり、種無しといろんな品種がつかれています。
さらにそれを固くなるまで干したものを
カラントと呼んで区別しているようです。

ケーキ作りをする人は干しブドウを
お酒やリキュールに混ぜて使うようです。
ケーキなんてほとんど作らない私は、
せいぜいサラダに利用することもあります。

ブドウはもともと栄養がありますが、
干しブドウは生のブドウに比べて、
カリウムが約7倍、食物繊維が約4倍、
鉄分はプルーンの約2倍含まれています。
毎日少しづつ手に取って食べても、
それだけで体に良いかもしれませんよ。

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カルフォルニアレーズンのキャラクター by wiki




カルフォルニアレーズンの生産地

私がボランティアした施設の近くに、
サルタナという街の名前がありました。
人口わずか1000人足らずの街です。
名前の由来は実際には分かりませんが、
ぶどうに関係があるかもしれません。れ

サルタナとはブドウの品種です。
種なしブドウの一種で、
主に干しブドウを作るのにつかわれます。

干しブドウというと最初に頭に浮かぶのは、
ブドウ色(濃い紫色)を思い出しますが、
バルカン半島や中近東を旅行していると、
いろんな色の干しブドウがありました。

アメリカではレーズンと呼ばれていますが、
オーストラリアに来てからは
サルタナと呼ぶ人も多かったです。
パンはレーズンブレッドと呼んでも、
シリアル食品に入れるのは
サルタナと呼ばれていますね。

もともと現在のトルコにあたる
オスマン帝国が発祥の地だそうですが、
それをアメリカに紹介したのが
英国生まれのウィリアム・トンプソンです。

彼は皮がうすく甘いサルタナ品種の
収穫に成功するとそれを分け与えました。
そしてこの辺りではすべての農家が
この品種を作るようになりました。
そこでアメリカでは彼の名前をとって
トンプソンシードレスと呼ばれています。

現在アメリカのレーズンの100%近く、
また世界生産の半分以上が
カルフォルニアのフレズノ近く
サンホアキンバレーで生産されてます。

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     レーズン用のブドウ


施設の周りは果樹園ばかり

私がボランティアしたのは秋だったので、
ドライフルーツづくりはありませんでした。
春先の花が咲き乱れる頃はきれいだけど、
ドライシーズンの体力がいるそうです。

毎日40度を越す猛暑のシーズン。
フルーツを運んだりと重労働だし、
短い時期にボランティアの時間は長く、
やはり若者中心でないと無理ですね。

農場の果物の出荷シーズンは
すでに終わりを告げていましたが、
木にはまだ果物が残っていました。
取り残された果物は鳥の餌か、
枝から落ちて土にかえるしかありません。

農家の人たちでは食べきれませんよね。
数種類の果物しか作くらない農家ばかりですが、
もうすでに食べ飽きていることでしょう。

ケンは日系三世の農場主でした。
おじいちゃんたちが移民してきました。
ロサンゼルス周辺に住んでいたけど、
戦争で強制収容所に入った後は、
フレズノ周辺で農家を始めたそうです。

ケンはもちろん戦後生まれですが、
一家はかなり苦労したと言っていました。
それでも今はヒスパニック系の労働者を使い、
それなりにうまくいっているようです。

彼はここでボランティアはしませんが、
ブドウやザクロなどを持ってきてくれました。
農場にまだたくさんあるからというので、
一度彼の家に果物を収穫しに行きました。

農場のブドウの木には実がたくさんありました。
でも中には落ちて肥料になっているもの、
まだ木になってはいますが枯れて
そのままレーズンになっているものありました。

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     施設内にある果樹園



ドライフルーツシーズンは若者が多い

夏のシーズンは長いと言っても、
ドライフルーツが作れるシーズンは短いです。
その間はたくさんのボランティアが必要で、
スープシーズンの2倍ぐらいいるそうです。
そこで周辺の学校と協力して、
ボランティアのプログラムをやっています。

アメリカではボランティア
受領のカリキュラムに入れているところもあり、
強制的ではなくても一年間に何時間か
ボランティアしなければならないようです。

毎日違う生徒がくると指導も大変なので、
やはり一週間ぐらい滞在します。
先生も含めて50人以上はくるそうです。
そのために普段は使わない寮がありました。

見せてもらったけどそこは3段ベッド、
ユースホステルよりも悪い条件です。
一部屋に30人以上は入りましたね。

大人のボランティアには無理です。
天井にも使えそうな上段のベッドは、
年配者には絶対に寝れませんよ。
10代の若者たちばかりなので、
きっと楽しくやっていることでしょう。

金曜日は小学校や幼稚園の生徒が、
ボランティアに来ていました。
ハッキリ言ってあまり手伝いになりませんが、
ボランティアの重要性を小さいときから
教えるために受け入れているそうです。

アメリカの助け合いの精神は
豊かな人が貧しい人を助ける心ですが、
日本のような村の共同体とは
違った精神を学ぶことができました。

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     ボランティアする若者たち


夏はドライフルーツのシーズン

この施設の周辺には農場がたくさんあります。
私が行った頃もブドウやザクロがなっていましたが、
すでに出荷シーズンは終わっていました。

春になるとこの辺りの農場では、
たくさんの果物の花が咲き乱れるそうです。
杏や桃、プラムなどが多いそうですが、
とっても良い匂いだと教えてくれました。

夏になるとそんな果物が実り始めます。
果物として出荷するのは少ないそうで、
この周辺の街にはいろんな種類の
ジュースや缶詰工場がたくさんあります。

工場と言えど、質が悪いと却下されます。
枝から落ちた物も出荷できません。
そういった果物は鳥の餌になるか、
集めて肥やしにするしかありません。

それでもなかなか処理できないそうです。
堆肥になるまでに時間がかかるだけでなく、
余裕の土地もなければ、匂いもすごいです。
そこで腐れていない却下された果物は、
この施設に運ばれてきます。
そしてドライフルーツになるのです。

この周辺は夏は40℃近くまで上がります。
また雨もほとんど降らないので、
ドライフルーツを作るのに適しています。
そのドライフルーツは寄付された
ナッツや食料品と一緒に混ぜて、
ナッツミックスとして袋詰めになります。

これも袋詰めのスープ同様に、
大きな段ボールの筒に積み込まれて、
世界各国に送られていくそうです。

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    農場から寄付されたフルーツ